第35話 ログ視点・翌日

 昨日、僕らは疲れた体を引きずるようにして、塔の直下の部屋、つまり始めに入った石版のある部屋で寝た。

 こんなに上に来る必要はないし、ここは逃げ道の無い場所だから休むのに適してはいない。本当はわかっているのに、僕らはここを休む場所に選んだ。死体から少しでも離れたいという気持ちに抵抗できなかった。


 僕は朝起きてすぐに服を着て、レクシアを残したまま部屋を出た。

 僕は昨日から、戦いの現場を調査しようと決めていた。これから冒険者として生きるつもりなら、もっと死体に慣れていなければいけないと考えた。殺意のある敵を殺すことにはもう慣れたけど、その死体をじっくり見る勇気はまだ無い。それではいけない。

 三階の四人の死体は無視して、僕は一階を再び訪れた。

 ひどい臭いだった。吐き気がする。死体の状態もひどい。焼かれ、斬られ、かなり一方的な殺戮が起こったように感じられた。

 僕は彼らの装備がちぐはぐなのに気がついた。ものすごく質の良さそうな装備を来ている人もいれば、防具にすらならないような古い革鎧を着けている人もいた。きっと奪い取った鎧をそのまま使っているんだと思う。

 僕は、死体を確認しながら歩いた。そして、立派な装備をつけている盗賊の中に見知った鉄鎧を見つけてしまった。

 駆け寄って跪く。その鎧は明らかに父さんの物だ。別れたときに身につけていた。

 着ている相手を見ると、顔が半分削れているが、父さんではない。

 一瞬安堵する。いや違う、と頭で声がする。もとよりここにいるのが父さんのわけは無い。父さんは盗賊じゃないんだから。

 呆然としながら、助けを求めるように周りを見渡す。答えを考えたくなかった。でも僕はまた見つけてしまった。そこには母さんが着ていた革鎧があった。着ているのは腹を二つに裂かれて死んでいる細身の男だった。

 まだ確定したわけじゃない。父さんも母さんも、きっとどこかで・・・。


 僕が鎧を着た男の前で膝をついて動けないでいると、足音が近づいてきた。

 ダメだ、レクシアには見せられない。僕は立ち上がろうとしたが、足が震えて上手くいかなかった。

「お兄ちゃ・・・」

「来なくて良い、早く出よう」

 体が動かない代わりに声でレクシアを追い払おうとする。

 でも遅かった、レクシアは荷物を投げ捨てて僕の方に走ってきた。そして僕の前にある鎧にかけよった。

 レクシアは動かなかった。僕も声をかけられない。僕がしっかりしなくちゃいけない。すぐにレクシアを連れ出さないと。

 レクシアは突然その死体につかみかかり、装備をはぎ取り始めた。僕は未だに足がすくんでその死体に触れられなかった。

 レクシアは鎧を外すと隅々まで確認し始めた。そしてきょろきょろと周りを見渡し、母さんの革鎧も見つける。レクシアはすぐにそこに走り寄って鎧を剥がした。男の血がまき散らされ、レクシアにかかるが、レクシアは気にしなかった。

 レクシアは母さんの鎧を抱きしめて動かなくなった。


 僕は立ち上がった。少しだけ冷静になった。僕の代わりにレクシアが苦しんでくれているからだろう。

 僕は両親の装備を全て集めることにした。さっきの男は父さんの鎧の一部、上だけしかつけていなかった。下半身部分は別の人物が身につけている。僕は死体を見て回った。レクシアも途中で立ち上がって、僕と同じように残りの装備を探し始めた。

