第31話 レクシア視点・六日目

 私はキャロンさんと少し遅めに宿を出ました。キャロンさんが忙しかったせいです。キャロンさんは朝から出かけてその間宿で待たされました。

 でも、なんでベアトリスさんじゃないのか説明はされていません。ベアトリスさんは仕事が入ったと言っていましたけど。

 ベアトリスさん以外の人の修行は以前半日だけアクアさんと行った時以来です。

 でもあのときはただ走らされただけで、修行と言えるのかどうか。アクアさんに捕まるといやらしいことされるし。

 まぁ、いやらしいことされるのはベアトリスさんの方がひどいので、どちらが良いのかなんてわかりません。そもそも私は本当に魔法の修行をしているのでしょうか。

 キャロンさんは攻撃魔法を使える魔術師なので、少し期待できます。


 でもやっぱり、キャロンさんも同じでした。修行の場所に着いたらすぐに、私に服を脱ぐように言うのです。もう慣れてしまっている自分が嫌になりますけど。

「キャロンさんも、ですか」

 私がぼやくと、キャロンさんは不思議そうに言いました。

「え? ベアトリスからレクシアは裸が好きって聞いたが」

「そんなわけない! あれはベアトリスさんの趣味です」

 しかしもうすでに脱いでしまっています。キャロンさんは私をじっと見て言いました。

「うん、じゃあ私も趣味でレクシアを裸にすることにするか」

 あまり考えていないんじゃないかと思って不安になりました。


「明日は修行できないから復習しよう」

 急にキャロンさんは言い出しました。私は戸惑いました。

「修行できない?」

「そろそろお金がなくなってきたから、明日は仕事だ。あの部屋は高い。レクシアもログも明日は宿に残るか、私達に付いてくるかどっちかになる」

「付いていきます!」

 私は反射的に答えました。宿で待っているなんて納得できません。この三人がどう仕事をするのか見なくてはいけないと思います。というよりも、宿にいろと言われても絶対に跡をつけていきます。冒険者の仕事を見る機会なんてそうあるわけじゃありません。

「ああ、それを判断する上でも、ベアトリスに習ったことを復習する」


 私は戸惑いました。ベアトリスさんからは恥ずかしいことをさせられた記憶はあっても何か習った記憶はありません。

「私、何か習ったんでしょうか」

 思わずつぶやいてしまいました。

「ふふ、理解はしてないだろうな」

 キャロンさんは苦笑します。そして私の右腕に触れました。腕が熱くなります。

「覚えてるか?」

 これは初日の訓練です。あの日、ベアトリスさんは、私の服を脱がすと、両肩と右手首をつかみました。右肩には熱さが、左肩には冷たさが、右手首には痛みが残ります。その三カ所をベアトリスさんが示した場所に動かすというのです。

 指示される場所はなぜか光るので分かるのですが、意識が散漫になると熱さも痛みも冷たさも全部消えてしまいます。その刺激を意識し続けながら場所を移動しなくてはならないわけです。

 指示通り動かせないと相変わらずエッチな罰を与えられて、初日からひどい目に遭いました。嫌な思い出です。

「覚えてます。これを自分の意志でいろいろな場所に動かしました」

「ベアトリスは容赦ないから難易度が高いんだ。初めから三つ同時にやらされるのは結構大変だっただろ」

 これで疲れすぎて私は次の日寝込んでしまったのです。もちろん食事が全くのどを通らなかったり、夜中眠れなかったりした影響もあるのでしょうけど。

 ただ、ベアトリスさんが思いの外おろおろしていて、少し気が晴れました。


「私はベアトリスほど上手にはできないが、少しやってみるか」

 キャロンさんは改めて、私の左腕と右肩に触れました。左腕は熱さ、右肩は冷たさです。

 でも、ベアトリスさんの時とは違います。どの部分も激痛なのです。まさか、痛さまで付け加えて難易度を上げたのでしょうか。熱いところは火傷しそうだし、冷たいところは凍りそうです。痛みがビリビリきます。

