第19話 ログとの再会
アクアは街道に出たり草原に入ったりしながら、ログの後を追っていた。森がどうにもうるさく感じたので、ログが森に入ったのだと見当をつけた。
カーランクルズは霧の魔獣が森に出たと言っていた。霧の魔獣は人間が森に入るのを嫌う。森に入ってきた者が親切であればそれほど邪魔をしてこないが、一度敵対するとしつこいほど嫌がらせをしてくる。とはいえ、霧の魔獣自体はそれほど力が無く、嫌がらせ以上の攻撃手段は持っていない。
森を見ながら歩いていると、やっとログが森から出てきたところを見つけた。どうやら生き残っていたようだ。
森で死んでいる可能性もあり、その場合は中に入らなくてはならないと思っていた。
見つけたは良いが、どう接触しようか悩む。正直に話しても意固地になって戻ってこないだろう。
そのうちログが、街道の方に向かった。
アクアの耳にも悲鳴は届いており、街道で盗賊が出たらしいことには気づいていた。そちらに向かうログが何を考えているのかわからない。
しかし面白いとも思った。自分から危険な場所に入り込むのはどういった心境なのだろうか。まさか盗賊とまともにやり合えるなどとうぬぼれているのだろうか。
アクアはそっと後を追っていった。
ログが死体を見て戸惑っている隙に、馬車のそばに近寄って隠れて様子を見守った。
案の定、盗賊達は戻ってきた。襲撃跡を残したままにするのはもったいない。残りを回収に来るだろうとは思っていた。
ログは考えていなかったようで、かなり焦っている。
別に助けに入る気はない。ログが盗賊に殺されるならそれまでのことだし、そのまま報告すればいい。レクシアは悲しむかも知れないが、一人で街道を歩くと言うことはそういうことだ。
ログを襲った盗賊は、盗賊とは名ばかりの農民か平民崩れだった。街道にいる盗賊はこんなのが多い。だが、数が多くなればそれなりに脅威ではある。
様子を見ていると、ログは危なっかしくはあったが、結局盗賊達を撃退してしまった。一人を殺し、三人を追い払った。まぁまぁ上出来と言えるだろう。相手が弱すぎるというのもあるが、冒険の始まりとしては成功に近いのじゃないだろうか。
それならば褒美が必要だろう。アクアはそう思い、ログを味わうことにした。
アクアはそっと馬車の陰を出ると、ログに斬りかかっていった。気づけるように足音を大きく立てる。
ログはすぐに身をかがめ、背後に剣を振ってきた。アクアはその剣を剣で受ける。センスはそれなりのようだ。
振り返るログに向かってアクアは今度は強く剣を打ち込んでいった。
ログは剣撃に翻弄されたようで、そのまま地面を転がって逃げた。その判断は正しい。こういう相手なら逃げを考える方が正解だ。
ログはすぐに立ち上がって剣を構えた。逆にアクアは剣を降ろす。
「意外だな。結構やるじゃないか」
素直な感想だ。さっきのなんちゃって盗賊相手では、剣の実力は全くわからなかった。打ち合ってみると、対人的な剣術は覚えているらしい事がわかる。
「アクア……、どうして」
ログはつぶやいた。
「おまえの○○が忘れられなくてな」
アクアは冗談のつもりだったが、ログはちょっと怒ったようだ。
アクアは肩をすくめた。
「おまえの首を持って帰ろうとして、つけてきたんだ」
アクアは物騒なことを言った。途端にログの顔に緊張が走り、剣の切っ先が持ち上がる。
それでもアクアは剣を構えずににやにやと笑っていた。
「私の力量でも見てみるか?」
緊張した面持ちで構えるログに向かって、アクアは無造作に剣を振り上げた。
それは剣術とは言えない隙だらけの降り降ろしだった。
しかしログは、恐ろしいほどの威圧を感じたようだ。それでもログは逃げずに剣を振った。普通ならログの剣の方が先に届く。アクアの剣はでたらめだったからだ。
しかし、アクアの剣の軌道はすぐに変わり、ログの剣をあっさりはじき飛ばした。
ログの首に剣が当てられる。
「思い切った選択だな。だが命を投げ出しすぎだ」
アクアの威圧は嘘だった。隙を見せてログの剣の軌道を固定しただけ。やはり経験値が圧倒的に不足している。
アクアは当初の目的を果たすことにした。
「おまえが負けたんだから、まずは○○させろ」
アクアはログを押し倒した。
アクアがログを楽しんでいる最中、盗賊達が舞い戻ってきたが、アクアはその盗賊達を瞬殺した。
ログは唖然としていた。あっという間に地面が血の海に染まった。
盗賊達を殺して戻ってきたアクアが、また○○を再開しようとしたので、ログはその手を払いのけて叫ぶ。
「一体、何しに来たんだよ!」
まぁ、それはそうだろう。いきなり斬りかかってきたと思ったら押し倒され、そして今度は盗賊を退治してしまった。アクアの目的が全くわからない。
アクアは落ちていたビキニアーマーを身にまといながら言った。
「だから、おまえの首を持って帰るために来たんだよ」
ログもなんとか立ち上がって、服を整えた。
