第36話 貴族からの報酬
明け方になって。三人はダグリシアに帰ってきた。
町の外で、財宝類を隠し、ベアトリスの結界を張る。そして依頼にあった宝だけを持ち出し、ダグリシアの町に入っていった。
まずはいつも寝泊まりしている宿に行き、部屋を取る。そして、少し仮眠を取ってから、常勝亭に向かった。
朝の喧噪はすでに無く、何人かの冒険者がたむろしているだけだった。しかし三人が中に入るとザワつき出す。
「おい、帰ってきたぞ」
「今まで平和だったのに」
そんな冒険者達を尻目にキャロンは受付に行った。
「もう帰ってきたの?」
ソーニーが辛辣に言う。
「今日が期限だ。仕事はしっかりやるのが信条なんでな」
ソーニーが少し驚く。
「ああ、オウナイ一味だっけ。もしかして捕まえてきたの?」
「生死は問わないという話だったから皆殺しにした。グレスタの冒険者の宿に確認してくれ。奴らのアジトがグレスタ城にあって、私達はグレスタでグレスタ城調査の依頼を受けた。恐らく、死体の処理は別の冒険者達が受けただろうし、情報は入っているはずだ。それと、これが依頼で回収するように言われたお宝だ」
キャロンは袋から、宝石類を出す。
ソーニーは依頼書を見ながらそれらを確認した。
「二重で依頼を受けるなんてちゃっかりしてるわね。依頼の物で間違いはなさそうね。グレスタへは魔道具通信で確認するわ。倒してきたのがオウナイ一味であるという証拠は何かある」
「まぁ、このお宝が全てだな。魔獣と違って討伐証明を持ってくるわけに行かないしな」
「依頼主が納得すれば良いんだけど。後金はもしかしたら踏み倒されるかもね」
「それが貴族のやり方だからな。ただ、交渉はしたいな」
ソーニーも苦笑する。
「まぁ、その旨は伝えておくわよ。でも直接会うと、最悪口封じされることもあるから気をつけてね」
「何だ、心配してくれるのか。だったら今夜は・・・」
キャロンが手を握ろうとしたので、ソーニーは手を引いた。
「もう良いから出てけ!」
三人は宿に戻ってまた仮眠を取った。何しろ夜中走ってきたので、眠いのだ。
昼過ぎになって、宿の人間に呼び出された。三人は身支度を調えて、二階から降りた。
「こちらが預かったメモです。もうあまり時間はありませんが」
宿の従業員に手渡される。そこには場所と時間だけがシンプルに書かれてあった。
キャロンは言う。
「今から行けば間に合うだろう」
アクアも笑顔で答えた。
「さてと。追加報酬をいただきますか」
三人は指定された場所に向かって走った。
指定された場所は貴族街にある大きな屋敷だった。周りから白い目で見られながら、アクア達は堂々と正門に近寄る。
「なんだ。おまえ達は」
この屋敷の番兵が尋ねてくる。
「ここに来ることを指示された冒険者だ」
キャロンは堂々と答える。すると番兵の顔色が変わる。
「わかった。通すように言われている。しかし、まさか女とは」
「早くしてくれよ」
アクアがせかすと、その番兵は三人を中に案内した。
待合室で数分待たされてから、いよいよ三人は応接室に通された。
そこで待っていたのは恰幅のいい、というよりはかなり太った典型的な貴族だった。どう見てもエロ親父なのに、それほど彼女たちに興味を示していないのは不思議でもあった。
彼はギルバート公爵と名乗った。本物ということは考えられない。公爵ともなる人物が一介の冒険者の前に姿を現すことはあり得ないからだ。
キャロンは自称ギルバート公爵に促された通り、依頼通りの宝物を引き渡した。
「まずは礼を言おう。取り戻してくれてありがとう」
「しっかり仕事をしないと、おまえらに何をされるかわからないからな」
アクアが礼儀など無視して言う。
「それからオウナイ一味は全滅したぞ。一応これで全ての仕事は終えたはずだ。依頼書にあった成功報酬をいただこうか」
キャロンが言うと、ギルバート公爵が答える。
「もちろん用意しているよ。ただ、少し待ってくれ。まずはこの宝物が本物か調べなくてはいけないのだ」
アクアは肩をすくめる。
「そうだろうとは思っていたぜ」
「そして、偽物って言い切るのよね」
ベアトリスも続ける。
「一番高価なのはそのネックレスだろ。それは偽造しようが無いから偽物とは言わせないぞ」
キャロンが言うと自称ギルバート公爵は慌てたように答える。
「そのようなつもりはない。ただ、証明は必要だろう。見ての通り、彼が鑑定している」
