不完全×マ→ヨ↓ナ←カ↑

＝▽◆ ………

感情って、単純なものだと思ってた。

　あたしには「視える」から、その色が、そのうねりが。自分からも他の人からも、常に溢れ流れては、

　……それに呑まれて。もがいて。

　でも視える、ただ視えるってだけで、自分はその感情をうまく制御できるってわけじゃあなくて。それでもって「千秒」ごとに、四十二種類にカリカチュアライズされた「単感情」を無秩序にくるくる巡る、厄介っちゃあ厄介、単純っちゃあ単純。そんな人間。そう、

　「緑」はいいよね、幸福（ハピィ）だから。それにも色々……うん、ほんとに「色々七色」あるけどそれ全部。

　実現（フルフィルド）はエバー、満足（コンテンティド）はエルム、悦楽（グラド）はベルディグリ、完全（コンプリィト）はセラドン、充足（サティスファイド）はスプルース、楽観（オプティミスティク）はヴィリディアン、喜悦（プリーズド）はアイヴィ、みんな、煌めいて緩やかに流れている。……周りのことなんか押しのけるように。

　「青」も以外と楽。哀切（サッド）なんて別に、普通。

　落胆（ダウン）のゼニスだって、悲観（ブルー）のホリズンだって、消沈（モーピー）のセレスト、悲哀（グリーヴド）のセルリアン、萎縮（ディジェクティド）のネイビー、窮乏（デプレスト）のサックス、悲嘆（ハートブロークン）のスマルトだったって、自分の中に流しておけば、それは普通のことなんだから。

　「黄」なんかもっともっと、怯懦（スケアード）とか、この世に生きてたらそれは常に纏ってるもんでしょまである感じだし。

　緊張（テンス）のジョンブリアン、過敏（ナーバス-S）のネープルス、心配（アンキシャス）のサルファー、憤懣（ジタリー）のシャルトルーズ、憂惧（フライトゥン）のレグホーン、恐慌（パニックストリクン）のマシコット、恐怖（テリファイド）のミモザ……ね、この七つから完全に解放されてる時なんて、一日のうちでほぼ無いでしょ？　フラットにそこにあるよねー。

　だから逆に、ポジティブな感情の方が御しにくい、って分かるかな？

　「橙」……昂奮（エキサイティド）ってのは、急に放り込まれたら行き着くとこまでいっちゃわないと、って感じで。

　恍惚（エクスタティック）のマリーゴールドも、精力（エナジェティック）のアプリコットも、喚起（アラウズ）のメイズも、活気（バウンシィ）のタンジャリンも、興奮（ナーバス-E）のヴァーミリオン、昂然（パーキィ）のフォイーユ、焦燥（アンティ）のクロム、ね、その暖色な色味を見ているだけで体はどうしようも無く疼きまくる。それプラス、

　「赤」……がやっぱり一番やっかいか。憤怒（アングリィ）、自分だけに向けられればいいんだけれど、やっぱりそう上手くもいかないわけで。

　激怒（イリテイティド）のスカーレット、憤慨（レゼントフル）のカーマイン、癇癪（ミフト）のシグナル、動転（アプセット）のターキー、熱狂（マッド）のカージナル、激昂（フュリアス）のボルドー、激憤（レイジング）のアガット、周りを全部壊したくなった時、私はいつもこの場所に来ていた。

　二子玉川の駅から真っ直ぐ多摩川へ向かっての、結構な大空間が広がる河川敷のど真ん中。背後を走る国道からの照明灯（ライト）は白く鋭く差し込んでくるけど、かえってそれが川に面した自分の周囲をより暗く闇に縁どる。自分と闇との境界があやふやになって、そうしちゃえば、自分の中で荒れ狂う感情も吸い取られ拡散していってくれちゃうとか、

　そんな風に思い込んで波をいなしていた。

　……なつかしいな。うん、「なつかしい」って思い振り返られるっていうのは、

「……ヒナちゃん？」

　んんんんん、いいよね……

　振り返るとやはり目を刺す白の光。まぶしい闇の中で、でもあたしは向けられた柔らかい声の出処を、「感情」の光はもう視えないもんだから、まあ適当に辺りをつけて身体ごとつんのめりながらも飛び込んでいく。

　絶対に、受け止めてもらえることを知ってて。信じてて。

　あるぇ、視えなくなったと思ってたけど、あれれぇー、今この闇の中でも二人を包むのは、

　「桃」色の懇篤（テンダァ）だぁ……柔和（ソフト）なシェルも、配慮（カインド）なシュリンプも、共感（シンパセティク）なフーシャも厚意（ウォームハーティト）なコーラルも、懇意（インティメイト）なオペラモーヴも、感動（タッチト）なネールとかの色も、もちろん満ち溢れるほどにあるんだけれど。

　ふれあった二人の境界を曖昧にするばかりに溢れ出すように感じているのは、強烈にどぎつい鮮紅（ローズ）なやつはやっぱり、

「……」

「……」

　……愛情（ラヴィング）でしょ、視えなくたって、それくらい分かる。

（了）