第15話 レクシアの病気

 深夜、キャロンは部屋に戻った。レクシアがベッドで寝ていることを確認すると、風呂に入ってから、もう片方のベッドに歩いて行く。しかし残されている食事を見て少し動揺した。

 二人分ある食事の一切が減っていない。つまりレクシアは全く食事をしていない。

「どういうことだ」

 キャロンはレクシアに近づいて顔を見た。少し息が荒かった。額に手を当てると熱がある。

「まずいな」

 とりあえず、布団で体を包み、頭は水で濡らした布で冷やすことにする。怪我であれば魔法で治せるが、病気だとそうはいかない。キャロンはこういう時につかえる魔法を持っていない。

 一通り一般的な対策をしてから、キャロンはレクシアとは別のベッドに入って寝た。


 その後、アクアが戻ってきた。アクアはすぐに風呂に入って体を洗った後、キャロンの寝ているベッドに入り込んで眠った。


 最後に帰ってきたのがベアトリスだ。といっても、もう明け方になっていた。ベアトリスも部屋に入ってすぐに風呂に入る。

 ベアトリスは街で歩いていた男に声をかけて、その男の家でやることを済ませてからしっかり睡眠を取っていた。男が起きる前にその家から抜け出し、今この宿に戻ってきたところである。

 そのまま起きていても良いのだが、まだ早いので、レクシアの隣に寝転がった。そこでベアトリスは布団にくるまっているレクシアに少し違和感を感じた。頭に濡れタオルが置かれている。

 ベアトリスは起き上がって、食事を見た。全く手をつけた跡がなかった。

「ちょっと。まさか」

 ベアトリスはレクシアに顔を寄せた。呼吸が不規則だった。

「やばい」

 ベアトリスはレクシアの布団をはぎ取り、その小さい体をしっかり抱きしめた。


 レクシアが目を覚ます。

「あ、ベアトリス、さん」

 声に力が無い。

「なんで食事をとっていないの。熱もある」

「なんか、食欲無くて。でも、大丈夫です。今日も、魔法の修行をしてください。私、頑張ります。足でまといになりません。何でもします」

 レクシアはベアトリスにしがみついた。レクシアの切ないほどの気持ちが伝わってくる。さすがにベアトリスも罪悪感を覚えた。

「とりあえず、寝て」

 ベアトリスはレクシアの額に手を当てた。途端にレクシアは眠りについた。

 ベアトリスがベッドを出ると、キャロンとアクアも起き上がっていた。

 キャロンは少し非難するような目でベアトリスを見ている。

 アクアはよくわかっていなかったが、レクシアの様子を見て良い状況じゃないことは理解したようだ。


 三人はベッドを出て、テーブルに着く。

「昨日もなんか変な様子だったけど、悪化してねぇか?」

 アクアが言う。

「修行中はそうでもなかったんだけど」

 ベアトリスが答える。いきなりこんな状態になるとはベアトリスも思っていなかった。

 キャロンは寝ているレクシアをずっと見つめながら、昨日のレクシアの様子を思い出してみる。レクシアの様子がおかしいと感じたのは、ログが出て行ったときからだ。あのときレクシアの凍り付いた表情を覚えている。

「恐らく心労だな。兄貴が出て行ったことに対して責任を感じているんだろう。それを修行に打ち込むことで隠そうとしている。別にあいつが出て行ったのはレクシアのせいではないのだが、そう割り切れないわけだ。今まで二人で支え合ってきたんだろう。自分のわがままでログを追いだしたと思っているんだ」

 それがキャロンが思いついた理由だった。恐らくそのせいで食事が喉を通らず。急激に力を落としてしまったんだろう。


 ベアトリスは考え込んだ。

「もしそうなら、今後回復することもないわよね」

「兄貴の事を考えているかぎりは無理だろうな」

 キャロンが言うとアクアが呆れたように言った。

「私達は保護者じゃないんだぜ、死ぬならそれまでだろ。これ以上かまっていられるかよ」

 ベアトリスは眠っているレクシアを見る。

「アクアの言うことは正しいと思うけど、今の状況で放り出したくないわ。昨日、訓練しすぎたせいかもしれないし」

「まぁ、三カ所の意識分離は初めての奴にはきつかったかもな。その疲れがあることは間違いない。ベアトリスが治療をすれば、一応は回復するだろうが、心労については解決にならない。兄貴の安否を知らせて安心させるしかないな」

