第3話 ドノゴ村の襲撃

 オウナイとカイチック、そして配下の五人の盗賊は、主街道から外れた森のそばに小さな集落を見つけ、見張っていた。

 規模も立地も襲うのに都合が良い。

 あまり外部との行き来がなさそうなので、壊滅してもバレるのが遅い。自給自足はできているようで、小さいながら貧しい集落ではなさそうだ。

 根こそぎ奪えば一味全員がしばらく食べていける。残念なのは金目のものがあまりなさそうなことくらいだ。

「奪えるものは全部奪うぞ。抵抗する奴は全員殺せ」

 オウナイが合図する。

 そして盗賊達は村に襲いかかっていった。


 集落に近づくなり鐘が鳴り、村人達が慌ただしく動きだした。すぐに村の入り口の木柵が閉じられる。

 オウナイは村人達の速い動きに感心した。このような小さな集落は盗賊に襲われることが多いから、当然備えがある。しかし、日頃から意識していないと、最適な行動はできないものだ。

 ただ、オウナイにとってもそれは織り込み済みである。

 オウナイが後ろのカイチックに目で合図すると、カイチックが呪文を唱えた。そして杖から炎が飛び出し、柵を破壊した。

「おい、魔術師がいるぞ!」

 村人が叫んだ。


 魔術師の存在自体は珍しいわけではない。

 この世界にあるものには全て、魔力がある。それは人や動物に限らず、石や大気であっても同様だ。もちろん多い少ないは様々で、魔力が多い人、魔力が多い動物、魔力が多い物質が存在する一方で、ほとんど無い場合もある。

 しかしいくら魔力があってもそれを魔法として使えなければ、魔術師とは言えない。そして魔法は基本的には教わらないと使えないのである。

 盗賊になるような人間が師について修行を行っていることはまれなので、盗賊の中に魔術師が混ざっていることが驚きなのだ。


 オウナイ達が村に入り込むと村人達が消えた。

 当然家の中に隠れたのだろう。オウナイの後ろから馬車を引いた盗賊が付いてきた。これに戦利品を積み込む。足りなければ、この集落にある荷馬車を奪えばいい。

「モブ、ガングはここで見張りだ。誰も逃がすなよ。パック、スィナーは右から、ヴィレン、カイチックは左から家捜ししろ。俺は真ん中を行く」

 パックとスィナーは馬から下りて、右の家に近づいた。そしてヴィレンとカイチックは馬で左の奥の方に進んでいった。


 スィナーが右の家の扉を蹴り壊そうとしたとき、一人の男が家陰から飛び出してきて後ろにいたパックに斬りつけた。

「何だと!」

 そして女性の大きな声が響きわたり、その男から後ろを膜のようなものが覆う。

 パックは後ろに下がりながら剣をかまえた。スィナーも横から加勢しようとする。

「一撃とはいかなかったか。錆びたもんだ」

 男はスィナーを気にせず、一気にパックに迫ると、下から振り上げる剣で右腕を斬り落とした。バックは腕を押さえながら転がった。男は更に振り向きざまスィナーにも斬りつける。スィナーは剣で受けたが剣を吹き飛ばされてしまった。そして尻餅をつく。

