第7話 ログ視点・一日目

 朝になって僕は目を覚ます。レクシアはまだ眠っていた。

 僕は身を起こして考えた。これからどうするのか。レクシアは村に戻りたがっていた。父さんも母さんも盗賊なんかに負けない。戻れば合流できるかもしれない。それはとても魅力的な考えだった。

 だけどもしも途中で盗賊に出会ってしまえば、ここまで逃げてきた意味がなくなる。

 それに、僕は父さんから万が一の時どう行動するかを教えられていた。指示されなくても地下の蔵に隠れたのは、そうするように言われていたからだ。


 父さんや母さんに何かあったとき、僕は南の大きな町であるグレスタに行き、持っている御守りをグレスタ伯という領主に渡すように言われていた。

 ただ、その町も領主も僕らは知らない。行ったことのない町だから。

 そのことを父さんに言ったら、それも修行だと笑いながら言われた。ただ、その後に父さんは真面目な顔で付け加えた。

「御守りを見せる相手はよく考えて、絶対大丈夫と思う人にしなさい。うかつな相手に見せると騙されたり奪われたりするからね。常に自分がどう行動すべきかしっかり考えた上で判断しなさい」


 その時レクシアが目を覚ました。

「お兄ちゃん」

 僕は荷物の中から携帯食と水を取りだした。

「少し食べたら、グレスタに行こう」

「ドノゴ村に帰らないの。もう村に人は戻ってきているかも」

 その提案に僕はすごく惹かれる。やっぱりその方が良いかもしれないと思い始める。でも僕は父さんの話をもう一度思い出して、答えた。

「盗賊がまだいるかもしれない。戻るって言う判断は多分危険だと思う。だからといって野宿を続けるわけにはいかないよ。こういう時はグレスタ伯に会うように言われてただろ」

「うん。わかった」

 レクシアはさみしそうに答えた。レクシアはもうじき十二歳になるけどまだ十一歳だ。今は僕の方がまだ二つ年上なんだから、しっかりしないと。

 グレスタの位置はよくわからない。多分街道に出て南に進めば着くのだと思う。

 僕らは軽い食事をすませてから、森の中の獣道を歩き出した。


 森の切れ目まで来て、僕らは草原に出られた。よく見えないけど、この先に街道があるはずだ。

 でも僕はそちらに向かわず、森に沿って草原の中を進んだ。

 街道の方に向かわなかったのは、街道を歩くのが危険だと父さんから聞かされていたからだ。街道には盗賊がはびこっているらしい。彼らは行き来する商人を狙って待ち伏せしている。街道を横に見ながら草原を進む方が安全だ。

 僕は父さんにいろいろ教わっている。剣の振り方。動物の解体方法。森の歩き方。僕はいつか父さんのような冒険者になるつもりだった。だから、教えられたことが生かせることに少しわくわくしていた。

 草原の中は歩きにくかった。草が深くて僕の膝上まであるし、地面もなんか柔らかくて踏み出しにくい。僕はレクシアの手を引いているけど、どうしてもレクシアは遅れ気味になった。


 僕らは無言で昼すぎまで歩いた。だけど、まだ町が近くにあるような気はしなかった。今日一日で着くのかも疑問に思えてきた。

 街道に出た方が多分早く進める。そろそろ町が近いとしたらその方が良い。でもまた野宿をすることになったら街道は危険すぎる。どちらに向かうべきか僕はわからなくなっていた。

「もう、待って。無理」

 後ろでレクシアが悲鳴を上げる。僕はやっと気づいて立ち止まった。レクシアは僕に引きずられるような体勢で歩いていた。僕がもくもくと歩いていたから、付いて来られなくなっていたんだ。

「ごめん」

 僕は立ち止まった。レクシアは汗をいっぱいに浮かべてゼイゼイ言っていた。立ち止まると僕自身もかなり疲れていることがわかる。考えながら歩いていたから全然気がつかなかった。

 そしてそれと同時にお腹も空いてきていることに気づいた。

「とりあえず。少し休もうか。まだ食事は残っているし」


 僕は父さんの荷物。レクシアは母さんの荷物を持っている。朝食を取ったときに確認したけど、四人で節約しながら三食分くらいの食料があった。もちろん重くならないように乾き物ばかり。ただ、水はそんなに持ってないからどこかで補充しなくちゃいけない。今日は保つだろうけど、明日も歩き続けるとしたら調達しないと危険だ。

