第25話 アクアの仕事

 エイクメイからの連絡が入ると、オウナイはすぐに出発の準備を指示した。

「おいエイクメイ、なぜレッチを連れ帰った。明日の朝は冒険者の宿で城の依頼がないか確認しなくちゃいけないんだぞ。報告に来るならジャークかピロックでよかっただろう。冒険者カードを持つレッチを連れ帰るなんて、何を考えているんだ。そもそもおまえも向こうにいれば良いんだ。」

「だけど、ジャークやピロックはあの冒険者達の顔を見たんだ。冒険者を見つけるのにはジャークやピロックは町にいないといけない。ラフィエンやレッチじゃ無理だろ」

 オウナイは大きくため息をつく。

「冒険者は急がないと言っただろう。放っておけ。それよりも城に関する新たな依頼がある方がまずいんだ。もし城関係の依頼が出て、ラフィエン一人で競り負けたらどうする。もっと考えろ」

 オウナイが言うと、横からレッチが口を挟む。

「じゃあ、もう一度戻りやすか、お頭」

「もう遅いし、門も閉まってる。明日の依頼のチェックはラフィエンに任せるしかないだろ。おまえは明日グレスタに向かって、代わりにジャークかピロックを戻せ」

 そして集まった盗賊達を見渡す。

「ここに残るのはパック、ヴィレン、スカム、ホーボー、それからレッチだ。残りは出発するぞ。夜のうちにバム一家のアジトに行く。ベガー、案内を頼むぞ」


 そしてオウナイ一味は出発した。総勢二十五名、たった五人のバム一家を狙うには明らかに過剰戦力だ。

 オウナイはすでにバム一家の捕縛は間に合わないとみている。城から街道までを結ぶ道は細く荒れていてほとんど使われていないので、夜は馬を速く走らせることができない。今から行ってもバム一家のアジトにたどり着くのは明日の朝だろう。バム一家が今夜から逃走を始めたとすれば、もうたどり着くことはできない。

 しかしオウナイはそれでもかまわないと思っていた。ついでに他の仕事をしてしまおうと思っていたのである。


 明け方、ベガーの案内で、オウナイ一味はバム一家のアジトにたどり着いた。

「やはり、もぬけの殻か。おい、残り物は全部回収しておけ」

 バム一家が持ち出せるものは限られている。もちろん持ち出したものの方が値打ちはあるだろうが、残り物を放置しておく必要は無い。

「どうするんだ父さん。もう後を追えない」

 エイクメイが焦ったように言う。しかし、オウナイもカイチックも慌ててはいない。オウナイは大声で指示した。

「まずは手分けしてこの辺りを調査するぞ。それから、近くに手頃な村がないか探せ、バム一家なんていなければいないでかまわん。ここら一帯に盗賊どもがいたら捕まえて情報を集めろ」

 エイクメイは驚く。

「バム一家に制裁するのが大切なんだろう?」

「そんなわけあるか。そんなもんついでだ。何のためにこれだけの人数を連れてきたと思う? 今後仕事をしやすくするためにこの街道を俺達の支配下に置くんだよ」

 盗賊達は五つのグループに分かれて探索に入った。


 *


 翌朝、キャロンとログ、ベアトリスとレクシアが出て行くと、ゆっくりとアクアは街に繰り出した。

 グレスタの町に来たというのに、初日以外はほとんど歩いていない。軽い観光気分だ。グレスタは大きく、やはりエリアごとに貴族や職人の街と別れているものの、ダグリシアほど貴族エリアと平民エリアが明確になっていない。

 貴族と思わしき人が普通に平民の店に入っているし、平民も貴族街の道を普通に歩いている。ダグリシアほど殺伐とした町ではないようだ。

 アクアはできるだけ治安の悪そうな場所を探しながら歩いていた。どの町にもそういうところはあるはずだ。

 アクアは体力が有り余っているので、どれだけ歩き回っても疲れると言うことがない。広い町を行ったり来たりと、とにかく歩き回った。


「おっ、やっと見つけてくれたか。時間をかけさせるなよ」

 後ろから誰かがつけてきているのがわかる。まだ当たりを引いたかはわからない。アクアの格好は露出過多なので、街を歩いていると声をかけてくる男もいる。しかし、今はターゲットを探している最中だから、声をかけてくる相手は、泣く泣くお断りしていた。今回の相手は声をかけようとせずに着いてきているのだから可能性が高い。

