第13話 二人の調査結果

「バレるのが早すぎる。もっと時間を稼げ」

 キャロンが走りながら文句を言う。

「問答無用に殺そうとするとか、あいつらはそういう変態か! 何で毎回殺されそうになるんだよ」

 アクアが不満を言いながら走る。まだ手にビキニアーマーと剣を持っただけの裸である。このまま町に帰っては大騒ぎになるだろう。

 少し進んだところで、キャロンは気がついてアクアの手を引いて森の中に入った。

 二人が隠れていると、馬に乗った盗賊達が駆け抜けていった。

 追っ手が通り過ぎたのを見て、二人は一息つく。

「そっちはどうだった。情報をつかめたか?」

 アクアがビキニアーマーを身につけながら言う。

「大まかな間取りと、奴らの人数くらいか。それ以上はつかみきれなかった。財宝類は二階のようだ。あんたは?」

「ダグリシアで見た顔がいくつもあったぜ。間違いなくオウナイ一味だ。三人ほど毛色の違う奴らがいた。あいつらのどれかがオウナイだろう。魔術師が一人いるな。それなりの攻撃力はあるようだ。多少ダメージを食らった」

「私も彼らがオウナイ一味だと確信していたよ。宝の量が尋常じゃない。これで盗賊排除の依頼を受けられれば、報酬の二重取りができるな」


 追っ手が過ぎた後、キャロン達はまた道に戻る。

「奴らを警戒させたことはマイナスだが、早いうちに退治できればそれほど問題ないだろう。町に戻るか」

「何気に私に文句言っていないか? 直接顔を見た方がオウナイ一味かしっかり確認出来るだろ。予定通りだよ、予定通り。それより、やつら門のところで待ち伏せているんじゃないか。門番に聞けば町に入った女がいないかバレるだろ」

