第16話 盗賊達の行動

 エイクメイは女達が逃げ出した後、オウナイの指示で仲間二人と冒険者達を追ってグレスタに入り込んだ。

 逃げた冒険者は道中では見つけられなかった。先に戻ったとは考えにくいが、どのみち拠点はグレスタのはずだ。グレスタで待っていれば見つけられると考えた。

 ちなみに、門の前で待ち伏せるという発想は思いつかなかった。


 エイクメイはすでに町に潜入しているベガー、ホーボーと連絡を取りたかったが、彼らの居場所はわからない。

 やむを得ず、エイクメイ達は安宿を取り、仲間と手分けして女を探すことにした。仲間達には酒場を巡らせ、エイクメイは冒険者の宿に向かった。


 エイクメイは冒険者の宿に入るとすぐに依頼書を張り出されている場所に行った。

 一通り依頼をチェックする。グレスタ城に関するものは見つけられなかった。恐らくあの冒険者の女は昨日か今日、あの依頼を受けたのだろう。確認しなくてはならない。

 エイクメイは受付に向かった。あまり人は並んでいない。ピークは過ぎているようだ。すぐにエイクメイの番になる。

「何のご用でしょうか」

 依頼の精算ではなさそうだったので、その受付は隣の窓口にエイクメイを移動させた。

「城の調査の依頼は出ていないか?」

 受付の女性は少し怪訝な顔をした。

「城調査の依頼はもう他の冒険者の方が受けましたけど。それより、なぜその依頼のことを?」

 エイクメイの予想が当たったようだ。

「知り合いから聞いてぜひ受けようと思っていたんだ。その冒険者と交渉したいのだが、教えてくれないか」

「あなたは冒険者の方ですか? 初めての方なら、手続きをいたしますが」

 エイクメイは一瞬躊躇するが冒険者カードを出して受付に渡した。


 エイクメイは冒険者ではないが、以前立ち寄った小さな町でカムフラージュのために冒険者登録をしていた。大きな町で冒険者登録をしようとすれば、保証人を立てる必要があるが、小さな町なら結構適当にごまかすことができる。

「エイクム様ですね。ダスガンの登録ですか。私はよく知らない町ですね」

「手続きは後でいい。その冒険者とコンタクトはとれるか?」

「残念ですが、すでに依頼者との契約は成立しましたので、情報をお渡しすることはできません」

 その女性は事務的に答えた。エイクメイは心の中で舌打ちする。

「そうか、それは残念だ」

「手続きはどうしますか? 手続きをした方が町の出入りは楽になりますが」

 エイクメイは少し考えた。


 冒険者登録することにはメリットとデメリットがある。

 メリットはグレスタの情報を得やすくなるということ。デメリットは顔が割れるので、問題を起こすと捕まりやすいということ。

 冒険者カードは魔道具の一つなので、登録した冒険者の宿では過去の記録が読み出されてしまう。エイクメイは冒険者としての活動をほぼしていないので、記録は空白だらけでむしろ怪しい。

 しかし、今回はグレスタに近いところにアジトを設けたこともあり、今後も出入りすることは増えるだろう。登録しておいた方が有利に思えた。

「じゃあ、お願いするよ」

 受付の女性は奥に下がって手続きを始めた。

 エイクメイは手続きが終わると冒険者の宿を出て仲間達と合流し、更に酒場を中心に歩き回った。しかし、赤毛の女は見つけられなかった。仕方がなく、エイクメイ達三人は宿に戻って寝た。


