第8話 兄妹との出会い
キャロン達は本気で助太刀を考えていたわけではなかったので、ベアトリスの結界で相手に覚られないようにして近づいていった。
そして見たのは美少女・美少年がダークドッグと戦っているところだった。
ダークドッグというのは魔獣ではなく、純粋な動物なのだが、群れで人を襲うので恐れられている。ただ、年老いたり怪我をしたりして群れに付いていけなくなった個体は群れから追放されてしまうので、そんなダークドッグは一人で餌をとらねばならず、たいていは長く生きられない。
幼い二人と戦っているのはそんな群れから外れたダークドッグのようだ。
ダークドッグの動きは鈍い。しかも腹を空かせているようで、がりがりに痩せている。普通に考えればたやすい敵と言える。しかし少年達には荷が重いようだった。
薄い黄色の髪の美少年は恐らく十二、三歳だろう。剣を構える姿は様になっているが、全然ダークドッグには当たらない。
魔法を使っているのはどうやらそれより年下の美少女だ。髪の色も同じなので兄妹だろう。彼女の使う魔法は剣や体の強化らしい。
これは有名な魔法で魔法初心者が初めに習う奴だ。
身体強化は、魔力を外から相手の体に巻き付かせ、体の負荷を下げることで動きを速くするもの。怪我からもある程度は守ってくれる。
これを剣に使えば、剣強化になる。やっていることは同じで、剣に魔力を巻き付かせることで、剣は軽く、鋭く打てるようになる。
どちらにせよ攻撃を受けるごとに、まとっている魔力は減衰し、効果を失う。
少年は傷だらけになっていた。魔法のおかげで致命傷には至っていないが、無駄に攻撃を受けている。
少女の方もよほど効率悪く魔法を使ったようで、顔が青ざめ、体が震えている。
とうとう少年はダークドッグに飛びかかられて倒れた。
何とか噛みつかれるのは防いだようだが、押し返せないでいる。だんだんダークドッグの牙が少年の顔に迫ってきていた。
「お兄ちゃん」
少女は最後の力を振り絞って魔法を唱えたようだった。そのまま倒れてしまう。その代わり少年はダークドッグを撥ね除けることができた。
攻撃を受け続けるから、強化魔法が消耗し、何度も付与されないといけなくなる。効率の悪い魔力の使い方をしているから、たかだか強化魔法程度しか使っていないのに魔力が尽きる。
二人とも、経験不足が露呈していた。
少年は腰が抜けているのかよくわからないが、立ち上がることすらできずに剣だけダークドッグに向けていた。
もう終わりだろう。次に飛びかかられたら助かることはない。
「じゃあ、キャロン。お願い」
結界の中でベアトリスが言う。キャロンは軽く杖を振った。
まさにダークドッグが少年に向かって飛びかかった瞬間、光の剣が現れてダークドッグを串刺しにした。ダークドッグは一瞬で絶命する。
ベアトリスが結界を解いた。アクアが話し出す。
「まぁ、子供にしては頑張った方だな」
「意地が悪いわよね、アクアは。助けもしないで」
二人が勝手に話しながら進むので、キャロンは文句を言った。
「おい、助けたのは私だぞ」
三人は少年達の方に歩いて行った。
少年と少女は驚いた顔で突然現れた三人の女性を見ている。
もちろん突然現れたのではなく、近くで観戦していたのだが、彼らにそれがわかるわけがない。
アクアがつぶやく。
「助ける前に条件をつけるべきだったな。この世の中、ただで助けてもらえるわけなんてないんだ」
ベアトリスが続ける。
「だったら、もう少し手前で条件をつけなきゃ。ぎりぎりまで待ってたから死にそうになったのよ」
キャロンは呆れた口調で言った。
「だから、助けたのは私だって。あんた達は見てただけだ」
少年は剣を杖替わりにして何とか立ち上がった。大きな怪我はなさそうだが、体力は消耗しているだろう。ふらふらしている。そして律儀に礼をした。
「あ、ありがとうございます」
その顔を見てアクアが相好を崩す。
「おっ、なかなかの美少年だな」
ベアトリスは少年の後ろで体を起こそうとしている少女を見ていた。
「向こうの彼女もおいしそうな蕾ね」
キャロンは少し微笑みながら少年に言った。
「自力で町まで行けるか?」
彼は精一杯答える。
「何とかします」
しかし何とかなるわけがない。それをわかっていてキャロンは尋ねたのだ。
アクアも言った。
