第20話 討伐の依頼
キャロンは午後になってモンテスの屋敷を訪れた。バロウズが迎えてくれる。
キャロンはバロウズを見て舌なめずりする。昨夜はスピナを大いに味わった。今夜はバロウズだ。
案内されてキャロンは応接室に入った。すぐにモンテスが現れ、お互いソファーに座る。
「早かったね。本当に今日報告に来るとは」
「昨日言った通りだ。私達は腕利きなんだよ」
バロウズがお茶を入れて運んできた。キャロンは微笑みを返したが、バロウズは社交的な笑みのまま下がっていった。
キャロンは改めて城の状況を報告する。
城に居座っているのはオウナイ一味という盗賊で、モンテスが盗賊を見つけた日の前日辺りに入り込んだ可能性が高い。
人数は三十人程度。魔術師が一人いる。
「そんなことまで調べてきたのかね」
モンテスが驚く。
「これくらいたやすいよ」
「城は破壊されていなかったかね。特に塔の間にはあまり入られたくはないのだ」
「正確にはわからないが、たぶん無事だろう。基本的には三階より下に居住しているようだった」
モンテスは考えながら言う。
「彼らは城を去ってくれるだろうか」
「そうそう去る気は無いだろう。むしろ、私はオウナイ一味がこの町に入り込む可能性を考えている」
モンテスは驚いた顔をした。
「盗賊が町に? 町には衛兵がいる。さすがにそれは無理だろう」
「ターゲットの可能性があるのはあんただろう。あの城の事を気にかけているのは多分あんただけだ。彼らからすれば下手に城に人が来てほしくない。町に入るのは、城について調べようとしている人を見つけて排除したいからだ」
「なるほど」
モンテスはうなった。
「もちろん私の考えすぎかも知れない。しかし、グレスタから城は一直線だ。自分達を守りたいと思えば、グレスタで監視するのは当然だと思う」
もちろんでまかせである。オウナイ一味が次に何をしようとするのかは全くわからない。ただ、冒険者が城を調べに来たことには気づいただろうから、何かしら動き出すことはわかっていた。
キャロンの言葉にモンテスは少し笑う。
「だから、討伐の依頼を出してくれと言いたいのだね」
キャロンも笑った。
「あからさますぎたかな。だが嘘を言っているつもりはない。そして、私達三人なら確実にオウナイ一味を排除できる」
モンテスはキャロンをじっと見た。
「君は魔術師だね。攻撃魔法を得意としているのだね」
キャロンは首をすくめる。
「私は魔法を使うこともあるだけの戦士だ。魔法は私の戦う手段の一つに過ぎない」
「魔法を手段といいきれると言うことは、それだけ多くの魔法を覚えていると言うことだろう。なかなか素晴らしい魔法のセンスを持っているのだね」
しかしキャロンは続けた。
「私は魔法を覚えて使ってはいない。必要なときに必要な魔法を作って使う。私は本当の魔法とはそういうものだと思っている」
「ほう」
モンテスは面白そうに相づちを打った。
「師や魔術書から教わった魔法ではなく自分で魔法を作るのかね。それは私のような研究魔術師の仕事だと思っていたよ。君達のような実践的な魔術師は使うことに特化しているのだと思っておった」
キャロンは言う。
「それじゃ、用途が限られる。魔法は魔力の動きだし、呪文は効率的に魔法を発現させるためにあるコードだ。それさえ知っていれば、自分で魔法を作ることはたやすい。しかもその場に適した魔法を作ることもできる」
モンテスは興奮したように言う。
「うむ。良い考えだ。君は私ら研究魔術師とも考えが違うのだね。私達は魔法とは何かを考え、その発現までのプロセス全てを研究するが、それが実用的かと言われると少し違うからね」
「私も研究は嫌いじゃない。だが、冒険者だ。常に実用的な魔法にこだわっている。それに私達三人は全員魔術師であり戦士だ。それぞれ魔法についての考えは違うから、使える魔法の質も違う。お互いの魔法を見ているだけで、新しい知識が身につくよ」
モンテスは大きくうなずく。
「その通りだ。魔法はどうしても使い手によって質が変わってしまう。それがなぜなのかも研究したことはあるよ。確かに魔術師同士の会話は面白い。ただ、研究者同士だとどうしても争いになってしまうのだけどね」
キャロンも笑うが、すぐに冷静さを取り戻す。