「言っている意味がわからない」
ログがにらみつけるとアクアが応える。
「ベアトリスに泣きつかれたんだ。あいつが泣き言を言うのは珍しい」
それでもログはよくわからない。ログが沈黙していると身支度を終えたアクアが言った。
「つまりレクシアがおまえのことで気を病んでるんだ。やつは気丈だから、平気なふりをしているが、おまえが出て行ってからほとんど飯は喰わないし、眠ってもいない。私はまぁ、ほっとけばいいと言っているんだが、ベアトリスが悩んじまってな。仕方がないからおまえの生死を確認することにしたんだよ」
そこまで言われてやっとログは理解した。確かに首でいい。死んでいても生きていてもレクシアの心のつかえが取れればいいのだ。
ログが言う。
「僕が死んでいた、の一言で済む話じゃ」
アクアは肩をすくめた。
「おまえなら信用するか?」
そう言われるとログは自信が無かった。確かに、言葉だけで信じられるわけはない。アクアは続ける。
「とにかくだ、おまえらの問題でこちらを悩ませるな。もう一度会ってちゃんと話せ」
しかしログにも意地があった。
「帰らないって言ったら」
「駄々をこねると本気で首だけにして持って帰るぞ!」
アクアはログをにらみつける。盗賊に殺されたと嘘をついてそうすることも可能だろうが、もちろんアクアにその気は無い。
当然ログもアクアがそんなことをしないとわかっているようだ。無言のままアクアをにらみ返す。
しばらくの間二人はにらみ合っていたが、アクアがとうとう諦めた。
「わかった。妥協案だ。おまえ、私の弟子になれ」
「は?」
ログは面を食らった。
「どんな坊ちゃんかと思えば、盗賊相手にそこそこ戦えたじゃないか。ぎりぎりだが一応及第点はやるよ」
「どういう意味?」
ログは話の流れについていけないようだった。もちろんアクアも思いつきで言っているだけなので、深い意味があるわけじゃ無い。
「おまえが望むなら、ちょっとは鍛えてやってもいい。私に修行をつけてもらうって理由なら戻ってこられないか。別に一度レクシアに顔見せて、嫌だって言うならまた出て行けばいいさ」
結局連れ帰る口実があれば何でも良かった。ベアトリスがレクシアを弟子にしたので、何となく思いついただけの口先話だった。
しかしログの目の色が変わった。今までのこちらを警戒しきっていた顔から、羨望の目に切り替わる。アクアは少し引きつった。
「な、なんだよ。その目は」
「いいの? 僕に剣の修行をつけてくれるの?」
それはまるで親にお願いをするかのような、純粋なまなざし。アクアはその瞳に恐怖した。
「いや、ちょっと待て。やっぱり今のは無しだ。一度レクシアと会ってくれればいい」
「だったら帰らない!」
「ぐっ……」
ログはかたくなだった。しかも期待に充ちた目でアクアを見ている。確かにこの程度の力で街道を歩くのは自殺行為だ。多少は鍛えた方が生き残れるだろう。
アクアは色々自分に言い訳して、とうとう肩を落とした。
そしてログの顔を引き寄せると言った。
「○○になると誓いな。あたしの○○は半端ないぞ」
ログはまっすぐにアクアを見て言った。
「わかった。僕はアクアの○○になる」
ログを捕まえれば、後は帰るだけだ。もう昼は過ぎてしまったが、走れば一、二時間でグレスタに着くだろう。アクアはログに言う。
「じゃあ着いてこい」
アクアは走り出す。ログも慌てて走り出すが、みるみるアクアが遠くなっていく。全力で走っても全然追いつかない。
ログが疲れ果てて顔を上げると目の前にアクアがいた。
「すまんすまん。おまえの速度を忘れていた。だがそれじゃあ今日中にグレスタにはつけないな」
ログは唇を噛む。わかっていたことだが、体力に差があることを見せつけられた。
アクアはにやにやしながら言った。
「だっことおんぶのどっちがいい? ○○に触りたいだろうから、やっぱりだっこだろ」
「走る!」
そしてログは走り出そうとしたが首根っこを捕まれて止められた。
「だから、その速度じゃ遅すぎるんだよ。早く選べ」
「・・・おんぶでいい」
「そうかそうか、後ろから触りたいか」
アクアはログを持ち上げるとさっさと背中に背負ってしまった。剣も取り上げられてしまう。
「しっかり捕まっていろよ」
そしてアクアは全速力で走り出した。
ログは振り落とされないように、首にしっかり手を回して捕まった。
アクアの速度は、人一人抱えているとは思えないほどだった。
途中で盗賊の残党を見つけたが、それもあっさり倒した。
更に、走り続けているにもかかわらず速度が落ちない。休憩も取らない。
ログは改めて、アクアの人間離れした力を思い知るのだった。さっき打ち合ったときはかなり手加減されていたのだろう。きっとこの人に修行をつけてもらえれば強くなれる。
ログはレクシアの気持ちがわかったような気がした。
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