「無理だろ、無理。町まであと十キロくらいあるし、その間にまた襲われるのがオチさ。次は助けなんて来ないぞ」
「そもそも君は大丈夫でも妹さんが無理でしょ」
ベアトリスも続けた。少年は妹を振り返る
。
美少女は話に加わろうと、頑張って体を起こしていた。でも魔力切れは結構堪える。すぐには動けない。
「大丈夫です。休みながら町に向かいます」
それでも少年は少女を守るように立って、言い切った。
「ふふ、条件次第で助けてやるぞ」
キャロンがにやりと微笑んで言う。
三人ともこの先やろうとしていることは一つだった。こういうときは気が合う三人だ。
つまり、このおいしそうな少年少女をちょっといただいてしまおうと。
*
人数が増えたし、時間もかなり経ってしまったので、グレスタまではキャロンの魔法で一気に飛ぶことにした。もともと人を運ぶ魔法ではないが、ベアトリスが結界魔法を使ってキャロン以外を一つの塊とすることで、キャロンの荷物として移動が可能になる。
「結構消耗するから嫌なんだがな」
ベアトリスが全員を結界でまとめたのを見て、キャロンがぼやきながら魔法を唱えた。荷物は大きくなればなるほど魔力を消費する。人間四人分はかなりの労力だ。
キャロンは丸い光の塊となった結界をつかむと、一気に空に飛び出した。
門が見える場所までは一瞬だった。荷物を降ろして、キャロンは息をついた。
「やっぱりこの人数を運ぶのはつらいな」
ベアトリスは一部魔法を解いてアクアを開放する。アクアが大きくのびをした。
「予定より早く着けたから良いじゃねぇか」
結界を維持したままベアトリスが話す。
「じゃあ、私達はこの子達と消えるから、アクア、お願いね」
ベアトリスは結界の魔法を作り替えた。
グレスタに入るための通行証は冒険者カードで代用できる。ただし、その後、冒険者の宿で再登録する必要は出てくる。これはどこの町でも同じだった。
この兄妹は通行証など持っていないはずなので、ベアトリスが自らとともに兄妹を包み込み、外から認識できない結界を作った。ちなみに兄妹はまだ眠っている。
アクアがベアトリスごと三人を頭に載せて運ぶ。三人は結界膜で覆われた球状の物体になっており、ベアトリスの魔力でバランスを取っているので、落ちることはない。問題があるとすれば、重量は容赦なくアクアにのしかかるということである。
とはいえ、アクアにとっては重いうちに入らない。小柄でそうは見えないが、魔力循環で増強された力はどんな重量物でも片手で持ち上げることができる。
アクアとキャロンは二人連れの冒険者として、無事グレスタに入ることができた。
まずは少年達をどうにかしなくてはいけない。でなければベアトリスが自由にならない。アクアも大荷物を抱えたままでは身動きが取れない。
アクアとキャロンは冒険者の宿に向かうことにした。場所は門番に教えてもらっている。
店の中に入ると、夕方でかなり込んでいた。
雰囲気はダグリシアとはずいぶん違う。ダグリシアの方が殺伐としていて、油断ならないが、こちらの冒険者の宿は和気藹々とした感じだ。店の名前は順風亭といった。
アクアとキャロンが中に入ると視線が集まる。もちろん新参者ということもあるが、やはり見た目のインパクトによるものだろう。アクアのビキニアーマーはどこに行っても目立つのである。
アクアは透明で大きい球状の荷物を両腕に抱えている状態なので、傍目には不自然な動きをしている。
アクアとキャロンは冒険の精算をするわけではないので、列に並ばずに依頼受付のカウンターまで来た。そこは誰もいない。カウンターに着くと、おっとりした顔の美人女性がやってきた。
「いらっしゃいませ。初めての方ですね」
女性は笑顔で言った。胸のネームプレートを見るとスピナという名前らしい。
「ああ、これが冒険者カードだ。ダグリシアで冒険者をしている」
キャロンが答え、自分たちの冒険者カードをカウンターに並べた。
その途端、後ろで小さな声が聞こえる。
「ダグリシア、えっ、まさか」
「あの格好、こんな所にまで」
キャロン達は見ないようにした。だがスピナは別に気づいた様子でもなかった。
「わかりました。手続きいたします。こちらでお仕事をする予定はありますか」
「まだわからないが、可能性はあると思う」