「魔法の話は楽しいが、私は仕事がしたい。そろそろ話を戻して良いだろうか」
モンテスは軽く答えた。
「なに、魔法について話したのは、君達の能力が知りたかったからだよ。君達三人が魔術師であり戦士でもあるというのなら、私に断る理由はない。ぜひ彼らを排除してくれ。直接依頼をしたいところだが、やはり冒険者の宿を通しておかねばな。彼らも生活がかかっておる」
キャロンが言う。
「冒険者の宿を通すと、あなたの名前がオウナイ一味に知られる可能性がある。危険だ」
「形式だけだよ。指命依頼と言うことにする。だから張り出されることはないだろう。明日受付で直接依頼を受けるといい。今日中に順風亭に使いを出すことにするよ」
「期限は」
「急ぎはしない。確実に追い出してくれれば良い」
キャロンは立ち上がる。
「わかった。早めに終わらせる。楽しみにしていてくれ」
そしてキャロンはモンテスの屋敷を出た。今日の仕事はこれで終わりになる。残りでやれることとしたら、またグレスタ城に行って調査することくらいだ。
しかし、キャロンはモンテスの屋敷を出てもどこにも行かず、屋敷を見張っていた。
しばらく待っているとバロウズが屋敷から出てきた。キャロンは素早くそばによる。
「順風亭に行くんだろ。私もちょうど行くところなんだ。一緒して良いか」
バロウズは少し驚いたようにキャロンを見た。
「キャロン様でしたね。先ほどは失礼いたしました。もちろんかまいませんよ」
そして二人は歩き出した。
すかさずキャロンはバロウズに話しかけた。
「バロウズさんはずっとモンテスさんに仕えているのか?」
「いえ、モンテス様が屋敷に住まわれるようになってからですから。そうですね。十年経ったか経たないか」
キャロンは続ける。
「奥さんはいるんだろ」
「いえ。ずっと独り身です。事務仕事が性に合っていましてね」
バロウズは穏やかな笑みを浮かべた。キャロンがにやりと笑む。
「それじゃ。さみしいだろう。たまには羽目を外して楽しんだ方が良い。いつも閉じこもっていると良い考えも浮かばなくなるぞ」
「もういい年ですし、今更羽目を外して楽しめば体を壊しますよ」
「じゃあ、羽目を外さない程度に楽しむのが良いな。気分転換は重要だ」
キャロンが言うと。バロウズは笑う。
「それは考えたことがありませんでしたね。しかしそんな方法は知りませんよ。朝軽く体操すれば良い気分転換になりますし」
「私が良い方法を知っているよ。ぜひバロウズさんに教えたい。きっとやみつきになると思うんだ」
そろそろ順風亭が近い。一気に口説き落としたいところだ。
「おーい、キャロン」
その時大声で呼ばれてキャロンは立ち止まった。見ればログを背負ったアクアが遠くに立っていた。
「お知り合いのようですね。では、私はここで」
バロウズは穏やかにそう言うと、キャロンから離れて歩いて行った。
キャロンは舌を打ち鳴らす。タイミングが悪い。
アクアがキャロンのそばまで来た。ログは何かぐったりしていた。だいたい想像は付く。アクアに背負われて高速で走られれば、気持ち悪くもなるだろう。
「ログはこの通り見つけたぜ。すぐに宿に戻ろうぜ」
「そんなのおまえ達だけで良いだろう。私は今夜の相手を捕まえるところだったんだ。あんたに邪魔された」
「おまえだけに良い思いなんてさせるかよ。早く帰るぞ」
キャロンは渋々、アクアについて宿に戻った。
部屋に戻るとまだレクシアとベアトリスはベッドの中で寝ていた。
食事がなくなっているので、朝食は食べきったようだ。
アクアとキャロンが帰ってくると、ベアトリスも起きた。
ログはもじもじと居場所がないような態度だった。気持ち悪さからは回復したらしい。
「お兄ちゃん」
そのうちレクシアが目を覚まし、体を起こしてログを見つけた。驚きの声を上げる。そして目に涙を浮かべた。
しかし布団が落ちると素裸のレクシアが見える。ログはすぐに後ろを向いた。
「今更恥ずかしがってもねぇ」
ベアトリスは言うが、レクシアは布団を胸まで引き上げて体を隠した。
そういうベアトリス自体が裸である。ログはやはり正面を向くことができなかった。
「とりあえずおまえ達で話し合え」
アクアは言った。ベアトリスも続ける。