 オウナイが馬で駆けつけた。

「てめぇ、なに者だ!」


 男はスィナーとパックから離れて後ろに下がる。

「忘れたか、オウナイ。ダグリス宮廷騎士団団長がそこまで落ちるとはな。私はすぐにわかったぞ」

 それはオウナイとそう変わらない年齢の男だった。しかし武装はしっかりしており、ちぐはぐな鎧をまとっている盗賊達とは雲泥の差だ。

 オウナイは男を見ると驚愕して声を上げる。

「おまえ、まさか、ランディか」

 スィナーがパックを支えながらオウナイの馬の側に行く。

「お頭、知っている奴なんですか」

 しかしオウナイは答えずに馬から下りた。そしてランディに向かって剣を向ける。

「おまえが生きているとはな」


 その時にはすでにランディの剣はオウナイに迫っていた。オウナイはその剣をしっかり受けきった上で、ランディを押し返した。

「腕の方は衰えていないか。厄介な男だな」

 ランディは間合いを取りながら言う。

「こっちは現役で剣を振り続けているんでな。こんなへんぴな集落で腕をなまらせたおまえとは違うさ」

 ランディが下がったので、今度は逆にオウナイの方が仕掛けていく。上段から叩きつけるように振り下ろす剣をランディは丁寧に捌いた。

「私も訓練は怠っていないよ」

 更にオウナイが前に出て胴を薙ごうとすると、ランディは大きく後ろに下がって避けた。その前を炎の球が通り過ぎていく。


「オウナイ、大丈夫か。・・・貴様、ランディ!」

 二頭の馬が戻ってきた。カイチックとヴィレンだった。

 それを見てランディは相手に聞こえるように大きな声を上げる。

「ダグリス宮廷魔術師団副団長も登場か」

 目の前にはオウナイ。そして馬を下りてきたカイチックとヴィレン。更に見張りをしていた、二人の盗賊も走ってきていた。圧倒的な不利の中でもランディは動じなかった。

 カイチックが油断なく杖を構えながら近づいてくる。

「この魔法はあの忌ま忌ましいリミアですね」

「そうだ。私達はこの領域内で自由に動けるが、おまえ達は体の動きが鈍くなるだろう」

 そしてランディは魔法領域の内側に入り込んだ。

 カイチックが素早く炎を飛ばしたが、結界に入り込むと明らかに威力が落ちた。ランディは容易に躱す。そしてまた領域から出ると、一番手近なところにいたヴィレンを斬りつけた。ヴィレンは腕を大きく裂かれ、剣を落としてうずくまる。

「おまえ達はいったん下がれ」

 オウナイが叫び、盗賊達はけが人を支えながら、馬車の方に向かう。


 オウナイとカイチックのみが領域の中にいるランディに対峙した。

「そこから出て俺と戦え!」

 ランディは笑った。

「都合の良いことを言うな。おまえがこの中に来れば良いだろう」

 そしてランディが合図すると、物陰に隠れていた村人が道端に現れ、弓を放ってきた。カイチックが魔法壁でそれを全て落とす。すぐに村人は物陰に潜んだ。

「おまえが指導したわけか。盗賊よけの作戦ってわけだ」

 オウナイがランディをにらみつけた。

「こんな場所だとおまえ達のような馬鹿者が寄ってくるんでな。ここいらの盗賊はもううちの村に来ないよ」

 ランディは答える。するとカイチックが言った。

「残念ですが、我々には通用しませんよ。魔道具を使っているとはいえ、これだけの規模の魔法を長く続けられるわけはありません。時間さえ稼げば私達の勝ちです。魔法に詳しくない盗賊ならうまく追い返せたでしょうがね」


 するとランディは笑った。

「なるほど。さすがはダグリス宮廷魔術師団副団長。落ちぶれても物忘れはしていないようだ」

「だまれ!」

 カイチックは連続して魔法の火の玉を放った。その瞬間、ランディが前に飛び出し、カイチックに剣を突き立てる。カイチックは慌てて下がろうとしたが、間に合わない。

 しかし、オウナイが横から剣を伸ばして防いだ。オウナイはカイチックの前に立つ。

「おまえの相手は俺だ!」

 すぐにランディは後ろにさがり、背後に合図する。さっき以上の村人が弓を持ち、上に向けて弓を打った。更に屋根の上にも村人が数人現れ、弓を放った。その全ては馬車に逃げていた盗賊達を狙っていた。

