第18話 バム一家の災難

 バム一家はマガラス領の街道で盗賊をやっていた一族である。バムを筆頭に、弟のネーヴと三人の息子、ラスカル、バーグラ、ツーグの五人である。

 盗賊同士の縄張り争いは常日頃起こっている。バム一家はそれなりに腕に自信がある方だったが、オウナイ一味と争ったときはすぐに降伏して、傘下に入ることにした。

 オウナイ一味は人数も多く、盗賊達もオウナイの指示通り動くので、戦っても無駄だと思ったからだ。

 その後、グレスタ領で廃城の管理を押しつけられた。オウナイ一味はダグリシアに向けて旅立っていった。何か因縁のようなものがあるらしい。


 初めの頃は言いつけ通り、その古城に住み着いて新しいアジトにしようと思っていたが、それは難しかった。

 何しろ、この古城はグレスタから一直線でほとんど人通りがない。

 人通りがないということは、襲撃する相手がいないということなので、稼ぎにならない。しかも一直線であるので、何か事を起こすとグレスタの衛兵に気づかれる。

 一応城を通り過ぎて進めばマガラス領に繋がっているので、通る人間が皆無と言うことはないようだが、遠回り過ぎてほとんど使われていない。

 森の中の細道を進めば街道に出ることも可能だが、道も悪く使い勝手が良くなかった。

 数週間は粘ってみたが、結局城を出て街道沿いに新しいアジトを作った。

 もともと五人組だから、フットワークは軽いのだ。


 そして付近の盗賊落ちした村人達を集めて、現在では十人程度の集団となっている。しかもグレスタが近いこともあり、グレスタに入り込んで情報集めをすることもできる。街道で行き当たりばったり馬車を襲う時とは異なり、情報に基づいて狙い目の商人を襲う事ができた。

 オウナイ一味に感謝できるとしたら、地元マガラス領から連れ出してくれたことだけだろう。

 それでもたまに配下を城に派遣して様子を見ているが、変化はないようだ。二ヶ月以上も音沙汰がないのだから、バム一家はオウナイ一味がすでにグレスタ城を捨てたのだろうと考えていた。


 今回襲撃で、護衛は長男ラスカルと次男バーグラ。そして行き倒れは三男ツーグである。そして、弟ネーヴこそが貸し馬車屋の店主である。

 バム一家は盗賊としてそれなりに腕は立つので、仕事は自分たちだけで行う。

 バム一家の配下となった盗賊の仕事は後始末である。彼らにも武器を持たせているが、元農民の人間も多く、扱いには慣れていない。配下の盗賊は死体を処理し、残された物を片付けるという仕事を行う。

 面倒な仕事に思えるが、衣服や鎧をはぎ取り、自分のものにできるし、馬が死んでいたら自分達の食料にすることも認められている。そして、馬や馬車は、貸し馬車屋に返せば報酬がもらえる事になっている。先の御者もその中の一人で、馬をネーヴに返して金をもらうのが担当だ。

 バム一家にとっては必要なものはすでに取り終わった後なので、残りはどうされようと問題ない。むしろ、面倒な後処理を全部やってもらえるので重宝している。


 ラスカル達三人の息子はバムの待つアジトに着いた。集落跡らしき場所の一部だ。そこにテントを立ててアジトにしている。

 早速ラスカル達は大型のテントに入っていく。

「結構いい物を持っていたぜ。これは高級品だ」

 ラスカルがバムに「星のネックレス」を見せた。

「金もかなり持っていた。しばらく豪勢な食事ができるぜ」

 バーグラも戦利品を見せて言う。

「じゃあ、今日はグレスタで騒ぐか。ここは居心地が良いが、楽しみも少ねぇ」

 バムが口ひげを触りながら答えた。

 もともとバム一家は旅人や村ばかりを襲っていたので町とは縁遠かった。しかし、この辺りに縄張りを構えたおかげで、街遊びにも慣れてきていた。

 もちろん長く住み着くには金がかかりすぎるし、町で働くつもりはないので移住する気は無い。たまに派手に遊ぶから楽しいのである。

 その頃ツーグは集落跡からぞろぞろ出てきた配下の盗賊に、今回の襲撃地を伝える。彼らは一斉に動き始めた。


 バム一家の配下として働いている後始末係の役割は、ある程度別れている。これはバム一家の指示ではなく、自分たちでめた役割分担だ。効率的に仕事をこなすために自然とそうなった。