 キャロンが言うと、アクアが答えた。

「ログって言ったっけ。ようはあいつが生きているのか、死んでいるのか、はっきりさせて、レクシアの心労ってのを取り除けば良いのか」

 キャロンがうなずく。

「回復できれば、後はこの街に放置すれば良いだろう。今の状況で追い出せば、私達が殺したのと同じだ」

 アクアはため息をつく。

「仕方ねぇな。それで、どうする?」


 少し考えてからキャロンが言った。

「レクシアの治療はベアトリスくらいしかできないだろう。ベアトリスはレクシアを見ていてくれ。アクアはログを探してきてくれ。あいつの情報があれば、レクシアも回復できるはずだ。どうせ今日はモンテスへの報告だけだ。それは私がやっておくよ」

「ログの居場所を見つけられる自信はねぇぜ」

 アクアが言う。

「どうせ街道を進むしかないんだから、方向はわかるだろう。森に入ったとしても一日程度で進める距離は決まっている。それにあんたはオウナイ一味に顔が割れただろう。今日うろちょろしていると、モンテスに迷惑がかかる可能性がある」

 キャロンの答えにアクアが舌打ちをした。

「めんどくせぇな。死んでるなら死んでるって情報さえあれば良いんだよな」

「レクシアさえ納得できればそれでいいだろう」

 ベアトリスは苦笑する。

「死んでたら、それでまた苦しみそうだけど」

 しかしキャロンは平然という。

「中途半端な方が苦しいだろう。死んでたなら、それを受け入れるしかない。本人が受け入れられないとしても、もう私たちの責任ではない」


「わかった。ログの野郎を探してくるさ」

 アクアは答える。ベアトリスはため息をついた。

「じゃあ、今日はそういう方向で。ごめんね。二日連続で仕事できなくて」

 キャロンが答える。

「仕方がないさ。手を出したのは私達だ。最後まで責任を取ってやろう」

「じゃあ、私は早速探しに行ってくるぜ」

 アクアはそう言うとすぐに部屋を出て行った。

「私もレクシアと寝るね。朝食を持ってきてもらえる?」

 ベアトリスが言う。

「ああ、だがまだ時間がある。私ももう少し寝るよ」

 キャロンは言ってベッドに戻っていった。


 その後、キャロンはレクシアに食事をさせているベアトリスを置いて、一人で街に出た。昨日の午前中では町を回りきれなかったので、今日も午前中は町の散策だ。恐らくそれでグレスタ全体の地図が頭に入る。

 昨日と同じ大通りを歩いていると、キャロンの脇を一台の馬車と四頭の馬が走り抜けていった。昨日見たギルバート家の老騎士の姿がある。それとは別に粗末な鎧を着た屈強な男が二人いた。

 馬車に乗っているのは高貴な女性だろうと思った。馬車に乗っているのが男性なら、騎士の一人は護衛のため馬車に乗り込むはずだ。護衛四人というのは妥当なところだが、どうにも雇われたであろう二人の護衛はうさんくさい気がした。

「まぁ、関係ないことだが」

 キャロンは彼らを見送った後、町を散策し始めた。


 町は後からどんどん広げていったようで、町を囲う石壁は作り替えられて、でこぼこに広がっている。奥に行くほど土地は広がり、畑や牧草地になっている。

 これ以上先に進んでも仕方がないので、キャロンはその当たりを迂回して歩くと大きな湖に出た。薄い靄が立ちこめているので向こう岸は見えない。

 あまり綺麗な感じがしないのは、農業水が流されているからだろう。色が付いていて泡立っている。


 湖の周辺を歩いていると、見知った人物に出会った。

「モンテスさんか」

 キャロンが声をかける。

 じっと湖を眺めていたモンテスが振り返った。

「ああ、キャロンさんでしたかな」

「散歩していたのか」

「ええ、年を取ると足腰が弱ってきますからな」

「ここは屋敷からかなり離れていると思うが」

 キャロンでもかなり中心部から離れたと思っているのだ。散歩にしては大がかりだろう。

「ゆっくり午前中をかけて歩くことにしているんですよ。それに、私の先祖はグレスタ湖にある鉱物を利用していろいろな魔道具を作っていたのです。私もたまに材料集めに来ているのですよ」

 モンテスは穏やかに語る。いっそここで昨日の報告をしてしまおうかとも思ったが、それは散歩の邪魔になりそうなのでやめた。午後に報告という約束だ。

「なるほど。私もグレスタを散策しているところだ。午後にまたそちらに伺う」

 キャロンが立ち去ろうとすると。モンテスは声をかけてきた。

「あまり奥まで行かない方が良いですよ。グレスタ湖は魔獣がよく出るのです。ここは町の中ですからそれほどでもありませんが、湖に沿って進んでしまうと危ないでしょう」

「ありがとう」

 キャロンは答えたが、そのまま湖沿いを進んでいった。

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