「うわっ」

「助けてくれ!」

 矢の精度は低いが、刺さればそれなりにダメージはある。


 慌ててカイチックが魔法壁を後ろに広げようとするが、届く範囲を超えている。そもそもカイチックの防御魔法はそれほど大きく広げられない。

「後ろの盗賊どもはけが人だらけだな。この領域魔法がなくなるまでおまえ達の方が保つかな」

 ランディが言う。

「くそっ、いったん下がるぞ。カイチック。奴らを回復させろ」

「回復魔法は嫌いなんですがね。仕方がない」

 オウナイとカイチックはランディを警戒しながら下がっていき、怪我をした盗賊を回収して村を去った。


 ランディは馬車が見えなくなるのを確認してから、村の中に戻った。隠れていた妻のリミアが駆け寄ってくる。

「大丈夫か」

「危なかったわ。あれ以上攻撃を受けたり時間を稼がれたりしたら魔力が切れていた」

 リミアは息を少し乱しながら答えた。カイチックの言うようにこれだけ大規模な領域魔法は、魔道具の力を借りていてもそれなりに消耗する。

 この魔法の効果は、御守りをつけた者であれば普通に行動できるが、そうじゃない者はスピードを僅かに抑えてしまうというもの。効果としては非常に弱い。それでも、いざ戦いとなるとこの僅かな差が生きてくる。

「このままではすむまい。全く。もともと傲慢な男だったが、まさか盗賊とはな」

「仕方がないわ。理不尽に町を出ることになって、貴族としての地位も失った。他にも盗賊に身をやつした人はいるもの」

 リミアとランディは、遠き日のことを思い出した。



 ダグリス宮廷魔術師団、ダグリス宮廷騎士団。

 それは十五年前に政変で解体されるまではダグリス王国直属の部隊だった。当時の王ヘンリーは政治的な手法を用いて属州を広げていったが、その交渉材料の一つがこの立派すぎる魔術師、騎士の部隊だった。

 もちろん常に厳しい訓練が課せられたので強い部隊だったのは間違いない。しかし、直接戦うよりは、地方の貴族の要求に応える形で派兵され、相手に貸しを作ることの方が多かった。そのため、きらびやかな服装、乱れぬ隊列など、見栄えには特に気を遣っていた。ある意味ダグリス王国の象徴であり、羨望の的だった。

 その華やかな部隊がある日を境に崩壊していく。


 その日、早朝に重大発表があった。ヘンリー王が病気で倒れ、ジョージ王子が後を継ぐことになったのである。

 この発表に、とうとうこの日が来たか、と感じる貴族は多かった。ヘンリー王はまだ五十歳だったが、昨年王太子であったジュリアス王子が事故で死んでからはかなり気落ちし、しばらくは政務からも離れていた。最近は回復してきたとはいえ、昔の面影もなく痩せてしまっていた。

 一方で不安を感じている貴族も多かった。ジョージ王子は普段から王都ダグリシアを離れ、王家とはあまり関係の良くない貴族に会っていた。ヘンリー王はジョージ王子が彼らとの関係修復に動いているものとみて、むしろ応援していたくらいではあるが、王家に近しい貴族はその行動を疑問視していた。彼らと結託して何かをしようとしているのではないかと考えていたのだ。ジュリアス王子の事故に関しても詳細は不明とされているし、ヘンリー王の衰弱もかなり激しい。そこに違和感を感じる者もいた。


 そして続く発表で、皆はその不安が的中していることを知った。すなわち、宮廷魔術師団、宮廷騎士団に待機命令が出されたのだ。

 宮廷魔術師団や宮廷騎士団は下部組織に宮廷警備団を持っており、平時は王宮や町の警備も担っている。それらが行動不能に陥ると町の治安が守られなくなる。それなのに、詳細の説明もなく、ただ王命として待機命令が出されたのである。

 数日して、宮廷警備団は宮廷魔術師団と宮廷騎士団から切り離され、王直轄となって活動を再開したが、宮廷魔術師団と宮廷騎士団の待機命令は解除されなかった。

 更に宮廷警備団も人がどんどん入れ替わり、外から来た貴族の兵士が警備を担うようになった。


 宮廷騎士団副団長のランディは、早いうちに逃げなければ、無実の罪を着せられる可能性があると、団員達に通達していた。団長のオウナイは何度もジョージ王子に進言していたが、取り合ってもらえなかった。