「じゃあ、熱さを右太もも、冷たさを左肩」

 キャロンさんは口で指示するようです。光でピンポイントに指示されるよりは動かしやすいです。

 私はそれぞれを指示された場所に移します。でも、移した瞬間からまた激しく痛むのでかなりの苦痛。それでも三カ所をピンポイントで動かすよりは楽です。

「次は熱さを右肘、冷たさを右膝」

 その調子で、キャロンさんは続けました。私は必死でついていきます。失敗すると、キャロンさんもきっと私を恥ずかしい目に遭わすのでしょう。私は必死でした。


 でも思ったより早く、キャロンさんはこの修行を止めました。

「なかなか良い反応」

「ベアトリスさんの時よりも痛いんですけど」

 本音がでました。これ以上続けられても対応できた自信はありません。

「まぁ、私の魔法はこういうのに適していない。やり方を聞いて自分なりにアレンジしただけだ」

 さらりとキャロンさんは言います。そういえばキャロンさんは魔法使いの系統だとお兄ちゃんから教えられました。そもそも攻撃的なのでしょうか。

「重要なのは同時に別のところで意識を使えることだ。レクシアはお母さんに魔法を習ったんだろ、これと似たような訓練はしなかったか? 頭に光、足に闇などが一般的なんだが」

 一般的と言われてもよくわかりません。こんな修行はお母さんに習いませんでした。

「はじめてです」

 キャロンさんはうなずきました。

「だとしたら、あんたのお母さんはかなり良いとこで魔法を習ったんだな。エリート育ちだろう」

「そうなんですか?」

「剣術や武術でも複眼的な意識を覚えれば有利になるが、魔術師ではむしろ必須だ。あんたのお母さんもこれと同じことはできたと思う。魔法をやっていれば自ずと身につくことだしな。ただ、私達みたいな生き方をするならこれは真っ先に身につけるべき能力だ。魔法の幅が広がる。そのために、冒険者から魔法を教わるとこういう修行を先にすることが多い。逆に、貴族から教わると一つの魔法をしっかり使うようにするところから始まる。魔法理論と魔法の勉強がセットになるんでな」

 しかし、私にはこの作業がどう役立つのかよくわかりませんでした。痛い場所を自分の意志で自在に動かしても良いことがあるとは思えないです。


「つぎはロープの上でバランスを取ったんだっけ」

 キャロンさんは言って、持っていた木の杖を上下逆さまにして近くの岩の上に立てました。

「じゃあ、この上に立ってポーズして」

 キャロンさんの杖は長く、そして先端は少しばかり鋭いです。そんなところに立てば足を怪我してしまうでしょう。そもそも岩の上の杖は不安定で倒れそうです。

「む、むり」

 私は弱音を吐きます。本当に無理としか思えません。

「ロープの上と同じだ。足の裏はさっきの意識を思い出して杖に負けないくらい固いイメージを作れば良い」

 キャロンさんは簡単に言います。そして黙って私を見るのです。杖も怖いけど、キャロンさんはもっと怖いです。だからやるしかありません。あの杖に飛び乗るのです。

 私は深呼吸して走り出し、大きくジャンプしました。魔法で体を浮かせるイメージ。ベアトリスさんに教えてもらいました。あれからも何度もイメージ訓練はしています。


 でも思ったよりも体が浮きませんでした。あれ? って感じです。でも体は止まりません。目の前に杖の先端が迫ってきます。

 悲鳴すら上げられませんでした。自分が串刺しになって死ぬイメージが浮かびます。もう逃げられません。スローモーションのように杖の先端がお腹に当たりました。杖の先端はお腹の肌を引き裂きます。

 途端に私ははね飛ばされて、地面に転がりました。

 私は慌ててお腹を押さえます。別に傷はありませんでした。助かったようです。

「緊張感がないなぁ」

 でもキャロンさんは面白くなさそうに言いました。死にかけた私に対してです。そして続けて言われた言葉で私は凍り付きました。

「次は助けないよ」


 私の体が震えます。

「もう一回」

 私は自分がキャロンさんの修行を甘く考えていた事に気づきました。ベアトリスさんはいやらしくてエッチですが、それなりに丁寧に教えてくれます。それに比べてキャロンさんの修行はエッチではないけど、やることがきついのです。

