第21話 キャロンの調査

 翌朝、アクアとログ、ベアトリスとレクシアは宿を後にした。もちろんこの部屋には二人しか泊まっていないことになっているので、連れ出すときはベアトリスの魔法で姿を隠したまま裏口から出る。

 アクアだけが堂々と、正面から出ていくのである。

 町から出るときもベアトリスは魔法で姿を隠して出て行くが、アクアは冒険者カードを見せて出て行く。ただ、ログは身分証明ができないので、門番に金を握らせて出た。



 一人になったキャロンはゆっくりと宿を出た。この宿は高級なので、結構お金がかかる。しかも朝晩食事を用意させているので余計に経費がかさんでいた。

「あと何日泊まれるかわからないな」

 キャロンは独り言を言う。しかし、広くて都合が良いので、この宿を手放す気は無い。この宿を出るときはこの町を去るときだろう。


 キャロンはまっすぐ順風亭に向かった。

 すでに朝の冒険者ラッシュは過ぎた後である。指命依頼なので、慌てて来る必要が無い。

 空いた受付に近づいていくと、顔を上げたスピナと目が合った。スピナは顔を真っ赤に染め、すぐに他の受付と交代しようとした。

「スピナ。私達への使命依頼があるだろう」

「う、受付は私じゃなくても大丈夫ですので、私はちょっと用事があります」

 スピナは早口で言って逃げようとした。キャロンはぼそっとつぶやいた。

「あの夜のことをばらす」

 スピナの背筋がピンと伸びた。そして、ぎこちない歩き方で戻ってくると、変わってくれた受付と交代してカウンターの席に座る。

「な、何の用事でしょう」

 スピナは引きつった笑顔のまま言う。

「一昨日の夜はもっと可愛げがあったんだが。やはり、○○すぎて、○○させたことを根に持っているのか」

 スピナの顔が鬼のような形相に変わる。

「二度と来るな。この変態」

「指命依頼があるだろう。それを受けに来たんだ」

 キャロンは真面目な顔で言う。スピナはキャロンをにらみつけながらも、事務的に話をした。

「そもそも前の依頼が終わっていないので、受けられません」


「ん?」

 キャロンは首をかしげる。

「依頼は終わったぞ。もうモンテスにも報告してきた」

 しかしスピナは更にきつい視線でキャロンを見た。

「ダグリシアがどうだったかは知りませんが、依頼を受けるのも、依頼を終わらせるのも冒険者の宿で行うことです。何で直接依頼主に報告して終わりにしようとするんですか。まずはこちらに報告してください。そうじゃないと報酬を支払うことはできません」

 キャロンは少し考え込む。

「だが、調査報告はモンテスに直接するのだろ。そういう依頼なのだし。だったら冒険者の宿に報告するのは二度手間じゃないか」

「報酬が欲しくないんですか。モンテスさんからの報酬はこちらで預かっています。それともモンテスさんからもう報酬をもらいましたか?」

「いや」

 確かに報告はしたが、その際、報酬はもらっていない。

「ちゃんと仕事をしてください」

 スピナが強く言う。


 キャロンは自分一人が仕事をしているとアクアやベアトリスに言ったが、キャロン自身もしっかり仕事をしていなかったらしい。

「済まなかった。じゃあ、今から報告すれば良いのか」

「もう良いですよ。今更ですし。とりあえずモンテスさんが納得しているのでしたら、今回は大目に見て報酬を支払います」

 そしてスピナはキャロンに五ゴールドを渡した。

「それから、指命依頼でしたね。でも大丈夫ですか。討伐依頼ですけど」

「問題ない。私らはこう見えても結構腕利きでね」

「詳細が記されていないので、はっきりとはわかりませんが、問題ないのでしたら手続きを進めさせていただきます」

 それからスピナな少し視線を動かして、キャロンに顔を寄せてきた。

「こんなところでキスを求めてくれるのはありがたい」

 スピナは顔を赤くして小声で反論した。

「違います! 奥の席に座っている男の人が、城の依頼を受けた相手を探していたんです。もちろんこちらから情報を流すことはしませんが、諦めきれなかったのか、昨日は一日中この店に居ました。今日も朝から城の依頼を探しているようです」

