第26話 それぞれの報告

 アクアが宿で待っていると、キャロン、ベアトリス、ログ、レクシアの四人が帰ってきた。ログとレクシアはかなり疲れた様子だ。

 そのままログとレクシアを部屋に残して三人は夕食のために外に出る。今回はいつも行っているところとは違う、少し安めの場所にした。だんだん懐が寂しくなってきている。

「で、上手くやったんだろうな。アクア」

 キャロンが言う。

「ちゃんと終わらせたよ。この町にいた三人は全員片付けた。まぁ、失敗と言えば衛兵に目をつけられたことかな」

「やっぱり」

 ベアトリスが言った。

「今も何人か見張っている人がいるもの。何をやらかしたのよ、アクア」

 アクアは舌打ちをする。

「不可抗力だ。奴らを裏路地に呼び寄せて、私が鎧を脱いだところで衛兵どもが出てきたんだよ。あっという間に捕まっちまった」

「あら、わいせつ罪かしら」

 ベアトリスが言うとアクアが噛みついた。

「捕まったのは私じゃない。奴らが、暴行未遂で捕まったんだ。私も取り調べられたけどな」

「だったら、あんたも捕まったと同じだろう。ほとんど失敗じゃないか」

「問題ないさ。未遂だったんであいつらもすぐに釈放されたしな。仕方がなく町の外に誘い出してとどめを刺したよ。まぁ、その時も衛兵に捕まっちまったんだけどな」

「あんたはもっと、丁寧に仕事ができないのか。オウナイ一味だけを殺せば良いんだ。騒ぎを大きくするんじゃない」

「結果的にはちゃんと仕事しただろ。衛兵に目をつけられたからって、何かされるわけじゃねぇよ」

 アクアは気にしない。しかし今後衛兵に見張られ続けるのは気分が良いものではない。


「そっちはどうだよ。ログはどうだった」

 アクアがキャロンに尋ねる。

「ダメだ。身捌きがなってない。考えて動かずに小手先の技で行動しようとする。あれでは使い物にならないな」

「おいおい、まだ駆け出しだろ。そんなに期待するなよ。で、何をやらせたんだ?」

「午前中はあんたの言うように素振りをやらせた。やっぱり型が身についていない。あれでは意味が無いな。午後は軽く打ち合った。あいつは戦士が希望だろう。実践が一番良い。まぁ、殴りすぎてかなり泣かせてしまったが、それも仕方がないだろう」

「相変わらずのサディストだな」

「型を身につけるのも重要だが、考えて動けなければ実践では使えないだろ。ログにはそれが足りない。もう十三歳だ。一人前に足を踏み出したところだ。この程度でへこたれるなら冒険者にはならない方が良い」

 アクアは苦笑する。それなりに本気で修行をつけたようだ。心が折れてなければ良いが。


「まぁ、言いたいことはわかるけどな。ベアトリスは何をしたんだ。あの髪飾りはよくわからなかったぞ」

 アクアがベアトリスに言った。

「ああ、あれ。昨日も言った通り、レクシアの精神を抜き出してお使いを頼んだの。精神体は透明だけど、私の魔力で覆って外から見えるようにしたわ。レクシアが集中して自分の体を意識できれば私の魔力の効果が薄れて透明になれるの。午前中はレクシアの精神集中で私の魔力がうまく消せるように細かく調整して、午後からは実践。レクシアは裸のまま町に戻ったけど、集中しているかぎりは私の魔力を押さえられるから裸を見せることはない」

「裸の女の噂が立っていたぞ」

「それは宿に帰ってから教えるね。すごく見物だった。本当に最高だったから」

「あの髪飾りを渡したら実体化するのか」

「あの髪飾りにはちょっと別種の魔力を込めてあったの。だから、あれを受け取ったレクシアは精神体が実体化する。もちろん本当の実体じゃなくて、魔力で作った擬似的な体だけど。その状態で透明を維持して私のところに戻ってくるのが今回の課題」

 キャロンが言う。

「悪いが。それは精神集中の訓練にはなるが、魔法の訓練にはなっていないだろう。おまえはレクシアに何を教えようとしているんだ」

 ベアトリスは頬を膨らませる。

「だって、レクシアが恥ずかしい目に遭って、可愛い姿を見せるところが見たかったんだもん」

 キャロンは頭を押さえた。

「あんたは本気で師匠する気があるのか」


 そこでアクアが口を挟む。

「それはもう良いだろ。で、明日はどうする」

 キャロンはすぐに答えた。

「今夜か明日の朝にはオウナイ一味は戻ってくるだろう。明日仕掛けよう。そうしないと、またグレスタに誰かを送り込んでくる。そのためにこちらにいる盗賊どもを排除したんだしな」

 全員殲滅するには丁度良いタイミングだ。遠征を終えて、気が抜けているだろう。

「うーん、じゃあお願いがあるんだけど」

 ベアトリスがおずおずと言う。

「どうした?」

「ログとレクシアの事よ。あの子達は宿に捨てていくでしょ。だけど、あの子達は身分証も持っていないし無一文なわけよ。ここまで関わったんだし、今回の報酬の一部でも置いていって上げない?」