実際、部屋の脇の方で、アクア達が持ってきた宝物は全て調査されていた。
そしてしばらくすると一人の男がギルバート公爵の方に来て耳打ちする。
「結果は出た。全て本物だ。先ほどネックレスのことを言っていたな。これは『月のネックレス』と呼ばれる我が家の家宝なのだ。もしこれが今日までに帰ってこなければ、大変なことになっていた」
「そんなことはどうでも良いんだよ。依頼のお宝は全部回収したぜ。約束を果たせよ」
アクアがけんか腰の口調で言うと、ベアトリスが肘で小突きながら続けた。
「前金は全部使っちゃったし、少しくらいは融通して欲しいわね」
すると、ギルバート公爵は袋一つをテーブルの上に載せた。
「冒険者に後金などいらないという奴が多くてね。この程度しか用意していない」
見た感じだと、百ゴールドくらいだろう。アクアが肩をすくませる。キャロンが言った。
「まぁ、後金の金額は提示されていないからな。あんたがそう言うならそうなのだろう」
実際には後金が全く支払われないことの方が多い。百ゴールドでも十分な収入だ。
キャロンが受け取ろうとしたとき、ギルバート公爵はその袋を手前に引いた。キャロンの手が止まる。
「君達の功績には、この程度の後金では足りないだろう。そこで提案だ。君達が、オウナイ一味から回収した他の物はどうしたんだね」
ギルバート公爵は鋭い視線でキャロンを見た。キャロンも口元に笑みを浮かべる。想像していた展開だからだ。
「もちろん全て回収してある」
キャロンが答えると、ギルバート公爵は感情を込めない口調で続けた。
「それをどうするつもりだね」
「もちろん売っぱらうよ」
ギルバート公爵は軽く笑う。
「元々は盗まれた物だ。それを売れば、君達も近衛隊に捕まるだろう」
「心配無用だ。バレるような売り方はしない」
バラして平民街で売れば、もう回収もできなくなるだろう。盗まれた物という証拠もなくなる。盗品の証拠をわからなくすることくらい問題ない。もちろん相場よりはかなり安くなるだろうが、別に大もうけしたいわけじゃないのだ。単なる日銭の一部にすぎない。
「なるほどな。では、私が言い値で買い取ろうではないか。平民街で売るよりは高く売れるし安全だろう」
ギルバート公爵が提案してきた。そもそもこの面談はそれが目的だったのだろう。
「金次第だな。回収したものはかなりの量になる。まともに買い取れるつもりか。破産しても知らないぞ」
すると、ギルバート公爵はいきなり紙に金額を書いて提示した。
「破産か。その通りだ。君達は現金じゃないと受け取らないだろう。今用意できる最大限がこの数字になる」
「ギルバート様、それは・・・」
側近が慌ててギルバート公爵をたしなめようとするが、ギルバート公爵はその太めの体にはそぐわない真面目な視線でキャロンを見ていた。キャロンから見てもあまりにも桁が多すぎる。
「そうまでして欲しいものか?」
さすがにキャロンも不審に思う。二束三文でも売れればめっけものと思っていたが、ほぼ満額である。
「ただし、今後その宝物に関しては一切他言しないことが条件だ。そして魔法で何かしらの仕掛けをしていた場合は、これらの話は全て無かったことにする」
アクアとベアトリスもさすがに引きつった顔をしていた。これを受けていいものか悩みどころだ。
キャロンが少し考えて答える。
「あんた達貴族が何を考えているのか詮索するつもりはない。しかしさすがにその金額は多すぎだな。私達は冒険者だ。あんたらと違って優雅な暮らしをしたいわけじゃない。そうだな。馬車一杯分の金貨で手を打とう。もらいすぎてもあんた達からの報復が面倒だ」
「報復など、考えてはいないよ。君達にはわからないだろう。オウナイ一味に盗まれた宝物というのは使いようによっては素晴らしい武器になるのだよ。もちろん、貴族同士の間でのことだけどね」
「その当たりは、私達が知る必要の無いことのようだな」
キャロンはアクアとベアトリスを見る。彼女達も視線で合図した。
「わかった。明日。私達が得た物の場所まで案内しよう。その前に金は回収させてもらうぞ」
「もちろんだ。明日の朝までには現金で用意しよう」
キャロン達は席を立った。
「なんか裏があるのかね」
アクアがつぶやく。
「あの中には表に出せない宝が多いのだろう。ギルバート公爵は複数ある公爵家の中でもまだ下位だ。貴族達に恩を売って、王権に近づける足がかりにするつもりなのかもな。貴族には貴族のネットワークがあるのだろう」
