第2話、初めまして、野良狐です。

 例えるならば、田舎の祖父母の家に似た香り。

 誰でも一度は嗅いだことがあるような、どこか落ち着くような、懐かしい香りがほのかにたつ空間。

 広々とした和室に敷かれた清潔なシーツの上には、薄手のかけ布団にくるまれ眠っている少女がいた。

 

 襖から漏れる日差しに瞼を刺激され、身をよじるように寝返りをうった彼女は、やがて小さなあくびをした。

 涙目をこじ開けるように手の甲で擦りながら、上体を起こす。


「……懐かしい夢、見ちゃった」


 独り言をつぶやきながら四角い照明がぶら下がった天井に向け、ん、と伸びをする。

 胸にかかる艶やかな黒髪の寝癖をそのままに、少女は現在の時刻を確認しようと背後を振り返った。

 すると握り拳大の丸い目覚まし時計を認める前に、何かが視界をかすめた気がした。


 いぶかしげに眉間に皺を寄せながら、ゆっくりと先ほどの動きを逆再生する。

 そしてそれは一定のところで、ぴたりと静止した。


 布団とシーツしかないはずの彼女の傍らには、あらぬものが横たわっていた。

 白と黒が絶妙に溶け合ったような銀の髪と、それと同じ色味の長いまつげを伏せた雪のような肌をした何か。

 その何かは少女の方を向き腕を組みながら、すやすやと規則正しい呼吸をしているようだ。

 襖から漏れ出す控えめな朝日でさえ煌めきに変えてしまう、その髪をしばしぼんやり眺めたのち、少女は思った。

 知らない何かが隣に寝ている。

 一組ひとくみの布団の中に一緒に入っている。

 さらにそれの変わった服装から覗く胸元は、明らかに平らだ。

 それが意味することを理解した少女に残された道は、叫ぶしかなかった。


「きゃああーー!」


 世にも珍しい寺院と神社が一緒になった癒枕ゆま寺神社でらじんじゃに、森をも驚かせる声が響き渡った。


 眠りの巫女、那霧なきり夢穂ゆほの今朝の目覚めは穏やか……というわけにはいかなかったようだ。

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