第6話 美女三人の旅路

 オウナイ達がたくさんの食料を馬車に乗せて城にたどり着いたのは朝方のことだった。

 昨夜のうちに付いていたエイクメイ達はぼろぼろの状態で帰ってきたオウナイ達を見て驚いた。

 何しろ、人数が一人減っている上、パックは片腕がない。それ以外の盗賊達も至る所に怪我をしている。オウナイでさえ鎧を無くし、傷だらけである。カイチックだけが無事だが、何か疲れたような顔をしている。

「何があったんですか。父さん」

 エイクメイが駆け寄る。

「ちょっとドジ踏んだだけだ。何でもねぇ。ちゃんと戦利品は持ってきたぞ。野郎ども、荷物を運び込め」

 オウナイは皆に命令した。盗賊達はすぐに動き出す。オウナイはエイクメイに尋ねる。

「バム一家はどこだ」

「いや、誰もいなかった。裏切ったんだろう。城の中は全て調べたから、隠れているわけでも無いと思う」

 オウナイはフンと鼻を鳴らす。

「見つけたら制裁を加える必要があるな。まぁ、見つかればだが」

 そして再度盗賊達に向かって言う。

「それを運び込んだら、飯の用意だ。たらふく食うぞ。早くしろ。飯が終わったらこの城の周りでも調べてこい。俺達は寝る」


 そしてオウナイの指示通り、盛大な宴会になった。集めてきた食料のうち、あまり日持ちがしないものは先に食べてしまう方が良い。そして、昨日帰ってきた者達は携帯食程度しか食べていなかったので、腹を空かしていた。

 朝っぱらから、三十人あまりの盗賊達は奪ってきた酒を酌み交わす。そして、さんざん飲んだくれて、昼まで寝ていた。

 しかし昼くらいになると、昨夜に城に到着していた者達は起きだし、片付けたり、ばくちを打ち始めたりと好き勝手に過ごし始めた。

 金目の物は大量に奪ってきたし、食料も豊富にある。数日は気ままに過ごせる。


 まだ盗賊達は自分達が一人の老人に見られたことを知らない。


 *


 キャロン達三人は旅をするとき、馬車に乗らない。馬にも乗らない。

 ではどうやって移動するのかと言えば、徒歩である。

 三人ともそれぞれ独自の方法で自分の体を強化しているので、馬と同程度の速度で進むことができる。

 そもそも馬がいると、餌をあげたり休ませたりと面倒だ。徒歩だと旅の中で異変に気づきやすいというのもある。


 アクアは体の中で常に魔力が渦巻いている状態なので、体力が消耗してもすぐに魔力で帳消しにしてしまう。そのため、かなりの速度で走り続けていても疲れるということがない。

 そもそもアクアの潜在魔力は非常に大きい。しかし、それを魔法として放出すると威力が強くなりすぎる弊害があった。そこでアクアはあえて魔力を内側に留まらせることで、体を強化している。

 ビキニアーマーでも戦いが平気なのは、通常の攻撃なら物理攻撃であろうと魔法攻撃であろうと全て皮膚で弾いてしまうからだ。


 ベアトリスは道を水平に跳ねている。

 ベアトリスは魔法のコントロールがうまいので、魔法の浮遊力を使えば一蹴りで長く前に跳ねることができる。空気中の魔力を吸収することにも慣れているから、ほぼ魔力の消耗は無く、大きく進める。もともと体術が得意なので、蹴り足の威力も高い。

