第003話 愚者の嘆き 「何故なのだ...?」

一週間ぶりにスレイナ公爵家にやってきた。一先ず、公爵への挨拶を終わらせた私は婚約者の所に顔を出そうと以前と同じ部屋に向かおうとするが、近くの部屋から騒がしい声が聞こえてきた。


「スレイナ公爵家の次期当主の私の命令だぞ!?お前達の意思なんぞ関係ない。私の言うことには全てに『はい』と言えば良いんだ!」


どこかの暴君さながらの発言が聞こえてきた。スレイナ公爵の話では前回と同じ部屋と聞いていたのだが...私は騒がしい部屋の前に立つ。どうしようかと考えていると一人のメイドが近づいてくる。


「申し訳ございません、お嬢様。ヴァルト様はお嬢様にお会いしたくないと仰られて、ご自身の部屋から出ようともしません。現在はヴァルト様に付けられている執事が対応しておりますので、応接間にてお待ちいただけたらと...」


なるほど...ね。先日結んだ契約は公爵家内では了承されたと聞いていたが、予想通りのようだ。やはり、ヴァルトに当主としての能力はないのだろう。


「いえ、大丈夫ですよ。私の婚約者がここにいるのであれば、会うだけならどこでも大差はありません。殿方と二人きりは不味いので、貴女と部屋にいる執事の方にはそのまま付いていただきましょう」


私はそう言って、部屋を開ける。盛大に揉めている二人は目を丸くするも対応は違った。執事の方は跪き、ヴァルトの方は顔を赤くして怒鳴り付けてくる。


「お前!他人の部屋にズケズケと入り込んで何様のつもりだ!?」


「あら、今日は私と貴方の話し合いの日なのに、約束した場所にいるはずの貴方の声がここから聞こえましたので、てっきりここかと。どうやら、間違ってしまったようですね、申し訳ありません」


口だけで頭を下げずに言い放つ。何やら言おうとするが、被せるように声をかける。


「それにしても、公爵家嫡男が怒鳴り散らす姿は品がありませんね。本当に公爵家の方なのでしょうか?」


「お前!ふざけたことを...!!」


「おっと失礼。これを皮肉と言うのですが、少しはお勉強になりましたか?」


更に顔を赤くしたが、何かを思い付いたのか妙なことを口にし始める。


「そうだ。お前が二度とこの公爵家には来たくないと思うことを教えてやろう」


赤くなった顔が元の色に近づき、嫌なニヤケ顔になった。


「この家の執事もメイドも雇用主たる私の命令に従わぬ愚か者が多くてな。刷新してやろうとは思っているが。どうだ、二度と来たくなくなっただろう?」


何と言うことでしょう。自らの家臣すらも従える事も出来ず、それを婚約者とは言え、他家の人間に大っぴらにするとは...私の想定を越えていた。


「ぷっ...ふふふふ...」


「な、何がおかしい?」


急に笑いだした私に困惑した表情を見せるヴァルト。しかし、私も笑うしかないだろう。私の想定を更なるマイナスで越えてくることは想像していなかった。


「失礼しました。だって家臣が言うことを聞かないこと十分は醜聞でしかありません。それを他家の、それも他人に言ってしまうなんて、思ってもみませんでした」


口元に手を置きクスクスと笑って見せると再びイラついた様子を見せるヴァルト。


「まぁ、何故言うことを聞かないかと言えば単純な話ですよ?」


イラつきつつも困惑しているようだが、私からしたら命令できる立場であると思っている方に普通なら困惑する。


「何せ、先日の契約以降は、この家の全ての雇用契約などは私達トゥーネリ家が管轄するようになりましたので」


「はぁ...!?」


「先日の契約は了承されたのですよね?その中の一つにこの家の雇用関係の全ての権限をトゥーネリ家に差し出すと。だから、私がこの部屋に入った時に、そちらにいる執事は私に跪いているのですよ?」


私は公爵家としてのサインの入った契約書の原本を見せる。そこにはあの日に書かれていなかったはずの公爵夫人とヴァルト自身のサインが書かれている。


「な、何だ、そのサインは!?確かに私は父上にそれに似た契約書を見せられ、母上が了承したから私も了承したが、そのようなサインは書いてはいなかった!!」


「...この契約書をご存知ではないのですか?」


そう聞くと首を縦にふる。


「これは貴族学園の中等部で習うものですが...では、簡単に説明しましょう」


『魔力契約の書』

これは契約書の一種類で魔力契約である。そして、原本に契約者同士が了承の意を込めると魔力契約のサインがされ、その段階で強固な状態維持魔法が掛かる。状態維持の例外として、原本に両者のサインが書かれた時点で控えが複製されるが、控えでは追加契約者(連帯保証人)の名前だけは追加できるようになっている。魔力による契約のため偽装が出来ず、契約者の捜索が簡単な点が優れており、追加契約者の更新は控えだけでなく原本でも確認できるようになっている。


「これが、その契約書なのですが、本当に知らなかったみたいですね...中等部では契約書を詳細に確認してくださいって習ったのですが...」


私は家に帰った後にヴァルトの中等部以前の公となっているもの以外の情報を細かく集めることを誓う。流石に、平民でも使われるような物まで知らないとは想定していなかった。


「ば、馬鹿な...将来の当主は私だ...なのに、何故...何故なのだ...?」


何やら、契約書を見つめて放心して嘆いているようだが、悲劇のヒロインぶっているヴァルトを面倒に感じた私はさっさと出ようと決意する。


「本来のお話はこれではありませんでしたが、仕方がありませんね。時間が押していますので、今日のところはこれぐらいにしておきます。あぁ、執事の貴方も立ってよいので、仕事の続きをお願いします。それでは失礼します」


そう言って、私はヴァルトの手から契約書を取り部屋から退出する。私はスレイナ公爵邸にいる使用人に見送られてスレイナ公爵邸の敷地から出るが、その隣の敷地に顔を出す。そこではそれなりに大きな建物が作られているようだ。


「おや、お嬢じゃないですか。話し合いは終わったので?」


それなりに身形の良い男が近づいてくる。


「婚約者の方とは話し合いにすらなりませんでしたので、ここの話は後日します。とは言え、公爵閣下とは話し合いが済みましたので、問題なしです。予定どおり、商品の搬入も進めてください」


「了解です、お嬢」


私が顔を出した場所。それは私達トゥーネリ家の商会のスレイナ公爵領支部の予定地である。さぁ、私達の手でスレイナ公爵領の経済を回しましょう。

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