 ちょうど初日に迷い込んだ貧民街の入り口を見つけた。あの老人に迷惑をかけたくはないが、こういう袋小路が敵をおびき寄せるには丁度良い。

 アクアは貧民街の中に入っていった。

 進んでいくと、前にたどり着いた金網に囲まれた袋小路の広間に着いた。今回は誰もいなかった。アクアは辺りを見回して道に迷った振りを装う。そして、老人に見つかる前に、来た道を戻っていった。


 少し進むと細い路地に三人の男が立って道を塞いでいた。どうやら当たりのようだ。顔に見覚えがある。城にいた奴らだ。彼らは剣を構えて薄ら笑いを浮かべていた。

「この間は世話になったな。続きをさせてくれよ」

「その後で、誰に依頼されたか教えてもらうぞ。こっちも事情があるんでな」

 下卑た要求だが、アクアにとっては大歓迎だ。三人がかりとはなかなか気前が良い。

 いきなり、アクアは胸と腰のビキニアーマーを外した。

 盗賊達は目を剥く。

「良いぜ。楽しませてくれるんだろ」

 盗賊達が唾を飲み込む音が聞こえる。それでも盗賊達は油断なく剣を持ったまま近づいてきた。

 アクアはにやにや笑いながらその場に立っていた。

 盗賊達がアクアに飛びかかろうとしたとき、その後ろで声がした。

「婦女暴行の現行犯だ。逮捕しろ」

 突然わらわらと衛兵が現れる。アクアも予想外だった。オウナイ一味を注視していたので、その背後にいる衛兵達には気がつかなかった。

 あっという間にオウナイ一味の盗賊達は衛兵に取り押さえられ、アクアは衛兵の一人にマントをかぶせられた。

 たくましい体付きの男が近寄ってくる。

「怪我はないか。私は回復魔法が使える」

「あ、大丈夫だ」

 アクアはそう答えるのがやっとだった。

「君のその格好は注視していたのだ。犯罪に巻き込まれそうだったんでね。余りそのように露出して歩くものではない。まだ若いのだから」

 男は親切そうに言う。しかし、アクアにとっては大失態だった。本当はオウナイ一味とさんざん○○したあと、殺そうと思っていたのだ。どちらも防がれてしまった。

「一応形式的なのだが話を聞かせてもらいたい。一緒に来てくれたまえ。ああ、まだ名乗っていなかったな。私はコウンズ。衛兵隊長をしている」

 アクアは連れて行かれるオウナイ一味を見ながらため息をついた。


 アクアは衛兵の詰め所に連れてこられた。少しふてくされたように椅子に座る。計画を立て直さなくてはいけない。彼らは暴行未遂だからすぐに解放されるだろう。その後に再度仕掛ける必要がある。次は遊んでいる余裕はなさそうだ。

「まず、名前を教えてもらえるか」

 もうすでにアクアはビキニアーマーをつけている。アクアは冒険者カードをテーブルに置いた。

「アクアだ」

 コウンズはそのカードを確認する。C級ということに少し驚いた顔をしている。

「グレスタには最近来たのかい」

「四日前くらいだな」

「一人でかな」

「仲間がいるよ。今は別行動だ。私は仕事の途中なんだ。もう帰らせてくれないか」

 アクアはコウンズをにらんだ。しかしコウンズは顔色一つ変えない。

「ちょっと確認したいことがあるんだよ。その前に、これはちょっとした好奇心なんだけど、君は何でそんな格好なんだい。若い女性のするような格好とは思えないし、冒険者ならなおさらだろう。更に言えば日が落ちると今時はかなり気温が下がる。体に悪いと思うのだが」

 アクアは顔をしかめる。さすがに脱ぎやすいからとは言えない。別の意味で逮捕されそうだ。

「暑いのさ」

 アクアは答えた。

「暑い?」

「あんたも魔法を使えるんだろ。私の魔力は熱があってね。体の中にとどめておくだけで暑くてたまらないのさ」

「体内の魔力を熱に変えて体を温めていると言うことかな」

「少し違うな。体の魔力を外に出さないようにとどめておこうとすると、余剰の力が熱になって私を暑くする。できるだけ肌を晒しておかないと、暑さでのぼせちまう」

「体質のようなものか」

 コウンズは少し納得したようだった。


「で? 確認したいってのは何だ」

「二日前の君の行動についてだね」

 唐突にコウンズが言う。

「仕事中だ。依頼内容はおまえでも話せない」

 アクアが言うとコウンズは続けた。

「その依頼については知っているよ。モンテス氏から城の調査を依頼されたんだろ」

 アクアは目を見開く。そして警戒する。

「種明かしをすると、私は冒険者の宿の店長と情報交換をしていてね。こちらの情報を渡す代わりに向こうからも必要な情報をもらっている。私達も冒険者達も、グレスタを守る気持ちは一緒なのでね。お互い手の届かないところを補っている関係なのさ」