 キャロンは振り返らずに言う。

「ありがとう。やはり可愛いな。だが、今晩というわけには・・・」

 一気にスピナの顔が冷たくなった。

「誰もそんなことは求めていません。出て行け、この変態」

 スピナも塩対応になってきたので、キャロンは肩をすくめて受付を去った。


 歩きながらその男の方に目をはせる。それなりに武装はしているようだが、体にフィットしているわけじゃない。比較的体格がよく、背が高い。見たことのない男だが、オウナイ一味とみて良いだろう。

 一瞬目が合うが、そのまま視線は通り過ぎる。

 キャロンが店を出る前に扉が開いて二人の男が入ってきた。さっきの男よりも更にみすぼらしく、冒険者にも見えない。

 彼らは店を見渡すと、先ほどの男を見つけて駈けていった。しかしそのうちの一人がキャロンを見て目を見開いた。

 キャロンは特に反応を見せず、そのまま店を出た。


 エイクメイは朝から順風亭に来ていた。昨日のうちに現れると思っていたが、そううまくはいかなかった。ならば間違いなく今日はあの紅毛の冒険者が報告に来るだろう。

 エイクメイもあの紅毛女ではなくその仲間が来るという可能性を考えている。だから、出入りする冒険者全員をチェックしていた。もちろん見落としはあるだろうが。


 一人のたくましい体付きの女が入ってきた。青い髪は後ろで縛られており、着ているのは体にフィットした革鎧、そして杖を持っている。見惚れるほどの美しさだ。

 間違いなく昨日出入りした冒険者の中にはいなかった。

 その女はカウンターで長く話し込んでいる。お金を受け取ったので、依頼を受けたのではなく依頼を終了したというのがわかる。しかし、普通は朝に依頼を受け夕方に報酬を受け取るはずだ。違和感のある行動だと思った。

 カウンターからは離れているので話し声は聞こえない。一瞬受付の女がこちらを見た。一日中居座る男を面白く思っていないことはわかるが、これでも冒険者である。文句を言われる筋合いはない。


 彼女は話が終わったらしく出口に向かってきた。一瞬目が合うが、彼女は何か反応したわけではなかった。エイクメイの方も面識のない顔だ。それでも赤髪女の仲間の有力候補なのではないかと思った。

 その時、ジャークとピロックが冒険者の宿に入ってきた。

 エイクメイは朝一から冒険者の宿に張り付いていたので、彼らとの今日の打ち合わせが済んでいない。冒険者の宿が一番混む時間帯をすぎてから、打ち合わせをする予定だったが、なかなかエイクメイが出てこないので、痺れを切らして入ってきたのだろう。