 翌朝、エイクメイ達が宿を出ようとした時、ベガーとホーボーに出会った。

「おまえ達もこの宿だったのか」

 エイクメイが言うと、彼らも驚いたようだ。

「エイクメイさん。どうしてここに」

 エイクメイはその場では何も話さずに、彼らを促して宿を出た。そしてすぐに物陰に潜んだ。

 エイクメイはベガーとホーボーにこれまでの事情を説明する。

「私達も手伝いますかい?」

 ベガーが言う。

「そうしてくれ」

 エイクメイは応えた。人は多い方が良い。一刻も早くあの赤髪を見つけなくてはならない。


「相手はどんな奴です?」

「紅毛で小柄の冒険者だ。露出の多いアーマーを着ている」

 エイクメイが言うとベガーが苦笑する。

「見つかったんなら服は替えたでしょうさ。背丈と髪の色以外に何か特徴はありますかい。肌の色とか、顔に特徴的なアザがあるとか」

 エイクメイは今回連れてきたジャークを見た。ジャークは思い出そうと目を閉じた。

「いや、体は覚えているんだけど、顔はねぇ。胸も尻もちゃんと張っていて、肌は少し浅黒い感じだな。顔、顔ねぇ・・・」

「髪の長さはどうだった?」

 ベガーが聞く。

「短めだったな。うなじが見えるくらいだ。結んでもいない」

 改めて聞かれるとエイクメイ自身も印象しか残って無い。裸の後ろ姿を見ただけなので、体付きはわかっても顔は全く覚えていない。

 ベガーは言う。

「まぁ、怪しい奴がいたら押さえておきますわ。俺とホーボーは商人ギルドで聞いた相手を回る予定でしたんで。そのついでになりますが」

「ああ、それでいい。ジャークとピロックは街の中を探してくれ。俺は冒険者の宿に居座って相手を探す。俺たちのことを報告に来るはずだ」

 そして五人は打ち合わせを終え、裏路地を出た。

 そこで、エイクメイは目の前を通り抜ける馬車を見た。一頭立ての小さな馬車に、老騎士二人と若い戦士風の男が二人。

 エイクメイはその若い男達に見覚えがあった。

「あいつら。りこの辺りで商売をしていやがったのか」


 エイクメイが見た相手はバム一家のラスカルとバーグラだった。そいつらが馬車の護衛をしている。彼らは自分達を裏切ってから、この町を拠点に仕事をしていたらしい。

 バム一家は自分達の顔を知る人間だ。このまま放ってはおけない。

「ベガー、急いであの馬車を追ってくれ。ホーボーはアジトに戻って、バム一家のラスカルとバーグラを見つけたと報告してくれ。カイチックは城に俺達がいることがバレるのがまずいと言った。だから商人との繋がりは後回しだ、まずはバム一家を排除することを優先したい。俺達はこのまま街で冒険者を探す」

「しかたがねぇな。まだ調査も進んでいなかったんですがね。馬を借りますぜ」

 ベガーが言う。

「ああ、ベガーはそうしてくれ。くれぐれも見つからないように。ホーボーは悪いが走って行ってくれ。一頭はこちらに残しておきたい」

 馬は二頭宿に預けてある。昨日三人は二頭の馬に乗ってきたのである。ベガーとホーボーは徒歩でここに来たはずだ。

 ベガーはすぐに厩に向かい、ホーボーは門の方へと走り出した。エイクメイは残りの盗賊達を見る。

「おまえ達は予定通りこの町の探索だ。俺は冒険者の宿に行く」

 エイクメイは二人と別れ、冒険者の宿に向かった。


 *


 エレイン婦人はダグリシアにいる親戚からの手紙に驚いた。

 手紙の内容はエレイン婦人の持つ「星のネックレス」を貸して欲しいというものだった。「星のネックレス」は家宝の一つ。死んだ夫の家に伝わっていたものである。

 親戚が借りたい理由は、この「星のネックレス」と対になっていた「月のネックレス」を盗賊に奪われたからと言うことだった。ジョージ王が「月のネックレス」を見たいと所望しており、「星のネックレス」で当座をしのぎたいとのことだ。

 もともとはエレイン婦人の持ち物ではないとはいえ、今はエレイン婦人の宝である。本来は断りたかったが、手紙を届けに来た老騎士二人の必死の説得に折れるしかなかった。

 そして、どうせならついでにダグリシア観光をしようと、エレイン婦人は自分も行くことを騎士達に伝えたのだった。本音では「星のネックレス」をそのまま奪われたくはなかったのである。

 老騎士達はエレイン婦人を連れて行くことに難色を示した。自分達だけなら何とかできるが、エレイン婦人を護衛しながら街道を進むのなら人手が足りない。

 しかし断るわけにも行かず、馬車を手配することにした。


 老騎士達はエレイン婦人の館を出ると、早速貸し馬車屋を見つけ、店主に用件を伝えた。

「なるほど。ダグリシアまでですね。乗るのは女性一人だけですか。御者はどうします?」

「御者は雇えないのか?」

 一人の老騎士が言う。

「いえ、もちろんご用意できますよ。なんなら護衛も用意しましょうか。ここからダグリシアまでは馬車でも丸一日はかかりますからね。道中は盗賊も多い。まぁ、それなりにいただかなくてはなりませんが」

 貸し馬車屋の店主は金額を提示した。老騎士が眉をひそめる。

「高いぞ。こんな金額は払えん」

「ですが、盗賊が出たとき、馬車に残されたご婦人を守りながら盗賊を追い払うなんて、お二人には難しいのではないですか。そう考えればこれくらいの金額は仕方がないでしょう。まぁ、わかりました。御者の分はサービスしておきます」