 宮廷魔術師団も同様で、副団長のリミアは国を捨てる必要があると団員達に説いていた。団長のハイドゥーはその噂を一切否定していた。同じ副団長のカイチックとはいつも意見が合わなかったが、この時だけは意見が一致していた。

 そして何もできないまま、一週間後にヘンリー王の死が伝えられ、ジョージ王子は三十歳で王位に就いた。そして、同時に宮廷魔術師団、宮廷騎士団の解体が宣言された。


 もちろん解体されるだけで、団員達が処罰されるようなことはない。しかし誰もが時間の問題だと考えた。今や王宮の中枢を占める貴族に団員の関係者はいない。重責にあった者も役を剥奪されたからだ。

 多くの団員達はダグリシアから逃げ出した。基本的には皆親元に逃げ帰った形だ。

 だが、それができなかった団員も多くいた。すでに家から縁を切られていたり、貴族とはいえ貧しいために親を頼れなかったりし、路頭に迷う者も現れた。

 更に追い打ちをかけたのは、各地へ送られた国からの通達である。そこには元団員の貴族の地位を剥奪すること、見つけたらすぐに国に引き渡すようにという内容が書かれてあった。そのため、親元に戻れない者が続出した。


 ランディとリミアは部下達をできるだけ多く救い出すべく奔走していたが、最後には自分たちもダグリシアから逃げ出した。

 ランディとリミアは特に貴族に未練が無かった。どちらの親も土地の持たない商業貴族だったため、貴族としてのしがらみを感じなかったのである。

 二人はまず、それぞれの親に会いに行き、正式に婚姻した。

 その後、両親と別れ、二人で旅に出ることにした。二人はそれなりに腕利きだったので、冒険者として十分に生きていけると確信していたのである。


 ランディとリミアがこの集落ドノゴ村に来たのは偶然だった。盗賊に襲われている集落を見つけたので、助けに入ったというだけのことだ。

 その後、盗賊を防ぐ方法を教えるなどの協力をしていたら、非常に感謝され、しばらく留まる事になった。リミアが妊娠していて、あまり長距離の旅がしにくくなっていたということもある。

 無事リミアが出産すると村人達も共に喜んでくれ、ランディとリミアはこの村を離れがたく感じ始めていた。それでもいずれは旅の生活に戻るつもりだったが、リミアが二人目を妊娠していることがわかった時点でランディはドノゴ村に居着くことを決めた。

 それが十一年前になる。


 農作業などは苦手な二人だったので、ドノゴ村では村人に警備の方法や弓の練習などの指導、買い出しの護衛、そして読み書きなどの先生をしていた。貴族の教養や知識、部隊での経験は、村の生活の中でも役立った。だからこの十年あまりで小さい村ながら、かなり発展したと思えた。

 息子のログは十三歳、娘のレクシアは十一歳になった。そろそろ家族でドノゴ村を旅立つ日も来るだろうと考えていたところだった。


 ランディはリミアに言った。

「オウナイはプライドが高い。あんな風に撃退されてそのままと言うことはないだろう」

 オウナイは、宮廷騎士団の時から自らの肩書きにとてもプライドを持っていた。それを失ってかなりすさんだことが考えられる。

「それを言うならカイチックもね。あの男の陰湿さは昔から嫌いだったわ」

 宮廷魔術師団のカイチックは自分こそ団長になるべきと考えている男で、平然とハイドゥー団長をこき下ろしていた。

「やむを得ないな。油断できない相手だ。行動は早いほうが良い」

 ランディは村民を集め、次の作戦を伝えた。


 *


 ドノゴ村から少し下った場所で、オウナイ達七人は集まっていた。

 カイチックは魔法で盗賊達の治療をしたが、傷がふさがった程度のこと。特に片手を失ったパックは重傷だ。腕を切られたヴィレンもまともに片手が動かない。他に矢傷をまともに受けた奴が数人いる。