 結局鎧一式以外に父さんの剣を見つけた。母さんの杖は見つからなかった。武器じゃないから捨てられたのだろう。

 僕らは昼ごろ、城を出て町に向かった。どうやらあの町こそ目指していたグレスタだったらしい。それすら僕らは知らなかった。

 僕らの足は重かった。本当ならもう一晩城に留まりたかったくらいだ。レクシアはまだ泣いたままだ。


 夕方になって僕らは町についた。門番の人にメダルを見せるとそのまま中に入れてくれた。

 僕はレクシアの案内で順風亭に行った。レクシアはこの町を精神体で歩き回っていたので知っているようだ。

 店にはたくさんの人がいた。僕らはどうして良いかわからなかった。

「坊主。どうした」

 いきなりがたいの大きな男の人に声をかけられた。僕は少し怖かったけど、その人の目は優しかった。

「受付に行くように言われているんですけど」

「お使いか何かか。今は混む時間だからな。いいや。ちょっと待ってろ」

 そしてその冒険者は受付の横に行って店員の女性と何か話した。その後で、彼は僕の方を見ると手で招いた。

 僕らは顔を見合わせて、恐る恐るその男に近づいていった。

 僕らが受付の横のカウンターに来ると、おっとりとした優しい顔の女性が待っていた。

「じゃ、後は頼むは」

「ちょっと、カーランクルズ」

 その女性は去って行く冒険者に声をかけたけど、彼は奥の椅子に座って仲間達と話し始めた。


 女性が僕の方を見る。

「それで、君達は何の用だったの」

「あ、あの、このメダルを見せるようにって」

 僕がメダルを見せると女性の目が見開いた。

「あら、あなた達だったのね。キャロンさんのお使いって。ちゃんと聞いているわよ」

 僕らは安堵した。

 どうやら、アクア達から子供が報酬を取りに来ると聞かされていたらしい。このメダルは、冒険者カード替わりになるものを用意して欲しいといわれて渡した、順風亭のメダルだそうだ。魔力の匂いがしたのはこのメダルだ。

「キャロンさんは、美少女美少年が来るとか言っていたけど、その通りね」

 報酬は驚くほど多かった。百ゴールドもある。きっと一ヶ月以上過ごせる。

 しかし僕らは報酬を貰って終わりとはならなかった。すぐに依頼主に会うことになったから。どうも城の状況を報告するまでが僕らに与えられた仕事らしい。

「依頼者の場所は。・・・そうね。ちょっと! カーランクルズ。お願いがあるんだけど」

 その女性が声をかけると、奥で話していた先ほどの冒険者が振り返って近寄ってきた。

「どうした。坊主達に何か面倒ごとでも頼まれたか」

「違うわよ。この地図のここ。ここにこの二人を連れて行ってくれない。先方からは六時までなら、いつ来ても良いと言われているの」

「おいおい。迷子の案内かよ」

「違うわよ。この子達グレスタの子じゃないみたいだから場所がわからないでしょ」

「ただ働きか。まぁ、いいか」

 そしてカーランクルズという冒険者は地図を掴んで僕らを見た。

「案内してやるよ。いくぞ」

「大丈夫。カーランクルズは女性に弱いけど、信用できる人だから」

「一言多いよ」

「あ、ありがとうございます」


 僕は受付の女性に礼をして順風亭を出た。

 カーランクルズは特に僕らに話しかけては来なかった。もくもくと歩いて、少し高級そうな家の建ち並ぶ場所まで来た。カーランクルズは一つの家の前で立ち止まる。

「ここだな。じゃあ、後は頑張れよ」

 そして彼は僕らを残して去って行った。

 僕は家のたたずまいに気圧された。でもレクシアを見て心を落ち着ける。僕がお兄ちゃんだ。僕がしっかりしないと。

「行こう」


 僕は呼び鈴を鳴らす。少しすると、背の高い男の人が出てきた。

「おや、どういたしましたか」

 その人は僕らを見ると優しそうな顔をして話しかけてきた。

「あの、城の報告をするように言われてきて・・・」

 するとその男性はうなずいた。

「なるほど。報告に来るのは若い男女だと言われておりましたね。では、中にお入りください。私は執事のバロウズと言います」

「あ、はい、あの、ありがとうございます」

 僕もレクシアもこんな立派な家には慣れていない。どうしても緊張してしまう。だけどバロウズさんに促されるまま中に入り、そのまま二階の部屋に通された。

「ここでお待ちください。モンテス様は今魔道具を作っているところです。すぐに呼んできますよ」

 そしてバロウズさんは部屋を出て行った。


 僕は緊張のあまり身動きできなかった。レクシアも同じようで、椅子に座ったまま固まっている。

 しばらく待っていたら、杖をついた老人が現れた。バロウズさんも戻ってきて、僕らの前にお菓子とジュースを置いてくれた。

「私がモンテスという。君たちが、キャロン君とアクア君の代わりに報告に来たという少年達か。彼女たちはどうしたんだい」

 モンテスさんは優しげな口調で言う。

「え、と、わかりません。ただ。報告に来るように言われただけで」

 モンテスさんは少し思案する。

「彼女たちに伝言を頼まれたと言うことで良いのかな」

「え、いえ。僕たちはキャロンやアクアと城に行きました。城では別行動だったので、今キャロンやアクアがどこにいるのかはわかりません」

 僕は支離滅裂ながらも答える。どう説明すべきかよくわからない。

 モンテスさんも少し眉を寄せた。僕が更に何か言おうとしたら、モンテスさんは質問を変えてきた。

「うむ。まぁ、事前に連絡があったことだし、初めから君たちを来させるつもりだったのだろう。とりあえず、今の城の状態を聞いても良いかな」


 そこで僕は、今の城の状態を説明した。城の初めの状態はわからないけど、特に盗賊達が何かしたような跡は見つけていない。それよりも三階と一階に盗賊の死体が転がっていることが問題だと思う。

 モンテスさんも険しい顔をした。そして呼び鈴でバロウズさんを呼んだ。

「バロウズ。盗賊は全員討伐されたようだ。どうやら彼女達の自信はその通りだったようだね。その代わり城には彼らの死体が放置されているようなんだ。二十人以上はあるようだ。すぐに処分するための依頼を作ってくれないか。臭いが付くのも嫌だし、魔獣が入り込まれる可能性もある」

