第22話 バム一家の逃走
貸し馬車屋の扉が昼頃ノックされる。
「はいよ」
ネーヴが返事をして扉を開ける。目の前には衛兵が経っていた。ネーヴは肩をすくめた。
「またですかい。以前にも帳簿は見せたでしょう。私は依頼されて馬車を貸し出しているだけで何にも知らないと、いい加減に・・・」
「今日は別の件だ。ちょっと外に来てくれ」
渋々ネーヴが外に出ると、他にも数人の衛兵がいてネーヴの顔に緊張が走る。
「な、何なんです、これは」
「いや。済まない。見て欲しいのはこの馬車だ」
言われてネーヴは衛兵達の後ろに置かれた馬車に気がついた。それは昨日使った馬車だ。本来なら裏口から運ばれてくるはずだったものだ。
ネーヴが唖然としていると、その衛兵は言った。
「この馬車はここのものだね」
馬車には店のマークをつけることになっている。普段持ち込むときはこのマークを外して持ち主をわからなくしている。それが残っていたから、すぐにこの店のものだとわかったのだろう。
「そうですが。これをどこで」
「街道で発見されたんだ。まずは確認してくれ」
ネーヴは促されるまま馬車の中や外見を調べた。ほとんど出発時と変わらない状態だが、血がかかった跡がある。ネーヴはそこに目を留めた。
「いったい何が?」
衛兵は続けた。
「確認出来たのならまずはこの馬車を返そう。それからこの馬車を貸した相手の記録を見せてもらえるか」
「わかりやした」
ネーヴは促されて店に戻る。衛兵達は店を囲むように立っていた。店の中では腹を押さえて椅子に座っている御者がいた。昨日転んで腹に怪我をしたと言っていたが結構出血はしたらしい。今は血は止まっているが、苦しそうに腹を押さえている。
「その男はどうした」
「うちの店員ですよ。ちょっと転んで腹を打ったみたいで」
すると衛兵は後ろの仲間に指示をした。
「おまえは帳簿と契約内容を確認しろ。私は治癒魔法が使えるからこの男を見る」
「いや、たいしたことは無いですよ。そんな事して頂かなくても、ちょっと寝てれば治りますから」
ネーヴは何か不穏な雰囲気を感じ、早くこの衛兵達を追い出そうとした。
しかしその衛兵は有無をいわせず御者を椅子から引き立て、乱暴に押さえていた手を放させた。そして血に濡れた包帯をナイフで引き裂く。
「うぐっ」
御者は苦痛にうめく。再び傷口から流れ出す血を見ながら衛兵が呪文を唱えると、すぐにその傷はふさがっていった。
「内臓に傷があるかも知れん。後で医者に行くんだな。ひとまずは大丈夫だろう」
「あ。ありがとうございやす」
御者は小さくつぶやいた。衛兵はしかしきつい目で御者を見ていた。
「だが、まずは事情を聞かねばならないようだ。それは刀傷だ。昨日何があったか話してもらわなければならない。おい。この男を連れて行け」
「えっ、そんな」
御者は目を白黒させたが、二人の別の衛兵がやってきて御者を外に連れ出した。
「あ、ちょっと!」
ネーヴは慌てる。訳がわからないうちに仲間の一人が捕まった。
「ちょっと、何があったんです」
ネーヴは少しいらだったように言う。その時、帳簿を調べていた衛兵が言った。
「コウンズ隊長。借りたのはマシューという男です。ギルバート家に問い合わせますか」
「ああ。急いでくれ。あの騎士のどちらかの名前だろう」
コウンズ隊長はネーヴに向き直った。
「エレイン婦人が直接依頼に来たのか」
「存じませんね。騎士のお二方が馬車を貸して欲しいと言っておりました。女性を連れてダグリシアに向かうようなことはおっしゃっていましたが」
「貸し出したのは馬車だけか」
「ええ。もちろん」
「御者は」
コウンズ隊長は次々と聞いてくる。ネーヴには違和感があった。バム一家は金目のものしか奪わない。その代わり、残り物は全て手下達の取り分だ。普通は身ぐるみ剥いで、死体を処理するので獲物の身元はわからなくなる。なのに、彼らは騎士の関係まで割り出している。
「御者は向こうで手配すると言っておりましたので、こちらは馬車と馬だけです。そう記録にあるでしょ。あの、本当に何があったんです」
事実ネーヴには何があったのかさっぱりわからなかった。
「さっきの男の傷のことは知っていたか」
コウンズ隊長が言う。
「知りませんよ。朝から腹を抱えていましたが、転んだとしか言っていませんでしたし」
ネーヴが言う。コウンズ隊長は少し笑みを浮かべた。
「色々尋ねて悪かった。しかし、もう少し確認しなくてはならない。何があったかといえば、君が馬車を貸したエレイン婦人とギルバート公爵家の騎士二人が全て殺されたのだ」
ネーヴは憮然とした顔で言う。
「私には知ったことじゃない。そもそも街道に盗賊が現れるのは日常茶飯事だ。私が貸した馬車だけの話じゃないだろ。損害を受けているのはこっちの方だ」
