第23話 明日のための作戦会議
キャロンは空を飛びながらグレスタの町に向かって戻っていた。
上から見ていると、城へと続く山道を走ってくる男を見つけた。エイクメイともう一人の盗賊。もう薄暗いので、向こうからこちらはわからないだろう。
三人で出て行ったはずだが、二人が戻ってきた。何かがあったと言うことだ。一瞬もう一度城に潜り込んで彼らの報告を聞こうかと思ったが、面倒なのでやめた。
キャロンは門の手前で降りてから、グレスタに入っていく。もう何度も出入りしているので、カードを軽く見せただけですぐに通してくれた。
町に入るとまっすぐ順風亭に向かった。
順風亭はもう夕方のピークは収まったようで、それほど人は多くない。キャロンは受付に向かっていった。
「いらっしゃいませ。依頼の報告ですか?」
その子はスピナではなかった。もう少し年齢が低そうな髪の短い子だ。キャロンはその子の手を両手で握った。
「いや。君に会いに来たんだ。もうそろそろ店も終わるだろう。ちょっと、わからないことがあるんだ。ぜひ教えてもらえないか。二人きりで」
「え、あの・・・」
その時、その受付の子は肩を掴まれ後ろに下がらされた。
「うちの新人をたぶらかすのはやめてください。用がないなら帰ってもらいますよ」
スピナだった。その子を後ろに追いやると受付に座った。そしてきつい顔でキャロンをにらんだ。
「今日この町であった出来事を知りたかっただけだ。別にたぶらかしていたわけじゃない。何か騒ぎがあったんだろう。私は一日外にいてわからないから、何があったのか知りたかったんだ」
キャロンは表情も変えずに言うと、スピナの手を取ろうとする。スピナはすぐに手を引いた。
「情報料取りますよ。あと、接触料も」
「つまり金を払えば触りたい放題ということで良いか?」
「ダメに決まってます」
スピナはため息をついた。あの夜のことは気の迷いだと自分に言い聞かせる。何も知らない、といったていで頼られたから、思わず気を許してしまった。そしたらあんなことをされるなんて。顔が赤くなりかけるのを押さえて冷静をつとめる。
「まぁ、昼のことと言えば大した話じゃないので、情報料というのも嘘です。貸し馬車屋が衛兵に捜索されたんですよ。従業員の男は捕まえたけど、店主には逃げられたそうです。しかも門の外まで繋がるトンネルが見つかったみたいで、実は盗賊だったんじゃないかといわれています」
「なるほど、大捕物と言ったところか。だが、どうしてその貸し馬車屋が怪しいとわかったんだ」
「そこまではよくわからないですけど、盗賊に襲われた馬車を回収したら、その貸し馬車屋のものだったっていう事らしいですね。以前から、その貸し馬車屋を使った旅行者がいなくなるという事件があったようです」
キャロンは微笑む。
「さすがは冒険者の宿だな。情報が早い」
「違いますよ。町の衛兵さん達がこちらにも情報を流してくれるんです。私達も何かあれば手伝いますし」
キャロンは驚く。
「衛兵と強力? 普通、冒険者と衛兵は敵対しているだろ。お互い仕事がかぶるし。ダグリシアでは衛兵ではなく近衛隊だが、奴らは貴族達の身を守り、平民は冒険者が守る。そういう棲み分けだ。情報のやりとりなんてあるわけがない」
今度はスピナの方が首をかしげた。
「グレスタとはだいぶん違いますね。私達と衛兵さん達は協力関係にありますよ。基本的に町の治安は全て衛兵さん達の仕事ですし、冒険者の仕事は衛兵さん達がやらないような雑用か、郊外の仕事ですね。衛兵さん達は町の外で行動できませんから」
キャロンは感心したようにうなずいた。
「面白い棲み分けだな。ありがとう。とても良い情報だった。ぜひお礼をしたい。今夜・・・」
「出てけ」
スピナは立ち上がり、受付の前に終了の札を置いた。
キャロンが宿に戻ったのはもう完全に日が落ちてからだった。部屋にはすでにアクア、ベアトリス、ログ、レクシアが戻ってきていた。
キャロンが部屋に入ると、すぐにアクアとベアトリスが立ち上がる。
「食事を食べたら見つからないように外に食器トレーごと出しておきなさいね」
「私達は酒飲んでくるからよ」
キャロン達三人は宿を出て、いつも使っている個室の居酒屋に行った。三日連続なのでもう常連だ。アクアの姿を見ても驚かれることはない。
三人は飲み物と食事を注文し、早速打ち合わせを始める。