 コウンズは笑いながら言う。

「ダグリシアから女性二人の冒険者が順風亭で登録したことはすでに聞いていたんだ。それに君達は目立つ。特にアクア、君の姿は余りにも刺激的だからね」

「私達を見張っていたってわけか」

 アクアが殺すような視線で見ているので、コウンズもさすがに手を上げて降参の姿勢を示した。

「見張ってはいない。私達だってそんなに暇じゃない。ただ、目立つ二人組と言うことで多少気にかけていたことは間違いない。それくらい許されるだろう。何しろ君達はダグリシアの冒険者だ。あそこの冒険者達は腕は立つけど、乱暴な人が多い。うちの冒険者達もそれなりにならず者ではあるけれど、ちょっと格が違う感じだね」

 しかしアクアは厳しい視線を変えなかった。

「で、今回私を見張っていたのはどういうことだ」

 コウンズが少し真剣な顔になる。

「本当は君を見張っていたわけじゃない。二日前の事件について調べていた最中なんだ。二日前、この町を出発した貴族の女性が盗賊に襲われて殺された。実はその女性はダグリシアのかなり高位の貴族の親族でね。おそらくはその貴族に呼ばれてダグリシアに向かっていたのだろう。護衛の騎士はその貴族の配下の者のようだ。彼らも殺されていた」

 アクアにはコウンズの言いたいことがまだわからなかった。コウンズは続けた。

「そこまでなら、街道で盗賊に襲われただけという事件なのだけど、その場には当の盗賊と思われる者達の死体もあった。盗賊と思われる、というのは彼らの武器に血は付いておらず、彼らが貴族の女性を襲ったとは思えないからだ。しかし、明らかに堅気ではない。農民崩れの盗賊もどきと言ったところだ」

 アクアはやっとログを見つけたときの状況を思い出した。あの馬車が今コウンズが話している内容のようだ。


「どうにも私に関係のある話とは思えねぇな。何のつもりだ」

 アクアはきつい口調で言った。

「盗賊達の死体は奇妙なものだった。股間がそぎ取られていたんだ。とても戦いの途中で殺されたとは思えない。となると、貴族の女性達を殺した盗賊がいて、彼らの後に死人漁りに来た盗賊がいて、彼らを油断させ、股間をむき出しにさせた後に殺した別の人物がいると考えられる」

「そんな情報だけで、そこまでわかるかよ。ちゃんと裏付けがあるから言っているんだろ。いいかげん回りくどい話はやめてもらおうか」

 アクアが言う。コウンズは笑った。

「失礼。昨日貴族の婦人に馬車を貸した男の店を捜索してね。そこの従業員を逮捕したんだ。その男の話から、ターゲットを見つける係。襲撃する係、後処理をする係と別れて仕事をしていたことがわかった。殺されたのは後処理係だね。まぁ、彼らが後処理をできなかったおかげで、私達は貸し馬車屋を捜索することができたんだけど」

「それで?」

「後処理係を殺した相手が誰かと言えば、その日にグレスタを出た人間の可能性がある。君がその中の一人だった」

「私以外にもたくさんいるだろう」

 アクアが言うと、コウンズはうなずく。

「だから一昨日の行動を聞きたいと言っているんだよ。別に君だけを疑っているわけじゃない。たまたま君の名前があったと言うだけのことだ。それに、本来の目的は逃げた貸し馬車屋を探すことだ。その手がかりさえあればいい」

 アクアは自分の襲撃が、その貸し馬車屋に対する攻撃であると勘違いされていることを知った。あそこの盗賊達を殺したのはログを迎えに行くついでであって、貸し馬車屋のことなど全く知らない。単に敵だから殺したと言うだけのことだ。