「もちろんわかっている。だからちょっと詰め所まで来て確認して欲しい。今回の被害者はその三人だけではない。もし何かわかるようなら教えて欲しいと思う」
コウンズ隊長は続けた。ネーヴは眉を寄せる。
「被害者が三人じゃないってのは?」
「盗賊と思われる男が七人死んでいる。しかし、彼らはエレイン婦人を襲った盗賊ではないのだ。なぜなら、彼らの武器に血が付いていなかった」
七人。それは御者以外のバム一家の配下が全て殺されたことを意味する。なぜそんなことが起こったのか。
「エレイン婦人達、そして盗賊達を襲った者が誰なのか、未だにわかっていない。だからこそ君に確認してもらいたい。一緒に来てもらえるね」
コウンズ隊長はネーヴに言う。
「私は、馬車を貸すこと以外に何もできない男ですからね。大して力にはなれませんが、そうおっしゃるのなら確認に行きましょう。ちょっと、閉める準備するんで外で待っていてください。馬に餌をやらねぇと」
ネーヴはそう言って、コウンズ隊長から離れると餌桶を手に取った。
そして裏口から出て行く。もちろん衛兵が、その後を追っていく。
しかしそのあとすぐに衛兵の声が上がった。
「隊長、逃げました。隠し通路です!」
ネーヴは何が起こったのか理解できていなかった。間違いないのは配下の全てが殺されたこと。そして、衛兵に捕まった御者はすぐに裏切るだろうということだ。
ネーヴは裏口の通路を通って、町の外に出た。すぐにその通路を石で塞ぐ。
そしてそのまま走り出した。
ネーヴは走り続けて、夕方にやっと森の中のアジトにたどり着いた。
「叔父貴、どうした。そんなに慌てて」
外で食事の準備をしていた三男ツーグが言う。
「バムはどこだ!」
「親父なら中だ」
ネーヴは扉を勢いよく開ける。小屋の中で息子達と話していたバムが弟を見る。
「何だ、ネーヴ。慌ただしい」
「うちの奴らは戻っているか!」
すると長男のラスカルが答えた。
「そういや戻ってこないな。てっきり叔父貴のところで金もらって、街で遊んでいるんだと思っていたんだが」
「やっぱりか」
ネーヴは舌打ちする。どうやら衛兵の言ったことは正しいようだ。
「どういうこった。何かあったのか?」
バムが尋ねる。
「大変だぞ。うちの奴らがみんな殺された。俺のところに衛兵が来やがったんだ。これ以上あの商売は続けられねぇ」
「何だと。誰だ、やりやがったのは」
バムが勢いよく立ち上がった。
「わからねぇ。だが、御者野郎は何か知っていたんだろう。今朝怪我をしていやがった」
「じゃあ、その御者が奴らを殺したって? そんなわけないだろ」
次男バーグラが言う。ネーヴはバーグラをにらむ。
「そんなことは言ってねぇ。俺達を狙っている奴に脅されたんだろうぜ。だが、あの御者は衛兵にとっ捕まった。口を割るのは時間の問題だ」
そこでバムが言う。
「まさか、オウナイどもか」
ネーヴが渋い顔をする。
「わからねぇが可能性はあるな。さすがにこのアジトまでは知られていないと思うが」
「馬鹿言え、ネーヴ。奴らが殺される前にこの場所をバラした可能性は大きいだろうが、おい、すぐ逃げる準備をするぞ」
バムが言うと、全員が動き始めた。アジトにある金目のものを全て袋や鞄に詰め込む。
外にいたツーグも小屋に入ってきた。
「どうしたんだ。そろそろ飯ができるぞ」
「その飯がここでの最後の飯だ。できるだけたくさん持て、持っていけない物は捨てていくぞ」
ツーグも荷物を作るのを手伝う。
準備ができるとバム一家は食事を全て平らげ、日が沈む前にアジトを後にした。
*
エイクメイが冒険者カードを持つ二人の盗賊を引き連れてグレスタに着いたのは夕方時だった。
まずはカイチックに言われたように貸し馬車屋に向かう。そこでエイクメイは衛兵達に囲まれている店を見て驚いた。周りの野次馬に声をかける。
「おい、何があったんだ?」
「よくわからないけど、貸し馬車屋の主人が逃げたみたいだな。なんか物々しいから、よほどのことをしたんじゃないかな」
「あそこは他に従業員がいなかったか。そいつはどうしたんだろう」
エイクメイはできるだけ冷静を装って尋ねた。
「さてねぇ」
あの男はエイクメイの顔を見ている。殺されたのならかまわないが、衛兵に捕まったとすれば、自分のことがバレるかも知れない。
「ありがとう」
エイクメイは仲間達とその場を去った。
現場から離れてすぐに家陰に潜む。
「俺達が泊まっている宿はその先の、安全宿舎って宿だ。ラフィエンはジャークやピロックを待って、今日のことを伝えてくれ。レッチは俺と一緒に城に戻る」
「今着いたばかりですぜ」
レッチが不平を言う。
「バム一家に俺達のことがバレた可能性がある。すぐに報告だ」
そしてエイクメイはレッチを引き連れて来た道を戻っていった。
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