「オウナイ一味は全部で三十三人。そのうち現在三人がグレスタに入り込んでいる。重要人物はボスのオウナイとその息子のエイクメイ、そして魔術師のカイチックだ」
キャロンは調査してきた基礎情報から二人に話す。そして朝のエイクメイと鉢合わせた出来事から順に、城で聞いた話、最後に順風亭で聞いた話をした。
「見せてもらった見取り図には載っていなかったが、あの城には隠し部屋があってな。おかげでゆっくり魔法を張り巡らせることができた。何かに使えるかも知れないと思って扉には細工をしてきたしな」
「城の中で魔力を流したりしたら、そのカイチックとか言う魔術師に見つかったんじゃないの」
ベアトリスが言う。ベアトリスはかなり離れた場所でも魔力のゆがみを感じ取れる。魔術師にはそういったセンスを持つ者が多い。
「私もそう思って初めは慎重に事を進めていたんだが、気づいてはいなかったようだな。探知系の魔法は苦手なのかも知れない」
「ずいぶん欠陥じゃないか」
「特化型なんだろう。あんたに痛みを感じさせたということは攻撃魔法なら自信があるんじゃないか。呪文偏重の弊害だな。攻撃系の魔法同士は呪文のリズムが似ているから、まとめて覚えやすい。他の系統の魔法は避けていたんだろう。そういう魔術師は結構いるぞ。回復系ばかりの奴とか強化系ばかりの奴とかな」
キャロンが私見を告げる。
「呪文なんて使ったことがないからよくわからないぜ」
「あんたが呪文を使ったら町が一つ吹っ飛ぶ。下手に効率化させないでくれ」
ベアトリスが話を戻した。
「まぁ、ともかくその魔術師が攻撃しかしてこないならたやすい相手ね。ところで、オウナイ一味は、バム一家とかいうのと対立しているのかしら」
「その辺りの事情まではわからないな。だが、バム一家というのは恐らく貸し馬車屋のことだろう。明日の朝からバム一家を追うようなことを言っていたが、少し早まるかもな」
「今夜にも動き出すかも知れないって事か。ご苦労な事だ」
アクアも感想を言った。
「まぁ、あいつらの事情なんてどうでも良い。私達があいつらを一網打尽にするのは明後日以降になるな。明日は城にはいないようだ」
アクアが指を鳴らす。
「よし、それは都合が良い。つまり明日はおまえ、空くんだろ。キャロン、明日ログの修行を変わってくれ」
キャロンの目が細くなる。
「何だと?」
「おまえばかり働かされているって文句言っていたじゃないか。明日は私が働くよ。交代しようぜ」
「あっ、ずるーい! ログをキャロンに押しつけてサボる気ね。今日だって途中でログの修行を放り投げたくせに」
ベアトリスが言う。キャロンは呆れた顔で言った。
「おまえが師匠をやると言ったんだろ。何をやっているんだ」
アクアは口を尖らせる。
「って言ってもよ。私の剣術なんて我流だぜ。教えられるものじゃないっての。そもそも私は剣術なんて習っていない。全部見たものを真似しただけだ」
「見ただけでそこまで剣を使えるようになるおまえが変なんだ。で、結局おまえはログに何をやらせたんだ?」
キャロンが尋ねる。
「あいつはもともと素振りができるんだよ。親父に教わったんだろうな。それをやらせたよ。何しろせっかく型を習っているくせに使いこなせてないんだ」
「型稽古か。基本というか基礎というか」
「多分騎士の剣術だぜ、あれ。親父は恐らく結構良いところの出だろうな」
「確かに、上品そうな顔付きよね。ログもレクシアも」
ベアトリスも感想を言う。田舎町の少年少女にしては礼儀作法がしっかりしていた。
「それで、一日中型稽古か?」
「いや。午前中だけだな。ログの奴、魔力が結構あるみたいだったんでよ。午後はベアトリスに預けた」
アクアが言う。
「それは押しつけたって言うのよ、アクア」
「替わりにレクシアを預かったじゃないか」
アクアは悪びれた様子がない。
「レクシアには何をやらせたんだ」
「追いかけっこだな。魔術師になることばっかり考えていて、体を鍛えることを意識していない。私に襲われないようにずっと走らせたよ」
キャロンは呆れたように言う。
「それのどこが修行だ。おまえの性欲を満たすだけの修行じゃないか」
「必死に逃げた方が本気になれるだろ」
「おまえが師匠に向いていないことがよくわかったよ。剣術を教えないなら、せめて体さばきくらい教えればいいだろう」