「レクシア、しっかり食事をとれるようにならないなら、これ以上の修行は無理よ。ログと話し合って心の整理をつけなさい」
ベアトリスはベッドを降りていつものローブを羽織る。腕を通して前を閉じればいつも通りのベアトリスである。
二人きりにするため、キャロンとアクアは扉に向かおうとした。
その時ログはレクシアの方を見て言った。
「レクシア。僕はアクアの弟子になったんだ。一緒に修行して強くなろう」
キャロンが立ち止まる。
「なんだと?」
キャロンが冷たい視線でアクアを見た。アクアはキャロンから視線を外した。
「えっ? 弟子? アクアが?」
ベアトリスも驚いた目でアクアを見ていた。アクアは目をそらしたままだ。
「これは話し合う必要があるな。ログ、レクシア。私達はこれから食事に出る。おまえ達はこの部屋で夕食をとれ、いつも通り夕方になったら扉の入り口に置かれているだろうから、バレないように回収するんだ。」
キャロンはすぐに外に向かう。
「レクシア。食べてなかったら明日からの修行は無しだからね」
ベアトリスはそう言い残してキャロンの後を追った。
「で?」
いつもの居酒屋の個室に入ると、早速キャロンがアクアをにらみつけた。
「仕方がねぇだろ。ログの奴が結構強情だったんだよ。レクシアのところに連れてくるための言い訳だ」
「でも、さすがに明日放り出すわけにはいかなくなったわよね。私の方もだけど」
キャロンが突っ伏す。
「なんであんた達は、依頼を受けている最中に師匠をやりたがる。たまたま拾った奴らだぞ。確かに顔は良いが」
アクアが言う。
「でも良いこともあるぜ。ログもレクシアも私達の○○だろ。夜の相手には事欠かないじゃねぇか」
ベアトリスも続けた。
「それは言えるわよね。まだまだ未発達の美少女、美少年を開発するなんて、この先あまりないと思うわ」
キャロンが言う。
「そのメリットは私もありがたいさ。徹底的に調教できるからな。だが、仕事中だと言っているだろ。私ばかりに働かせるな」
キャロンの剣幕に、二人はうつむく。
「いや、確かにね。私はずっと手伝っていないし、悪いと思っているのよ。でも、明日はやっぱり修行くらいつけないといけない気がするし」
ベアトリスが言い訳をすると、アクアも続けた。
「ログに約束しちまったしな。明日はログにつきっきりになっちまう」
キャロンはため息をついた。
「明日、モンテスからの正式な討伐依頼がでる。指命依頼だから、私達が受けることになる。いっそ私だけで討伐を終わらせて、おまえ達はただ働きってのはどうだ」
「ちょ、ちょっと、それはないでしょ。いつも通り三等分よ」
ベアトリスが叫ぶ。アクアも続けた。
「ほら、討伐の時は絶対に手伝うさ。明日は依頼を受けるだけにしようぜ。全員退治するんだから、まずは奴らの行動を確認しないといけないだろ。奴らだって、盗賊行為のために遠征するだろうし、一部はグレスタに入り込んでいるだろうし」
キャロンはため息をついた。
「わかったよ。明日は再度グレスタ城で奴らの動向を探るとしよう。おまえ達、明日で終わらせられるんだろうな?」
アクアとベアトリスは視線を外す。
「これ以上、私一人を働かせるなら、今後おまえ達のことは無視するぞ」
「大丈夫。ちゃんと考えているから」
ベアトリスは弁明する。
「そもそも襲撃はタイミング次第なんだよ。ダグリシアの時みたいに逃げられるのはごめんだ」
アクアは開き直ったように言った。
キャロンはうなずく。
「だったら、今日はログとレクシアでさんざん楽しませてもらう。もう、私が徹底的に楽しませてもらうからな」
キャロンはふてくされたように言った。
*
別の場所の安酒場。キャロン達はアクアが顔ばれしているため、比較的良い酒場の個室を使っているが、この底辺の安酒場にはみすぼらしい身なりの男達が集まる。
そこにバム一家がいた。
バム一家は次々と出されるアルコール度数が強いだけの酒を飲み、量だけが取り柄の料理を食べていた。
そこに四十代くらいの一人の男が現れた。例の御者である。
彼はバムに近づいて、小声で言った。
「親分、馬車が帰ってきやせん」
バムはその男をにらみつける。
「手で押して帰ってくるんだ、時間はかかるだろ。馬で手伝いにいったらどうだ」
