美女戦士ABCの一週間BGS

第1話 失敗からの始まり

「アクアのせいで失敗」

　長い黒髪の少女がつぶやくように言う。色白で人形のような容姿。美少女と美女の間にあるような、どこか危うげな女性だった。彼女は腕の出るマントで体を覆っており、その中は全く見えない。

「うるせぇよ！　おまえらも賛成しただろうが。私のせいばかりにするな」

　紅毛の短髪女性が叫ぶ。金属鎧を着けているが、その鎧は胸と腰を覆っているだけの露出過多のもの。ほとんど身を守る役割を果たしていない。肌は日に焼けて赤っぽい。小柄ではあるが、女性らしい凹凸があるせいで、少女には見えない。

「ベアトリスの言う通りだろう。自分からおとり（・・・）になると言ったんだ。もっと要領よくやってくれ」

　青い髪を結び、長身で胸の大きい女性が言った。革鎧を着こんではいるが、体にフィットしていて、むしろ女らしいラインを見せつけている。戦士と見まごう体格ではあるが、手に持っているのは木の杖だった。

「殺されかけておとり（・・・）をやっていられるか」

　アクアが吐き捨てるように言った。

「皆殺しにすることはなかっただろう。おかげで町から逃げられた」

「そうよ。男がたくさんいて、○○しまくれるなんて言っておとり（・・・）になったくせに」

　ベアトリスが追求する。

「ベアトリスは美形がいないっておとり（・・・）を嫌がったんだろ。おまえがやれば良かったじゃねぇか」

　黒髪のベアトリスはすねたような顔をする。

「むさい男は嫌だもん。おとり（・・・）作戦を考えついたのはキャロンなんだから、キャロンがやれば良かったんじゃないの」

　青髪のキャロンがため息をつく。

「私は脱がされたら警戒されるからな。まぁ、アクアが抵抗したのはやむを得ないだろう。ただの○○なら楽しめただろうが、手足を切り落とされそうになればな」

「そうだよ。だから不可抗力だって」

　アクアは言う。しかしキャロンは続けた。

「そうじゃない。皆殺しにするなと言っているんだ」

「無茶言うな。あんなにひ弱だと思わねぇよ。私だって殺す気なんかなかったっつうの。一発蹴りを入れただけで二人揃って死ぬことはねぇだろ。残りはこの辺のごろつきで大した情報も持ってねぇし。多分キャロンがあの場にいても同じだったと思うぜ。おまえ、私よりも手加減しねぇから」

　キャロンは少し考えて言った。

「だったら仕方がないな」

「キャロン。納得するあなたの方が怖いわよ。二人とも脳筋なんだから」

　ベアトリスはため息をつく。

　ここは冒険者の宿〈常勝亭〉。王都ダグリシアには二つの冒険者の宿があり、そのうちの上級者用だ。アクア、ベアトリス、キャロンの三人は主にここを拠点としていた。

　今は昼すぎで、ほとんどの冒険者はいない。午前中から三人ばらばらに調査してきた結果を話し合っていたのだが、愚痴の言い合いになっていた。

　冒険者は朝に依頼を受け、夕方に帰ってくるというパターンが多い。だから、昼間は比較的空いている。格安で軽食がとれて、打ち合わせもできる。冒険者の宿は非常に使い勝手の良い場所なのである。

　ちなみに冒険者の宿という通称ではあるが、宿業務はほとんどしていない。一応泊まれるスペースはあるものの、よほど事情があると見なされないかぎり。泊まらせてくれない。

　冒険者という荒くれ者に宿を貸すと、永遠に居座られる恐れがあるからだ。その代わり、喫茶業務は行われている。

「で、どうする。期限は今日入れてあと九日だっけ」

　アクアが言った。

「むしろ順調にいきすぎていたからな。一昨日に依頼を受けて、すぐ盗賊団の尻尾を掴んだんだ。昨日のアクアの潜入捜査が失敗しても、当分ダグリシアで仕事をすると思っていたが」

　キャロンが続ける。

「まさか、一気にダグリシアから逃げ出すとはね。もう十分稼いだって事かしら」

　ベアトリスも言った。

「そうなんじゃねぇの。オウナイ一味だっけ。確かもう二ケ月くらい前から暗躍していたんだろ。かなりの数の貴族が餌食になっていたって話だ。そりゃ、桁違いに稼いでるだろうさ」