 襲撃地点で後始末に入る係と、それを邪魔されないように襲撃地からグレスタ側の街道で、街道を来る者を見張る係に別れるのである。

 基本的には街道の見張り係は三人程度で、残りは全て後始末係となる。不公平がないように、見張り係にも報酬を分け与えることを約束している。

 後始末係はそれぞればらばらに現地に向かう。できるだけ早く現場を押さえないと他の盗賊に横から奪われる危険があるからだ。早く動ける者は、他の仲間を置いてでも急行する。もし他の盗賊に先を越されていたら、諦めるしかない。なぜなら彼らは他の盗賊達と戦って勝てる実力は無いのだ。


 今回、襲撃地に真っ先に駆けつけた足自慢の男は、着くなり少年が死体を見聞しているのを見た。初めは警戒していたが、どうやら一人だけで盗賊ではなさそうだ。

 男は安心すると、太い剣を構えながら歩いて行った。彼は剣術など知らない。昔は鍬を持っていたのだから。でも子供相手ならどうにでもなる。

「おい、何をしてる」

 できるだけ威厳のある声で言った。少年が振り返った。その少年は盗賊を見て驚いていたが、むしろ驚いたのは男の方だった。それは驚くほどの美少年だった。十分戦利品といえるレベルだ。

「処理しに来て、いいもの見つけたぜ。なかなかの美少年だな」

 よく見ると少年は剣を帯びている。冒険者にでもなりたいのだろうか。そのおびえた顔を見るとその男の心に邪な感情が浮かんできた。

「まずは俺が味わうか」

 しばらく女を抱いていない。こんな美形なら男でも十分イケる。

 男は脅すように剣の切っ先を少年の顔に向けた。まずは服を脱がせようと考えた。

 その瞬間、少年は素早く剣を振った。男の太い剣ははじけとんだ。もともと剣の扱いに慣れていないので、剣のつかみ方一つできていない。男の手元から武器が消えた。

「てめぇ」

 抵抗されて男は逆上した。護身用の短剣を取り出すと、ムキになって飛びかかっていった。


 しかし結果は無様だった。少年の剣は思いの外鋭く、避けようとしたら腕を切り裂かれてしまった。腕に走る焼けるような激痛で、男は倒れた。大声で叫ぶ。

「畜生! 畜生!」

 そこで声がした。

「おいおい、これはどういうこった」

 仲間の盗賊が来ていた。もちろんそのつもりで大声を出した。そろそろ仲間が集まってくる頃と思っていた。

 第二の盗賊は倒れている仲間の男と、剣を赤く染めた美少年を見て状況を覚った。


 第二の盗賊は少し細身の剣を抜いた。この男ももちろん剣術など知らない。しかし、相手が子供で、体も小さいとくれば、剣を十分に扱えるわけはない。当然勝てると思った。

 第二の盗賊は余裕を持って剣を握ると、振りかぶって少年に斬りかかっていった。

 しかしその少年は軽く後ろにステップすると、第二の盗賊が空振りした剣を強く打ち返した。重心が崩れて第二の盗賊はよろけた。

 第二の盗賊はまずい、と思った。斬られる、と感じた。

 しかし何も来ない。少年を見ると、彼は少しおびえた顔で後ろに下がっていた。


 そのすきに先の男が地面を這いずりながら少年に近寄っていた。少年はそれに気づいていなかった。第二の盗賊は笑みを浮かべた。やはり子供だ。

 第二の盗賊が剣を上げるとその少年も盗賊を見る。

 その瞬間、腕を切られた盗賊が少年に飛びかかった。

 腰にしがみつき、少年を転ばせる。

「許さねぇぞ。てめぇ」

 第二の盗賊は安堵した。これでおしまいだ。殺すには惜しいが、これ以上抵抗されてはこちらが怪我をする。

 第二の盗賊は剣を持ち替えると、その少年の胸に向かって剣を振り下ろそうとした。

 瞬間、第二の盗賊の胸に強い痛みが走る。


「ぐぇ」

 彼は血を吐く。

 相手が倒れているから安全。そして後は突き刺すだけ。そういう単純な思考をしていたので、他は見えていなかった。少年は倒れていてもまだしっかりと剣を掴んでいた。

 第二の盗賊が剣を振り下ろす前に、少年の剣はあっさりと彼の胸を貫いていたのである。

 少年を捕まえていた男は上から聞こえる悲鳴と降りかかってくる血に驚愕し、少年を放した。少年も男から逃れて立ち上がった。

