美女戦士ABCの一週間BGS

第2話 昨日の仕事

　アクア、ベアトリス、キャロンは常勝亭を出て、そのままの足で居酒屋に来ていた。

　居酒屋は昼間でも活気がある。この街には常に飲んだくれている奴らがいるのだ。

　そもそもダグリシアの平民街は治安が悪い。人の失踪は日常茶飯事だし、殺し合いですら街中で見ることがある。

　それでも平民街が栄えているのは、貴族達から金を引き出しているからだ。

　その額は貴族にとっては大したものじゃなくても、平民にとってはかなりの資金となる。それを知ってダグリシアに流れ込んでくる人は多い。

　とはいえ、貴族は平民に好んでお金を払おうとはしない。彼らは平民から搾取することばかり考えている。

　平民達は前金をもらって貴族と取引することで、この問題を解消した。前金を払わない貴族に対しては、どのような脅しを受けても物を売らないし、依頼も受けない。

　無理強いをしようとする貴族がいても、対象となった者は町を逃げ出し、ほとぼりが冷めるまでダグリシアに帰ってこない。

　それでもやはり平民は弱い立場である。税金だと言われて取り立てられたり、格安に値切られたりすることは多い。更に、貴族に目をつけられると、攫われたり、罪を着せられて処罰されたりする場合もある。

　ダグリシアでは貴族と平民は常に油断できない関係にある。

　料理が運ばれてくる間、アクアは席を立って、奥の方で飲んでいた男三人の方に歩いて行った。

「なぁ、今から私、暇なんだけどよ。付き合わねぇか」

　すると男達はアクアを見ていきなり席を立った。そして周りを見渡す。気がつけば、いつの間にか人が減っている。特に男の数は激減していた。さっきまで活気のあった雰囲気ではない。

「ああ、アクア。俺達これから仕事なんだ」

「そうだ。ちょっと景気づけに飲んでいただけさ」

「えっどうしたの、みんな。俺達これから・・・」

　三人目の男は二人から口を塞がれた。

　アクアは好機とみて更に迫る。

「夜は空いているだろ。私も夜はたっぷり空いているんだ。だからよ・・・」

　一人目の男は慌てて厨房に向かって叫んだ。

「金ここに置いておくからよ。じゃあな。飯うまかったぜ」

　そして他の男達の手を引いて出て行く。

　アクアはつまらなそうに彼らを見送ってから、席に戻った。

「何だよ。あいつら。いくじねぇの」

「自業自得じゃないの。アクアはやり過ぎるから」

　ベアトリスが言う。しかしキャロンはベアトリスに言った。

「店に入って次々に席を立った男達は、みんなおまえを見ていたぞ。おまえが見ると目を背けていたが」

　ベアトリスは口を尖らせた。

「どっかにいい男はいないかしら」

　そこに料理が運ばれてきた。料理をテーブルに並べる少女を見てキャロンは言った。

「女でも良いか」

　ガタン！

　少女は一瞬で青ざめ、思わず皿をテーブルにぶつける。そしてすぐにテーブル煮料理を並べると立ち去った。

　少女はカウンターで振り返ったが、じっと見ていたキャロンと目が合うと、年かさの女性になにやら話をして奥に引っ込んだ。

　そんな様子を見ながら、遊ぶ相手がいなくなったベアトリスは思わずつぶやく。

「それにしても、実際、どうしてオウナイ達は逃げたのかしらね。あの程度のことで」

　キャロンも消えた少女を諦めてベアトリスに向き合う。

「さっきも言った通り、恐らくそろそろ逃げる頃合いだったんだろう。私たちに気づいたわけじゃない」

「まぁ、近衛隊の奴らもうろつき始めていたしな」

　アクアも続けた。

　オウナイ一味に盗まれた財宝類を取り返す、もしくはオウナイ一味を捕まえるという依頼は、すでに一ヶ月以上前からいくつも張り出されていた。いろいろな貴族が冒険者を頼って依頼してきたことがうかがえる。

　しかし、依頼内容が漠然としているもの、報酬が低いものなど、冒険者達が受けたいと思うものはほとんど無かった。

　しかも、肝心のオウナイ一味が貴族を狙う盗賊であるため、普段から貴族の横暴さに困らされている平民達にとっては、いい気味だと思ってしまう。

　そんな中、一昨日張り出された依頼書は、取り戻すべき財宝類が明確で、報酬も大きかった。そして本当に支払われるかはわからないが、後金まで用意されていた。最後には盗賊の生死は不問と記されている。