 彼らの格好は冒険者としては似つかわしくない。早々に宿を出た方が良さそうだ。

 エイクメイが席を立つと、ジャークが青髪の女性を見て驚いた顔をした。その後すぐに女性は出て行く。

 エイクメイはジャーク達に駆け寄った。

「何かあったか」

「あの女、城の外にいた奴です」

 ジャークは唯一赤髪女以外の仲間を見た盗賊である。だからこそ、グレスタ調査の役割を担っていた。

「いくぞ」

 三人はすぐに順風亭を出た。

 しかしもうすでに女の姿はなかった。

「おまえ達はあの女を捜せ。俺は一旦城に戻る。報告することがあるからな」

 エイクメイと盗賊達はその場で別れた。


 エイクメイはすぐに馬をとりに宿に戻ると、馬に乗って町を出た。

 普通に歩けば四時間はかかるが、馬なら一時間ちょっとでたどり着く。

 エイクメイが城に来ると、見張りの盗賊達は暇そうにしていた。何人かは森に入っているようだ。城の外でも盗賊達がたむろしているのが見える。

 エイクメイはすぐに城に入っていく。

「父さん。いるか」

「お頭は上ですぜ」

 盗賊の一人が答える。エイクメイはすぐに階を上がっていった。


 広い食堂だったらしき場所にオウナイとカイチックが座っている。周りにも盗賊達がいた。

「エイクメイ、戻ってきたか。どうだグレスタは」

 オウナイが声をかける。エイクメイは少し落ち着く。

「大きい町だ。俺は冒険者の宿にしかいなかったからよくわからない」

「せっかく丸一日グレスタに潜っていてそんな報告かよ」

 オウナイは呆れた顔で言った。

「仕方がないだろう。赤髪の冒険者を探すためだ。でも今朝やっと手がかりを見つけられたぜ」

 エイクメイは答える。

「まぁ、結果が出たなら良いがな。別に一日中冒険者の宿にいる必要はないんだよ。そんな事したら向こうにも怪しまれるだろう。それで?」

 オウナイが先を促す。

「あの女の仲間を今朝見つけた。冒険者の宿で依頼の処理をしていたみたいだ。今、ジャークとピロックに追わせている」

「ちっ、うまくいかねぇな。精算される前に捕まえられなかったのかよ」

 処理が終わったと言うことは依頼者にもう自分達のことがバレていると言うことだ。次はより戦力の高い冒険者が来るかも知れない。


「顔がわかっている方の女が現れなかったからどうしようもない」

 エイクメイは答えた。

「なら、もうその冒険者どもに注目する必要はねぇな。おまえはまた冒険者の宿に入り込んで城関係の依頼が出ないか見張れ。おまえだけじゃダメだな。後冒険者カード持っている奴が何人かいただろ。そいつらも行かせるか。城関係の依頼は全部俺達が受けて、依頼者は殺す」

「その女達は良いのか?」

 エイクメイは不思議そうに尋ねた。

「ただの依頼を受けた冒険者だろ。この城に興味なんてねぇよ。俺達のことを言いふらされたくはねぇが、こちらから手を出す必要はねぇ。まぁ、見つけられたら始末すれば良い。依頼が張り出される時間はわかるか」

 エイクメイは釈然としなかったが、答えた。

「八時頃だ。昨日一日中見ていたけど、例外はなかった」

「それならその時間だけ押しかけて、他の冒険者に取られないようにしないとな」

 オウナイは近くにいた盗賊達に大声で叫んだ。

「おい、冒険者カード持っている奴がいただろう」

 盗賊達は互いにがやがや話していたが、この場所にはいないようだ。

「ちょっと探してこい」

 すると何人かの盗賊達がその場を出て行った。


「それからバム一家の件は聞いたかい」

 エイクメイが言うとオウナイは口元に笑みを浮かべた。

「昨日ベガーとホーボーから報告は聞いた。ラスカルとバーグラが護衛に化けて馬車を襲っているんだろ。あいつらもやっと頭を使うようになったじゃねぇか。ちょうど暇してたところだ。もうアジトはわかっているし、明日襲撃して根こそぎ奪っちまおう。かなり稼いでいるだろうしな」

「あいつら昨日酒場で打ち上げをしていたんだ。それで奴らに接触した男を捕まえて、奴らの手口を聞いてきた」


 エイクメイは昨日御者に聞いた話を説明した。

 もともと貸し馬車屋自体がバム一家のネーヴが開いた店だと言うこと。ネーヴは金持ち相手に馬車を貸し出し、護衛としてラスカルとバーグラが同行する。ラスカルとバーグラは町から離れた場所でその貴族を襲う。御者も仲間で、彼の役割は馬をグレスタへ持ち替えること。そうすると賃金がもらえる仕組みだという。

「なんで馬だけ回収するんだ?」

「馬車ごと帰ってくると、さすがに疑われるからだそうだ。馬車とか死体の後始末はバム一家の傘下の盗賊達が行っているみたいだ。彼らは馬車自体を偽装してから町に持ち込んで貸し馬車屋に返すんだ。そうすればまた報酬がもらえる」

 オウナイは鼻で笑った。

「まぁ、それなりに考えたって事か。一応は盗賊団のボスってわけだ」


 エイクメイは身を乗り出した。

「この方法を使えば、俺達も良い稼ぎができるんじゃないか」

 しかしオウナイは笑い飛ばす。

「馬鹿か。そんなやり方でうまくいくわけねぇだろ。おまえももう少し考えるんだな」

「どうして。金持ちをうまく誘い出してもうけられるじゃないか」

 エイクメイが言うとカイチックが口を挟んできた。

「そんなやり方ならすぐに衛兵に目をつけられるでしょう。なにしろその貸し馬車屋を使った貴族がいつもいなくなるんですからね。長く使えるような商売ではありませんよ。町で盗賊行為をする際は、衛兵達や冒険者達を如何に敵に回さないかが肝心なのです。ダグリシアでも近衛隊や冒険者の動きに着目していたでしょう。変に騒ぎを大きくされる前に潰すのが適切ですね。今後邪魔になるかも知れません」


