めいっぱいの夜桜を月夜に

米太郎

陰陽師ちゃんのお散歩パトロール

 どおおおおおーーーん!


 深夜の住宅街に轟音が鳴り響く。


 後ろを振り返ると、2階建ての家くらいの大きさの金魚が、家の外壁やら電柱を壊しながら迫ってくる。


「なんでこうなるのよー!! ‌今日の深夜パトロールは散歩と同じだって、安全だって言ってたじゃーーん!」


 朱里と一緒に、追ってくる金魚から逃げる。

「朱里、あいつに何か心当たり無いの?」


「えへへ。私、花粉症じゃないですか? ‌良い鼻紙があったのですよー」


 月明かりで、朱里の横顔を見ると鼻水を垂らしながら笑っている。

 ヒラヒラと手に持ったお札を見せてきた。


「何してくれてるのよー!! ‌朱里のバカ! ‌酔っぱらって! ‌それ結界のお札でしょ!」

「良い紙が無くてですね、てへへ」



 この町の外には、怪異がうじゃうじゃといる。

 うちの神社を中心にして結界が張られており、深夜に強まる怪異の手から護られている。


 それに穴を空けるなんて、朱里のバカー!


 全速力で逃げても、轟音が段々と迫ってくる。

 地面が揺れて、月明りを覆い隠した。


 ――しまった。 追いつかれた。


 空には月ではなくて、赤い丸々とした金魚が浮かんでいた。このままだと、踏み潰される。


「――しょうがない。飛ぶよ! ‌朱里つかまって!」

「りょーかい!」


 朱里は、私の背中に抱きついた。

 体勢を前に倒して、お祓い棒に跨る。


「飛翔、急急如律令!」


 そう言って、お祓い棒に完全に体を預けて前に倒れ込む。

 倒れこむ体は地面に着くことなく、お祓い棒が勢いよく前方へ飛び出す。

 私達を地面スレスレに、高速で運んでくれる。


 どおおおおおーーーん!



 私達がいた所に金魚が落ちて、アスファルトをエグった。

 アスファルトの破片が飛んでくるのを、片手で払い除ける。


 地面に着いた金魚は、再度怯むことなく追いかけてくる。



「このままじゃ埒が明かないから、飛んでくよ!」


 跨ったお祓い棒に私と朱里の体を乗せて、今度は空へ高くへと飛び上がった。


 4階建てマンションの上くらいの高さへと私達の体を浮かばせた。


 私たち二人の影が月に照らされて。

 地上から見ると、自転車に乗る宇宙人の映画みたいになってることだろう。


「こんなところ誰かに見られたら、ややこしいことになるんだからね」

「夜の飛行もいいでねぇーー。酔って火照った体に涼しい風が気持ちいいー」


「……朱里、お酒禁止ね!」



 高いところから、結界が解けた位置を確認する。

 今日回ってきたパトロールの範囲の1箇所で結界に穴が空いていた。


 私は、ポケットから取り出した人型の紙とお札を、宙へ飛ばす。

 結界の修復は式神に任せておけば大丈夫。

 問題は、金魚の方ね。


 高台にある神社まで一気に飛んでいく。

 金魚も街を壊しながらついてきた。


「お札で鼻かむなんてね……。お札の金額は給料から引いておくから」

「ええぇー。巫女さんの給料少ないのに……」


 そのまま飛んで境内まで着くと、綺麗に桜が咲いているのが見えた。

 ここでしか力を使えないから、散らしてしまってもしょうがない。


 私達が神社に着くと、少し遅れて金魚はやってきた。

 その間に準備を整えた。



「――ふう」


 足を肩幅に開き、お祓い棒を体の前に構えて、息を大きく吸い込んだ。


「――闇をさ迷うこの世ならざる妖よ、歪なる姿の哀れなる者、陰陽の力によりて、世界と世界を結ぶ彼方に消え去らん事を」



 境内が光に包まれる。


「黒き魂を浄化せよーー!!」


 一面に光の柱が立ち上った。

 金魚は、光の先の空へと一気に吸い込まれていった。


 金魚と一緒に周りの空気も吸い込まれ、空へ向かって強い風が巻き起こった。

 吹き荒れる風によって境内の桜の木々が大きく揺らされて花びらも舞い上がる。


 赤い金魚は空の彼方へと吸い込まれて、姿が見えなくなった。

 そして、怪異のいなくなった境内には、桜の花吹雪だけが綺麗に舞っている。


 ヒラヒラと舞う桜は、暫くその場に留まり、綺麗な桜色の情景が続いた。



「……栞ちゃん、一緒にお花見出来て良かったね! ‌パトロールも終わりの時間だし、飲も飲も!」

 朱里はこちらに笑いかける。

 桜色の景色の中、それと同じくらい顔を明るくして。


「……今度やったら、本当にお酒禁止だからね! ‌今日だけは許すけど」


 朱里が懐から取り出したチューハイで乾杯をした。

 私達は、散歩パトロールの後の暫しの花見を楽しんだ。

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めいっぱいの夜桜を月夜に 米太郎 @tahoshi

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