第002話 愚者は無知「何だそれは!?」

ヴァルトという存在は不要と言い切った私に彼は硬直していた。私は当たり前だが、欠片も興味がないのでこの場から去る。否、去ろうとしたが呼び止める声がした。


「お、お前!何だそれは!?愛されないと分かって八つ当たりのつもりか!」


「いえ、本音です。先ほども言った通り、観賞用としてなら良いのですが...流石に婚約者とするなら不満ですね...」


そう言って、私は指折り数え始める。まずは親指から。


「まず、政略の婚約を理解なさろうとしない点。相当な理由がない限りはマイナス評価です。家同士の繋がりのための結婚自体、平民でも普通にあります。大なり小なりの不満はあるかもしれませんが、家督を継ぐなら必要となる部分もあると思いますよ?それの出来ない貴方との婚約なんて一枚の鉄貨(この国の一番安い硬貨)の価値もありません。まぁ、観賞用の置物でしたら価値はあるのでしょうが、いつ追い落とされてもおかしくない公爵子息に鉄貨の価値すら付けたくありません」


そのまま私は人差し指を折る。


「次に馬鹿な点。確かに当主に優れた頭脳は必要ありませんが、最終決定するための最低限の頭脳は欲しいですよね。それすら出来ないから、私が婚約者になって、公爵家の次代を決めるのも私の仕事になりました。迷惑なことに」


「...は?」


「おや、ご存知ではない?一応、公爵家の権力でアルトリア貴族学園の卒業資格は手にしたとお聞きしました。それについてはおめでとうございます。まぁ、何故家の権力でも卒業を認められたかと言えば、本来なら、エイラ様が婚約者として公爵家に嫁ぐと決定していたからですね。無能な夫を優秀な妻が助けるから、お情けの卒業資格です」


プルプル震えているが私は知らない。


「その婚約がなくなったせいで、適性のある令嬢が選ばれることとなったのですが、それが私です。貴方が仰った通り、我が家は商家が起源ですので、大口の仕事は父が出向きます。その時に当主としての仕事をしていたのが私です。つまり、当主代行の資質があるからですね。運が良かったですね、私が婚約者になったから卒業資格を撤回されることなく貴族学園を卒業出来たのですよ?」


そう言って、おめでとうと拍手をする。煽られていると自覚しているのか顔が赤くなっているが、三本目、中指を折る。


「そして、プライドだけが高い何一つ秀でているものがない点。宰相子息なら政治に関してはそれなりに口が達者でしたね。騎士団長子息なら戦う面では優秀でした。もちろん、政略ではなく私自身が望む婚約相手であれば秀でているものがなくても良かったのですが、貴方の場合は秀でているものがなければ、自らが出来ないことを他人の自慢だと罵る方だと聞いておりますので、相手にはしたくはありませんね」


ヤレヤレと首をふり、残念な相手を見る目をして告げる。


「そんな婚約者を何年も相手にしていられるなんて、エイラ・リュリエ様は婚約者として素晴らしい方ですね。情報を集めた段階で私にはまともに付き合える相手ではないと判断しました」


そう、この方がエイラ様と婚約決定した時点で既にプライドが肥大化していたようだ。自分に出来ないことを素直に認めて努力できる方であれば、秀でているものがなくても手伝おうと思えたでしょうね。


「大まかに私が貴方を愛せない理由です。まぁ、これでお分かりいただけたと思いますので、これにて失礼します」


そう言って、今度こそ退出する。本当にこの方との婚約は王命でもなければ、たった一回の話し合いで決裂させても良いものだと思ってしまった。さて、これにてこの邸宅からも出たいところではあるが、本来の目的として済ませておきたいこともある。何故、先に婚約者のところに顔を出したのか。それは私は嫌なものはさっさと終わられる主義であるからだ。案内の執事に目的の場所へと案内される。そこの名は領主室。平たく言えば、私の婚約者の製造元と言える相手だ。