 僕らは草を刈って敷き詰めて、その上に布を敷いて簡易の休憩場所を作った。

 レクシアはその間何も言わなかった。かなり疲れているみたいだ。きっと、歩き続けるんじゃなくて、途中途中で休憩を取る必要があったんだ。

 お腹は空いていたけど、お互いまだ喉を通る感じじゃなかったので、僕らはまず水だけ飲んで座り込んだ。

「もしかしたら今日中に町に着かないかも知れない。もう少しこのまま進んだら森の方に戻って今夜の休める場所を作ろうと思うんだ」

 僕はレクシアに言った。一か八か街道に出るなんて、やっぱり無理だ。もう一日野宿すると決めてしまえば、なんだか気持ちが楽になった。焦っても仕方がない。

「わかった。今夜も野宿ね。でも、そろそろ水が少ないと思うけど」

 レクシアもだいぶん回復したようで少し笑顔で答えた。

「早いうちに森の方に入った方が良いかもね。水場を探さないと」

 話していると、ちょうど何か口に入れたい状況になってきた。水を飲んだから胃の調子が戻ってきたようだ。

 僕らは持ってきた荷物を開いた。

 その時、茂みが揺れた。僕らは慌てて荷物をしまって立ち上がる。

 前方に一匹の動物がいた。その動物は灰色毛のどう猛な獣、ダークドッグだった。


 ダークドッグの習性は父さんから教わっている。

 基本的には荒れ地を群れで移動する動物で、魔獣ではない。群れに襲われると危険だけど、臆病なので火や剣で追い返すことも簡単だそうだ。

 群れに付いていけなくなった老いた個体は群れを追い出されて、一人で狩りをするようになるらしい。そういう個体は、茂みに潜みながら小動物を狩って生きる。それでも狩りの成功率は低く、いずれ飢え死にするのだとか。ちなみにダークドッグの肉は臭くて食べられたものじゃないらしい。

 これは群れを追われた個体だ。見るからに細くて、弱っている。

 でもダークドッグだから、大きさは僕の身長くらいはある。高さだけでも僕の腰ほどはある。若い頃はきっともっと大きかったんだろう。


 狙いは僕らなのか、それとも僕らの荷物なのか。荷物を差し出すだけで満足してくれるなら良いけど、そうじゃなければ僕らは食事を失うだけで意味は無い。

 僕は剣を手に取った。僕は父さんから毎日剣を習っていた。だから、こんな弱っているダークドッグくらいは退治できると思った。もしかしたら、剣を振るだけで逃げてくれるかも知れない。ダークドッグは基本的に臆病なはずだから。

 僕はダークドッグに剣を向けながら少しずつ近づいていった。ダークドッグがぐるぐるとうなり声を上げて僕らを見ていた。


 父さんはいつも僕の剣を褒めてくれた。上達していると言ってくれた。だから大丈夫と思い込んでいた。

 僕はそれがうぬぼれだったと知った。

 相手は年老いたダークドッグ。父さんと出かけた村の外で若いダークドッグの群れを見たことがあるけど、あれに比べても動きに俊敏さがない。それなのに、僕の剣はダークドッグの動きを捕らえることができなかった。

 飛びかかってくるダークドッグを避けて剣を振っても全然相手に当たらない。逆にダークドッグの爪や牙は剣で防いでいるはずなのに僕を傷つけていく。

 レクシアは僕の背後にいる。レクシアは母さんから習った魔法で僕を援護してくれた。レクシアの付与魔法のおかげで、僕の剣は少しばかり軽くなり、扱いやすくなっている。更に僕の体にも防御魔法をかけてくれているから、僕がダークドッグにつけられた傷も軽い。だけど何度剣を振っても撃退できそうにない。


 どれだけの間戦っていただろう。僕は致命傷にならないまでも、傷だらけにされていた。レクシアも息を切らせている。僕にかかっている魔法が切れるたびに重ね掛けしてくれているのだから仕方がない。

 僕はダークドッグに大きく振りかぶって斬りかかった。でも、僕の振る剣はあっさりかわされ、いったん後ろに引いたダークドッグは一気に僕に飛びかかってきた。僕は剣を戻せずにダークドッグに飛び乗られて倒れる。首に噛みつこうとするダークドッグの頭を両手で押し返す。右手に剣を持っているから力を入れにくい。剣を離せばもっと力が入るけど、剣を捨てると戦う事ができなくなる。


 ダークドッグは牙をむきながら力を込めてきた。よだれが流れて顔にかかる。とても抑えきれるものじゃない。

「お兄ちゃん」

 レクシアが最後の力で魔法をかけてくれた。

 僕の体は一瞬だけ軽くなり。腕に強く力を込めることができた。ダークドッグを押し返したところで、剣を回して叩こうとしたら、ダークドッグは僕の体から飛び退いた。

 僕の視界の隅で、レクシアは力を使い果たして倒れる。僕はすぐに立たなくてはいけない。じゃないと、レクシアも僕もダークドッグの餌になる。

 だけど、立ち上がれない。剣を下げて杖にしたいけど、その隙に飛びかかってくるだろうから、剣先はダークドッグに向け続ける。僕は尻餅をついた状態で動けなくなっていた。

 こんな年老いて弱ったダークドッグが相手なのに、退治することも追い返すこともできない。何より、レクシアを守ることも叶いそうにない。

 今までの修行は何だったんだろう。僕の目に涙が浮かんだ。

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