「そうですか。もしかするとダグリシアとはルールが違う点もあるかと思いますので、依頼を受ける際はお声かけください。私どもから詳細な説明をさせて頂きます」
スピナは事務的に答えるが、ソーニーの塩対応と比べると格段に優しい。キャロンは続けた。
「ありがとう。ところで今夜時間はあるか」
「えっ? 夜、ですか?」
いきなりの問いにスピナは戸惑う。
「今夜色々教えてもらいたいことがある。仕事が終わる時間を教えてくれたら・・・」
「待て、キャロン」
後ろでアクアがキャロンの肩を掴む。
「さっき中途半端だったからと言って、私を差し置いて女を口説くな。私だってまだ○○足りねぇんだ」
キャロンは舌打ちをする。
「仕方がない。今夜は二人余計なのがいるしな。明日以降にしよう」
そしてスピナを振り返る。スピナはどん引きしていた。
「ちょっと高級な宿を紹介して欲しい。ベッドは三つくらい欲しいな。金は十分あるから安心してくれ」
更にスピナは怪訝な顔をした。
「あの、お金があるからといってそんな散財しては」
「大丈夫だ。この店に迷惑をかけるようなことはしない」
スピナはそれでも眉を寄せていたが、やがて答えた。
「それくらいの宿と言えば、グレスタでは一件だけですね。紹介状は書きますけど、本当に変なことはしないでくださいね。お金を踏み倒したりしたら大問題になりますからね」
そしてスピナはいったん下がって、事務作業をすると戻ってきた。キャロンに紹介状と簡単な地図を渡す。
「場所は大通りに面しているからわかりやすいと思います。この紹介状を見せれば泊めてくれるでしょう。でも本当に高いですよ」
「ありがとう。近いうちに二人きりで会おう」
キャロンが言いながら軽くスピナの手を握ると、ビクンとスピナの体が震えた。キャロンはにやりと微笑む。
「だからやめろって。後でベアトリスにもチクるぞ」
アクアが言う。しかしキャロンは平然と答えた。
「どうせベアトリスは聞いている。それにベアトリスも私と同じ事をするさ」
その後、キャロンとアクアは紹介された宿に来た。入るとやはりひどく警戒される。これくらいの宿になれば貴族階級か高所得の商人くらいしか来ない。そこに露出過多な冒険者が立ち寄れば騒然とするだろう。
もちろん冒険者の宿が紹介状を書けるだけあって、冒険者でもそれなりに名が知れている者ならこういう宿に泊まることはある。だから、冒険者が来たからと言う理由で追い返されるということはない。貴族が運営する貴族のための宿ではないのである。
キャロンはカウンターに行くと、オウナイ一味討伐の金の全額を出し、この金額でどれくらい泊まれるのか確認した。
結果、素泊まりなら十日、朝夕の食事をつけると六日が限界だった。それほど時間をかけるつもりはなかったので、とりあえず五日間の予約をする。食事は基本的には一階の食堂で食べることになるようだが、お願いすると部屋の前のテーブルまで運んでくれるようだ。その代わりメニューは選べない。今夜からも対応可能というので、今夜と明日の朝の食事は頼み、部屋に運んでもらうことにした。
部屋は二人部屋で、ベッドは大型。三人部屋はなかった。今は二人なので、このままベアトリスをこっそり紛れ込ませる事にする。
キャロンとアクアは指定された部屋に行った。
中に入って、アクアは荷物をベッドの上に降ろす。
「なかなかいい部屋じゃねぇか。ベッドも二人で寝ても問題ねぇ」
「もう良いぞ。ベアトリス」
ベアトリスは結界を解除した。幼い兄妹、ログ、レクシアも出てくるが、まだ眠ったままだ。ベアトリスは二人をベッドに寝かせる。ちなみに三人とも裸ん坊である。
「ちょっと、時間かけすぎよ。いくら私でもこんなに結界維持し続けるのは、つらいんだからね。アクアは私達を乱暴に扱うしさ」
ベアトリスはアクアを見て文句を言った。
「重すぎるんだよ。丁寧に扱えるかよ」
アクアがうんざりしたように答える。
そして三人は風呂に入ることにした。高級宿なので、部屋に風呂がある。これだけで、かなり幸せな気分になれる。
とはいえ、中は狭く一人ずつ入るのがやっとである。ベアトリスが先に風呂に入り、その後にキャロンが入る。そしてアクアが最後に風呂に向かった。
その間兄妹は全く目を覚まさなかった。
「大丈夫なのか、ベアトリス。眠りが深いようだぞ」
