第29話 明日への布石

 ベアトリスが昨日の安酒場で待っていると、初めにアクアが現れた。

「うまくいったのか」

 衛兵の見張りはもういないようだ。

「当然でしょ」

 そこにキャロンが入ってきた。キャロンは席に付くと言う

「奴らはどうだ」

「今私も聞いてたところだよ」

「まぁまぁ慌てないでよ」


 それからベアトリスは今朝からの話をした。

「相変わらずめちゃくちゃな魔法だな。普通なら魔力が枯渇して倒れているぞ。アクアなら大丈夫だろうが」

「物に付与するタイプの魔法は事前に用意しておけば魔力の消費がないのよ。便利でしょ。私は魔法の形を整えただけ、魔力自体は霧の魔獣が全部出してくれる」

「それで明日まで保つのかよ」

 ベアトリスは首をすくめた。キャロンが捕捉する。

「霧の魔獣は大気だけじゃなく、他の魔獣からも魔力を吸い出すことができる。まぁ、弱い魔獣からだが。もしかするとベアトリスの魔法のせいで森から魔獣がいなくなるかもしれないな」

「オウナイ一味のおかげで街道からは盗賊が消えて、霧の魔獣のおかげで森からは魔獣が消える。なんかグレスタが安全な町になっちゃうわね。冒険者の仕事は少なくなるでしょうけど」

「何、盗賊も魔獣も時間が経てば戻ってくるさ。それに何も冒険者の仕事は盗賊や魔獣の相手だけじゃないだろ」

 ベアトリスはキャロンに尋ねる。

「それより、一応彼らは自分達をすごく強いって言ってたけど、本当にログとレクシアを戦わせるの?」

「冒険者になりたいなら、多少厳しくても仕事をすべきだろう」

 キャロンが言うとアクアが続けた。

「強いってほどじゃないぜ。全然なっちゃいねぇ。素人よりはましっていった程度だ。恐らく実践オンリーで普段から訓練なんてしちゃいねぇだろ」

「だとしたら、ログとレクシアは何人くらい相手にできそうだ」

 キャロンがアクアに尋ねる。オウナイ一味と戦ったことがあるのは、実はアクアのみである。キャロンもベアトリスも相手の力量が読み切れない。

「二人まとめて相手にしても挟まれなければ勝てるだろうな。レクシアの支援込みだが」

「じゃあ、四人だな。四人確保して、二人と戦わせよう。残りは全員私達で殺す」

「方法はどうするの?」

「めぼしい宝は見つけられたか?」

 ベアトリスの質問にキャロンは質問で返す。

「こんな感じね」

 ベアトリスは袋から装飾剣と装飾杖を取り出した。

 アクアが眉を寄せる。

「ただの飾り物じゃねぇか。使い道無いぜ」

「魔法で強化しておけば多少は使えるようになるだろう」

 キャロンはベアトリスからそれぞれの武器を受け取って細工する。

「そんなもの、なんに使うんだよ」

「ただのきっかけ作りだ」

 そしてベアトリスに返す。

 キャロンは明日の流れを説明した。


「まぁ、良いんじゃない。私は四人ほど結界の中に閉じ込めておけば良いのね」

 ベアトリスが答える。

「そうだ、私達が間違って殺さないようにな」

 そしてキャロンはアクアに尋ねた。

「ログの稽古をしっかりつけたんだろうな。私も別に無駄死にさせる気は無いぞ」

「剣の方はやっと様になってきたな。毎日午前中いっぱいやっているんだから当然だけどな。午後は相手の動きを見て行動する訓練をしてやったよ。私の○○とか○○に触る訓練だな」