「私は御者はできますが馬には乗れません」
バムは鼻で笑う。
「奴らだって馬車を持ってこないと金にならないことくらい知っているだろ。必死で持ってくるさ。ちょっと遅れているだけだ」
「わかりやした」
その御者は酒場を出て行った。
「御者をやるしか能が無い臆病者が」
バムが言う。
「だが、あれは十分に使える。何しろ、俺達で御者ができる奴なんていないからな」
バム一家の長男ラスカルが言った。
「馬の背中から落とされたことがあるんだってよ。だから御者はできても馬に乗れないんだと」
次男のバーグラがあざけるように言う。
「口が堅ければ何でもいい。俺の貸し馬車屋は大したもんだろ」
バムの弟であるネーヴが言う。ネーヴはグレスタで貸し馬車屋を開いているが、それはもちろん、金持ちを騙すためである。このアイディアはネーヴの発案である。
とはいえ、最近は店の周りを衛兵がうろうろするようになってきている。ネーヴの店で馬車を借りた人物が次々と行方不明になるからだ。一度店を調べられたこともあるが、もちろん奪ったものは全てアジトにあるし、帳簿自体も不正はないので、事なきを得た。
「だが、馬車が戻ってこないと、大損害じゃないか。本当に大丈夫かな」
バムの三男であるツーグが言った。
「おまえは心配性だな。あいつらだって、馬車を回収すればそれなりの金がもらえるんだ。必死で戻ってくるさ」
バムが言う。
「多少遅れても、馬車はもう一台あるからな。貸し馬車屋は続けられる」
ネーヴも続けた。
そして彼らはまた料理と酒を注文した。
彼らから離れた席で、一人静かにお酒を飲んでいる男がいた。その男は御者が店を出ると、すぐに支払いを済ませ店を出て行った。
エイクメイである。
エイクメイがバム一家を見つけたのは偶然だった。城に現れた冒険者の女を捕まえるために冒険者の宿にいたのだが、結局姿を現さなかった。途中ベガーがバム一家のアジトを見つけたと言って戻ってきたが、そのまま城に報告に行かせた。
冒険者の宿が閉まったので、諦めて宿に帰ろうとしたところで、バム一家を見つけたのだ。そして、後を追ってこの店までやってきた。
顔を見せるわけにはいかないので、あまりそばには寄れなかった。そのせいで情報も聞こえてこない。どうしようかと思っていたときにあの御者が現れた。あの男から情報が引き出せるのではないかと考えた。
ジャークやピロックと合流していない今、一人でバム一家にちょっかいをかけるわけにはいかない。慌てなくてももうすでにバム一家のアジトはわかっている。
まずは彼らが何をやっているのかを知ろうと思った。
エイクメイが御者の後を追って行くと、彼は貸し馬車屋に入っていった。
エイクメイはその店の周りを見張る。しばらくすると御者は裏口から出て厩に向かった。エイクメイは御者に近づいて後ろから羽交い締めにする。
「な、なっ」
御者は慌てるが、エイクメイの力で押さえつけられ動けなくなった。その男を地面に引き倒し剣を突きつける。
「ひっ、ひっ」
御者は情けない声を上げて震えた。
「おまえ、バム一家と知り合いだな。奴らが何をしているのか教えてもらおうか」
「し、知らない。何も知らない!」
エイクメイは男の腹に剣を突き刺す。
「ぎゃっ」
「まだ、この程度じゃ死なないが、更に押し込むとどうなる?」
「な、何で、そんな」
御者は支離滅裂な言葉を叫ぶ。
「全て話せば生かしておいてやる。おまえがバムに話しかけていたことは知っている」
「わ、わかった。何でも話す。だから、助けてくれ!」
御者は震えながら、今までやってきた貸し馬車による強盗行為を話した。
全てを聞き出してからエイクメイは剣を抜いた。
御者は腹を押さえてうずくまる。
「ちょっと刺さった程度だ、死にはしない。おまえは今まで通りにやれ。いいか、俺のことをバム一家に絶対話すなよ。もし話したときは命が無いと思え」
そして腹を抱える御者を放置して、エイクメイは貸し馬車屋を後にした。
「なかなかいい商売だな。俺達も真似した方が良いな」
エイクメイは独り言をつぶやいた。
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