「期限厳守で秘密裏に回収することが求められている。逃げられるのは痛いな」

　キャロンが思案顔になる。

　オウナイ一味がこのダグリシアに現れたのは二ケ月以上前のことだ。狙うのは常に貴族のお宝。初めはそのせいで事件が大っぴらにならなかったようだ。

　しかしオウナイ一味は盗んできたお宝の一部をこの平民街でばらまいた。

　その結果、オウナイ一味の名はダグリシア全体に広まり、オウナイ一味は義賊として知れ渡った。

　だが、もちろんそんなわけはない。

　オウナイ一味がばらまいたお宝は、結局貴族によって回収され、手にした平民は処罰された。

　すなわち、平民は何も得るものが無く、貴族は微々たる宝のみ回収できたがその分悪評が高まった。オウナイ一味はより多くの財宝を盗み出し、懐に入れたわけだ。

　貴族側の守り手としては近衛隊がある。近衛隊はこの国ダグリスの王直営部隊で、ダグリシアでは治安維持も担っている。こういった事件には必須の存在と言って良い。しかし近衛隊はこの一件についてほとんど動いていない。

　その代わり、冒険者の宿にオウナイ一味から宝を取り戻せという依頼が、結構前から張り出されていた。冒険者の宿に依頼をしてくると言うことは、近衛隊に話せない宝が盗まれたと言うことだろう。近衛隊は王直属なわけだから、彼らを頼れば、盗まれた宝の内容が王族に知られることになる。