「お頭、宮廷騎士ってなんなんで」

「おまえらは知る必要は無い」

 オウナイは部下の問いかけに冷たく言い放った。

「私の魔法ではこれくらいですね。自分で歩ける程度には回復したでしょう」


 カイチックは治療を終えてオウナイのそばに来た。

「もっと回復させられねぇのか」

「私は回復魔法は苦手です。まぁ、血は止まっていますし、十分でしょう。それよりどうします、オウナイ。あの村は諦めますか」

 オウナイは村の方をにらみながら答えた。

「馬鹿を言え、舐められたままで済ませられるか」

 もう日が傾いている。夜の襲撃ならこちらに有利かも知れないが、それを考えていないランディではないだろう。こちらもしっかり準備する必要がある。

「カイチック、おまえは攻撃魔法が得意だろう。リミアを殺せるか」

 するとカイチックは笑みを浮かべた。

「オウナイが反対してもあの女を殺しに行こうと思っていたところですよ。昔からあの女は大嫌いでした。女のくせに副団長など。ハイドゥーのきまぐれには困ったものです」

 オウナイはうなずく。

「なんだかんだで、ランディとリミアだけがネックだ。あいつらを殺せばあの村は俺達のものだ」


 オウナイは少し考えてから仲間を集めた。

 あの結界の維持は難しいはずである。だから、正面から攻撃する振りをして、結界の限界を待つことにする。腕の悪い弓隊とランディが相手とわかっていれば時間稼ぎは可能だ。しかし、結界が無くなれば、村人は村から逃げ出すだろう。そういう経路がいくつかあるに決まっている。そこで襲撃前に村の外に罠を張って、誰も逃がさないようにする。罠の準備ができたら、日の入りと共に襲撃する。それがオウナイの作戦だった。

 オウナイは、怪我で動けないパックとヴィレン以外の三人に、積んであった数個のトラバサミ罠を渡し、道と思わしき場所にばらまいてくると共に、ロープを張ったり、落とし穴を掘ったりしてくるよう指示した。

 モブ、ガング、スィナーは荷物を抱えて森の中に入っていった。


 オウナイ達が待つこと数十分。まだ日は落ちないが、そろそろ襲撃の準備をしたい頃合いだった。その時、三人が慌てて戻ってきた。

「お頭、大変です」

「どうした。終わったのか」

 オウナイが尋ねると、ガングは息を切らせながら話し始めた。

「奴ら、もう逃げてます!」


 足場の悪い森の中をガング達は手分けして進みながら罠を仕掛けていた。そしてちょうど村の裏側当たりに来たとき、大勢の村人が荷物を抱えて移動しているのが見えたという。

「あの野郎。村を捨てる気か!」

 もちろん村人達が持ち運べる者は僅かなので、集落を襲えば得られる食料品は膨大なものになる。しかも家に火を放てば嫌がらせにもなる。

 だが、結局腹の虫が治まることはない。

「くそっ、おまえ達は予定通り日暮れと共に正面から襲撃しろ。ガング、あいつらが逃げた場所に案内しろ」

「えっ、俺たちだけですか。パックとヴィレンがまともに動けねぇですが」

 残される盗賊が狼狽する。しかしオウナイは言い捨てた。

「その辺に捨てられたくなかったら無理矢理でも動け。向こうは暗闇で弓なんて打てねぇよ。ランディが出てきたら、逃げながら動き回れ。できるだけ時間を稼げ」

 盗賊達が罠を仕掛けながら移動して、戻ってきたのだから、今から向かっても脱出が全て終わっている可能性がある。しかし、しんがりをつとめるのがランディであれば間に合うかも知れない。

