第14話 ログ視点・二日目
レクシアは夜通しベアトリスを口説いて、最終的にはもう一晩一緒にいる約束を取り付けたらしい。
だから僕は一人で旅立つことになった。父さんにレクシアを守るように言われたけど、それは果たせない。僕が弱いからだ。僕が弱いからレクシアは僕のそばを離れた。
僕は三人の女性に挨拶もせず、逃げるように宿を飛び出した。
僕はすぐこの町を出ることにした。この町にいればレクシアにも彼女達にも出会うだろう。無理して町で働く必要もない。今必要なのはお金じゃなくて力だ。
「坊や、一人か?」
町の出口で門番が言う。僕はうなずく。
「坊やはまだ子供だろう。保護者無しでは町を出られんぞ」
「大丈夫です」
僕は門番をにらみつける。すると門番は肩をすくめて外に出してくれた。誰から見ても僕はひ弱い。それが悔しくてならなかった。
父さんと母さんは二人で冒険者をやっていたらしい。ドノゴ村を救ったとき、母さんのお腹に僕がいて、それもあって村に居着いたようだ。
僕は母さんの血が強く、修行無しでも魔法が使えた。でも父さんのような戦士になることを選んだ。今はもう魔法の発動の仕方すらわからなくなっている。
レクシアは努力してやっと魔法を使えるようになった。レクシアは戦いに使える魔法を使いたがっていたけど、攻撃系のものはどんなに教えられても発動できなくて、付与系だけが使えるようになった。
僕らは適性を間違えたのかも知れない。でも僕は戦士になりたいと思っているし、魔法にそれほど興味は無い。だから僕は戦士としてこれからも生きていくと決めた。
街道を進んで、ある程度のところで道を外れて草原を歩いた。盗賊に狙われないようにだ。いくら意気込んでも僕一人で盗賊を倒すのは難しい。まずは一人で生きていけるようにならないと。
でも、そんな考えとは裏腹に歩くに連れて昨日の記憶がよみがえってきた。
僕は昨日、こういった場所に不意に現れたダークドッグに殺されかかった。もしまたダークドッグが現れたら。
僕の足は急にすくんで動かなくなった。
風で草が揺れるとその辺りからまたダークドッグが現れるのではないかと思った。
僕は自分を落ち着かせるために、一生懸命深呼吸した。
大丈夫だ。今度はうまくやれる。僕はもう一度気合いを入れる。
だけど、記憶がよみがえったから僕は気づいてしまった。自分が死ぬと感じたあの時、心の中で自分に言い訳をしていたことに。
- 初めて一人で戦ったのだから、勝てなくても仕方がない。
- 歩き疲れていたから、ぜんぜん全力が出せなかった。
- 妹を守って戦ったから、戦いに集中できなかった。
あの時、僕は確かにそんな言い訳をして、自分の死を受け入れようとしていた。
僕は身震いをする。なぜなら、もうそんな言い訳は通用しないのだから。戦いは初めてじゃない。疲れてもいない。妹もいない。
もし今ダークドッグに襲われたとして、全然敵わなかったとして、その時僕はまた何か言い訳を見つけるのだろうか。
父さんは冒険者時代の苦労話を面白おかしく話してくれた。一日がかりで食べるものを探して手のひら程度の小動物しかとれなかったこと。喉が渇いて生水を飲んだら一日中お腹の痛みに苦しんだこと。など。
当時は笑いながら聞いていたけど、初めてそれが真に理解できた。そもそも冒険者としてお金を稼ぐ前に、自分一人で生きていく実力が無くてはいけない。いちいち怖じ気づいたり、言い訳をしたりしていてはいけない。
「言い訳なんか、嫌だ」
僕は勇気を振り絞って歩き始めた。
草原を進むとどうしても昨日のことを思い出してしまうので、僕は早々に森に入った。そして獣道を通りながら、食べられる木の実を集める。動物の狩りはたぶん今の僕には無理だ。
食べられそうな葉や実を取っていると森の奥まで来てしまったので、いったん木陰で休み、拾ってきた木の実をかじる。ドノゴ村の周りは森に覆われていた。だから僕は父さんと良く森に入って修行をした。森の方が安心できる気がした。日が暮れる前にもう少し先まで行ってみようと思った。もともと携帯食は持ってきているから少し余裕はある。
途中途中、休憩しながら昼過ぎまで歩いた。
今のところ危険な動物や魔獣にも出会っていない。比較的安全な森のようだ。
しばらく進むと、少し霧がかかってきた。急に冷え込んだ気がする。まだ夕方までは早いけど、そろそろ泊まる準備に入った方が良さそうだ。
僕は木の上に寝床を作ることにした。木の枝の間に折れた枝を重ね、崩れないことを確かめてから枯れ草を敷き詰める。
これらのことは父さんと一緒にやったことがある。でも一人でやると全然勝手が違った。早めに準備し初めて正解だったようだ。やっと完成した頃にはもう日は暮れかかっていた。
できあがった寝床によじ登ったところで突然暗くなった。どことなく違和感を感じる。まだ日が落ちる時間じゃない。
僕は剣を握って辺りをうかがった。それからしばらく様子を見ていたけど何も起こらない。ただ霧が深まってきているように思える。
僕は持っていた布を鞄から取り出して被り、剣を握ったまま横になった。荷物から食料を取りだし、寝ながら食べる。食べながらも剣は離さない。当然味なんて全然わからなかった。
とうとう日が落ちた。僕は剣を持ったまま辺りをうかがっているつもりだったけど、どうやら眠りかけていたようだ。
「お兄ちゃん」
その声で僕の目が覚める。僕は目を閉じたまま剣を握りなおした。
「坊や」
昨日聞いた声がした。僕は声の方に剣を振った。何も手応えがない。身を起こすとクスクスと笑う声が森中で響く。
何かわからないが、敵がいるようだ。父さんは言っていた。完全に実体のない相手というのはほとんどない。たいていは剣で倒せると。
霧や声はきっと僕を慌てさせるためのものだ。落ち着いて剣を振れば大丈夫だ。僕は座った体勢で剣をしっかりつかんで、周囲に注意を払った。
そのまま時間が経つ。だんだん笑い声は薄れて霧も晴れていった。逃げていったようだ。
闇が少し薄れ、木の間から月明かりが降りているのが見えた。
襲われたせいですっかり目が冴えてしまった。
僕は改めて食事を口に入れると、布団にくるまった。
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