 エイクメイはふてくされたように言う。

「じゃあ、俺たちはこの後どうするんだよ」

 オウナイが答える。

「だからベガーとホーボーを入り込ませたんだろ。勝手に戻しやがって。バム一家を追うならおまえが連れて行ったジャークとピロックにやらせれば良かっただろうに」

「でも、冒険者を見たことがあるのは奴らだ。ベガーとホーボーじゃ冒険者を見つけられない」

 エイクメイが言うと、オウナイは鼻で笑った。

「相手は冒険者だぜ。紅毛で小柄な女。十分じゃねぇか。多少変装していてもわかるくらいだ。普通の冒険者が平民の振りして隠れているわけはねぇ。次から次へと依頼をこなしながら、夜には居酒屋でパーティだ。わかりやすいじゃねぇか。むしろ見つけられない方がおかしいんだよ。別にグレスタの町中を走り回る必要はないんだぞ」

 エイクメイは唇を噛む。


 その時、部屋に二人の盗賊が入ってきた。

「お頭。呼びましたかい。確かにカードは持っていますが、しばらく放っておいた奴ですぜ」

「俺の場合、依頼失敗の記録ばかり入ってて、使えるもんじゃないんですがね」

 オウナイは笑う。

「ラフィエンとレッチか。気にするな。駆け出しの冒険者なんてそんなもんだよ。そういう奴が冒険者に復帰しようとしていても問題ねぇ。おまえらはエイクメイとグレスタに侵入して冒険者のふりをしていろ。依頼なんて受けなくて良い。この城について何かしてきそうな奴を探し出して、潰せ」

「じゃあ、適当な武具をいただきます」

 その二人は部屋を出て行った。オウナイ一味は奪ってきた武具を大量に持っている。だいたい壊れているものばかりだが、あまり気にしていない。もちろんオウナイやカイチック、エイクメイはその中で一番良さそうなものを占有している。

 オウナイはエイクメイに言った。

「ジャークとピロックは戻して良いぞ。あまりたくさんの人数をグレスタに常駐させたくないしな。おまえはラフィエンとレッチを連れてグレスタに戻れ」


「ところでエイクメイ」

 カイチックがエイクメイに話しかけた。

「なんだ?」

「バム一家の手口を話したその男はどうしました?」

「俺達のことを話さないように約束させて開放したよ。殺せばこっちのことが向こうにバレるだろ」

 カイチックは考えながら言った。

「では、その男がネーヴに口を割る可能性があります。脅してすぐに情報を出すような男は次も何でもするでしょう。その貸し馬車屋を見張って、動きがないか調べておいてください。明日の襲撃前に逃げられる可能性があります」

 エイクメイが眉を寄せた。

「心配しすぎじゃないか。あの男にそんな勇気は無い」

「必ず明日の出発前までに結果を知らせてください」

 しかしカイチックが続けると、エイクメイは仕方がなく答えた。

「わかった。誰かをよこす」


 この一連の会話を全て聞いている者がいた。もちろんキャロンである。

 キャロンは順風亭を出てすぐに飛行魔法で町を出た。見つかったことがわかったからだ。

 飛行魔法というものは通常存在していない。キャロンの飛行魔法はいくつかの魔法を組み合わせたオリジナルのものだ。

 一つは足に魔力を集めて空気をはじき出す超ジャンプ。これだけでもかなりの距離が飛べる。その後は浮遊魔法でゆっくり落ちていくが、これは使い続けると魔力の消費が激しいので、それとは別に空気中の魔力を吸い込んで後ろにはき出す推進魔法を使う。

 そうすることで、超ジャンプの威力を長持ちさせた長距離の滑空が可能になる。

 空気中の魔力が少ないと早く地面に降りてしまうが、ある程度魔力があれば比較的長く飛ぶことができる。もちろん荷物を持つと距離は飛べなくなる。その場合は超ジャンプに細工をして、魔力の爆発力を高める。

 森では霧の魔獣が魔力をまき散らしていたので、空気中の魔力量が多く、ひとっ飛びで城のそばまでたどり着いた。


 そこから城まで走ると、今度はそのまま城の塔の一番上までジャンプした。

 塔の頂上はそれなりに見晴らしが良いが、森しか見えないので大して面白いものではない。人が入った形跡もあるから、盗賊達もたまに外を見に来ていたのだろう。ここに見張りを立てていないのが不思議だったが、来てみて納得した。ここからでは街道の様子がまるで見えない。誰かが近づいてきてもさっぱりわからないだろう。

