第30話 ログ視点・六日目

 僕は早朝からアクアに連れ出された。僕らはいつもの草原までやってきた。

「どうしたの、アクア、こんなに早く」

「全裸になって型を初めな。おいおい話すから」

 アクアは気軽に言う。また脱がす気のようだ。いや、昨日はキャロンだったからアクアとははじめてか。僕はおとなしく全裸になる。

 そして僕はまた型稽古を始めた。

 おいおい話すと言いながら、昼まで僕らは会話をしなかった。僕は剣に集中していたし、アクアも話しかけては来なかった。


「もういいぞ」

 アクアが言う。僕は剣を振るのをやめたけど、さすがにもうへたり込んだりはしなくなった。少しずつは体力が付いてきたのかも知れない。

「さすがに三日目になるとはまってきたな。といっても、今までサボっていたのを思い出したってとこだろうが」

 アクアは鋭い指摘をする。確かに型の稽古は久しぶりで体が思い出すまでに時間がかかった。そういえば父さんは毎日一人で振っていたような気がする。僕も訓練のときは型をずっと振っていたけど、心の中では早く父さんと打ち合いをしたかった。

「午後は実践の動きを教えてやる」

 アクアが意外なことを言った。そしてシートを広げて座り込む。僕は立ち尽くした。まさかアクアが本当に剣を教えてくれるとは思っていなかったから。

「ほら、めし」

 アクアがまた携帯の肉を投げ渡してきた。僕はそれをしっかり噛んで食べた。

 これはチャンスだ。昨日は結局キャロンに殴られっぱなしで身についたのは逃げ方くらいだった。今回は本当に戦い方が教われるかも知れない。

「食い終わったら、私に奉仕な。ベアトリスはいいことを言うよ。食欲と○○は同じだってな」

 僕はむせる。せっかくアクアを見直したところだったのに。

 そして実際にヤラされた。


 終わってから、アクアは立ち上がる。

「明日は仕事をする予定だ」

 僕も立ちながら尋ねる。

「仕事?」

「私達は高い宿に泊まっているからな。あんまりサボってもいられない」

「僕達も連れて行ってくれるの!」

 僕の目が輝く。間近で彼女達の戦いを見たい。

「それはおまえ次第だな。さすがに仕事で足手まといはいらない。自分達の首を絞めることになるだろ」

 アクアはシートを出て、草原に行った。

 僕はやる気を出してすぐに剣を手に取った。しかしアクアが振り返って言った。

「やる気を見せているところ悪いが、剣は使わない」

「え?」

「いいからさっさと剣を置け」

 僕は渋々剣を置いた。そして僕らは草原で向き合った。お互い裸だからちょっと恥ずかしい。

「これから日が沈むまでにおまえは私の体の五カ所を触る」

「さわる?」

「ただし、私がおまえに触ったら、その場所はやり直し」

 意味がわからない。僕が戸惑っているとアクアは続けた。いつの間にか手に髪飾りを持っている。

「こいつはベアトリスの髪飾りだ。ちょっと細工をしてもらった」

 そしてアクアは僕に髪飾りをつけてしまった。男で髪飾りをつけるのはちょっと恥ずかしい。

「なかなかいい少女っぷりだな」

 僕は口をとがらせる。

「私の胸を触って」

 アクアが唐突に言う。僕は素直に形の良いアクアの胸に触れた。

「もっと握るように」

 少し強めに握る。手を放すとそこに僕の手形が突いていた。

「おまえの手が私に触れるとこうなる。そして……」

 今度はアクアが僕の胸を強く握った。

「痛い!」

 僕は悲鳴を上げる。すぐに飛び退いてアクアを見るとアクアの胸の手形は消えていた。

「私が同じところに触れるとキャンセルになる」

 なんとなく仕組みがわかってきた。そして僕が触って良いところを示した。

「私は指摘した場所を触れられるまで攻撃しない。触られたら触られた場所に対してだけ同じように攻撃する」

 アクアは攻撃という言葉を使った。それはたぶん本気でやらないと大変なことになるという意味だ。

「必ず掌で触ること。拳とか手の甲とかはダメだ。組み合いも無し。これは格闘技じゃないんだから」

「たたくことになっても良いの?」

「それはOK。ただ、痛かったら私はそれ以上の力でやり返す」

 掌とはいえ、アクアに叩かれたら悶絶しそうだ。

「理解できたか?」

 僕はうなずく。

「じゃあ、スタートだ」


 初めから僕は苦労する。アクアは手を後ろに組んだまま僕の攻撃を素早くよける。僕はバカみたいに飛びかかっては逃げられるのを繰り返した。

「もっと考えろ。私がどうやって逃げているかをちゃんと観察しろ」

 僕は飛び込むのを止めて、じりじりと近寄った。さっきからアクアは横に避けるだけだ。僕が勢いで止まれていない。

 触れられるくらい近くまで寄って。僕は一気に前に出る。