　この最後の部分の意味は、ぜひ殺して欲しいと言うことだ。冒険者の宿は基本的に殺人依頼に慎重だ。相手が明確な罪人だと断言できる場合が少ないからだ。依頼する側もそれがわかるので、人殺しを求めるような書き方はしない。それなのにあえて生死について書かれていると言うことは、むしろ殺して欲しいという意味だろう。

　キャロン達は普段から豪遊するので、そろそろ大きく稼ぎたいと思っていたところだった。そこで早速その依頼を受ける事にした。一昨日のことである。

　キャロン達がどのような調査を行ったかと言えば、単に貴族街を歩き回っただけだった。キャロン達が歩くと、あまりの場違い感にぎょっとした視線が集まる。

　アクアの服装はビキニアーマーであるため、貴族達から見ると露出狂の女が歩いているようにしか見えない。

　ベアトリスも白い腕をすらりと出しただけのマントで身を包んでいるので、これから仮装パーティにでも行くのかという出で立ちだ。

　革鎧姿のキャロンが一番まともではあるが、着込んでいるものは近衛隊が着るような無骨ながらも高尚な鎧とは違う。体に見事にフィットした革鎧は、ボディーラインを強調しており、いかがわしい演劇に出てくるなんちゃって騎士のようだ。

　女性達は眉をひそめ、男達は思わず目で追いながらもすぐに目をそらす。今までも常にこのような視線を浴びてきたので、貴族達の反応は珍しいものではなかった。

　そんな中、違う反応を示す男達が至る所にいた。彼らはじろじろとキャロン達を見つめて相好を崩すのだ。横目で観察すると、着ているもの自体は貴族同様仕立ての良いものだが、立ち振る舞いはせかせかしており粗野だ。

　すぐに三人は盗賊が紛れ込んでいることを察知した。そして、その日は貴族街をうろつきながら、紛れ込んでいるであろう盗賊達をチェックしていった。

　夕方、キャロンは目星をつけていた男の一人が、平民街の有名なごろつき三人組と親しげに話しているのを見つけた。

　キャロンはアクア達と合流すると、そのごろつき達の動向を調べた。

　そしてわかったのは彼らが女を漁っていると言うことだ。実際に連れ去られた女もいるようだ。

　盗賊達と繋がりがありそうだと思った三人は、その日の調査を切り上げ、宿に戻って作戦を練った。

　おとり（・・・）作戦を提案したのはキャロン。アクアは自らおとり（・・・）に名乗り出た。たくさんの男に囲まれて襲われるのは、最高のシチュエーションだと言った。ベアトリスはごろつきの顔が気に入らないからパスらしい。

　準備は簡単だ。アクアは髪を染めて黒くし、服装を町娘のものにした。そしてベアトリスの魔法で、顔の印象を変える。これですぐにアクアと気づかれることはない。

　翌日、アクアはダグリシアに初めて訪れた娘を演じ、ごろつき三人に、道案内をお願いするという形で接触した。

　悪名が知られているごろつき達に近づく娘など、この平民街にはいない。そこに表れたアクアは良いカモであろう。アクアは三人にもてなされ、街の案内や食事など、心底丁寧に扱われた。