 そうなると、どう答えれば良いのか。ベアトリスやキャロンなら悪知恵が働くのだろうが、アクアは疑われることが不愉快なだけで、言葉でやり通すアイディアは浮かばない。


「その盗賊達を殺したのは私だ。盗賊に襲われれば殺すのは当然だろう」

 コウンズの目が鋭くなる。

「詳しく聞きたいところだな」

「話す事なんてねぇよ。私らは冒険者だ。仕事で町を出ることなんて普通だろ。たまたま襲われたから殺した。下半身がむき出しだったんだ。当然そう言うことをしようとした奴らだったから普通に殺したよ」

「しかしその場には他に襲われた跡があったはずだ。なぜその報告をしなかったのだね」

「関係あるか? 私の受けた仕事とは関係ない話だぜ。なぜわざわざそんなことを報告する必要がある。襲われたから殺したのさ。殺された奴は自分の身を自分で守れなかっただけだろう。報告するような話じゃねぇよ」

「一応、冒険者は異常事態を見つけたとき報告するように言われているはずだが」

 コウンズは言う。しかしそんなルールは聞いたこともない。

「グレスタのマイナールールじゃないのか。私達には余計な報告する義務なんて無いぜ。そもそも盗賊に襲われるなんてのが異常事態とは言えないさ」

 コウンズは憮然とした顔をしていた。怒らせる気は無いが、衛兵と仲良くしたいとも思わない。

「君とは認識が違うようだね。まがりなりにも貴族が襲われたんだ。調査は必要だし、そのための情報は必須だ」

「肝に銘じとくよ。ダグリシアでは貴族に情報を与える冒険者は異常者と思われるくらいでね。平民は身を守るために貴族とは関係を持たないようにするのさ。当然衛兵、ダグリシアでは近衛隊か。あんな奴らに情報を与える冒険者はいない。奴らは貴族の子飼いにすぎないからな」

「ダグリシアはどうかわからないが、グレスタでは我々は冒険者と協力関係にある。君達ももう少し素直になってほしいものだ」


 アクアはこれ以上話をしたくなかったので、席を立った。

「もう良いか。私は逃げた貸し馬車屋なんてのは知らないぜ」

 コウンズも立ち上がった。

「わかった。良いだろう。しかし、今後何かあれば教えて欲しい。私は君達と対立したいと思ってはいない」

「良いぜ。それよりさっき捕まった男達はどうしている。暴行未遂なら厳重注意で開放なんだろう」

「そんなことを聞いてどうする」

「なに、たっぷり慰めてやろうかと思ってね。何もしていないのに犯罪者扱いされるのは可哀相だ。ちゃんと何かさせてやらないとな」

 コウンズは顔をしかめた。

「そんな格好をしているのは確信犯か。もっと嗜みをもったらどうだ」

「それを冒険者に言うのは余計なお世話だろう。男と良いことをするのは私の大好物だぞ。誰にも止めて欲しくはないね」

「わかった。もう良い。さっさと出て行け」

「だから、捕まった男達のことを教えてくれよ」

「話す必要は無い」

 アクアは肩をすくめて、衛兵の取調室を出て行った。

 きっと衛兵に目をつけられていたのはあの三人ではなく自分だったのだろう。アクアはそう判断した。そうだとするとあの三人はすでに釈放されているはずだ。また、一から探さなくてはならない。

「っていってももう昼も過ぎちまったな。順風亭に行くか」

 午後はレクシアの精神体と接触しなくてはならない。中途半端は嫌だが、仕方がない。まずはそちらを先に片付けることにしよう。


 アクアは、順風亭に入って軽食を注文する。昼時なので多少戻ってきた冒険者がたむろしているが、それほど人数が多いわけじゃない。カーランクルズは森に霧の魔獣がいるので魔獣狩りの仕事が受けにくいという話をしていた。おそらくここにいる奴らはやむを得ずグレスタ域内の依頼を受け、休憩がてらこの安い食事をとりに来ているのだろう。