 キャロンさんは恐ろしいほどに無表情でした。

「で、できな……」

「当然できる」

 キャロンさんは問答無用に言います。自然と目から涙が溢れました。怖くて仕方がないのです。

「ロープに立ったとき、初めは何度も落ちたはずだ。でも最後には立てた。しかもほぼ半日ロープの上で片足でポーズを作ることができた」

 私は首を振ります。ロープと違うのです。あんなに鋭い棒の上では無理です。

「体を浮かせるための魔法は身についているはずだ。身体能力が高いこともわかっている。だからアクアはあんたに基礎体力づくりの練習をさせた。棒に飛び乗るという行動も同じ。魔法で体を浮かせる意識と、自分の体を操る意識を同じように持つこと。さっきは魔法に頼ろうとして体が動いていなかった。だから失敗した」


 私は歯を食いしばって足をしっかり立たせました。お兄ちゃんはキャロンさんと修行したとき、あまりにも殴られすぎて泣いたといいました。それでも容赦がなかったと、少しふざけながら言っていたんです。でも、あれは照れ隠しだったのでしょう。キャロンさんは本当に怖くて容赦がないのです。

 やるしかありません。次は助けてくれない。

 私は大きく深呼吸してから走り出しました。私はもともと運動神経が良い方です。お兄ちゃんよりも早く木のてっぺんまで登れます。杖の上に飛び上がるだけだとしたら、魔法はそれほど必要ないのかも知れませんでした。

 私は体を使って大きく飛び上がり、何とか棒の上に足を置くことはできました。怪我をしないためには足の裏を硬くするイメージを作らなくてはいけません。足が杖の先端に触れましたが、ダメージはありませんでした。ほっとします。

 うまくいったと思った瞬間、私はすぐに頭からころげ落ちそうになりました。当然です。足にばかり気を取られていました。


「頭から落ちたら死ぬよ」

 キャロンさんの声です。私は必死に体を浮かせる魔法を使いました。魔法と言うより、イメージで体を浮かせるだけのものですが。でも、それだけじゃ無理です。私は大きくバランスを崩しています。

 私は背中をのけぞらせて体を起こすと、片足を後ろに伸ばして、ぎりぎり落ちるのを防ぎました。かなり無様で情けない格好です。でも落ちて怪我をするよりましです。

 それでも安定しないので、私は更に足を後ろに伸ばして体を前に倒しました。両手も広げて、何とか体のバランスを取ります。魔法を意識して、落ちるのを防ぎます。

 自分が裸だということもすでに意識していませんでした。

 うまくいったと思ったら、足に激痛が走りました。足が杖に刺さってきているのです。足の意識が薄れたせいです。足に固いものをイメージして今以上のダメージがないようにしました。痛みを感じながら他に意識を動かすのはさっきもやったことです。ある程度の痛みなら、維持したままでも体をコントロールできます。

 時間はかかりましたが、私は何とか杖の上に立つことができました。相変わらず足に痛みが走ります。

「まぁまぁかな。降りて良いよ」

 私はその言葉を聞くとすぐに杖から飛びたって、怪我をしていない方の足で着地しました。そしてそのまま崩れ落ちようとします。安心して力が抜けたのです。でもキャロンさんは許してくれませんでした。私の手をつかんで無理矢理立たせたのです。