 キャロンは少し考える。

「可能性はあるな。門番が人の出入りを簡単にばらすとは思えないが、間抜けな門番なら気軽に答えるかも知れない。女だけの出入りは目立つからな。じゃあ、空から帰るか」

「わかった。頼むぜ」

 アクアは前からキャロンに抱きついた。キャロンはアクアを抱き上げる。

「おんぶで良いだろう。なぜお姫様だっこを求める」

「いや。おまえの体格と私の体格だと一番似合うじゃねぇか」

 キャロンは筋肉質で大柄。そしてアクアは比較的小柄な体付きである。

「人に見られないように帰るのだから関係ないだろうに。まあ良い。行くぞ」

 キャロンは呪文を唱えて宙に舞った。


 門の裏手にキャロンは着地した。

 誰にも見つからなかったはずだ。キャロンとアクアはその足で一度宿に帰り、風呂に入ってリフレッシュする。

 二人が風呂から上がったところでベアトリス達は帰ってきた。激しい修行だったのか、レクシアは幾分ぐったりしている。ベアトリスはレクシアを連れて風呂に入っていった。

 そのタイミングで夕食が届いた。昨日と同じ二人分の食事である。

「一食にしておけば良かったな。どうせ私たちは外で食べる」

 キャロンがつぶやく。

「気にするなよ。夜小腹が空いたときにでも食べれば良いじゃねぇか」

 二人で何気ない話をしているとベアトリスとレクシアが風呂から上がってきた。レクシアは幾分元気が戻ったようだったが、どうにも顔色が悪かった。

 ベアトリスは裸の上にいつものマントをまといながらレクシアに言う。

「私たちはこれから外で食事をしてくるわ。お酒のない食事なんてあり得ないしね。レクシアはこの食事を食べてから寝なさい。今日は疲れたでしょうからしっかり休むように」

 そしてベアトリスはキャロンとアクアの方を見る。

 二人はにやにやした顔でベアトリスを見ていた。

「さすがだな。ベアトリス師匠」

「アフターケアも万全ってか」

 ベアトリスは一瞬顔を赤くする。

「馬鹿な事言っていないで行くわよ。ほら、準備して」

「もう準備なんてできているっての。おまえを待っていたんだよ」

 アクアが立ち上がる。

「ま、そういうことだ。早く行こう。ベアトリスはどのみち一緒に出られないから、後から付いてこい」

 もともとベアトリスとレクシアはこの宿にいないことになっている。堂々と宿を出ることはできない。

「場所は決まっているの?」

 ベアトリスが尋ねるとキャロンが答えた。

「ああ。昼のうちにめぼしいところを見つけておいた。アクアはどうだ?」

「私は別に何も考えてねぇよ。そこいらの居酒屋で良いんじゃねぇか」

「そういうわけにはいかない。ちょっと裏道を通っていくが、ベアトリスなら大丈夫だろう」

 ベアトリスは指を立てる。

「もちろん、もうキャロンには印をつけたし」

「じゃあ私たちは行く。レクシア。しっかり休んでいろ。多分遅くなるから鍵はかけておいて良いぞ」

 レクシアは返事をしなかったが、三人を見て笑みを浮かべた。

 ただキャロンはレクシアの目の焦点が合っていない気がして、少し気になった。。


 宿を出ると人気の無い裏の路地を通って、キャロンは少し高級なレストランに入っていった。相変わらず場違いな格好のアクアは白い目で見られる。

「なんでこんな良いところに来るんだ。まだ金はあるけどよ」

 アクアが言う。するとキャロンがじっとりした目でアクアを見た。

「おまえの顔が割れたからだろうが! 安酒場だとオウナイ一味に見つかる。それにここはそこまで高いわけじゃない。むしろ個室があるから選んだようなものだ」

「いつの間にこんなところ見つけているんだよ」

 アクアが呆れた顔で言う。

「貴族のいるエリアで居酒屋を探しておいた。価格は表に掲示してあるメニューでわかるし、個室があるかどうかは店員に聞けばわかる。いくつか見つけておいたが、ここが一番安い」


 そこにベアトリスが現れた。三人で一番奥の個室に入っていく。

 適当な食事と酒を注文し、酒とつまみが届いたところで、一息つく。

 ベアトリスが笑いながら言った。

「ちゃんと仕事見つけた? サボってなかったかしら」

「おまえこそ。レクシアと○○しすぎてたんじゃないか。結構衰弱していたぞ」

 キャロンが言う。どうにもレクシアの様子が気になった。するとベアトリスは少しムキになって言った。

「たいしたことやってないわよ。多感覚のゲームをしただけだもん」

「なんだそりゃ」

 アクアが言う。

「ほら、右手で丸を書きながら左手で三角を書くとか。そういう多元的な感覚の訓練よ」

 ベアトリスは例示するが、アクアはまだ首をかしげている。

「まぁ、魔術師ならその当たりの感覚は重要だろうな」

 キャロンが言った。研究者であれば一つの魔法を突き詰めれば済むが、実践的な魔術師なら、一つの魔法を使っている最中に他の状況に対応しなければならない。魔法一つ唱えるだけでもかなりの集中力は必要だが、それに捕らわれると、身動きできなくなるのだ。だからこそ、多元的な感覚を身につける必要がある。慣れてくれば、複数の魔法を同時に使うこともできるし、魔法を使いながら、別の攻撃手段をとることもできる。冒険者の魔術師なら必須の感覚だ。

「へぇ、で、具体的にはどんな訓練なんだ」

 アクアが言うとベアトリスは人差し指でアクアの手の甲に触れた。

「これが熱さ」

 指の当てられたところが熱くなる。ベアトリスが指を放してもそこは熱いままだった。ベアトリスはそのままアクアの手首に指を当てた。

「これが冷たさ」

 アクアが感心する。

「おおっ。でも何か、私の魔力が動かされている感じだな」

「そう。これは私の魔力を使っているんじゃなくて、アクアの魔力を引き出しているだけなの。だからアクアが意識し続けられたら維持できるし、アクア自身のイメージで他の場所にも動かせる」

 ベアトリスが言うとキャロンも興味を引かれたようだ。

「面白い練習法だな。右手に光、左手に闇とか、右足に土、頭に空気といった魔法の基礎トレーニングに近いようだ。つまり本人が二つの感覚を同時に維持し続けられるかの訓練なのだな」

 体内の魔力を分散させる訓練の一つに、体の各部で別の魔法イメージを持たせるというのがある。右手に光を与えながら、それを消さないまま左手に闇をまとわせる、といった訓練だ。これができるのは個人差も大きいし慣れの要素もある。


 ベアトリスは胸を張る。

「そう。これに更に痛みの感覚を加えて三つにしてから、私の指示する場所にその三つを自在に動かせるようにするの」

「「おい!」」

 アクアとキャロンが突っ込みを入れた。

「二つ別な場所で維持するだけで難しいだろ。それを三つにした上に動かすのか」

「最後の痛みとは何だ。そんな強い感覚があると他の二つの感覚が薄れるだろう。あの子はそれほど魔力の操作がうまくないぞ。魔力量も少ないし、相性も良くない」

 二つと三つでは難易度が飛躍的に上がる。いきなり三つの感覚分離は無茶に等しい。しかも熱さと冷たさは自分でイメージしやすいが、痛みという感覚は自分でイメージするのが難しい。わざわざ痛い思いをしたい人間などいない。

 しかしベアトリスは軽く答えた。

「大丈夫よ。やってみればわかると思うけど、魔術師ならそんなに難しくないわよ。魔力との相性が良ければあっさりできたりもする。レクシアは難しそうだったけど、最終的にはできるようになったから」