 ひらひらたなびくマントは本来高速移動には邪魔なのだが、ベアトリスは自分の周りに結界を張っているので風の影響も受けていない。


 キャロンは走っていない。地面を滑っている。

 キャロンは魔法の板を足の下に置いて、スケートのようにして前に進んでいる。もちろんこんな魔法は一般的に存在しない。

 キャロンは魔法の原理を詳細に知っているので、自分のやりたいことを魔法で作ることができる。そのため、著名な魔術書に記された魔法は滅多に使わない。


 三人は昼前には話に聞いたグレスタ領の分岐点にたどり着いた。いったん立ち止まる。

「さて、どっちに行くかだな」

 アクアが言う。当然息一つ乱していない。

「ここから先は手がかりがない。聞き歩くことになる」

 キャロンが答える。

「そもそもどうして二手に分かれたのかしら」

 ベアトリスは誰も見ていないのに、あごに手を当てて可愛らしく首をかしげた。

「大人数が通ったっていう右手の道は簡単だよな。早くアジトに戻って宝を隠したかったのさ」

「確かに盗み取った財宝類はかなりの量だ。一時的に隠せる場所は用意してあるだろう」

「そうなると、そっちを追った方が良いことになるわね」

 三人は右の道を見るがそれでも行動には移さない。

「こっちを行くとしばらく町はない。追い切れないかも知れないな」

 キャロンが言った。

「もう片方は何しに行ったんだ?」

 アクアがつぶやく。

「陽動かしらね。追っ手はあると思うだろうし」

「もしくは狩りか? 長い旅になると考えて調達に向かった」

「単純に仲間割れかもな」


 話していても意見がまとまらなかった。そしてこういうときの結論はいつも通りになる。

「めんどくせぇ。どっちでも良いからおまえらで決めろよ」

 アクアが考えるのを拒否した。

「早く休める場所に行きたいわ。できれば男がいた方が良いし」

 ベアトリスは欲望に走る。

 すると最後まで考えるのはキャロンだけになる。だが、キャロンも基本的に考えるのは好きではないので、ほぼ直感で判断する。

「左に行くとしよう。グレスタで情報が集められるかも知れない。この辺りで大きな町となるとグレスタくらいだろう」

 そしてキャロン達は左の街道を進むことにした。

 少しスピードダウンして周りに注意を払いながら進む。街道を行けば盗賊に会うのは間違いない。今まで襲われなかったのは、単に三人のスピードが速く、盗賊が手を出せなかったからだ。

 しかしここからは聞き込みも兼ねるため、積極的に襲ってきてもらう。


 しばらく進んだところで、草むらから剣を持った男が飛び出してきた。

「おっと、ここまでだ。かわいこちゃん」

 三人が止まると後ろからも別の男が現れた。

「上玉じゃねぇか。良い金になる」

 三人はその盗賊のような者たちを軽く観察。

 前の男は汚いぼろぼろの服を着て剣を持つだけ。外見も細くて力がなさそうだ。後ろの男も同じように鎧は着けておらず、手に持っているのは大きな鍬。丸っこく、筋肉より贅肉の方が多そうだった。