「足見せて」

 強引に怪我した方の足を引き上げられました。そんなことされたら後ろに倒れてしまいます。何とかキャロンさんの服をつかんで倒れないようにしました。

「まぁ、痛みは残るけど、血は止めておこう」

 キャロンさんは私の足の裏に手を当てて何かをつぶやきました。私にも傷がふさがるのがわかりました。キャロンさんは手を放します。

「うん、だいぶ体全体に意識が行くようになってる。修行の成果は出ているな」

「あ、ありがとうございます」

 少しだけ私は安堵しました。でも緊張は止まりません。次に何をされるのかを考えると怖すぎます。


 でも、その後、キャロンさんは考えたまま首をかしげていました。やがて私に言います。

「なんかやりたいことあるか?」

「えっ?」

 キャロンさんはまだ思案顔をしています。

「あの、さっき復習って言ったのはもう終わりですか」

「あまり考えていなかったからな。ああ、昨日の復習でまた裸で町に戻るとか」

「嫌です!」

 私は叫びます。あんなこと二度とやりたくないです。しかしキャロンさんは澄ました顔で言いました。

「私は体と意識を切り離すなんて芸当はできないから、無理だが」

 私は脱力した気分になりました。修行は厳しいけど、この人は何も考えていない。

 仕方がなく私は言いました。

「なんか呪文とかは」

 さっきキャロンさんは口の中でつぶやいていました。それは治癒の呪文なのでしょう。私は治癒の呪文が使えません。お母さんに教わったのですが発動できませんでした。

 するとキャロンさんは尋ねてきました。

「レクシアはいくつか呪文を知っているか」

「物への魔法付与と、身体の強化は知ってます。後は光とか火とかです」

 物への付与は主に剣を軽くするもの。身体の強化は攻撃を受けても耐えられるようにするもの。他にも火をおこしたり光を灯したりといった、生活で便利な魔法は使えます。だけどそれ以上の呪文は全然発動させられませんでした。

 キャロンさんは少し考えてから言いました。

「呪文が本当に必要だと思うか?」

 意味がわかりません。少なくともお母さんに教わったのは呪文を使う魔法です。さっきキャロンさんも呪文を唱えていました。

 答えられないでいるとキャロンさんは続けました。

「なるほど。じゃあ、そういう修行をしよう。どんな魔法を使いたいんだ」

 私は嬉しくなりました。呪文を教えてくれるのでしょう。使いたいのは当然戦える魔法です。

「キャロンさんが使ったあの光の光線みたいなやつが使いたいです。魔法でグサって刺さる感じの」

 私が熱く語るとキャロンさんは笑い出しました。ひどいです。

「だって、使いたい魔法って……」

「ああ、悪い。可愛い事を言うと思ってな。確かにたいていの奴は治癒の魔法か攻撃魔法を知りたいわけだ。じゃあ、まずは呪文無しで魔法を飛ばすところから始めよう」


 キャロンさんはそう言って、また杖を地面に立てました。今度は尖った方を下に向けています。そしてその上に拳ほどの大きさの石をのせました。

「これを離れたところから落としてみろ」

 キャロンさんは平然と言いますが、私にはどうやれば良いのかわかりません。

 私が戸惑っているとキャロンさんは言いました。

「足の裏を硬くしたり、体を浮かせたりする魔法は呪文を使わなくてもできた。自分の体だからイメージしやすかったんだろう。外に放出する魔法も同じだ。昨日ベアトリスから、体の中にたまった魔力をはき出す訓練をしてもらったはずだ。それを掌から出すつもりでやる」

 私は杖に向かって掌を向けました。

 魔力をはき出す訓練と言っても、ベアトリスさんからはエッチなイメージで教えられたので、よくわかりません。でも、ここでそれを言っても仕方がないと思いました。


 意識を掌に持っていくと確かに何かが集まってくるのを感じます。

 これなのかな。

 なんとなくイメージがつかめてきた気がします。自分の中にある何かを掌に集めてくる。そしてそれを掌から飛ばす。

 そうすると、石は少し揺れて、落ちました。嬉しくなります。何と私は魔法で石を落としたのです。キャロンさんはまた石を元に戻しました。

「一応成果は出ているのか。でも遅い。一瞬で意識を集めてすぐにこの石を落とす。まずはそんな練習をしてみよう」

 これなら楽しいかも。コツを掴むと、結構すぐに発動できます。キャロンさんは石を戻すのが面倒になったようで、落ちた石が自動的に戻るように杖と石に細工をしました。

 そこからはただただ石落としです。強くはじき飛ばしたり、弱く押し出したり、イメージの形を変えることで、石落としにもバリエーションがつけられます。


 小一時間くらい続けていたでしょうか。私は急に目まいがして、力がなくなり、その場に倒れ込みました。

 一瞬自分に何が起こったのかわかりません。体が異常に重く、まるでいうことを聞かないのです。

 そこで思い当たりました。以前にもやったことがあります。これは魔力切れです。しかも結構重度。なんでいきなりこんな状態になったのでしょう。石を落とす魔法はそれほど魔力を使っているイメージはありませんでした。