「アクアが触られたいだけじゃない。サービスしすぎでしょ」

「サービスなんかしねぇよ。確かにこちらから攻撃するのはできるだけ控えたが、触られないように動いたさ」

「それはなかなかいい訓練だな。結果はどうだ。ログはあんたに触れたのか」

「初めの五カ所はわざと隙を作って触らせたから、実質成功したのは二回かな」

「まぁ、妥当なところか。あんたの手加減具合にも寄るが」


 ベアトリスが今度はキャロンに言う。

「キャロンはどうなのよ。毎回私の訓練に文句ばかりつけてたけど。やっぱり魔力循環からやらせたの」

 キャロンは首を振る。

「今更そんな基礎を積んだところで、どうしようもないだろう。魔法を使い慣れれば自ずと必要になることはわかるはずだ」

「じゃあ、何を教えたの」

「せっかくだから、ベアトリスの修行の成果が出ているかを確認した」

「ちゃんとできるようになっていたでしょ」

 ベアトリスは胸を張る。

「そうだな。気が強くて勉強熱心だ。途中一回死にかけたが」

「なにやっているのよ!」

 ベアトリスが怒ってテーブルを叩く。しかしキャロンは済まして続けた。

「多少要領を飲み込めていないたみたいだったからな。死ぬ前にちゃんと助けたから怒るな」

「本っ当にキャロンて、サディスト」

「まぁ、ベアトリスの訓練をしっかり身につけていたのは、それだけあんたを信頼しているんだろう。本気で魔法の勉強だと思っていたようだ。魔力も少なく、相性も悪いのによく頑張る」

 ベアトリスが口を尖らせる。

「魔法の勉強になっているわよ。私だって小さい頃から似たようなことやらされたんだから」

「そうだな。魔術師の入り口には入れたと思う。だから正直、私は何を教えるか考えていなかったんだが、呪文について説明していなかったのを思い出してな。後半は呪文の作り方を教えた」

 ベアトリスが目を細めてキャロンをにらむ。

「ちょっと、キャロン。そんなめちゃめちゃ高度な内容教えたって明日役に立たないでしょ。キャロンこそ教え方を間違えていると思うわ」

「ああ、明日役に立てようと思ったわけじゃない。明日で私達はあの兄妹とお別れだ。レクシアがこれからどうやって生きていくのかはわからないが、もし魔術師として生きるつもりなら、呪文の意味をしっかり身につけていて欲しかったんだ。そうすれば良い師に巡り会わなかったとしても成長できるだろ」


 アクアが割り込む。

「そもそも呪文の意味って何だ? 私は呪文を使えないからよくわからねぇ」

「あんたは呪文を使ったらダメだ。呪文というのは魔力の消費を極限まで落として魔法を使うための技術だ。呪文は意味のある言葉じゃないから覚えるのは面倒だが、その言葉を正確なリズムで唱えられれば、発動する。もちろん体内の魔力を循環させる訓練を積まないといけないが、逆に言えばそれだけで誰でも魔術師になれるわけだ」

「アクアは魔力循環をさせ続けているわけだから、呪文さえ覚えればいいのよね」

 ベアトリスは言う。

「だからこそ、アクアは呪文を覚えちゃいけない。アクアの魔力量が多すぎて、呪文で発現する魔法の力が増大する。そもそもアクアは魔力を直接放出するだけで呪文に頼らなくても魔法が使えるんだ。効率の良い魔法を覚えるのはむしろ危険だろう」

「普通なら一瞬で魔力が枯渇するのにね。アクアって実は魔獣なんじゃないかしら」

 アクアが不満を言った。

「ひでぇな。だが、効率化するのは確かに問題なんだよな。今でも防御魔法を使い続けないと魔力酔いしちまうし」

「物理、魔法どちらの防御も行っているんでしょ。しかも丸一日中。普通の人なら数分で倒れると思うんだけど」

「まぁ、使わなくても数年は保つんだけどな。それを越えると体がおかしくなる」

 キャロンが言った。

「今のままでいい。暴走されても困る」

 それから三人は食事を終えて席を立つ。テーブルに金貨を並べながらベアトリスがつぶやいた。

「そろそろ本気で金欠ね」

「宿代が高く付いたのと初めのうちは良い酒場に行っていたからな。まぁ、もう来ることもないだろう」

「今夜が最後だ。めいっぱい楽しもうぜ」

 三人はログとレクシアの待つ宿に戻っていった。

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