キャロンが言うとベアトリスも考えながら言った。
「だったら、いっそ満額もらっちゃった方が良かったかしら」
「ギルバート公爵が本気でそう思っていても、周りの奴はそう考えない。変ににらまれるくらいなら私達が満足できる程度の金貨で手を打つのが正解さ」
キャロンが答える。
「そうね。もらいすぎても私達の手に余るわね」
「だから変な魔法を使うなよ。奴らだって魔術師はたくさん抱えている。間違いなくバレるぞ」
「わかっているわよ。貴族とやり合ってもあまり得はないしね」
ベアトリスは答えた。
翌日、荷台に積んであった財宝類を引き渡して、仕事は完了した。もらった馬車いっぱいの金貨はベアトリスの魔法で隠し、彼女たちの活動資金になった。
*
ソーニーは女冒険者に頼まれて、事務所の応接室で相談に乗っていた。本来冒険者の宿では、冒険者からの相談は受け付けない。冒険者同士の諍いに関しては不干渉を貫いている。しかし、その冒険者の相談は無視することができないものだった。
「断固として、あの女達を追放してください。冒険者達をお金で雇って、毎晩乱痴気騒ぎしているんです。全部冒険者の宿を通した依頼ですよ。私達のパーティも崩壊状態です。特に男達は以前にもひどい目に遭ったはずなのに、お金と色香に誘われて、毎晩ぼろぼろです。他の仕事を受けることもできません。私も近づけば何をされるかわからないので、手が出せません」
「一応規則通り、しっかり前払いされているし、私達は内容に不干渉だから。受けるか受けないかは冒険者達の自由よ」
「あんな法外な金額で誘われて受けないというのが変でしょ。それを認めた冒険者の宿の責任は重いですよ。とにかく、何とかしてください。一応私にもパーティメンバーとしてお金は入ってくるので生活には困りませんが、お金をもらっているからおまえも来いなんて言われたらたまりません」
女冒険者は身震いした。
ソーニーはがくっと肩を落とした。平民街の事件は大小関わらず冒険者が処理している。しかし最近、依頼はたまる一方で全然処理されていない。それもこれもあの三人組からの依頼が高額で、魅力的だからだ。
「善処します」
ソーニーはそう言って、面談を終えた。
女冒険者と別れた後に、ソーニーは状況を訴えるために店長を探す。しかし見つからないので、ソーニーはそのまま受付に戻ってきた。
「あ、ソーニー、また依頼書を書いたから受理してよ」
席に着いた途端、すぐにベアトリスが現れて、目の前に依頼書と冒険者カードを置いた。
仕事内容は野草の採取。条件は男女問わず一人(面談有り)。拘束時間は朝から翌日の朝まで。金額は破格の百ゴールド。ほぼ平民の収入の一ヶ月分だ。
「散財がすぎませんか。これでもう何度目ですか。それに野草の採取なら一日で終わる仕事です。翌朝まで拘束するのはおかしいでしょう」
「あら、冒険者の宿で依頼内容まで確認するの? 今までそんな事していなかったじゃない」
「そんなことありません。今までだって、あまりにも不自然な依頼は受けていません」
ソーニーとベアトリスが言い合いをしているとアクアも現れた。
「ソーニー、これ、依頼な。よろしく」
アクアの依頼書は森での魔獣退治。条件は男が最低三人以上のチーム。女性も可。拘束時間はやはり朝から翌日の朝まで。金額も百ゴールド。
すぐに出て行こうとするアクアを止める。
「待ってください。森と言ってもすぐ近くじゃないですか。夕方には戻ってこれる仕事です。朝までの拘束は必要ないでしょ」
「何言ってるんだ。夜が重要で、魔獣退治なんてついでだぞ」
アクアは隠す気すら無いらしい。
「とりあえず、このまま受理することはできません」
そこにキャロンも現れた。
「これが今日の分の依頼だ。頼むぞ」
キャロンの依頼内容は当初からずいぶん変化している。今回のものは依頼内容が夜の街の見回り。条件は男女一人ずつ。やはり百ゴールド。
「全く隠す気なくなりましたね。この依頼書」
夜の見回りなんてよほど事件が起こっているときで無い限り、あり得ない依頼だ。しかもそれで百ゴールドはもっとあり得ない。
「ま、そろそろ集まる奴らも少なくなってきているからな。簡単にしておいた」
「とりあえず、もうこういう依頼は受けませんから」
ソーニーは三人に依頼書を突き返した。
