第001話before 愚者達の宴 「お前との婚約を破棄する」

「アイリス・メイナー!貴様の悪事は王太子である私の耳に入っている。貴様が虐げたカルナを救うため、私に相応しくない貴様との婚約を破棄する。そして、ここにいる私を想ってくれている彼女を婚約者とする!」


アルトリア貴族学園の卒業パーティ。代表者挨拶のため檀上に上がろうとするアイリス・メイナーを妨害するかのように王太子であるレオンハルト・アルトリアが檀上に上がり、カルナと呼ばれる少女の腰を抱き、婚約破棄をする。それに続いて学園の見目麗しい男子生徒達がそれぞれの婚約者を呼びつけ婚約破棄をしていく。そして、彼らは王太子の傍にいる少女に侍る。


「ふん、エイラ。お前とは婚約破棄だ。私とカルナの愛の絆にお前が割って入る場所はない」


これを言うのは、アルトリア王国の名門スレイナ公爵家の嫡男ヴァルト。彼はカルナの右手を握り跪く。


「僕の気を引きたいからと言って、愛するカルナを虐げる君を愛するわけないでしょ、フェルト。二度と僕と顔を合わせることはないよ」


そう言ってカルナを後ろから抱き締めるのは宰相の息子であるアルバート・アインセル。


「か弱い乙女のカルナを傷付けようとするお前...サリナとは付き合っていられない。俺との婚約は無しだ」


逆ハーレム集団を守るかのように前面に立つのは騎士団長の息子であるガルシア・ネムレス。

他にも数名婚約破棄をし逆ハーレム集団と合流。カルナを中心にか弱き乙女を守る騎士に成り切っている彼らは遠巻きに見つめている他の生徒達の様子には気付いていない。遠巻きにしている彼らの目には...逆ハーレム集団への侮蔑の色が映っている。

そして、逆ハーレム集団へ冷えきった目をしたアイリス・メルナーは代表して声を上げた。


「左様ですか。そちらにいる男爵令嬢への悪事とやらは否定しますが、王太子殿下との婚約の破棄については了承いたしました。では、ご用件が済んだようですので、檀上から降りてはいただけませんか、王太子殿下?」


「な、何だと!?貴様、何様のつもりだ!」


「メルナー公爵家の次女ですわね。そして学園の元生徒会長で卒業生代表です。今からの時間は本来なら殿下方のお話の場ではなく、私が在学生に向けての挨拶の時間です。ですので、さっさと降りなさい!」


冷ややかな声に逆ハーレム集団は少し下がる。


「あー...コホン。殿下方、卒業生代表挨拶がありますので、私事のお話は卒業パーティが終わってからにしてくださいませ。檀上から降りていただけないのでしたら、国王陛下に報告させて頂きますが、どうなされますか?」


そう言うは唐突な断罪ごっこにより硬直していた学園長だった。学園長からの警告に苛立ちながらも降りる逆ハーレム集団。そして、卒業生代表挨拶をしている最中、彼らは静かに消えていった。

後日、王太子は第一王子に戻った話題が広く伝わったり、第一王子と新しい婚約者は貴族社会から徐々に風化していくだろう。しかし、隔離処置を受けている一部の者達はそれを知るのはいつになるだろうか?


そして、ヴァルト・スレイナには元婚約者から一通の手紙だけが届いた。


『スレイナ公爵家ヴァルト様


リュリエ侯爵家エイラより


この度、婚約破棄の宣言をお受けましたが、厳正なる会議の結果、その婚約破棄をお受けすると決定いたしました。


そちらのご期待通り婚約破棄となりましたので、以後どのような理由があっても再婚約が行われることがありませんので、スレイナ公爵家及び、ヴァルト様からのお問い合わせに対応することはありませんので、悪しからずに。


このような結果になったことは、非常に残念ではありますが、ヴァルト様の今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます。』


この手紙を受け取った彼は文面通りの意味しか受け取らず、婚約の破談に関する公爵家と侯爵家の話し合いの内容すら知ろうとしなかった。今後の茨道になるとも知らずに。



(side:シャルリア)

元王太子の不祥事を噂で聞きつつも、普段と変わらず父様の仕事を手伝い、アルトリア貴族学園の入学準備を進める私。今日も昨日と変わらない1日を過ごすと思っていた。しかし、些細なことで変わらぬ1日は大きく変わる。


「...公爵家との婚約ですか?」


「すまない。王命で出された以上は断ることが出来ない。不甲斐ない父ですまない」


領地を持たない歴史の浅い法衣貴族、それがトゥーネリ子爵家だ。繋がりだけなら、商売のルートであるとは言え、私自身にある高位貴族との関係はたまたま知り合った伯爵令嬢の友人一人だけだ。子爵家や男爵家であればお茶会に参加することもあるが、伯爵家を通り過ぎて王家の次に偉いとされる公爵家への嫁入りは想定していなかった。


「父様、経緯を教えてはいただけませんか?流石に唐突すぎて...」


「王太子殿下の噂に関連しているのだが...」


父様からの話によると、アルトリア貴族学園の卒業式で元王太子殿下を始めとした高位貴族が次々に婚約を破棄したという話だが、様々な所で問題が出ているようだ。王党派の中でも第一王子の派閥代表をしていたメイナー公爵家は派閥代表から撤退し、王党派からも外れて貴族派に鞍替えしたようだ。

そして、王党派筆頭のスレイナ公爵家はリュリエ侯爵家との婚約が公爵家の有責で破談となったため、共同事業の全権をリュリエ侯爵家に渡し、賠償金等で首が回らなくなったとの事だ。私たちに配慮してか婚約に関して様々な優遇される点が多いのは助かる部分だと思う。


「しかし、何故子爵家の私なのでしょうか?これでも学園の入学を控える身なのですが...」


私の事情を父様も理解してくれてはいるが、どうやら貴族学園中等部の成績や父様の代わりに行う当主としての仕事を見込んでの事らしい。同じ王党派の貴族から選べば良いのにとは思ったが、賠償金回りや全事業の首根っこを掴まれた状態を打破できる貴族家も令嬢も少ないらしく、私に白羽の矢が立ったようだ。これまで貴族学園の勉強も先取りして頑張っていたことも仇となったらしい。

念のために、アルトリア貴族学園の全学年の試験を受けさせられた結果、中等部卒業したばかりの私よりも、学園卒業者のスレイナ公爵子息の方が出来が悪いそうだ。そして、私の成績の期待値は卒業見込みと言うことで処理されるらしい。これで私の楽しみにしていた学園生活三年分は数日の試験で全て消化されてしまったようだ。私の今後の経歴には『アルトリア貴族学園 卒業相当認定』とされるらしい。これは非常に珍しい裁定との事だ。これは貴族の当主が緊急で交代する際に貴族学園の在学生か未入学生が学園卒業の資格を代用で認めるもので、卒業か卒業相当認定がなければ、立派な貴族として認められないらしい。

それはさておき、私は立派な一人の貴族の一人となった。王命の内容に不満しかないが、貴族の一員として国のために頑張ろうと思う。一先ずは、スレイナ公爵領の民達のために頑張ろう。

そして、私はスレイナ公爵領の邸宅に辿り着き、期待値ゼロな婚約者と邂逅することとなる。



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