アクアは考え込む。
「それもそうだな。私の剣術なんて教えても役に立たないし」
キャロンはベアトリスを見た。
「あんたは何をさせたんだ」
「私? 全裸でロープの上で立つ練習」
キャロンは呆れたように言った。
「それのどこが修行なんだ」
「ロープの上に立つのは体幹の練習になるし、体のバランスを取るのは風の魔法をまとえば良いでしょ。十分修行になると思うわよ」
アクアが言う。
「あれは難しいと思うぜ。魔力が少ない奴が魔法で体を浮かせるのは結構疲れるはずだろ。難易度が高すぎねぇか」
「そうでもないわよ。午前中だけで完全にものにしていたから。とは言っても体幹が九で魔法が一程度ね。あの子、結構運動神経良さそうよ。しかも負けず嫌いで根性がすごくある。ログより良い戦士になれそう」
ベアトリスは言うがキャロンは首を振った。
「全く魔法の修行になっていないような気がするんだが」
「じゃあ、ログには何をやらせたんだよ」
アクアが尋ねた。
「ああ、レクシアにもやった魔法の基礎よ。ログの場合は熱と○○」
「「○○!」」
アクアとキャロンが驚きの声を上げる。
「本当はレクシアと同じように熱と冷と○○の三つにしようかと思ったんだけど、○○の集中力がどれくらい必要なのか、私にはいまいちわからなかったから、二つにまけておいたの」
「○○にはそれほど集中力はいらないぞ。私は○○を○○させながら戦えるからな。何度か女を○○ながら、魔法を打ったことがある」
キャロンが言う。
「キャロンはそうだろうけどな。普通の男がどれくらい保たせられるのか私にもわからねぇよ。で、うまくいったのか」
ベアトリスも微笑む。
「まぁね。今思えば簡単すぎたかも知れない。まぁ、すぐにしぼんじゃうから本人は苦労していたみたいだけど」
キャロンが言った。
「意識を分ける訓練なのかも知れないが、全然魔力のコントロールに結びつかない修行だな。本当にあんたら、大丈夫か」
「それだけ言うなら、明日のログの修行は期待しているぜ。ちゃんと師匠できるんだろ。キャロンなら」
「私はあんたと同い年だぞ。十八で師匠経験などあるはずが無い」
キャロンが言う。しかしベアトリスが続けた。
「じゃあ、明後日はレクシアの修行をつけてよ。キャロンがどんな魔法を教えるのか気になるわ」
キャロンは怒り気味に言った。
「明後日はさすがに仕事をするだろ。何を言っているんだあんたらは」
「安心しろよ。私が明日は仕事するから。城に潜っていれば良いんだよな」
キャロンはアクアをにらむ。
「それはサボりと言うんだ。明日はオウナイ一味は遠征だ。城で待っていても何も起こらない。そうだ。丁度良い。あんたはこの町にいるオウナイ一味を誘い出して口を封じておいてくれ。モンテスにまでたどり着かれると厄介だ。あまり大っぴらにやるなよ」
「じゃあ私も仕事をあげるわ」
ベアトリスが続けた。そして髪飾りを取り出してアクアの髪に挿す。
「この髪飾りをレクシアの精神体に取りに行かせるね。多分昼過ぎになるかな。その頃に順風亭にいてよ」
アクアは髪飾りを手に取った。
「なんか妙な魔力が備わっているな。これ」
「精神体を実体化させる魔法を込めてあるの。ベアトリスは精神体のままアクアのところに行くから、その時に渡してくれれば良いわ」
アクアが口を尖らせる。
「昼頃って中途半端じゃねぇか。もっと早くしろよ」
「精神体に慣れさせるのに午前中いっぱいくらいかかると思うのよね。それから町に精神体で戻ってもらって順風亭を探すわけだから、順調にいって昼過ぎ。まぁ夕方まではかからないでしょう」
「じゃあ、昼前か、夕方しか盗賊退治に使えないぜ」
「それくらいで文句言うな。今までサボっていたんだろ。どうせおまえの格好でうろつけば向こうが見つけてくれる。確実に明日中に倒しておけよ」
キャロンは冷たくアクアに言った。
「仕方がねぇな。その代わり、ログの修行は頼んだぜ」
「おい、それを受けるとは・・・」
「今更だろ」
アクアがキャロンに笑みを返す。キャロンは肩を落とした。
「仕方がない。だったら少ししごいてやるか」
ベアトリスが言う。
「やり過ぎないでよ。キャロンって基本的にサディストなんだから」
彼らは宿に帰っていった。
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