「横暴じゃない。ちゃんとした依頼よ」
「そうだ。冒険者の宿なんだから、しっかり仕事をしろよ」
「金さえ払えばあんた達に損はないだろ。受けるのは冒険者の勝手だ」
三人が口々に文句を言うが、ソーニーは毅然と言い返す。
「いいえ。あなた達があまりにも高額で簡単な依頼を繰り返すせいで、他の依頼が全く片付きません。夜の相手探しに冒険者の宿を使わないでください」
「お金で集めた方が手っ取り早いのよ。良い気持ちになれるし、お金も手に入るんだから損はないでしょ」
「ん? おい、ハモックス。おまえからも言ってくれよ。ソーニーが職権乱用しているぞ」
「えっ、店長?」
アクアの言葉でソーニーが後ろを見ると、丸いはげ頭が慌てて陰に隠れるところだった。
「店長、何しているんです。探したんですよ!」
言われてそっとハモックスは顔を出す。
「いや、まぁ、良いんじゃないかな。依頼は依頼だし・・・」
「しかしですね」
ソーニーが立ち上がって言おうとすると、後ろからキャロンの声がする。
「まったく、楽しませてやってるんだから便宜ぐらい測って欲しいもんだ」
ソーニーの目が細くなる。ハモックスが慌てだした。
「私は忙しいから、後はソーニー君。頼むね」
そしてハモックスは逃げ去っていった。
「後で奥さんに言いつけてやる」
ソーニーが席に戻ってキャロンをにらみつける。
「誰にでも彼にでも手を出して」
「あんたにもだろ」
ソーニーは顔を一瞬赤らめるが、すぐに澄ました顔になる。
「私が望んだことではありません」
「いや、あのときのソーニー・・・」
「やめろ、この変態女」
ソーニーは席を立つと、依頼書の張られている場所に行き、二枚ほどの依頼を取って戻ってきた。
「あなた達三人に指命依頼です。これを片付けてきてください」
アクアが口を尖らせる。
「おいおい、今は依頼を受けるつもりはないぜ。金に困っていないんだ」
「そうそう、あと一ヶ月くらいは遊び歩いて豪遊しなくちゃ」
「まだ○○していない奴もいるし、一通り平らげたいところだな」
ソーニーが机をどんと叩く。
「ずいぶん大きな仕事をしてきているんですね。早速B級に格上げさせてもらいます。いえ、あなた達の実力ならA級にしましょうか」
急に三人は台に置いてあった冒険者カードを取り返した。
「悪いがC級のままでいい。前にも言ったはずだ」
「そうよ。C級だってどん引きする男もいるんだから。それ以上だったら相手が捕まらなくなるじゃない」
「私らの年でC級が珍しいなんて全然知らなかったぜ」
ソーニーが依頼書を差し出す。
「受けてくれますよね。急ぎの仕事なのに、誰かさんの高額な依頼のせいで誰も受け付けてくれません」
三人はテーブルに置かれた依頼書を見る。
「待て、遠征じゃないか。どちらも片付けるとなると一週間以上もかかる。場所も離れている」
キャロンが言うと、ソーニーはにやりと笑いながら答えた。
「ええ、かなりの実力のある方がやるべき仕事ですよね。あなた達のように」
「ダメだ。ダメだ。どうせならもっと近場のにしてくれよ」
「じゃあ、アクアさんは一人でB級と。冒険者カードをこちらに」
アクアは冒険者カードを胸で抱きしめた。
キャロンがため息をつく。
「わかった。確かにここのところ少しやり過ぎたようだ。だが、私たちのおかげで大分この平民街も潤っただろう。そう咎めるな。この依頼は受けることにする」
そしてキャロンは冒険者カードを差し出した。しぶしぶアクアとベアトリスもカードを出す。
「どさくさに紛れてB級にしないでね。ソーニー」
ベアトリスは言う。ソーニーは受け取った冒険者カードに二つの依頼を記憶させた。
ソーニーが冒険者カードを三人に返したとき、キャロンはソーニーの手を捕まえた。
「えっ」
ソーニーはカウンター越しにキャロンに引き寄せられる。
「この落とし前は、あんたの体でしっかり払ってもらうからな」
「当然、私もね。久々のソーニーの体。楽しみにしているわ」
「私はおまえ達の後で良いよ。最後まで楽しもうぜ」
ソーニーは思い切り手を振り切って後ずさった。三人は依頼書を掴むと、そのまま出口に向かった。ソーニーは青い顔で叫ぶ。
「もう二度と帰ってくるなー!」
ソーニーの絶叫が常勝亭に木霊した。
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