 キャロンが考え込む。

 できるようになったのだとしたら、レクシアの本気度はすさまじい。ぱっと見、魔術師の適性はなさそうだった。

「基礎訓練なら。魔力の体内操作を徹底的に教えた方が良かったのではないか。まだ魔力が効率的に動かせていなかったぞ」

 魔力の体内操作は魔力循環と呼ばれるが、魔術師の基礎中の基礎である。どんな人間も多かれ少なかれ魔力をもているが、魔術師になれるかどうかは体内の魔力を動かせるかどうかによる。体内の魔力を動かせないかぎり魔法は全く使えない。基礎でありながら魔力操作は奥の深いものであり、指先や毛先まで魔力を動かせるようになるのはかなりの修練を必要とする。

「えーっ。そんなのつまらない。ほら、私のやり方だと、レクシアを裸にしていじくり回せるから良いのよ」

 どうやら真面目な訓練のように見えて、ベアトリスの欲望丸出しの訓練だったらしい。


 キャロンが呆れて言った。

「あんた。本当に魔法を教える気あるのか?」

「良いのよ。私のやり方も魔法の基礎トレーニングの一つなんだから。私は昔これをさんざんやらされたわ」

 アクアが考えながら口を挟む。

「それにしてもよ。レクシアの奴、衰弱しきっていたな。ちゃんと飯食ったのか。体力なさそうだし」

 どうやらキャロンと同様アクアもレクシアの様子に違和感を覚えていたらしい。ベアトリスが少し眉を寄せる。

「あんまり食欲がないみたいなのよね。昼は口移しで無理矢理食べさせたけど、朝は結構残していた。ちゃんと夕食は食べてくれれば良いんだけど」

 ベアトリスは心配そうな顔をする。しかし今はその話をするときじゃない。キャロンが言った。

「まぁ、いい。そろそろ仕事の話をしよう」


 アクアとキャロンは、ベアトリスに今日あった出来事を順に話した。順風亭での出来事、モンテスからの依頼、そして城の調査。

「わざわざこの店の個室に入ったのは、オウナイ一味がグレスタに入り込んだ可能性があるからなのね。アクアの顔が割れてしまったと。なんだ、私だったら見つからずに偵察できたのに」

 ベアトリスが言う。

「仕方がねぇだろ。おまえが勝手にレクシアの師匠になっちまうんだから」

 アクアが文句を言う。キャロンが話を進めた。

「城の中で使われているのは二階までだな。その上にも人はいたが、ただの空っぽの個室なんで休憩室程度に使っていたんだろう。財宝類は二階に運ばれていたようだ。アクアが騒ぎを起こしている間に、ほとんどの奴は一階に集まって、残っていたのは二人程度だ。恐らくけが人だな」

 キャロンは外から魔法で探った情報を話した。

「とすると、あの中にいたのが全部か。だったらオウナイ一味は三十人前後かな。あれで全員かはわからないが。ちゃんとダグリシアで見た顔もあったぜ」


 アクアの話にベアトリスがにんまり笑いながら言った。

「アクア、三十人のお相手なんて、かなりお楽しみできたみたいね」

「まぁ、それなりにはな。だけどよ。始まってすぐ、魔術師が出てきて俺に雷の魔法を打ち込みやがった」

 そして自分の腹をさする。しかしそこには痕一つ残っていない。

「へぇ、強かった」

「それなりじゃねぇかな。ちょっと痛かったし」

 アクアが答える。

「あんたに痛いと思わせるなら相当攻撃魔法を使い慣れているということだ」

 キャロンが言う。アクアは強大な魔力で自分の体を強化している。それで痛みを感じるほどのダメージを与えられるのなら、大した威力だ。

「そこにいたのがオウナイ一味の全員かしら」

 ベアトリスが尋ねる。

「正直わからんが、馬車であそこまで逃げてきたとすれば、昨日付いたばかりだろう。恐らくまだ活動前だったのだろう」

 キャロンが答える。


 ベアトリスは微笑んだ。

「だったら下調べは十分ね」

「それで明日のことになるが、とりあえず、明日の昼、モンテスに状況を報告して、できれば討伐依頼を受けようと思う。それさえ確約できれば、明後日には攻め込むことができるだろう」

「それでいいんじゃない。一応約束は果たしたし、レクシアには明日出て行ってもらうつもりだから。私も明日からは手伝えると思うわ」

 ベアトリスはそうまとめた。今日の打ち合わせはこれで全部終わりだ。食事もあらかた片付けた。


 アクアが立ち上がった。

「良し、決まった。そろそろ私は行くぜ」

「あら、この後予定があるの?」

 ベアトリスが言うと、アクアがだらしなく笑う。

「男三人連れだぜ。今から楽しみだ」

 キャロンも食事代をテーブルに置く。

「キャロンも?」

「冒険者の宿の受付嬢がいい女でな。ちょっと口説き落としてくる。そろそろ順風亭も閉まる頃だろう」

 ベアトリスは頬を膨らませた。

「ずるーい。仕事しているかと思ったのに、私に隠れて相手を探してた」

 二人は声を揃える。

「「早い者勝ちだ」」

「じゃあ、私もこれから美形を探しに行く!」

 ベアトリスも勢いよく立ち上がった。そして、三人は店を後にした。

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