「旦那様、お客様です」


案内の執事が領主室の中にいるであろう人物に声をかけると入室の許可が出た。


「失礼します」


そして、執務机にいるのはやつれた表情をする現公爵。彼は平凡公と呼ばれている存在で、まとめた情報では一人息子であるヴァルトを妻と共に甘やかして育てたある意味での戦犯と言える存在だ。


「あぁ...シャルリア嬢、よく来てくれたね。セルヴァス、彼女にお茶を用意してくれ」


どうやら、客を招いている自覚はあるらしい。また執務机に向かっている様子からして平凡ではあるが最低限の当主としての仕事は出来るようだ。婚約者と違って面倒な話し合いにならなずに済みそうだ。


「では、ありがたく頂きます」


私は席に着き、案内役の執事が入れたお茶を飲み、しばらくお互いは無言でいる。


「シャルリア嬢、今回は当家の騒動に巻き込み、本当に申し訳ない」


スレイナ公爵は座ったままだが、頭を下げた。息子と違って考えはまともではある。


「本当ですよ。私の人生設計が根底から崩れ去りました」


しかし、そんなの関係ない。本当にこの婚約は迷惑でしかないからだ。


「全く...一人息子だと甘やかした結果がこれでしょう?公爵様はご理解頂けているようですから、アレコレ言うつもりもなかったのですが、公爵夫人の方は大丈夫なのでしょうか?」


この公爵家の難所はヴァルト以外にもある。それは一人息子溺愛系公爵夫人の存在だ。夫婦揃って甘やかしたと言っても、彼女に比べたら、公爵の甘やかしは本当に甘いだけだ。ヴァルトもある意味被害者...被害...被害者はないな、うん。


「妻には、今回の婚約は王命であることも伝えているし、ここでヴァルトを甘やかすと廃嫡すらあり得ると伝えた。ヴァルトを可愛がる妻なら下手なことはしないと思う」


なるほど。平凡公とは言え、長年連れ添った妻の操縦はそれなりに出来ると言うことらしい。ヴァルトの製造元だからと過小評価していたようだ。平凡公...つまりは、良くはないが悪くもないと言うことだと改めて把握した。


「それなら安心しました。ところで、前以て送らせていただいた王命の婚約とは別の契約書については履行していただけるのですか?」


私はスレイナ公爵邸に来た本当の目的を切り出す。


「もちろんだ。本来なら、トゥーネリ子爵家が負う必要のない事だった。責任を持ってトゥーネリ子爵家の契約を履行する」


「そうですか。それでは、公爵様。こちらへのサインをスレイナ公爵家としてお願いします」


私は王命による政略婚約とは別の契約書を公爵に渡す。彼は契約書を裏まで確認した後、サインをする。サインが書かれた一瞬光ったかのように思えた。


「これにてスレイナ公爵家とトゥーネリ子爵家との契約が結ばれました。それでは、改めて自己紹介を。トゥーネリ子爵家長女シャルリア。公爵様、貴方の御子息の婚約者となりました。本日のところは子爵家に戻りますが、以後よろしくお願いいたします」


「スレイナ公爵であるクラインだ。君の将来の義父になるが、君の優秀さは聞いている。こちらこそ、よろしくお願いしたい」


こうして、互いに頭を下げ、スレイナ公爵家とトゥーネリ子爵家の繁栄のための契約が成った。

その日の内に妻子に契約内容と書類を読ました。二人とも了承したようで安心した。



****

(side:公爵夫人)

格下だか、広い範囲でそれなり以上の影響力のある子爵家の長女と息子が王命で婚約した。正直に言えば、不服であるが、息子を嫡男として維持するためにも仕方がないだろう。しかし、今日見せられた契約書は子爵家に対してかなり有利なものとなっている。夫は平凡公と呼ばれているが、こういった契約関係で失敗することは少ない。私が読んでいる限りでも子爵家に有利な点以外は両家にとっても利益が出る契約となっているため問題ない。故に夫には了承の声を上げる。私に続くかのように息子も了承の声を上げた。











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