 その瞬間、背後からキャロンさんが抱きついてきました。

「我慢している子を襲うのも良いんだが、こうして全く身動きをとれなくなった子を、めちゃめちゃにするのは燃えるな」

 やっぱりキャロンさんもベアトリスさんと同じでした。身動きできない私はキャロンさんにいいように弄ばれたのでした。


「もう体動くだろ」

 事が終わってから、キャロンさんは言います。

「治して、くれ、たの」

 私は何とか身を起こします。

「治してない。○○しただけ。身動きとれなくなった美少女なんて、最高のシチュエーションだ」

 キャロンさんは立ち上がって服を着始めました。

「でも……」

 私はつぶやきます。魔力切れが回復するのには時間がかかります。それなのにもう私は体が重くありません。

「さて、私達はどうやって魔力を回復している」

 キャロンさんが言いました。私は答えられません。あまり考えたことがないです。

 キャロンさんは続けました。

「答えは周りの全ての物質から。私達はいつも皮膚で魔力を吸い上げている。レクシアも少し練習すれば意識できる。魔力を前に放つのと同じで、外から魔力が入ってくるイメージもあるはずだ。慣れると早く吸収できるようになる。魔力の高い場所。たとえば金属の多い洞窟とかなら、より早く吸い上げられる」

「意識しなくても魔力は吸収できるの?」

 私は疑問に思って尋ねました。キャロンさんはうなずきます。

「そう、私達は普段無意識で魔力を吸い上げている。ではなぜ、レクシアは魔力を使い果たして倒れてしまったのか」

 やはり私が身動きとれなくなったのは魔力を使い果たしたからのようです。その予兆に気がつかなかったのかが不思議です。

「吸い上げるよりも出す方が多かった」

「もちろんそういう場合もある。あんたらがダークドッグに襲われたときレクシアが力尽きたのはそういう状態だった。でも今は違う。石を落とす程度の魔力なら、放出してもすぐに回復できる」

 ではなぜ自分はうまくいかなかったのだろう。

「気づいたことは?」

 必死に考えるのですが出てきません。そもそも夢中だったので、振り返ってみてもあまり覚えていないのです。キャロンさんは肩をすくめました。ちょっと傷つきます。

「レクシアは石を落としている間に、自分の体全体を意識していたか?」

「あっ!」

 さっきは魔力を打つことだけに意識が集中していました。むしろ楽しすぎてそれしか考えていませんでした。

「優れた魔術師でも強い魔法を使っている最中は意識がそこに集まってしまうが、すぐに元の状態に戻す。そうすればそれほど意識しなくても魔力が入ってくるから。実は魔力切れと言っても二パターンある。呪文を唱える魔法で魔力切れを起こすと、回復に時間がかかる。これは呪文が効率的に体内の魔力を吸い上げ、根こそぎ魔力を消費するからだ。その代わり呪文は魔力の節約になる。一方で呪文を使わないで魔力切れを起こしたときは単に意識できる部分の魔力が消耗しているだけだから、魔力を多少吸収できるようになれば回復は早い。欠点は体内の魔力が枯渇しているわけじゃないから、自分で気がつきにくいと言うことだ」

 私は立ち上がります。

「なんで先に教えてくれないんですか」

 私は聞く必要がないことをわざわざ聞いてしまいます。答えは目に見えているのに。

「いや、力尽きて倒れてくれた方がおいしいから」


 それから私はキャロンさんと簡単に昼をすませました。

 私は魔法のことを考えながらふとつぶやきました。

「さっきの修行、お兄ちゃんの方がうまくできるのかな」

 するとあっさりキャロンさんは返してきました。

「ん? まぁできるだろうね。たぶん簡単に」

 言われてまた落ち込みます。お母さんにも言われたのです。私には魔法の素質があまりないと。

 落ち込む私をキャロンさんは後ろから抱きかかえました。またエッチなことされるのかと思って緊張してしまいます。でもキャロンさんは何もしませんでした。

「まだ気にしているのか。魔力の強さは関係ない。確かにログの方が魔力に対する相性は良いからこの程度の技術はすぐに覚えられるだろう。だが、だからといって優れた魔術師になれるわけじゃない」