 そんな中、冒険者達の話し声が聞こえる。

「なんか素っ裸の女が街中を練り歩いているらしい」

「本当か? どこにいるんだよ」

「なんか魔法で消えているらしくてな。露出狂の魔術師が遊んでいるんじゃないかって」

「そりゃ、とっ捕まえないといけないな」

 冒険者の顔がにやけている。

「結構若いみたいだぞ」

「そりゃ、ますます良いな!」


 確かに素っ裸の女が街を歩いているのなら、アクアもぜひ味見してみたいところである。しかし、どうにもこれこそベアトリスの仕業に思えてならない。

 アクアは食事を終えて席を立つと、依頼書が張られている場所に行った。単にそこが一番人が少なかったからだ。噂になっているということはそろそろ現れるだろう。

 しばらく依頼書を確認がてら見ていると、急にそばで声がした。

「レクシアです。髪飾りを取りに来ました」

 アクアは振り返るがそこには誰もいない。精神体を切り離すというのはいまいちよくわからない魔法だ。ベアトリスらしいとは思うが。

「触れないと渡すのは無理だね。この髪飾りを受け取ったら実体を持ってしまうようだぞ。大丈夫か?」

 何もない空間につぶやくように話す。端から見れば独り言を言っているようにしか見えないだろう。

 少しばかり沈黙がある。何か悩んでいるのだろうか。やがて近くで声がした。

「わかりました。大丈夫です」

 アクアは自分の髪に着けていた髪飾りを取って何もない空間に差し出す。しかし反応はない。

「一度実体を見せてくれないと渡せないだろ。きっと切り替えが早ければ周りにばれないさ」

 実際にはそんなことはないかもしれないが、まずはレクシアの裸を見てみようと思った。レクシアを裸にしたのは間違いなくベアトリスの趣味だ。そこに便乗しよう。

「裸を晒したくなければ、集中しろよ」

 さてどうするのか。そう思ったらいきなりすぐそばに全裸の美少女が現れた。

 すぐに酒場がざわめく。それはそうだろう。

 アクアが面白がってレクシアの体をじっと見ていると、レクシアは髪飾りをアクアから奪い取って目を閉じた。

 すぐにレクシアの姿は消える。

「へぇ、結構集中力はあるみたいじゃないか」

 アクアはベアトリスがどんな魔法を使ったのか考えてみたが、全くわからなかった。精神体を切り離したり、実体化させたり、今まで聞いたこともない。

「本当にベアトリスは訳のわからない魔法を使うな」

 とりあえずこれでベアトリスから言いつけられていた仕事は終わったわけだ。思ったよりも早くすんだ。

 アクアはまだざわついている順風亭を出ていった。


 アクアは早速オウナイ一味を探しに出る。向こうもこちらを探しているだろう。しかし、もう街中では襲ってこないはずだ。二度も衛兵に捕まると、素性がバレる可能性が高い。

「外に出るしかないな」

 衛兵は町中でしか仕事をしない。町から出てしまえば、後はどうにでもできる。

 アクアは大通りをゆっくり歩きながら門へと向かった。アクアの格好は目立つ。だから、彼らはもう気づいているだろう。通り沿いの店を眺めながら、時間をかけて歩く。そうするとアクアに目を向けている奴らに気づいた。衛兵だ。相変わらずアクアを監視しているようだ。

