暗がりの視線

井澤文明

2023/3/10 姿見鏡の前

 クラスメイトの███が殺された。


 犯人は翌日にあっさりと捕まり、『次は自分が殺されるかもしれない』というパニックは街から消えたものの、『中学生が中学生を殺す』という話題で世間は持ちきりだった。

 卒業目前の少年が殺される、という悲劇に当初人々は被害者の死を悲劇的に扱っていたが、加害者の犯行動機が『交際していたのに妊娠がわかった途端、音信不通になった』だと知ると、話題はさらにヒートアップしたのだった。


 被害者のクラスメイトだった石黒祭は、夜中に寝つけず、散歩しようと街を歩いていた。街灯がまばらに灯り、通りは静かであった。

 彼は被害者と仲が良かったわけではなく、むしろ嫌っていた方であったが、被害者がストーカーされていたことを知っていながらも無視した、という罪悪感があったのかもしれない。


 石黒は、音楽を聴きながら歩いていた。だが、ふと、音楽が突然止まってしまう。


 イヤホンを外すと、夜風に吹かれて木々が揺れる音もなく、不気味なほど静かであった。しかし耳を澄ませば、静寂の中に深い息遣いが聞こえてきた。

 音は彼が向かっていたコンビニへ続く道から聞こえ、音に近づくことを避けたかったようで少しの間、ためらったものの、彼は結局その方向へ歩き進める。


 すると、歩いていた道に見知らぬ大きな姿見鏡が暗がりの中でぼんやりと現れた。細長い長方形の、どこにでもあるようなデザインのものだった。

 妙な息遣いは鏡の辺りからしているのか、石黒は不思議な引力に導かれるように鏡に近づく。

 徐々に石黒自身の姿がやや淡い薄暗がりの中、鏡に反射して映し出された。夜はまだ少し肌寒い春先のため、薄手の長袖をした部屋着の自分の姿。しかし、鏡には彼だけ映っているわけではなかった。


 ぼんやりとした灰色の人。


 石黒は思わず身を引く。しかし、その姿は変わらず、石黒は恐怖に震えているのか、そのまま立ち尽くしてしまった。

 鏡だけに映し出された人影は、よく見ると淡い青色で、腐り始めた死体のようだった。眼球があるはずの場所には、ぽっかりと底知れぬ窪んだ穴だけがあったが、その『人』が石黒をじっと見つめていることは誰よりも彼自身が理解していた。


 そして、突然、夜の風が力強く後ろから吹き、石黒が歩いていた路地裏を通り抜ける。目を瞑り、次に開いた時には人の姿はすでに消えていた。


 鏡の中の姿が消えたことに気付くと、石黒は足早にその場から去り、自宅へと逃げ帰った。


「まだ、視線を感じる───」


  深夜二時。家族が寝静まった家で、洗面台の鏡を見つめながら、彼はそれだけ呟き、布団の中へと戻っていったのだった。

 先ほどの不気味な人影の正体も、夢なのか真なのかも知らぬまま。







─────────


最終編集日:2023年3月10日 11:20

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

暗がりの視線 井澤文明 @neko_ramen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