 しかし私の気が晴れることはありません。キャロンさんは続けます。

「たとえば私達三人の中で一番魔力が大きくて魔力との相性が良いのはアクアだ。そして私達の中で一番魔力がないのがベアトリスだ」

「え、嘘」

 衝撃的な話でした。

「本当の話だ。でもアクアは魔法をあまりうまく使えない。修行していないのではなく、魔力が強すぎて細かい魔法が使えない上に、連発に向いていない。だから普段は剣に頼っている。ベアトリスは私達の中では魔力は多くないが、知っての通り魔女を自分のスタンスにしている。実際使える魔法の種類も多いし、魔法のコントロールも私達の中で一番うまい」

「魔力の強さとか、相性ってどういうことなんですか?」

 私にとってはどうしても理解しにくいことでした。

「魔力の強さは言ってみれば体の大きさだ。相性の良さというのは筋肉の付きやすさになるかな。そんなイメージだ。レクシアは魔力で言えば小柄、だから大柄の人には単純な力で勝てない。アクアは大柄どころか巨人。戦えば大きい人が有利というのは変わらないが、大きい人ならではの隙があるから、実際の戦闘ではどっちが強いとは言いがたい。魔力との相性で言えばレクシアは筋肉がつきやすい方ではない。ログの方がはるかにつきやすい。つまり相性が良い。でも筋肉がつきやすいと言うことは一方向の力に偏りやすいと言うこと。だからちゃんとした師に付かない限り、修行も失敗しやすい。実際に魔力との相性がいい人ほど残念な結果になる事が多い」

 後ろから優しく抱きかかえられるのが妙に気持ちいいです。そんなこと思っていたら、見透かされてしまいました。

「さて、いつまでも赤ちゃんのふりしてないで立て。次の練習をするぞ」

 キャロンさんは私を解放しました。


 それからキャロンさんは歩きだすと、先ほどの杖を手に取りました。

「レクシアはまだできないだろうが、魔力は放出するだけじゃなくて、こういうものにとどめておくこともできる」

 そして杖をくるくると回します。

「杖が立っていたのは私がこの杖に魔力を与えていたから。もちろん石がくっついていたのも同じ。レクシアが放った魔力は石だけじゃなくて杖にも当たっていた。でも杖は倒れずに石だけが落ちる。理由がわかるか?」

「くっつける力の強さが違っていた?」

「そうなる。正確に言うと杖は先端から魔力を放出して地面をしっかりつかんで立っていた。一方石は落ちるのをとどめるという程度の力で抑えられていた。高度なものはベアトリスが得意。昨日の髪飾りを覚えているだろ」

 なるほどと思います。髪飾りをつけると精神体が実体化するなんて、かなり複雑な仕組みです。魔法と言われればそれまでなのですが、やって見ろと言われてできるイメージがありません。

「そしてあれくらい複雑なものを作ろうとすると呪文を使うことが多い。呪文を習いたいんだよな」

 そうです、忘れていました。攻撃の呪文を教えてくれるという話です。

「呪文を使えば魔力の節約になるし、複雑な技を練ることもできる。ところが決まった呪文というものはない」

 キャロンさんはなぞなぞのようなことを言いました。

「決まった呪文がない?」

「もちろんそれを否定する魔術師達も多い。呪文とは決まったものであり、それを唱えれば目的を達することができると」

「私はお母さんに教わった呪文で魔法を掛けてきました」

 なかなか納得しづらい話です。決まった呪文がないなら呪文というのは何なのでしょうか。

「確かに。実際そう思い込んでいる人は多いだろうな。私は魔法は頭に明確なイメージを作っていることが重要で、それを形にしやすい音の流れが呪文だと思う。レクシアも呪文の言葉だけを覚えたのじゃなくて、母親の発音を真似ただろ」