「そろそろ行くか」

 アクアは門にまっすぐ向かうと門番に冒険者カードを見せた。

「今から外に出るのか?」

「簡単な仕事を片付けてくるだけさ」


 そしてアクアはグレスタの町を出た。

 さて、つられてくるかどうか。

 アクアは街道を早足で歩き出した。

 しばらく進んで町が見えなくなった頃、後ろから誰かが走ってくるのがわかった。逃げるように更に先に足を進める。

 後ろを振り返ると、先ほどの三人組が追いかけてきていた。うまくいったようだ。しかしその更に後ろには衛兵がいるだろう。もうちょっと頑張って引き離した方が良い。

 アクアはそのまま走り続けた。盗賊達が間を詰めてくる。

「待ちやがれ!」

 そろそろ良いだろうと思い、アクアは立ち止まった。すぐに盗賊達に囲まれる。彼らは激しく息を切らせていた。せっかく剣を持っているのに杖のように使っている。

「さ、さっきはよくもやってくれたな」

「もう逃げられると思うなよ」

 盗賊達が言う。アクアは何も答えなかった。

「おまえが誰の依頼で城を探ったのか話してもらうぞ。素直に話してくれれば、命は助けてやるよ。命だけはな」

 そしてねっとりした視線でアクアを見つめた。やっと彼らは剣を上げてアクアに突きつけた。

「私もぜひそうしたいね。三人がかりなんて最高のシチュエーションじゃないか。本当に残念だよ」

 アクアは剣を構えた。

「ほう。たった一人で俺達に抵抗するってのか」

 遠くに衛兵の姿が見えた。


 そこからアクアは早かった。一人目の前に飛び込み、あっさり首を貫く。そして剣を引き抜いた勢いのままその隣の男を切りつけた。

 かろうじてその男は剣で受けることができたが、アクアは当たった剣を滑らせながら男の脇に潜り、胴を深く薙いだ。

 最後の男が驚愕の表情でアクアを見ていた。

「おい、何をしている」

 遠くで声がする。最後の男はそちらの方を向いた。その瞬間にアクアが飛び込み、その男の心臓を貫いた。


 三人の男が倒れる。アクアが剣の血をぬぐっていると、やっと衛兵達が追いついた。町から離れないはずなのに、そうは言っていられなかったのだろう。

 衛兵は三人いる。さっきのコウンズ隊長はいないようだ。

「おまえは何をしている」

 アクアは剣を納めた。衛兵達は剣をアクアの方に向けている。

「見てわからないのか。襲われたから殺した。街道で襲ってくる相手を殺すことが悪いとは思えないな」

「こいつらが誰か知っているのか」

「わかるわけ無いだろう」

 しかし衛兵達は武器を構えたままアクアを囲む。

「こいつらは先ほど取り調べた暴行未遂の男達だ。その男達に再度おまえが狙われるというのはどういうことだ」

 どうやらコウンズと一緒にいた男達のようだ。

「知らねぇよ。おおかたさっき私とやれなかったから、もうワンチャンス狙ってきたんだろうさ。何しろ、私は美人だからな」


 アクアは自分の胸を持って揺らした。

「おまえらも、楽しんでいくか?」

 衛兵達は汚いものでも見るかのような嫌な顔をした。

「おい、こいつらを調べろ」

 リーダーらしき男が声をかけると、二人は盗賊の死体を調べ始めた。アクアは町に戻ろうとする。

「待て」

 アクアは立ち止まって振り返った。


「おまえはグレスタを離れようとしていた。しかし今はグレスタに戻ろうとしている。どういうつもりだ。初めからこの男達を誘い出すつもりだったんだな」

「ただの散歩だよ。襲われたのは偶然さ」

「苦しい言い訳だな。詳しく話してもらうぞ」

「勘弁してくれ。襲ってくる相手を殺してとがめられても困る。私がやられちまった方が楽しいってか」

 アクアは言うが、その男はじっとアクアをにらんでいる。さすがに衛兵と斬り合うわけにも行かず、アクアは途方に暮れた。

「マウンツ副隊長。カードを見つけました。冒険者が二人。一人はラフィエ、もう一人はレッヂー。どちらもまだ更新はしていません。残りの一人は鍛冶工のカードですが、グレスタのものではありません。名前はジャーグー」

 死体を調べていた男が言った。続けてもう一人の衛兵も言う。

「武器と少量の金銭を持っているだけで、他に持ち物はありません」

「カード以外には何か無かったのか。グレスタに親族がいるようなものは」

 マウンツが言う。町に入るときは身分証として職業カードが必要だ。アクアはもちろん冒険者カードを持っている。町によって違うが、厳しいところだとカードを持たない者は一切町に入ることが認められない。グレスタは比較的緩い方で、簡単な手続きをすれば町に入ることはできるようだ。その代わり、職業ギルドで更新の手続きが必要になる。手続きをしないで何度も出入りをしようとすると、さすがに注意される。彼らはどうやらその手続きはしていなかったようだ。

「親族を探すために死体を持ち帰るか」

 アクアがからかうように言うと、マウンツは顔をしかめた。

「そんなに時間はかけられない。おい、道の脇に避けておけ。必要なら回収に来る」

「だったら、手間を省いてやるよ」

 アクアは歩き出すと、軽々と死体を持ち上げ、三つ重ねた。そしてその死体三つを両手で持ち上げた。血がまき散らされるが、アクアは全く気にしない。

「先に帰っているぜ。こいつらは門の前にでも置いておくよ」

 そしてアクアは死体を抱えたまま走り出した。

「お、おい、待て!」

 マウンツが叫ぶが、アクアは無視して走り続けた。


 門番の男は三人の死体を抱えながら門の前に来たアクアに驚愕していた。

 アクアはその死体を門のそばに放り投げる。

「後でマウンツとか言う奴がこの死体を取りに来るから、ここに置いておいてくれ」

 そしてアクアは冒険者カードを門番に見せてグレスタに入っていった。

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