　そして、夕方、アクアは町外れの倉庫に連れ込まれたのである。

　その倉庫にいたのは目をつけていた男達のうち二人。アクアは倉庫に連れ込まれてすぐ、ごろつきに立ったまま後ろから押さえつけられてしまった。

　アクアとしてはこのシチュエーションで、性的に危ない目に遭うのは大歓迎だったので、大人しく弱い娘を演じていたが、盗賊達の言葉で一気に気持ちが引いた。

「ジェイクの兄貴、俺が先で良いか。俺はやっぱり両手両足のない女とやるのが好きなんだ」

　そして剣を片手に持って近づいてきたのである。ごろつき達は慣れているのか、アクアの腕を横に伸ばして斬りやすいようにしている。

「プロンカー、何度も確認しなくて良い。俺は死にかけから死ぬまでの間の女が好きだ。おまえの後で良いさ」

「だってよ、前の女はジェイクの兄貴が先に腹に穴開けちまったじゃねぇか」

　どうやら猟奇的な趣味の男達だった。

　さすがにこれ以上はおとり（・・・）捜査ができない。

　プロンカーが近づいてきても全く反応しないアクアに、ごろつき達は少し怪訝な顔をした。今までならどんな女も激しく抵抗していたからだ。

　しかしプロンカーは気にしていないようだった。そばに来たプロンカーが剣を振りかぶった瞬間、アクアは鋭い蹴りを男の胸に叩き込んだ。

　ごろつきに押さえられていようと、アクアの力なら何もされていないのと同様である。そもそも捕まっているわけではなく、捕まっている振りをしていただけなのだから。

　アクアの強烈な蹴りでプロンカーは吹っ飛ばされ、後ろにいたジェイクにぶつかって倒れた。

　誤算だったのは、プロンカーの持っていた剣がジェイクの首に突き刺さったこと、そしてプロンカーの胸はアクアの蹴りで陥没し心臓が壊れたことだった。

　倒れたままいつまで経っても動かない二人を見て、アクアもごろつき達も唖然とした。

　一人のごろつきがアクアから離れて、そっと二人に近寄っていくが、アクアはもう意味が無いと感じた。見るからにジェイクは即死しているし、プロンカーを蹴った感触から、あの男も生きていないとわかってしまった。

　アクアは自分を捕まえていた男達の手を振り払うと、手刀で首を打ち、首の骨を砕いた。二人の男はその場で崩れ落ちる。

　プロンカーとジェイクを確認していた男が振り返ったときには、すでに全てが終わっていた。

　アクアはそのごろつきに駆け寄って押し倒すと、首に手をかけ、知っていることを全て語らせた。

　しかし、ごろつき達から得られた情報はめぼしい物では無かった。彼らも相手の素性を全くわかっておらず、金払いが良いので数週間くらい前から、女を融通する手伝いをしていただけのようだ。

　情報を聞き出すともう用がなかったので、アクアはそのごろつきを解放して帰ろうとした。しかしアクアが背を向けると、いきなりそのごろつきは落ちていた剣を掴んでアクアに斬りかかってきた。

　剣はアクアの背中に当たったが、弾かれた。アクアは振り返りざま回し蹴りでそのごろつきの頭を砕いた。

　アクアはわざと大声を上げて、人を呼び寄せてから、その場を去った。

　おとり（・・・）から戻ってきたアクアの報告を聞いて、キャロン達はがっかりしたが、それでもまだ大丈夫だと思っていた。

　仲間を殺された盗賊達は犯人捜しをすると思ったからだ、そうすれば他の盗賊を捕まえるのも楽になる。

　だから、今朝からアクア達は再度貴族街や平民街を歩き回って盗賊達を探した。しかし、午前中いっぱい歩き回っても怪しい人物を見つけることはできなかった。状況は一変していたのだ。

　アクア達は昼で捜査を打ち切った。彼らが逃げたと考えるしかなかったのである。

「今思い出したけど、行方不明の娘を探して欲しいっていう依頼もいくつかあったわよね」

「そういえばそうだな。もしかしてあのときのごろつきどもが犯人か」

　ベアトリスの言葉にアクアが反応した。キャロンが言う。

「死体の埋めた場所を吐かせれば良かったな」

「そんなの思いつかねぇよ。せめて最後の男が襲いかかってこなければ生かしておけたんだけどな。なんであいつ、敵わないのがわかっていて斬りかかってきたんだ」

　アクアがつぶやく。

「三人兄弟だったみたいね。言わなかったっけ。昔からつるんで悪さばっかりしていたって話よ」

「最後に兄弟愛かよ。ばかばかしい」

「まぁ、偶然解決したところで依頼料はもらえない。考えるだけ無駄だ」

　キャロンが話を切ると、途端に話題がなくなった。

　しばらくしてベアトリスがつぶやく。

「今夜暇になっちゃった」

「夜にもう一度必勝亭に顔を出そう。運が良ければ情報が集まっている」

　キャロンが提案する。

「さすがに無理じゃねぇか。半日じゃ、大したことはわからねぇだろ」

　アクアが言うとキャロンは不機嫌そうに言う。

「まぁ、そうだろうな。だが、逃げたとすれば昨夜から今朝だ。あまり長く待っていてもいい情報は集まってこない」

　そして完全に話すことがなくなったので、三人はさみしく酒を酌み交わした。