 確かにそうです。書かれている呪文を読んでも力が発動しませんが、お母さんの声まねをしたら使えるようになりました。

「私が使う魔法は見たり聞いたりしたのをアレンジしたものだし、呪文も適当。だけどしっかり発動する」

「言葉はなんでも良いって事なの?」

「私はそう思っている。だからそういう訓練をする」


 言ってキャロンさんはまた歩き出しました。私も付いていきます。

 キャロンさんは一つの木の前で立ち止まりました。軽くたたいて硬さを見ています。

「これくらいがちょうど良いか」

 人の足程度の太さで、枯れかけた木です。何度か体当たりすれば折れそう。

「この木を倒すとしよう。どんな魔法で倒したい?」

 私は少し考えます。

「光の矢みたいなので真ん中から折る」

「なるほど、じゃあまずは呪文を使わずに意識だけでその状況を作ってあの木にぶつける。実際に魔力を放出する必要はない。常に意識を広く持ちながらも、イメージに集中してリアルに感じるまで続ける」

 私は言われた通りイメージで光の矢を描いてみました。でも、どうにもぼやっとしてよくわかりません。試しに投げるポーズをしてみましたが、全然リアリティを感じませんでした。それでもとにかく続けてみます。イメージは固まってきません。その光の矢は長いのか、短いのか、どんなポーズで投げれば良いのか。

 集中してやっているとおしりをねっとりと触られました。かなり思い切り。

「うぁ」

 驚いて跳ねてしまいます。

「意識が偏っている。さっきと同じだ。同じ事を言わせるな。もっと体全体に意識を持つ。自分の形にこだわらずにイメージにこだわる」

 普通に声を掛ければいいのにと思います。

 でもやるしかありません。再び集中してイメージの光の矢を投げてみました。何度もやっているとだんだんリアルに感じがつかめてきました。

 光の矢は掌でちょうどつかめるくらいの太さ。長さは自分の身長くらい。

 それは以前見たキャロンさんの光の矢に似ている気がします。

 私は後ろに気配を感じて振り返りました。すぐ背後にキャロンさんがいます。

「今度はばれたか」

 良かった。褒められた感じがして、少しうれしくなりました。


「だいぶイメージは固まったみたいだから、一度だけ本当に魔力を放出してみよう。多少複雑だからあまり強く魔力を出し過ぎると、レクシアの場合は使い果たす可能性がある。手加減しろ。その代わりイメージになぞらえているかどうかに注意」

 私の魔力では一発勝負らしいです。私は思い描いたイメージに自分の放出する魔力を乗せていきました。ところが、形を作ろうとすると、思った以上に力が吸い上げられます。私は慌てて力を抜きました。

「こんなに?」

 さっきはただ魔力を放出するだけでしたが、光の矢の形を空中に作ろうとすると比較にならないくらい魔力が消費されます。

「手加減て言っただろ。本当に木を破壊するわけじゃない。その魔法のイメージを形にするだけ」

 私はこれがかなり大変な作業であることを感じました。

 もう一度挑戦してみます。感覚を広げて、外の魔力を吸収するイメージを持つ。そしてその状態で、さっきのイメージをなぞっていきます。

 崩れかけていたイメージを頑張って修正し、光の矢の形だけつくって、自分の体の動きに合わせて投げました。

 しかし光の矢は私の手から離れた瞬間に消えました。私は崩れて膝を突きます。周りの魔力を集めようと感覚を広げました。形だけのはずなのに、木に届くまで魔力を維持することはできません。

