第28話 ベアトリスの仕事

 朝早く、ベアトリスは一人で宿を出た。グレスタに来てからずっと宿か町の外にしかいない。グレスタの中を歩いたのは初日の夜に男を漁ってたときに出歩いたくらいだ。今日もすぐに町を出ることになる。

 ベアトリスは魔法で姿を見えなくすると、塀の上を乗り越えて町を出た。門はまだ開いていない。

 アクアの話だと、オウナイ一味は今グレスタの町に一人もいない。オウナイ一味は当然今日人をよこすだろうから、彼らをグレスタに入れないようにしなくてはいけない。

 都合の良いことにグレスタ城からグレスタに至る道はここしかない。行き違いは起こらないはずなのだ。

 ベアトリスは軽いステップで、道を走っていった。

 その時、前から馬が二頭来るのが見えた。ベアトリスは微笑むと、道の真ん中に立ち止まって彼らを待った。


 *


 エイクメイとホーボーは朝すぐに城を出た。門が開くと同時に町に入る予定だ。何しろ、冒険者の宿で依頼をチェックしなくちゃいけない。レッチやラフィエンに任せていても大丈夫だとは思うが、念には念を入れたい。

 馬で道を下っていくと、前方に一人の少女が立っていた。長い黒髪で、ローブをまとっている。ローブの前はしっかり閉じているが、白い両手は横から出ている。

 エイクメイとホーボーは馬を止めた。

「おまえは誰だ」

 エイクメイは緊張した面持ちで尋ねる。可能性としては早朝の散歩だ。あまり嬉しくない話ではあるが。

 ホーボーが小声で言う。

「どのみちやっちまいましょうぜ。すげえいい女だ」


 すると少女は笑いながら言った。

「ふーん、そっちの人は結構美形で好みかしら。隣の人はダメね」

 エイクメイは怪訝な顔をした。態度も格好もおかしい。

「何者だ。グレスタから来たんだな」

 少女は妖しげな視線を送る。

「見ての通り通りすがりの美女よ。イケナイ事したくない?」

 そして、マントの前を一瞬広げた。白い肌が二人の目に映った。

「すげぇ、たまんねぇ」

 ホーボーが馬を下りた。

「待て、その女は何か変だ」

 エイクメイは馬上で剣を抜いた。

 しかしホーボーはすぐに少女に近づく。

「じゃあ、向こうの茂みで、ね」

 少女はホーボーに流し目を送ると道を外れて歩き出した。すぐにエイクメイも馬を下りてホーボーの肩を押さえた。

「しっかりしろ。あの女はおかしい。近寄るな」

「もう遅いと思うけど」

 いきなりそばで声がしたかと思うと額に手が当てられた。エイクメイの視界が暗転した。



 ベアトリスはホーボーとエイクメイから離れた。二人はぼーっと突っ立っている。

「まずは馬を避けないとね」

 ベアトリスは馬を道の脇に避けて木に繋ぐと、また二人の前に戻ってきた。

 そして美形の方、エイクメイの口に軽くキスする。

「あなたの名前は」

 ベアトリスが聞くとエイクメイは答えた。

「俺はエイクメイだ」

「あなたはオウナイ一味の仲間で間違いないわね」

「オウナイは俺の父さんだ」

「そう。これは、めっけものかも」


 ベアトリスは二人の盗賊に魅了の魔法をかけていた。魅了は合理的に考えることができずに、問われた内容を素直に答えてしまう魔法。

「あなた達は何人?」

 するとエイクメイは考え始めた。慌ててベアトリスは続ける。

「いえ、良いわ。考えないで。いまグレスタにいるあなた達の仲間は何人」

「ラフィエンとレッチとジャークだ」

 問いに対して素直な答えにならず、多少外れた答えになってしまうのは、何も考えずに無意識に答えているから。思いついたまま素で話してしまう。

 ベアトリスは続けて尋ねる。

「彼らの目的はなにかしら」

「城の調査を依頼した奴を捕まえるためだ。俺は冒険者を捕まえた方が良いと言ったのに父さんは違うという。なんでだろう」

「今、その人達以外に城から離れているお仲間はいるのかしら」

「グレスタにラフィエンとレッチとジャークがいるんだ。これから、俺とホーボーが加わる。俺は奴らに話を聞いたら戻るつもりだけど、ホーボーはグレスタで売りさばくつてを作るために残るんだ。そんな面倒な事しなくてもグレスタの貴族を襲えば良いのに、なんでだろう」