 オウナイとカイチックとガングは森に入った。


 日が落ちかけて森の中はますます進みにくくなるが、相手にバレる可能性のある光の魔法を使うわけにはいかず、オウナイ達は苦労しながら森を歩いた。

「その陰に罠を仕掛けてますので、気をつけて」

 ガングが時おり言う。

 その時、遙か前方で小さな悲鳴が上がった。

「あの声はリミア。急ぎましょう」

 カイチックが言って前に出た。前方に光を生み出し、さっきとは一転、先を照らしながら進む。

 オウナイもその後を付いていった。


 少し進んでオウナイ達が見たのは、女性の魔術師が光のトンネルを飛ばし終えたところだった。

 光を宙に浮かべ、カイチックが歩みを進める。

「誰かを逃がしたという所ですか。まんまとしてやられたわけですね」

「久しぶりね。カイチック。相変わらず攻撃魔法くらいしかつかえないようね。その光の完成度も低いわ」

 革鎧にマントを羽織り、杖を持つ女性はカイチックとほぼ同年代だ。

「あなたは小手先の技ばかり、器用ですね。領域魔法やら、光の通路やら、全く役にも立たない。魔法とは如何に人を殺すかにあるのですよ」


 ランディが突然斬りかかり、カイチックは慌てて飛び退いた。しかし切っ先が胸をかすめる。

「おまえの相手は俺だぜ」

 そこにオウナイが割り込んだ。

 ランディはオウナイと数度剣を打ち合うと、後ろに下がって、リミアを守る位置に着いた。リミアはランディに魔法をかける。

 オウナイはランディに斬りかかっていった。ランディはオウナイの剣を素早く避けて強く剣を打ち返す。ランディの素早さと力は魔法で強化されており、攻撃を受けないかぎりはこの効果は続く。その代わり、武器には強化がつけられていない。武器を強化しても打ち合う打ちにその効果が弱くなり、何度もかけ直しを行わなくてはいけない。それは魔術師の負担になる。リミアには他にも魔法を使ってもらう必要があるので、消費は最小限にしなくてはならない。

 ランディの動きにオウナイは付いていけなかった。斬りかかっても避けられて、それ以上の力で斬りつけられる。鎧が割れ、剣も弾かれる。

 それでも、ランディがリミアからあまり離れられないので、オウナイは何とか致命傷を受けずに済んでいる。


 カイチックも黙って見ていたわけではない。横に回って雷の矢を何度か撃つが、防御障壁に守られて届かない。ランディは常に、オウナイとカイチックが同じ方向に来るように誘導しながら戦っていた。リミアもカイチックとオウナイ、ランディの位置を把握しながら、直接攻撃を受けない立ち位置で動いている。そのため、カイチックは強力な攻撃ができなかった。攻撃すればオウナイを巻き込むからだ。

 リミアの動き次第で、ランディは更にオウナイに攻め込みやすくなる。ランディの勢いが上がった。

「カイチック、俺にも強化魔法をかけろ!」

 オウナイが悲鳴のような声を上げる。

「そのような邪道な魔法は使いません。リミア、そんなこざかしい真似をせずに堂々と戦いなさい」

「あなたの攻撃魔法はさすがに何度も受けられないわ。こざかしいではなく、作戦よ」

 リミアが言い返す。


 リミアとランディの連携は見事だった。ランディはオウナイとカイチックの位置を把握しながらオウナイを攻め込む。リミアは自分とランディを魔法防御の障壁で守りつつ、足手まといにならない位置に動きながら強化魔法を追加していく。

 カイチックは別の魔法を使った。弓なりに飛ばす炎の矢である。しかしそれは容易にランディとリミアに躱され、一部は防御障壁に弾かれる。そもそも弧を描く魔法攻撃は難易度が高い上に、狙いの精度も低い。一部の炎の矢はオウナイのそばに落ちたため、驚いたオウナイは隙を作ってしまった。ランディはそのチャンスに強く斬りかかり、オウナイは何とか剣で受けたものの受けきれずに後ろに飛ばされてしまった。