「まぁまぁか。もう少し効率よく繋げられると良かったが」

 キャロンさんの評価はそれほど良くないようです。でも続けてやれるほどの魔力は残っていません。

「さて、早く立つ。座ってたら○○よ」

 私は重い体を何とか持ち上げました。魔力の回復に努めます。確かにこの魔力切れに関しては、一生懸命魔力を集めようとすれば回復するようです。


 そしてここから私は光の魔法の呪文を作りあげるのですが、その詳細の説明はできません。

 だって、恥ずかしいことさせられながら、卑猥な言葉を叫び続けさせられるなんて思わないでしょう。

 もう最後の方はやけになっていましたよ。

 とにかく呪文が完成した瞬間に私は失神してしまいました。


 私が起きたとき、キャロンさんはにやにや私を見ていました。

「やることがひどすぎます」

「何言ってる。おかげでイメージと言葉の繋げ方がわかっただろ」

 そして続けます。

「ほら、仕上げだ。急ぐ」

 キャロンさんは私を立たせて、また木の前に連れてきました。

「今度は身振りと呪文を合わせて魔法を放つ。魔力の放出の調整はうまくいかないだろうから、私がコントロールする」

 キャロンさんが後ろから私の体に触れます。

「良いよ、やって」


 私は始めます。せっかく完成した呪文なんだから使ってみないといけません。

 全身に意識をまわし、頭にイメージを組み立て、そして手振りをつけていきます。

「ほぎい、ちゃむぅ、もっとぉ、なぐ」

 私の手の間に光の矢が生まれました。力が持って行かれそうになりますが、キャロンさんに強く抱かれると力の放出が止まります。

「いだし、でぃ」

 私はスムーズな動きで手に集まった光を投げ出しました。成功です。

 私の光の矢はしっかりと木に刺さりました。そして消えます。

「できた……」

 私は自分の手で攻撃魔法が出せてうれしくなりました。お母さんに何度教わっても使えなかった攻撃魔法。


「三十点」

 でもキャロンさんは冷たく言いました。

「一撃でへし折るくらいの力がないと意味がない。そもそもそういう魔法を作りたかったはずだ」

 言われて気づきました。私の光の矢は木に刺さっただけで消えてしまいました。予定とは違います。だけど少しくらい褒めてくれても良いと思うのです。

「だって」

 キャロンさんは厳しい目で私を見ていました。私も背筋がしゃんとしてしまいます。

「なんで木が折れなかった?」

 キャロンさんが尋ねてきました。なぜでしょう。私にはわかりません。

「魔力が足りなかった?」

 思いつく答えを言ってみました。そもそも私の魔力は少ないはずです。だけどキャロンさんは首を振りました。

「魔力を乗せればもちろん強い攻撃力になる。でもそれなら呪文に頼る必要はない。特にレクシアは魔力が少ないのだから、魔力の使用を最小限に抑えて最大の能力を出さなくてはいけない」

 呪文に魔力を乗せると力が上乗せさせられるようですが、私の場合はそれほど魔力が多くないので、魔力を乗せずに呪文を使う必要があるようです。

「呪文が、違ってた?」

 それがもう一つの可能性だと思ったのですが、またキャロンさんは首を振りました。

「呪文が違っていたら、そもそも魔法が発動しない。もちろん魔力で無理矢理発動させることもできるが、意味が無いだろ」


 もう私にはわかりません。私がうなだれながら考えていると、キャロンさんが答えを言いました。

「初めに言っただろ。イメージが大切だと。レクシアはあの木を倒す光の矢のイメージを作れていなかった。形は光の矢で思った通りに飛んだかも知れないが、それがどれだけの威力を持っているかをまるでイメージしていない。あの呪文で発動できるのはレクシアのイメージどおりのものだけだぞ」

 私は愕然とします。だとしたら私の魔法は失敗ではなく、初めから木を破壊する威力の無いものだったと言うことです。

「じゃあ、この呪文はダメだったの」

「さっきも言った。呪文はどうでも良い。イメージさえ明確であれば、自ずとそれに合う呪文のイメージが湧いてくるし、何回か繰り返せばどんな呪文がしっかり当てはまるかわかる」

 どうやら半日掛けて作った呪文は、ただ光を飛ばすだけの役に立たない魔法だったようです。さすがにがっかりすぎます。あの苦労は何だったんでしょうか。

「レクシア、呪文を覚えることが目的じゃない。どうやって作るかを知ることが重要だ。明日は修行ができないから今日は駆け足になったが、少しは理解できたか?」

 キャロンさんは慰めるように言ってくれました。でも今日の一日で私はとても魔法について学べた気がします。

「ありがとうございます」

 私は初めて本心からお礼を言うことができたのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る