 とりあえず他に城を離れている者はいないようだ。らちがあかないので話を変える。

「お仲間に魔術師はいるのかしら」

「カイチックはすごい魔術師だ。父さんの元同僚だったのかな。ちょっとわからないけど。攻撃魔法がすごくて、カイチックのおかげで窮地を乗り越えたことは何回もあるよ。でもそばに仲間がいてもお構いなしに攻撃してくるんだ。どうして戦っている仲間に向かって攻撃できるのか全然わからない」

「攻撃魔法以外は使えるのかしら」

「治癒の魔法もつかえるけど、邪道だと言っていた。攻撃魔法以外は魔法としては意味が無いものだって」

 かなり偏屈な魔術師らしい。ベアトリスは別の質問をする。

「あなたのお父さんは強いの」

「父さんは俺に剣を教えてくれた。でも全然俺は敵わない。他の仲間にも父さんは剣を教えているんだ。だから俺達はすごく強いぜ」

 アクアの話だと彼らがそう強いとは思えない。あまり参考にはならないようだ。

「昨日は何をしていたのかしら」

「昨日はバム一家を粛正しにいったんだ。でもバム一家はいなかった。俺はあいつらを追うべきだと思うんだけど、父さんは俺達を五つのチームに分けて、街道沿いの盗賊達を襲っていったんだ。グレスタに近い街道は全部俺達のシマになったと言ってた。でも、バム一家は俺達を裏切ったんだ。報復しないと舐められる。何で奴らを無視するんだ」

 少しエイクメイは熱くなってきている。そろそろ魅了が解けるかも知れない。

「うん。だいたい聞いてきた通りね。もう良いか」

 ベアトリスは再度エイクメイの額に手を当てる。エイクメイが気がついてベアトリスを見た。

「お、俺は、いったい・・・。おまえは!」

 しかしそこで目がぎらぎら輝く。目にはベアトリスしか映らない。どうしても目の前の女が欲しい。

「エイクメイ。私とイケナイことしましょ」

 そしてベアトリスはエイクメイを連れて茂みに入っていった。


 しばらくして、ベアトリスはエイクメイを連れて茂みから出てきた。ホーボーがまだ突っ立っている。

「まさか、初めてだったとはね。久々に○○食べちゃった。かわいい」

 そしてベアトリスはエイクメイとホーボーの手首を取って呪文を唱えた。

「少しばかり私のお手伝いをしてちょうだいね」

 ベアトリスが背中を押すと、彼らは自ら繋いである馬の方に歩き出した。

 精神に効果を及ぼす魔法は色々あるが、基本的には相手を強制的に操作する方が簡単だ。強制的に眠らせる「睡眠」や強制的に言うことを効かせる「隷属」などである。相手に考える隙を与えるタイプのものだと、どうしても打ち破られる可能性が高まる。