「貴族の依頼は失敗すると面倒なのよね」

「最悪、ダグリシアにいられなくなるからな」

　ベアトリスとキャロンが言う。

「おいおい、金は前金で全部もらっているから損はねぇけど、失敗する気はないぜ」

　そんなアクアの言葉にキャロンは笑う。

「当たり前だ。誰からの依頼だろうが、私達は失敗などしない。順調に事が進んでいたおかげで、期限まであと八日もある。奴らを追い詰めて、宝を取り返そう」

「全員殺しても良いってことだもんね。依頼に入っていないお宝は全部もらっちゃっていいでしょ」

　ベアトリスも続けた。

「そりゃそうだろ。そのためにこの依頼を受けたんだぜ。取り返す対象になっていないお宝は全部私達のものさ」

　三人は立ち上がり、受付に向かった。

　アクア達が受付に近寄ると、受付から人が引いていく。しかし、唯一眼鏡をかけた長髪の受付嬢がそこで待っていた。年は二十歳過ぎ。受付係の中では年長である。

「ねぇ、ソーニー」

「お引き取りください」

　ベアトリスが声をかけると、受付嬢はそう言って頭を下げた。

「ソーニー、まだ何も言っていないんだけど」

「お引き取りください」

　やっぱりソーニーは頭を下げる。

「まだ根に持っているの？　ヒルズを○○ったこと」

　ソーニーはぷるぷる震えた。顔を上げて言う。

「今はラブラブですので、お気になさらず」

「そうよね。私、ヒルズからもソーニーを○○ったし」

「あれは気の迷いです！　私にそんな気はありませんでした！」

　ソーニーが叫ぶと、キャロンがベアトリスの肩を叩く。

「やめろ、たちが悪い。おまえはいつも他人の男や女に手をつける」

「そうだぜ。取った取らないなんてくだらないことするなよ。私なんてヒルズ達と一緒に○○したからな」

　アクアの言葉でソーニーはがくっと肩を落とす。

「あなた達はそんな話をしに来たんですか」

　キャロンがすぐに答えた。

「いや、密偵を仲間に欲しい。ハイスあたりに連絡をつけたい」

「お断りします」

　しかし、ソーニーは即答する。

「やっぱり根に持ってる。私の胸で愚痴を言っていたソーニーは可愛かったのに」

「おまえの場合、愚痴を聞くだけですませてないだろ」

　ベアトリスとアクアが交互に言うと、ソーニーは声を荒げた。

「違います！　本人の意向です！　もう二度とあなた達とは仕事をしない、取り次がないようにとお願いされています！」

　キャロンがアクアを見る。

「アクア、ハイスに何をした」

「私のせいにするな。ベアトリスだろ」

「私じゃないわよ。きっとキャロンよ」

　三人は責任をなすりつけ合う。

「三人共です！　ハイスはあなた達に見つかったら、ダグリシアから逃げると言っていましたよ」

　三人は首をかしげた。

「おかしいな。○○パーティに三回くらい引きずり込んだが、楽しんでたぞ」

「彼女は○○ったけど、ちゃんと返してあげたし。ハイスも私と○○したし」

「○○を○○したときは、かなり満足していたと思うが」

　ソーニーはじっとりした目で三人の女達を見る。

「何でそういう所だと言うことに気がつかないんですか。あなた達にも早く出て行って欲しいんですけど。あなた達が居座るせいで、冒険者が怖がってこっちに来ません。必勝亭に行ってください」

　〈必勝亭〉というのはこの街にあるもう一つの冒険者の宿。初級者が集まる場所だ。ランクで言えばＥ級からＣ級まで。しかし、ダグリシアの冒険者は荒くれ者が多いので、Ｅ級は良いカモにされる。結果としてＤ級がメインの冒険者の宿となっている。方や〈常勝亭〉はＣ級以上の冒険者の宿。ただ、Ａ級はたいていどこかの国や貴族のお抱えとなるので、Ｃ級とＢ級が中心である。彼女たちは全員Ｃ級なので、どちらの冒険者の宿でも仕事ができる。

「仕事だろ。情報が欲しいんだ。ハイスじゃなくていい。ここから逃げたオウナイ一味の足取りが知りたい。できれば、今日明日中に」

「依頼なら前金です」

　ソーニーは澄まして言う。キャロンは金貨を袋ごと受付に乗せた。ソーニーが目を見開く。

「これ、今回の依頼金じゃないですか。全部使うんですか？」

「どうせ、仕事が成功すればこれ以上のもうけになるからな。できれば今日中がいい」

「相変わらず、雑ですね。こんなにもらったら後で何されるかわからないので、百ゴールドだけいただきます。依頼書を書いて提出してください」

　ソーニーは袋から金貨の一部を取りだし、残りはキャロンに返した。この辺りの平民の平均の月収はもちろん仕事にも寄るが百ゴールドである。

「素直な子は好きだ。今夜も（・）楽しみにな」

「なっ！」

　ソーニーが顔を真っ赤にして叫ぶ。

「何だ、おまえも手をつけたんじゃねぇか」

「先に言ってよ、キャロン」

　アクアとベアトリスが言うとキャロンは澄まして答える。

「昨日の夜はやることがなかったんでな。ソーニーには前から目をつけてた。これで受付の女達は全員いただいた。男はまだ何人か残っているが」

「出てけーっ、この変態女ども！」

　ソーニーが切れだしたので、三人は常勝亭を後にした。

　一方こちらはそのオウナイ一味。

「父さん。こんなに慌ててダグリシアを出なくちゃいけなかったのか」

　そう尋ねたのは二十代初めくらいのがっしりした体格の戦士。馬に乗りながら、馬車に併走する。

「そろそろ潮時だったからな。奴らもとうとう近衛隊を動かそうとしていた。言えば全部王様に没収されるのにな。がめつい王様のおかげで、助かるぜ」

　答えたのは四十代半ばの男。髭を生やしており服も質素だが、盗賊と言うよりは騎士然としたたたずまいだ。この男が盗賊団のリーダー、オウナイである。自ら馬車を御し走らせている。

「だけど、ジェイク達が殺されたんだ。報復すべきだろ」

　息子は続ける。するとオウナイは諭すように息子に言った。

「エイクメイ、そういう無駄な感情は捨ててしまえ。行動するのは必ず勝てるときだけだ。ジェイク達を襲ったのは、恐らく冒険者か、町の裏組織だろう。貴族どもの動きは把握しているが、平民どもの行動など予想できない。ジェイクは女にだらしがなかったからな。その線でのトラブルかもしれん。しかし、近衛隊が動き出し、平民どもにも動きがあったとなれば、ダグリシアを出る時が来たと言うことだ。また、ほとぼりが冷めた頃に戻って来ればいい」