 店主は提示金額を下げた。それでも高い気はしたが、老騎士はその金額で契約することにした。

「じゃあ、ここにサインを。いえ、お二人でなくても良いです。代表の方で」

 一人の老騎士が契約書を読んでサインをした。すぐに前金を払う。

「マシュー様ですね。残りの代金は明日馬車をお貸しするときに。もしダグリシアからグレスタまでお帰りの際もご使用でしたら、ダグリシアでの滞在費もいただきますが」

「それは必要ない。ダグリシアにはつてがある」

 更に金を取られそうになったのでマシューは慌てて断った。


 そして今朝いよいよダグリシアに向けて出発することになったのである。

 護衛達は多少みすぼらしい格好をしていたが、剣を持つ姿はそれなりだった。

「俺はラスカー。道中よろしく頼むよ。騎士様に比べれば全然頼りにならないと思うけど、しっかりご婦人を守らせてもらうよ」

「俺はバーグー。ラスカーの弟だよ。こんな素晴らしい騎士のお二方と旅ができるなんて、とても光栄だよ。後でみんなに自慢しなくちゃな」

 厳つい見た目にかかわらず、笑顔で人なつっこい二人だった。

 道中も、彼らは良く老騎士達に話しかけ、老騎士が答えるととても感心した様子で褒め称えた。

 初めはうるさく思っていた老騎士達も、それなりに持ち上げられて、気分良く打ち解け始めた。

 馬車の中のエレイン夫人は彼らに興味を持たず。ただつまらなそうに外の景色を眺めていた。


 町を出てしばらく進んだところで、バーグーが声を上げた。

「マシューさん。前に人がいるようだ」

 見ると、前方の少し離れた辺りで、道端に一人の男が倒れていた。

 マシューの合図で御者が馬車を止める。

「俺、ちょっと行ってきますよ」

 そしてバーグーはすぐに馬で倒れた男のところに行った。バーグーは馬から下りて少し男を調べると、手を振ってこちらに来るように合図をした。

 ゆっくり騎士達と馬車が近づいた。バーグーは倒れていた男を引きずって道の脇に避けていた。

「行き倒れです。よくあることですよ。放っておきましょう」

 マシューも馬を下りてバーグーに近づいていった。

 ラスカーも馬を下りた。老騎士の一人だけ、馬に乗ったまま馬車のそばで警戒を続けていた。


 マシューがある程度離れたところを見計らって、ラスカーは老騎士の馬の首を下から剣で突き刺した。

「うわっ、な、何だ」

 その騎士は馬に何が起こったのかすぐにはわからなかった。しかし暴れる馬から振り落とされる。馬もそのまま倒れた。

「どうした。エドガー」

 騒ぎに振り返ったマシューだったが、その途端、後ろから剣で突き刺された。

「お、おまえは!」

 マシューは倒れながらも振り返る。バーグーだった。先ほどまでの優しい笑みはもう無く、冷酷な笑みが浮かんでいた。マシューが倒れたところに、バーグーの無慈悲な剣が振り下ろされた。


 バーグーの背後で、行き倒れと言われた男も立ち上がる。

 外の騒ぎにエレイン夫人は悲鳴を上げた。

「早く、馬車を出すのだ!」

 馬から落とされた老騎士は折れ曲がった足を押さえながら叫ぶ。しかし御者は御者席から降りると馬車の馬を外し始めた。

「一頭はもったいなかったですが、とりあえず残った方はもらっていきますわ」

 そして御者は外した馬を連れてマシューの乗っていた馬の方に行く。

 倒れたエドガーの背後にラスカーが近づいた。

「盗賊には気をつけな」

 そしてラスカーは剣を振り下ろした。


 悲鳴を上げて馬車から降りて逃げ出すエレイン夫人を、ラスカーとバーグーが捕まえて服を引き剥いだ。

「持ち物からナニまで全部もらっていくぜ」

 エレイン夫人の恐怖の悲鳴が響き渡った。


 その集団を遠眼鏡で見ている男がいた。ベガーである。馬を道脇に隠し、這いつくばってその襲撃を眺めていた。

 御者は馬を二頭連れて道を外れていった。こちらに戻ってくると鉢合わせるのでひやひやしたが、恐らく近道でも知っているのだろう。

 残った三人の男はエレイン夫人に乱暴し、馬車を物色した。

 しばらくして全てが終わると、三人の男達は馬車や死んだ馬を放置して去って行った。

 ベガーは立ち上がって、三人の後を追いかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る