 「魅了」は一番緩く、自由に話す余地を与える魔法だ。だから、深く考えたり、激高したりすると壊れやすい。その代わり多くの情報を聞くことができる。

 ベアトリスはもっと強烈な精神魔法もつかえるが、相手が本当に壊れて使い物にならなくなるので、使う場面は限られる。

 今回はとりあえず隷属で自分に着いてこさせる。しっかり下準備をした上で、この二人をうまく利用しよう。

 二人の手駒のおかげで、今日の仕事の方向性が決まった。


 *


 昼過ぎになって、城にエイクメイとホーボーが帰ってきた。

 見張りの男が話しかけてくる。

「どうしたんです。何かあったんですか」

「城の外にいる奴はすぐに城に入ってくれ。全員に伝えることがあるんだ」

 エイクメイが言う。

「森の方に何人か行っちまっているかも知れませんが」

 しかし、森の方からも数人が戻ってきた。

「なんか呼びましたかい」

「とにかく城の中に戻ってくれ。大切な連絡事項があるんだ」

 やむなく盗賊達は城に入っていく。エイクメイは城周辺を馬で走り、見つけた盗賊に同じ事を言って城に戻させた。

 最後にエイクメイ自身がホーボーと共に城に入っていく。

 1階で盗賊達ががやがやと話をしている。エイクメイとホーボーは馬を下りた。

「おい、どうした。何があった」

 オウナイが降りてきた。後ろにカイチックが続く。

「大変なんだ。二階の奴らも呼んできてくれ。すぐに行動しなくちゃいけない」

「パックが上で休んでいますぜ」

「すぐに連れてきてくれ」

 オウナイがエイクメイに近づいていく。

「おい、エイクメイ。何があった。早く話せ」

 するとエイクメイは周りを見渡し口を閉じた。皆にも手で静かにするように合図する。

 オウナイもすぐに周りを見渡す。そしてカイチックに小声で言う。

「カイチック、何かわかるか」

 しかしカイチックは怪訝な顔のまま、そんなエイクメイを見ていた。

「エイクメイ。あなた本当にエイクメイですか?」

 カイチックは声を潜めることなく言った。その時二階から、片腕の男が仲間に支えられながら降りてきた。

 エイクメイはそれを見た途端、急に首をうなだれた。そして頭を抱える。

「な、何だ。俺は何をしていた」

「おい、エイクメイ」

 オウナイが声をかけるとエイクメイは顔を上げた。今まで突っ立っていただけのホーボーもきょろきょろと周りを見渡している。

「俺は何でここに。グレスタに向かったはずじゃ」

 カイチックが駆け寄ってくる。

「何か魔法をかけられたのですか。誰に会ったのです」

「わからない。誰にも・・・」

 しかしその場で全員が動かなくなった。そして時が止まる。


 *


 ベアトリスは城の一室を結界の中に入れてしまうことを考えていた。治癒魔法の一つに体の代謝を極端に遅くして、時間を止めるという方法がある。それを結界内全ての人間にかけるという大がかりなものだった。

 ベアトリスはエイクメイとホーボーを城から離れた位置で待機させ、一人で城に向かった。そして隠形の魔法で自分の存在を隠すと、城に入る。

 盗賊達は城の中でだらけまくっていた。相変わらずばくちで盛り上がっている。

 ベアトリスは壁に魔法文字を描いていった。もちろん誰もベアトリスに気づかない。

 カイチックは二階にいるようだが、こちらに気づく様子はなかった。話通り攻撃魔法特化のようだ。それでも近くに行けばバレてしまうので、カイチックの位置だけを魔力探知で把握しておく。

 時間をかけて丁寧に壁に魔法文字を入れ、カイチックに気づかれないように結界で上書きして隠す。これで一階の部屋一つを専用の魔道具に変えてしまったことになる。

 ベアトリスは城を出た。この呪文は魔力の供給がなければ発動しない。しかし、こんな巨大な結界魔法をベアトリスの魔力で長時間維持することはできない。

 ベアトリスは魔力の供給者として霧の魔獣に目をつけた。

 霧の魔獣は実体は小さなリスの形をしている。しかし空気中の魔力を集めることが得意で、それを利用していたずらを仕掛けてくる。この森は魔力が濃いので、霧の魔獣としてはとても過ごしやすいのだろう。