 転がるオウナイに向けてランディが剣を振りかざす。

「させません」

 ちょうど前のオウナイが倒れたので、カイチックはまっすぐに光の矢を飛ばした。ランディが慌てて下がるが、防御障壁により目の前で光の矢は弾かれる。

 そのすきにオウナイは立ち上がった。


 リミアは呪文を唱えて防御障壁を強化した。カイチックの攻撃魔法は強烈で、一撃でかなり防御障壁が弱体化してしまう。集中攻撃を受ければ持たないのはわかりきっていた。

 オウナイが立ち上がると、再度ランディは斬りかかっていった。もうオウナイは後がなかった。剣もがたがた、鎧もぼろぼろ、大きな傷を受けていないのが奇跡のような有様だ。「くそ!」

 それでもオウナイはランディの剣を剣で受ける。技術だけなら自分の方が上という自負はある。強化魔法も消耗するはずだから、粘れれば勝機はある。

「こそこそと卑劣な」

 カイチックは歯がみする。オウナイが倒れればカイチックも勝てない。リミアの防御障壁に守られたランディの剣を受けきれるはずがない。


 しかし、そこでカイチックは残忍な笑みを浮かべた。あまり使い勝手の良くないと思っていた魔法を思い出したのだ。カイチックは素早く呪文を唱えると、後ろで何もできなくて立ち尽くしていたガングに迫って肩を叩いた。

「えっ、何です」

 するとガングは、すぐに剣を振り上げて走り出した。

「うわーっ、何だ! やめろーっ」

 ガングはそのままオウナイとランディが打ち合っている横に走り出た。

 ランディは素早くオウナイに向けていた剣を引いて、ガングの脇腹を切り裂いた。

 しかしガングの足は止まらなかった。内臓をぶちまけながら、そのまま後ろにいるリミアに飛びかかっていく。

「くっ、リミア、逃げろ!」

「ひどい攻撃魔法、人を操って武器に!」

 リミアはひるまず、杖を回して呪文を放つ。リミアに斬りかかる前にガングの首が飛んだ。

「そこです!」

 その間、カイチックは走りながら呪文を唱えていた。

 第三者の突入で、オウナイ、ランディ、リミアの位置が直線上ではなくなった。そのすきにカイチックは横に走り出たのだ。

 カイチックが杖を振ると、激しい光の束がリミアめがけて、流れ込む。その光は防御障壁を突き破り、リミアの体に降り注いだ。

「きゃーっ!」

 リミアの悲鳴が光の中で響く。

「リミア!」

 慌ててランディはリミアを助けようと走り出す。しかしそれは悪手だった。オウナイがその隙を見逃すわけはなかった。

 オウナイの突きだした剣が、背後からランディの胸を貫いた。


 戦いが終わり、オウナイは激しく息を切らせていた。あと僅かでランディに負けるところだった。生きているのが奇跡とも言える。

 カイチックも魔力の全てを使い果たしていた。一撃で防御障壁を破るためにはかなり強力な魔法が必要だ。しかも走りながら唱えなくてはいけない。

 リミアはガングを魔法で斬り殺した。あのときリミアが魔法を使わなければ、防御障壁を強化され、打ち破ることはできなかったかも知れない。強化魔法と防御障壁を使い続けていたので、十分に弱っていたから勝てたと言える。あれが防ぎきられていたら、死んだのはカイチックだっただろう。

 しばらくたって体力が回復すると、オウナイは笑い出す。

「ふっ。ランディも馬鹿な奴だ。俺に逆らうんだからな」

「もっとなぶり殺したかったのですがね。仕方がないでしょう」

 カイチックも言う。自分たちが苦戦したとは一切認める気は無かった。勝つべくして勝った。それだけだ。

 そしてオウナイとカイチックは戦利品として彼らの防具や武器をはぎ取り、ドノゴ村に戻っていった。


 ドノゴ村を襲った盗賊達は、オウナイが到着する頃には全ての仕事を終えていた。

 村には誰もおらず、食料の多くは残っていた。盗賊達は単に詰め込み作業をしただけだ。

 オウナイ一味は村に火を放ち、その場を立ち去った。

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