 キャロンは自分の周りに空気の壁を作り、音が出るのを防いで、塔を降りた。もちろん扉を開けるときも同様にして音が漏れないようにする。

 一昨日調査したことと、モンテスに城の見取り図を見せられていたことで、だいたいの構造は把握している。


 塔部分はずっとらせん階段になっていて、一番下まで来ると部屋になっていた。モンテスの言う塔の間だろう。五階建て城の六階部分とも塔の一番下の部分とも言える。

 ここは書庫のようで、壁中空っぽの本棚が並んでいる。その中央には一メートルくらいの高さの緩やかな球面を持った台が設置されており、真ん中に穴が空いていた。

 キャロンはその台を調べてみた。

「なるほど。これが城の心臓部か」

 モンテスが話した通り、魔法式が組み込まれた台座だ。この城を防衛するための魔法装置だろう。昔の城にはよくあるものだ。恐らく防御のためだけでは無く攻撃にも使えたのではないかと思った。

 とても興味深い装置だが、今は関係ない。すぐに塔の間を出た。


 五階には人はいなかったが、四階には暇をもてあまして探索している盗賊がいた。それをやり過ごし三階まで降りると、ちらほら盗賊を見かけた。

 盗賊達を避けながら、城を探索していると、三階の南西側に隠し部屋を見つけた。壁を探っても魔力は感じるが入り口は見当たらなかった。

「あの見取り図にはなかった部屋だな」

 キャロンは興味が惹かれて入り口を探すべく、四階に戻った。そして、隠し部屋の上に位置する場所に来ると、床を調査した。結果、床に魔力の残滓を見つけることができた。

「行ってみるか」

 キャロンがその床に魔力を込めると扉が開き、下に吸い込まれた。

 その部屋は正四角形の何の変哲も無い空き部屋で、上から下に降りる滑り台があるだけだった。

 キャロンは壁を調べる。

「なるほど、ここは秘密の逃げ口か」

 恐らく上の部屋が主の間だったのだろう。この部屋には二つの魔法の扉がある。どちらも一方通行で、東の扉は城に戻り、南の扉は外に出られるようになっている。攻め込まれたときの脱出用の通路というわけだ。

「昔の城にはよくある構造だな。しかし、ここなら見つからないから丁度良い」

 キャロンはその部屋に座り込み、床に手を置いた。一昨日は魔力の糸を城に通して盗賊のだいたいの居場所と人数を探った。

 今回は更に長く魔力を走らせ、彼らの会話まで傍受するつもりだった。その間自分の体が無防備になってしまうが、この部屋にいれば盗賊は入ってこない。

「長丁場になりそうだ。魔力を使いすぎないようにしないとな」

 そしてキャロンは長い長い呪文を唱えた。


 魔法は呪文がなくても発動させることができる。新米の魔術師は師匠から呪文を教わって、それを使えるように訓練するので呪文が必須だと思っている人が多い。

 しかしキャロンの理論では違う。そもそもどんな魔法でも呪文は必要ない。何をどうするかという明確なイメージがあれば、それを魔力だけで作り出すことができる。しかし、人間が持つ魔力量は体の構造の一部が魔力で作られている魔獣と違い、極端に多いわけではない。だから魔力だけで魔法を使おうとすると、あっという間に魔力が枯渇する。

 呪文は魔力の放出を押さえてサポートする役割を持つ音の繋がりだというのが、キャロンの考えだ。

 だから同じ言葉の呪文でも発音の仕方が違うと役に立たない。

 作り上げたい魔法を具体的にイメージすると、それに付随する音楽のようなものを感じることができる。それに沿って、呪文を作成すると、魔力の消費を抑えた強力な魔法を放つことができる。

 今回もオリジナルの魔法で、自分が何をしたいのかを詳細にイメージし、それに沿った長い呪文を作り上げ、アドリブで発音したのである。これだけ複雑な魔法を呪文無しで使おうとすればキャロンでも数秒で魔力は枯渇するだろう。

「よし、では聞かせてもらおうか」

 キャロンは盗賊達の会話内容を全て傍受した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る