 ベアトリスは森に入った。

 ベアトリスは魔力の強い魔獣を探すことが得意である。普段の討伐依頼でも、もっぱらベアトリスが道案内役をやる。

 探知をすると、魔獣の気配は複数ある。一匹一匹確かめに行くのは面倒だ。

「おびき寄せる方が良さそうね」

 ベアトリスは森深くまで来ると、樹に手をつけた。そしてそこから生命力を手に集めていく。みるみる巨大な木がしなびて枯れ果てた。

 次に手に集めた生命力を熱波に変えて樹を中心に空気を振りまいた。

 霧の魔獣は名前の通り、乾燥が嫌いだ。いつもじめじめと水蒸気のあふれる環境を好む。だからテリトリーの一部が枯れてくると怒って近寄ってくるだろうと考えた。

「樹一本分の生命力だと足りないわね。出てくるまで続けましょうか」

 そもそも木を枯らせる魔法というのは一般的に知られていない。ベアトリスが作った禁呪のようなものである。

 何本かの木を枯れさせながら熱波をばらまいていると、急に当たりに霧がかかってきた。

「やっときたわね」

 クスクスと女性の笑い声と動物のうなり声のような声が聞こえる。ベアトリスを追い出そうとして威嚇しているのだ。

 ベアトリスはそれらが全て幻聴であることを知っている。魔力探知ですでに相手の位置は捕捉した。

「じゃあ、もう一本」

 ベアトリスは別の樹に手をつける。すると動物達の怒りの声が増した。すぐ近くでどう猛な獣たちの声がする。

「近寄りすぎよ」

 その途端に悲鳴が上がった。

「私のテリトリーまで近づいちゃダメでしょ」

 ベアトリスが歩いて行くと犬ほどの大きさのリスが空中でもがいていた。

 ベアトリスの結界に入った途端に体が動かせなくなったようだ。それでも逃げようと必死で動いている。

「うわっ、大きい。こんなのがいたのね。これくらい大きければかなり保つわ。二匹くらい欲しかったところだけど、こいつなら一匹で十分」

 ベアトリスが空中に指で線を書くと霧の魔獣はそのままの姿でベアトリスの前に運ばれてきた。ベアトリスが直接触れて呪文を唱えると、霧の魔獣は動かなくなった。

「さて、仕上げをしに行きましょうか」


 ベアトリスは城まで戻ると壁を駆け上がり、屋根に来た。装置を置くのは一階の部屋に近い方が良いが、壁よりも屋根の方が見つかりにくい。塔には上がらずに、塔の根本の屋根に霧の魔獣を置き、周りを見えない籠で押さえつける。

 その後、霧の魔獣を中心に魔力を刻み込んだ石を屋根に置いて結界を作る。

 いつも結界を作るのに便利な石を準備してあるので、この辺りの作業はたやすい。

 ベアトリスはエイクメイとホーボーの元に戻った。


 エイクメイとホーボーには盗賊達を一階の部屋に集める役をやってもらう。ただ、相手を強制的に命令に従わせるような魔法では、違和感をもたれてしまうだろう。そこで、今回は「憑依」を使うことにした。

 ベアトリスは茂みに座り込んで呪文を唱えた。

 エイクメイの体が動き、きょろきょろと周りを見回す。

 手足を曲げ伸ばしして体の調子を確かめる。エイクメイが見ると、木の陰で足を組んで座るベアトリスがいた。

「何度かやっているけど、自分の体を見るのってちょっと不思議」

 それから少しの間発声練習をする。エイクメイの口調を真似てみる。

「まぁ、こんなもんでいいわよね」

 それからホーボーの額に手を当てて、魔法文字を描く。憑依状態だと、エイクメイの魔力を使う必要があるので、あまり丁寧な魔法はつかえない。エイクメイは魔力循環の修行をしていないので、魔法が使えない。そんなエイクメイから無理矢理魔力を引き出さないといけないのだ。

 ホーボーにやってもらうのは定型作業のみ。これくらいならどうにでもなる。ホーボーはただ馬に乗って着いてきて、エイクメイが馬を下りるときに同時に降りるだけだ。

 ベアトリスはエイクメイの体を使って馬に乗ると、ホーボーにも同じ事をさせた。そして揃って城に向かっていった。

「確か残りは三十人だったわね」

 城の中の人数はすでに把握してある。問題は城の外にいる盗賊達だ。ベアトリスは森の中にエイクメイの声で音を飛ばした。

「エイクメイだ。重要な話がある。すぐに城に戻ってくれ」

 そして城の入り口に向かった。

 城の入り口を見張っていた盗賊達にも声をかけ、城の中に戻させると、ホーボーを引き連れて周辺を回り、まだ外にいた盗賊達に声をかけていった。

 全ての盗賊が中に入ったのを確認してから、ベアトリスは城の中に戻った。

 オウナイとカイチックが現れた、があまり会話をしてはぼろが出る。同じ言葉を繰り返し、二階の全員が降りてくるのを待った。

 案の定、カイチックは違和感を覚えたようだ。どうしようかと思っていたときにやっと全員が一階に揃った。

 そこでベアトリスはエイクメイとホーボーを開放し、結界魔法をかけた。


 ベアトリスは木陰で目を覚ます。

「さて、うまくいったか見てきましょうか」

 ベアトリスは城に走っていった。城の周りは怪しい霧が立ちこめていた。屋根の上に上がってみると、籠の中で霧の魔獣がうずくまっている。魔力が吸い出されることに当惑しているのだろう。霧の魔獣は霧を使って空気中の魔力を吸い上げる。

「まぁ、明日まで頑張ってね」

 そして屋根から飛び降り、途中の窓から城の内部に侵入する。

「ちょっとお宝のチェックだけしてきましょうかね」

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