夜散歩

夏伐

深夜は扉が開く

 最近は本当に眠ることができない。だから僕はそんな夜には近所を歩くことにしている。

 夜散歩ってやつだ。


 同じ時間帯を歩いていると、ジョギングしている人や会社帰りの顔見知りも出来てくる。店が閉まって真っ暗な道、ただただ街灯が照らすさみしい道も慣れてくると眠れない夜の住人を包み込む優しい情景に見えてくる。


 僕はこの空気が好きだ。

 夜特有の、少ししんとした空気。


 顔見知りは何だか共犯者のように思えて、時折会釈なんかもする。

 彼ともこうして出会った。この深夜時間のルールを教えてもらった。

 この時間には不思議とどこからか異形の化け物がやってくる。深夜のこの時間は彼らがこの世に狩りに来る時間帯だから出かけてはいけない。

 そんなことを言われた。


 それから一緒に行動するようになって僕らはいいコンビだったと思う。彼が急に消えてしまうまで。

 いや、正式には僕をかばって異形に飲み込まれてから。


 それからは教えてもらった知識で生きている。

 例えばあれはダメだ。


 路地の向こうから何かが規則的に揺れながら近づいてくる。

 深夜の散歩に出かけて出会ったはじめての異形。ゆらゆらと揺れるそれに反応してはいけない。僕は慣れているため、異形に気づかないふりをしてそっと自然に道を反れる。


 この道もダメだ。曲がった先にも別の異形が口を大きく開いて僕を待ち受けていた。


 深夜の散歩で気を付けないといけないのは異形に気づいたことを悟られない事。


 揺れているやつよりも口を開いているやつの方がマシかもしれない。僕は大きな口の異形の横をさり気なく通り抜ける。


 ふぅ、と小さく息を吐いた瞬間、すぐ後ろからぽそりと声が聞こえた。


「次は食べる」


 振り向けば、既に異形の姿はない。食べる、とは。僕はその言葉がなんだか恐ろしくて、あれから深夜には家に閉じこもり眠るようになった。

 深夜には眠っているので、今もその異形がいるのかどうか知るすべはない。僕に次はないのだから。

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