「そうですよ。十分復讐は果たしました。特級品ばかり奪い取りましたからね。王宮の財宝を狙えなかったのは残念ですが」

　馬車の後ろから御者席に顔を出したのは、やはり四十代の身なりを整えた痩せた男。目つきが鋭く、それでいて口だけ笑みを浮かべている。男は立派な杖で馬車の床を叩いた。

「カイチック。復讐じゃない。俺達はたちの悪い貴族連中に制裁を加える英雄だよ」

　オウナイは言って笑う。

　それは馬車六台にもなる大がかりな部隊だった。総勢三十余人。馬車のうち二つは奪った財宝類を積んでいる。馬で着いてきているものも十人を超える。

　もともとオウナイはいつでも逃げ出せるように、郊外に財宝類を運ぶ馬車を用意していた。

　オウナイは配下の盗賊達をダグリシアの貴族街に散らせて情報集めさせ、ターゲットを見定めると、最適なタイミングで全員を招集し、襲い、奪い去っていた。奪ったものは全て郊外の馬車に集められ、また盗賊達は貴族街に戻っていく。盗賊達は襲撃時まで貴族街でばらばらに行動しているので、そうそう足取りは掴まれなかった。

　昨日の夜、ジェイクとプロンカーの死体が見つかったのは小さな倉庫だった。それ以外に三人死んでいたそうだ。近衛隊が調査に来るのを他の盗賊が発見してわかった。話ではジェイク達以外の三人は平民街のごろつきだったようだ。

　状況からオウナイ一味の行動がばれたわけではないと判断できた。しかしそれでもオウナイは街を脱出することを選んだ。

　夜のうちに盗賊達を招集すると、郊外の潜伏地から逃げ出したのである。

　エイクメイが続ける。

「あの城は大丈夫かな。しばらく放っておいたけど」

　オウナイは笑いながら答えた。

「バム一家の初仕事だ。俺達に気に入られたいならしっかりやっているさ。ダメなら粛正すれば良い」

　以前の本拠地をでて、ダグリシア襲撃の拠点になる場所を探していたとき、ダグリシアから一日ほど離れたグレスタの町外れに廃城を見つけた。

　財宝類を運び込むのにもちょうど良く、そこを新たな本拠地とすることにした。しかしダグリシア襲撃にはかなりの時間を要するので、最近手下にしたバム一家に城の占拠を任せたのである。

　そもそも廃城のわりには魔獣や動物も住み着いておらず、誰かが定期的に訪れている可能性があった。それを調査し、排除するのがバム一家の役割だ。

　街道には自分達と同じ盗賊が多く、よく争いになる。相手を殲滅するか手下にするかはその時々による。

　バム一家は五人組で、オウナイ一味に囲まれてすぐに降参した。重要なダグリシア襲撃に連れて行っては裏切られる可能性があったので、別の仕事を与えたのである。

「そうか。そうだな。ダメでも問題ないんだ」

「バム一家のことはどうでもいい。エイクメイ、おまえはお宝を持って先に城に行け。夜までには城に着いていろ」

「父さんはどうするんだ」

「俺とカイチック。あと、モブ、ガング、スィナー、パック、ヴィレンは食料調達だ。今回のお宝はすぐには換金できねぇものばかりだ。手近な村から食い物を奪って帰る。明日の朝には戻れるだろう。すぐに野郎どもに伝えてこい」

　オウナイはエイクメイに答えた。

「七人で大丈夫か。俺も行った方が良いんじゃないか」

「馬鹿言え、おまえの方が重要だ。間違いなく俺達の新しいアジトにお宝を届けて隠せ。目立つんじゃねぇぞ。姿を見た奴は殺せ」

　オウナイは乱暴に言う。するとカイチックが続けた。

「エイクメイ。君はまだ若いね。君の父親は目立つ方の役割をやると言っているのだよ。我々に追っ手がかかる可能性は大いにある。君の役割は大切なんだ。しっかりしたまえ」

「わかった。必ず見つからないように城まで行く」

　エイクメイは馬車から離れ、後続に近寄ってこれからの行動を伝えに行った。

　そして、すぐ先の分かれ道でオウナイ一味は二つに分かれて進んだ。