風呂から上がったままの姿で、椅子に座ったキャロンが問う。
「緊張が長いとどうしてもその反動が来ちゃうのよ。そういう設定の魔法だし。きっとお腹も空いていたんじゃないかな」
ベアトリスも服を着ないで椅子に座っている。
ちょうどその時、兄妹に変化があった。少しうなるような声をだしてから目を覚ましたのである。
ベアトリスがほっとした顔をする。
「起きたわね。ちょーっと体力使いすぎたかしら」
キャロンは鞄を開けて、丸薬を取り出しながら言った。
「空腹もあるんだろう。○○がとどめになっただけだ」
ログが身を起こす。
「いや、サッパリする」
風呂からアクアが出てきた。タオルで髪を拭いている。
「おっ、やっと起きたか、ログ、レクシア」
アクアが気軽に声をかけた。
ログは自分がどうなっているのかよくわかっていなかった。そして顔を赤くする。それでも、律儀に答えた。
「あ、ありがとうございます」
そしてログは慌ててベッドを降りるが、すぐによろけた。キャロンがログを片手で受け止める。
「あんた達も風呂に入れ。まだ血がこびりついている。その後飯にしよう」
キャロンは手に持っていた丸薬をログの口に投げ込んだ。
「旅をするときはそういったものを持ち歩くと良い。多少腹が落ち着くし、体力も回復する。つくることもできるが、街なら売ってるぞ」
レクシアも起き上がったところだった。自分が裸のままでいることに驚いているようだ。
キャロンがもう一つの丸薬を指ではじくと、それはレクシアの口の中に飛び込んだ。レクシアが少しむせる。
「ダメね、キャロン。風情がないわ。丸薬は口移しで食べさせないと」
ベアトリスが椅子に座ったまま笑う。
「さしあたって風呂で倒れられても困るからな。応急処置だ。腹がふくれるわけじゃないし、飯の邪魔にもならない」
レクシアも少し回復したらしく、一人でベッドを降りた。
そしてキャロンはログとレクシアの背中を押して風呂に送り出した。
「で、これからのことだが」
キャロンが口を開く。全裸でミーティングというのも彼女達特有の事だろう。彼女達は風呂から上がったまままだ。何も着ていない。
ログが顔を赤くしたのは起きたら、魅力的な女性達が裸でいたからである。
「グレスタ城を探すんでしょ?」
ベアトリスが言う。キャロンはうなずく。
「それは当然だが、オウナイ一味をうまく見つけられた場合、生死不問というのを実行するつもりだ」
「つまり、一人残らず潰すって事か。まぁ、一回逃げられているし、完全にけりはつけたいわな」
アクアが言うと、キャロンは続けた。
「まず、グレスタ城を見つけたら、オウナイ一味の隠れ家なのかを確認する。それでオウナイ一味の隠れ家だとわかったら奴らの行動を監視して、全員が集まったタイミングで襲撃する」
ベアトリスも考えながら言った。
「見つけられてもすぐに突撃しないってことね。残党狩りなんて時間がかかるし」
アクアは肩をすくめた。
「グレスタ城が見つからない可能性もあるし、グレスタ城にオウナイ一味がいない場合もあるだろ。あんまり先のこと考えても仕方がないんじゃねぇか。時間も限られているし、まずはオウナイ一味を見つけることが先決だろ」
ベアトリスが驚いたように目を見開いた。
「アクアがまともな事言ってる。何かの前触れかしら」
キャロンも少し感心したように言った。
「それはそうだな。だが、あと七日ある。明日中にめぼしい手がかりが見つけられなければ、すぐにマガラス領の方に行くさ。場合によっては私たちから依頼を出す必要も出てくる。そうならないことを願うが」
その時、いきなりベアトリスが立ち上がった。
キャロンとアクアがベアトリスを見る。
「どうした?」
「うん、ちょっとやばい感じ。ログとレクシアは明日追い出して、それで終わりよね」
アクアが言う。
「当たり前だろ。私はやっぱりもっとがつがつした男に囲まれたいし、ログはガキ過ぎてちょっと物足りねぇよ」
キャロンも続けた。
「レクシアは私も十分に堪能したしな。子供相手はこれくらいにしておこう」
ベアトリスはうなずいて言った。
「私もそう思う。じゃあ、行ってくる」
ベアトリスは風呂に向かった。
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