 そして右によけたアクアを追って右にも手をのばした。


 パチン


 僕の手はアクアの脇腹をたたいただけだった。

「今のだと偶然。もっと考える」

 アクアは冷たく言った。それでもわからなくて僕は同じ事を繰り返した。


 しばらくしてから僕はやっと気がついた。アクアは僕が前に出ると横に逃げるという作業しかしていない。

 僕は前に出る意識のまま右に飛んでみた。同じように右に動いたアクアに僕はぶつかる。

「顔で触っても無効だぞ」

 そしてアクアは僕の手をつかんで自分の右胸にぎゅっと押しつけた。

「おまけだ。私はもう少し同じ事を続けるから、もっとうまくやるように」

 胸一つでも大変だった。初めから右に動こうとするとアクアは左によける。僕が前に出ようという意識を見せなければ、アクアは思った方向に動いてくれない。


 それでも僕はだんだん慣れてきて、何とかアクアの左胸を触ることができた。

 僕は息を切らせてむせる。

「まだ私からは攻撃していないし、そもそも○○は触りやすい場所だ。次は○○だ。まだ苦労しそうだから、私は同じ逃げ方をしてやろう。早く次のレベルまで来ないと日が暮れるぞ」

 僕は息を切らせながら考える。どうやったら次の場所を触れるか。アクアが同じようによけてくれるというのなら、何とかなるかも。

 僕はアクアに渡された水を飲んでから再開した。

 アクアの胸には僕の手形が二つある。

 次の場所は比較的うまくいった。さっきより更に前に出てから左右に動いてたたく。数回の挑戦で僕は手形をつけることができた。

「やった!」

 僕はうれしくて声を上げる。しかしアクアは立ったまま冷たい視線で僕を見ていた。

「今の、めちゃめちゃ痛かった」

「え、だって……」

「覚悟しろ」


 そして再開。

 ちょっとアクアの目が本気で怖い。でもアクアは攻撃してこなかった。僕はもう片方にも手形をつけることができた。

 アクアが次の場所を示す。

「最後はここだ。でも、次からは同じ逃げ方はしない。おまえは更に頭を使って戦略を立てろよ」

 僕は気を引き締める。そしてまたアクアに迫った。やり方は胸を触ったときと同じだ。位置が下になるだけ。

 でも、僕はアクアの前には出られなかった。アクアは僕の背後に回って思い切り両方のおしりをたたいた。

「いったーっ」

 僕は悶絶して転がる。転がって体が痛いけど、おしりはもっと痛い。

「これで二カ所チャラね」

「ひどいよぉ」

「修行だろ」

 アクアは冷たく言った。


 僕は何とか立ち上がる。

 今、アクアは右に逃げるそぶりをしたが、動かなかった。僕だけが右に行ったから簡単に後ろに回り込まれてしまった。今まではアクアが左右にしか動かないのを知っていたから動く方向を当てずっぽうで決めていたけど、もしかしたらもっとアクアの動きをよく見ればわかるのだろうか。

 アクアは何度も頭を使えという。アクアはもっと早く動けるのに、多分僕に合わせて手を抜いているのだと思う。

 僕はゆっくりアクアに近づく。アクアは動かない。僕はその場で左手を突き出す。僕はどこにでも動けるように準備していた。アクアは今度は体をひねっただけでかわした。

「また○○を触っても仕方がないよ」

 しかしそこでアクアの動きが止まる。ちょっとした偶然ではあるけど、アクアが動いた方向に僕の右手があった。だから僕はその手を下から突き上げてアクアの最後の場所に触った。

「あ、偶然かな、でもうまいね」

 アクアが褒めてくれる。僕も嬉しい。体で追うことばかり考えていたけど、僕がどんなに早く動いてもアクアには敵わない。だから、相手の動きをよく見て、避けるアクアの先回りをするつもりだった。

 でも僕の喜びはそこで途絶える、その後は欲情したアクアに○○されたから。


「さぁ、続きだ。○○したせいでマークがとれたな。ほら、○○と○○に触れ」

 アクアは自分が満足すると、すぐに修行を再開した。アクアの切り替えの早さにはついていけない。

 その日の修行は夕方まで続いたけど、結局僕は課題をクリアできなかった。終わり、と言われたときは、二カ所の手形しか残せなかった。アクアは鎧を着けながら言う。

「相手が人間でない場合は相手の動きを見たり予測したりして臨機応変に動く必要がある。剣の型って言うのは、相手と打ち合ったとき、一定の流れで振れば相手を倒せるという経験からできたものだ。相手が人間ならはまることも多いが、そうじゃない時は型の動きじゃ対処できない。相手を見て考える。それが何より重要だ」

 僕はやっと今日の修行の意味を理解できた。

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