「何だよ。ずいぶん惚れ込んじまったようじゃないか」

 アクアがからかうように言う。

「まぁ、ね。やっぱり可愛いわ、レクシア。でも連れて行く気はないからね。それに私達もずいぶん楽しませてもらったじゃない。毎日、毎晩」

「報酬くれてやるなんて、もったいねぇよ」

 アクアは反対のようだ。キャロンは少し考える。

「私もただで報酬をくれてやるのは反対だな。そんなことをしてもあいつらのためにはならないだろう」

「そっか。そうだよね」

 ベアトリスが肩を落とす。

「だが、仕事をするというのなら話は別だ。討伐依頼と言ってもモンテスからもらうのは大した額じゃない。これから私たちが得られる宝の山に比べれば、はした金だろう」

「おいおい、まさかあいつらを連れて行く気か? 足手まといどころか、死なせることになるぞ」

「さすがに私たちと一緒に盗賊退治をさせるつもりはない。だが、報酬を与えるのなら、多少は厳しめの試練を与えたいところだな。その当たりの調整はベアトリスでなんとかできるだろう」

 しかしアクアは納得しない。

「今日の明日で奴らを連れて行くのは無茶だ。やめとけ。それに期限は三日後だ。あまり時間もねぇぞ」


 ベアトリスが割り込んだ。

「ありがとうキャロン。それなら、あと一日私が足止めすればどうかしら。オウナイ一味全員を城に閉じ込めておく。私なら取りこぼしなく閉じ込めておけるわ」

「面倒じゃねぇか」

 アクアは嫌な顔をする。キャロンは少し考えてから言った。

「今夜か明日の朝にオウナイどもは帰ってくると思うが、確実とは言えないな。遠征が長引くかも知れないし、一部だけ先に戻ってくるかも知れない。一網打尽にしようと思えば、全員を城に閉じ込めた方が良いか」

「なんだよ。ベアトリスに甘いじゃないか」

 アクアが不平を言う。

「確実性の話だ。明日全員で行けば仕事は簡単に終わるが、向こうの行動によっては取り逃がす可能性もある。罠を仕掛けるのにはベアトリスの力が役に立つ」

 アクアは肩をすくめる。ベアトリスは嬉しそうな顔をした。

「わかった。明日は城でオウナイ達を待ち伏せするわね」


 キャロンはベアトリスに言う。

「明日明後日は、今まで休んだ分しっかり働いてもらおうか。彼らの明日一日を奪って、明後日の襲撃で完全に壊滅させる。ついでにログとレクシアにも試練を与えてやろう。アクア、ログを死なせたくなければ、せいぜい明日いっぱい鍛えてやれ」

「わかったよ。じゃあ、明日はログを一人前の戦士にしてやるか」

 アクアは笑いながら言う。

「キャロンはレクシアの修行をつけてくれるのよね」

 ベアトリスが尋ねるとキャロンは言った。

「いいだろう。何とかするさ」

 キャロンが気軽に答えるので、ベアトリスは少し目を細めた。

「あんまりひどい事しないでよ」

「多分あんたよりはましだと思うぞ」

「だって、キャロン、サディストだから」

「死ななければ大丈夫だろう」

 キャロンは涼しい顔で答えた。


 *


 夜になってオウナイ達は城に戻ってきた。

 結局バム一家の足取りはつかめなかった。

 近くにまともな集落はなく、半分盗賊半分自給自足の小さな集落が二つあったくらいだ。片手間に潰したが、大してため込んでいなかったので、戦利品は少ない。どうやらグレスタ沿線の街道を仕事場にしている盗賊達はその二つで終わりのようだった。

 念のため、バム一家のことを聞くと、一応は知っており、傘下に入ってたこともあるようだった。しかしバム一家は身内を中心としたグループだったので、あまり優遇されず、すぐに離れたようだ。抜けても文句すら言われなかったとか。

 これら盗賊もどきは仲間に引き込むメリットが少なかったので、全員殺した。

 少ない戦利品を城の中に運び込みながら、オウナイは城に残っていた盗賊達に尋ねる。

「何かあったか」

「特にはないですねぇ」

 実際今日は何もなかった。朝一番で、レッチがグレスタに行き、ピロックが戻ってきた。それだけだ。町からの報告もないし、旅人や冒険者も来ていない。

「じゃあ、明日だな。エイクメイ。明日グレスタに行って、確認してこい。あまりに動きがないってのも怪しい。冒険者にこのアジトがバレて三日も経つ。普通の依頼人なら次の行動に入るはずだ。ホーボー、おまえも行ってグレスタの状況をしっかり調査しろ。おまえの仕事も途中だっただろ」

「わかりやした」

 丸刈りのホーボーが答える。

「よし、じゃあ宴だ」

 オウナイの声で夜の宴が始まった。

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