「わかりました。手配しておきましょう」

 そしてバロウズさんは出て行った。


 これで一応報告は終わりだ。僕らにこれ以上話すことはない。でもなかなか立ち上がるタイミングがわからない。

 出されたお茶に口をつけていろいろ考える。レクシアも緊張して何もできないようだ。

「ところで、君たちはグレスタに来るのが初めてなのかな。ご両親はどこにいるんだい」

 きっと気を遣ってくれただけだ。でも、僕は焦る。いや、いきなり頭が回らなくなった。父さんと母さん。盗賊が着ていた鎧。頭がごちゃごちゃしてくる。でも僕は我慢した。今は考えちゃダメだ。絶望してしまう。

 そう思っていたら、レクシアが泣き出した。

「レクシア」

 僕は言うけど、レクシアは歯を食いしばったまま泣いていた。

 モンテスさんが口を開いた。

「そうか。つらい目に遭ったのだね」

 モンテスさんはそれ以上僕らに聞いてこなかった。しばらくしてレクシアの涙が止まる。モンテスさんはじっと待っていてくれた。


「今日はここに泊まって行きなさい。もしグレスタで頼れる相手がいるのだとすれば、私のわかる範囲で調べることもできる」

 モンテスさんは優しかった。見ず知らずの僕らにこんなに気をかけてくれるのは、やはりキャロンやアクアの信用があるからだろうか。

「お兄ちゃん。これ」

 泣き止んだレクシアは鞄から袋を取り出す。

 ぼくは迷う。それはグレスタ伯に渡すように言われた御守りだ。信用できる人にしか渡してはいけない。モンテスさんはどうなんだろう。

 僕はモンテスさんに言う。

「あの、僕らは父さんにグレスタ伯に会うように言われています」

 まだ御守りは渡せない。それでもグレスタ伯を知っているのなら紹介してもらえるかも知れない。

 しかし、モンテスさんは思案顔をしたままだった。


 やがてモンテスさんが言う。

「すまんな。もうグレスタ伯はこの町におらぬのだよ。恐らくご両親は我が領主が失脚したことを知らなかったのだろう。今はダグリシアの貴族が統治していることにはなっているが、ほとんどグレスタにはおらぬ」

 僕は驚く。僕らの御守りは行く当てをなくした。モンテスさんは何か気がついたようだ。

「グレスタ様宛の手紙でもあれば見せてもらえないだろうか。実は私は代代グレスタ伯に仕えていた家系でな。グレスタ様がこの町を追放されるときにも立ち会ったのだ」

 僕は悩む。まだ判断できなかったから。だけど、それで情報が得られるならば、という気持ちになった。

「手紙は預かっていません。この御守りだけです」

 僕はモンテスさんに御守りを渡すことにした。


 モンテスさんは御守りの中を開けて一枚の金属板を取り出した。

 そしてうなる。

 モンテスさんは金属板を御守りに入れて返してくれた。

「君達の両親はヘンリー前王に従えていた騎士なのだな。その時に当代のグレスタ様と知り合ったのだろう。ジョージ王に代が変わって間もなく、多くの宮廷騎士や宮廷魔導師が王宮を追い出されたと聞く。君達の両親もその時に出奔したのだろう。現在はジョージ王の息子であるエドワード王子が全てを仕切っておる。グレスタ様もほとんど言いがかりに近い疑いで排斥されてしまった」

 初めて聞く話だった。でも、アクアが僕の型は騎士のようだと言っていた。モンテスさんの話は事実なのだと思う。そしてこれで僕らの御守りの意味は完全に無くなった。

「君達はこれからどうするかね。グレスタ様の代わりとはいかないが、多少なら支援できるだろう。私はグレスタ様が失脚なさる前に隠居した身でな。今は趣味で造った魔道具を売りながら慎ましく生活しておるよ」

「おじいさんは魔術師なのですか?」

「私は代々領主に使えていた魔術師の家系でな。若い時分はグレスタ城で暮らしておった。あの城を設計したのも私の先祖だよ。残念ながら、グレスタ様が失脚すると同時に私の弟子の身も危なくなったので、国外に逃がした。グレスタ城を知るものは私が最後となってしまったな」

 モンテスさんはさみしそうに言った。


 結局、僕らは一晩モンテスさんの家に泊まることになった。でも僕らは次の日には、モンテスさんの世話になるのを断って自分の住んでいたドノゴ村に帰ることにした。

 村を襲ったのは間違いなくあの盗賊達だった。それがいなくなったのなら、もう逃げた村の人達も戻っているかもしれない。何より、両親を弔いたい。

 僕らは次の日、一週間過ごしたグレスタの町を出た。

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