 三人のチェックは終了した。

「美形じゃないから、私はパスね」

「体力なさそうだ。こいつらじゃ大して楽しめねぇ」

「そもそもそんな時間も無いけどな」


 キャロンが杖を上に上げると、激しい雷が、盗賊達の前の地面を吹っ飛ばした。前後の盗賊は尻餅をついて驚愕に震える。

「派手だな。隠れていた盗賊どもが逃げていったぜ」

 アクアが呆れたように言う。

「二人いれば十分だ」

 その隙にベアトリスは前方の尻餅をついた男に近づいていた。

 男はチャンスと思いすぐにベアトリスに飛びかかろうとしたが、あっさり躱されて腕を後ろに回された。

「ぎゃっ!」

 盗賊が痛みで悲鳴を上げる。

「やーよぅ。美形じゃないと触らせて上げない」

 アクアは後ろの男のそばに行って胸を踏みつけ、仰向けに倒していた。

「ごふっ」

 胸がギシリときしむ音がする。その男は足をどけようともがくが、びくともせず、ひっくり返った虫のように暴れるだけとなる。


「オウナイ一味と言う盗賊の情報を探している。知っていることがあれば話せ。話せばそのまま逃がしてやる」

 キャロンが制圧した二人を交互に見ながら言った。二人の男はキャロンの方に首を回す。キャロンは続けた。

「早い者勝ちだ」


「し、知らねぇ。聞いたこともねえ」

 腕を押さえられている男が叫ぶ、するとゴキッと骨がきしむ音がした。

「うぎゃーっ!」

「あ、ごめん。曲げすぎた」

 ベアトリスはテヘッと笑う。

「お、俺はっ」

 アクアの足が更に沈む。丸っこい男はいよいよ虫のようにばたばたと暴れた。

「あ、あ、そ、そうだ、聞いた、前のお頭がなんか言ってた」

 キャロンがその男を見た。

「何だ、本当に知っている奴がいるのか。驚きだな」


 そもそもキャロンは初めから当てにしていなかった。盗賊に会う度にそうやって問い詰めようと思っていただけだ。

 アクアが足に力を入れながら更に男に迫った。

「なんて言ってたんだ。そのお頭ってのは」

 しかし男は息ができないらしくアクアの足を叩くのみ。

「おっと、すまねぇな。力を入れすぎた」

 急にアクアは足をどけた。男は激しく息を切らせた。

 アクアはまた足を男の胸に置こうとする。

「ま、待ってくれ。今思い出す」

 その男は拝むようにアクアに手を合わせる。

「あれは、そうだ。お頭がオウナイとか言う奴の悪口を言ってたんだ。なんか無理矢理城の番をやらされたって」

 男は言いながら後ずさりしていた。

「それで?」


 アクアが一歩前に進む。男は激しく首を振った。

「それだけだ、それだけだよ。それしか聞いてねぇ!」

 男は泣きながら叫んだ。ベアトリスが捕まえた男を連れてきて倒れている男の横に転がした。男は腕を押さえてうめいている。

 キャロンが二人に尋ねる。

「そのお頭はもともとこの辺りで仕事をしていたのか?」

 腕を押さえている男がうめくように言った。

「あいつらはこの辺りの奴じゃねぇよ。二ヶ月くらい前に現れたんだ。ここはもともと俺達のシマだったんだ。俺は奴らから抜けた。もう関係ねぇ」

 三人は顔を見合わせた。

「どうする。そのお頭って奴をシメに行くか。情報が手に入るかもしれねぇぜ」

 アクアが言うが、キャロンは少し考えて首を振った。

「時間がもったいないな。それにこの辺りで城と言えばグレスタ城だろう。確か今は廃城だと聞いている。宝を隠すには丁度良い」

 ベアトリスも続けた。

「二ヶ月前というのも符合するわね。オウナイ一味がダグリシアに現れるのと同じくらいでしょ。オウナイに城を維持するように指示されたけど、嫌になって逃げ出してきたとすれば、この辺りで商売するのもわかるわ」

 アクアが指を鳴らす。

「よし、それじゃ。グレスタ城に行ってみるか」


 三人が話している打ちに盗賊達は逃げていった。しかし彼女たちはそれを追うつもりなど無かった。

「で、グレスタ城ってどこだ?」

 アクアがキャロンに言う。

「私が知るわけ無いだろう。今までこちらの方に来た事は無い」

「なーんだ。だったら道案内させれば良かったかしら」

 ベアトリスは言うが、キャロンは首を振る。

「あんなのを連れて行っては日が暮れる。グレスタ城と言うからにはグレスタ領のどこかだろう。グレスタの町に行けば城の情報は見つけられるさ」

「廃城なんだろ。観光地でもないんだぜ。見つかるのかよ」

 アクアは疑問を投げかけるが、だからといって他に良い案があるわけでは無い。

「大丈夫だろう。城というからには昔は町の中心地だったはずだ。知っている奴くらいはいる」

「じゃあ、決まりね。時間も無いし、行きましょうか」

 そして三人はまた走り出した。


 昼を回って少し経った頃、一足ごとに大きく飛びながら先を進んでいたベアトリスが突然立ち止まった。キャロンとアクアもつられて止まる。

 アクアが声をかける。

「どうした。ベアトリス」

 ベアトリスは森の方を指さした。

「向こうで魔法が使われたわ。空気中の魔力がゆがんだ」

「盗賊か?」

 キャロンが尋ねるが、ベアトリスは肩をすくめる。

「わからないわ。でも、空気中の魔力が動くって事は戦闘しているって事よ」

「人助けは金の匂いってか」

 アクアが言う。

「盗賊で魔術師なんて珍しいから、きっと美形のおじさま魔術師が盗賊と戦っているのね。ああ、別に美女魔術師でもオッケーだけど」

 ベアトリスが嬉しそうに言う。

 キャロンは呆れて答えた。

「魔術師が戦っているというだけで、よくそんな妄想が膨らませるな。まぁ、少しくらい様子を見に行ってみるか。案外いいものが見つけられるかも知れん」

 キャロン達は街道を外れて茂みの中に入っていった。

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