 その盗賊は一瞬何が起こったのかはわからなかったが、倒れて動かない仲間を見て愕然とした。


 少し前まで馬鹿話をしていた仲間があっさり殺された。男は怒りに燃えた。

「てめぇ、やりやがったな!」

 腕の痛みも忘れて立ち上がると、空いた方の腕に短剣を構える。

 その時、男の目の前に矢が刺さった。すぐ仲間からのものだとわかった。やっと全員駆けつけてきたようだ。

 そのおかげで少し冷静になった。

 男が振り返ると、仲間が二人来ていた。一人は矢を持つ男。もう一人は重そうな大剣を持つ男。

 矢の男のコントロールは悪く下手をすれば味方を打ち抜いてしまう。大剣の男は重くて扱いきれないと愚痴を言っていた。余り良い援軍ではないが、これで三対一である。

 腕を切られた男は安心して再度少年を見た。

「うぉーっっ!」

 その途端少年は叫び声を上げて斬りかかってきた。冷静になってしまったのが悪かった。急にその少年の剣が恐ろしく感じた。

 男はそのまま逃げ出した。短剣では長剣に敵わない。当たり前のことを思い出した。

 しかし後ろから背中を切られた。倒れたら殺されると思って、痛みに堪えて必死に逃げた。せっかくの援軍の二人も、何と逃走していた。

 後始末係は戦利品を獲られないままそのまま撤退した。


 彼らは逃げ続け、街道を見張っている男達の前に戻ってきた。

「俺を捨てて逃げやがったな」

 腕と背中を切られて、苦痛に喘ぐ盗賊が先に逃げた弓と大剣の盗賊に文句を言った。

「しかたがねぇだろ。俺の弓は近寄られたらおしまいだよ」

「俺なんて、一回剣を振ったら、もう隙だらけだぜ」

 その男は必死に布で縛って止血をしたが、血は流れ続けている。ちゃんと手当てをしないと死んでしまう。

 一連の話を聞いた見張りの男が言う。

「三人でその有様かよ。馬車を返せば良い金になるんだぜ。子供一人相手に戦利品を諦められるか」

 その男は怪我をした男に言った。

「おまえは俺の代わりにここで見張りしていろ。残り全員で行くぞ」

 怪我をした男は戸惑う。

「俺一人残していくのか。まだ血が止まっていない」

「すぐ戻ってくる」

「待て、俺一人じゃ誰かが通りかかっても止めきれないぞ。しかも怪我をしている」

「むしろおまえが馬車の方に行っても役に立たないだろ。俺達五人いれば向こうの回収もすぐに終わるさ」

 そして、抵抗する男を尻目に、五人の盗賊達は馬車の現場に戻っていった。


 残された盗賊は出血に苦しみながら、何度も布を締め直して止血に励む。そのかいもあって、流血は止まった。血が止まれば、後は回復を待つだけだ。

 男は安心してその場で仲間が帰還するのを待った。

 しかししばらく待っても仲間達が帰ってくる様子はない。不安がよぎる。

 バム一家のおこぼれをもらうために集まった新米盗賊は全員で八人。一人は死んだ。一人は御者で、馬を届けにグレスタに帰っているだろう。

 さすがに五人もいれば、少年が如何に抵抗しようがどうしようもない。それなのに彼らは戻ってこない。自分が一人になってしまったかのような不安を覚える。

 バム一家は自分達をそれほど重用していない。むしろ自分達が生き延びるためにバム一家に取り入った形なのだ。


 様子を見に行くべきか悩んでいると、襲撃現場の方からものすごいスピードで何かがかけてくる。

「あれは、何だ?」

 そしてその何かが男の前で止まった。それは小柄な美女だった。何より目を引くのは鮮やかな紅毛と肌の露出過多なビキニアーマー。ふと彼女がその背中に例の美少年を背負っていることがわかった。

「何だ。おまえは・・・」

 あまりの異常事態に、思考が追いつかない。少年が生きていると言うことは仲間は全員やられたのか。

 誰に?

「おまえ、生き残りだな」

 そしてその女は無造作に剣を振った。

 男は自分が殺されたことにもすぐに気づかなかった。

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