本編

第001話 愚者の戯言「誰がお前を愛するかっ!」

アルトリア王国。先々代の国王は賢王と呼ばれ、その臣下もまた優れた者が多いと呼ばれた賢者の国。かつてはそう呼ばれていた。そんなアルトリア王国の賢王の腹心と呼ばれていたのがスレイナと呼ばれる土地を領地とするスレイナ公爵家。私は王命により公爵子息、ヴァルト・スレイナの婚約者となった。そして、公爵家の邸宅に着き応接間へと通された私の目の前には大変整った顔を持つヴァルト・スレイナの姿があった。私はその顔を見て息を吐き、頭を下げる。


「初めまして、ヴァルト・スレイナ様。私の名前は...」


そこまで言った私に対して、ヴァルト・スレイナは声を張り上げた。


「私とカルナの間を邪魔する悪女め!お前との婚約など私は認めるかっ!誰がお前を愛するかっ!」


私こと、シャルリア・トゥーネリの言葉を遮り叫ぶ男との婚約なんて最悪の一言でしかなかった。


「それに所詮は商人からの成り上がり子爵令嬢ごときが私と婚約しようなんぞ不敬にも程がある!」


確かに、私の家は祖父が商人から男爵となり、父の代で子爵になった歴史の浅い家だ。当家としての意見では高位貴族との婚約は避けたかった。この方のように馬鹿にしてくるのが目に見えているから。


「大体が、子爵令嬢ごときが私の婚約者になるとは、お前の家は金遣いが荒いな。一体、いくら払った?」


特にこの方はとある令嬢に心を寄せ、以前の婚約者を冤罪で婚約破棄する方だ。王命でなければ避けたかった。


「ふん、黙りか。まぁ、図星だったのだろう。愚か者め。恥を感じるなら、さっさと出ていくが良い」


「...愚か者?」


「そのような事も、理解できぬ女か?ふっ...カルナは素晴らしく察しが良く、私の事を理解してくれる素晴らしい女性だ。お前のような無理解な女とは違うな」


そこまで言われた時、頭から血管の切れる様な音が聞こえた気がした。


「貴族の家同士の婚約すら守ることの出来なかった公爵子息様は仰ることは面白いですね...あまりにも無理解すぎて」


私は目の前の男を鼻で笑う。不敬?もう知らない。


「何だとっ!?子爵令嬢ごときが何を言っているのか分かっているのか!?」


「では、公爵子息様ごときが、この婚約に口を出す意味をご理解していますか?」


おや、顔が赤くなっていますね。これは煽り甲斐がありそうです。


「おや、黙りですか?まぁ、先ほど言った通り、貴族の家同士の婚約の意味を理解もせずに、お前を愛することはない、だの言っておられる方が次期公爵と考えると情けないの一言ですね」


「何だと?」


やっと反応ありですか。


「では、簡単に一つ。今回の私、シャルリア・トゥーネリとヴァルト・スレイナ様との婚約が王命であることは理解していますか?王命ですよ?」


そこまで言って赤くした顔が青くなる。本当にこのような方に嫁がされるのは不幸でしかない。


「今更、顔を青くしてどうするのですか?これだから、問題を起こして家の力で何とか卒業させて貰った公爵子息様となんか婚約したくなかったのですよ」


「な、何故、それを!?」


「はぁ...有名ですよ?散々私には子爵令嬢ごときが、と言っておりましたが、貴方のお相手は男爵令嬢。それも連れ子。男爵家との血縁すら怪しいではありませんか?」


言外に身分差の事を揶揄する。


「ま、そのカルナ様とやらの事はどうでも良いです。貴方は王太子殿下...失礼。元王太子殿下を含むカルナ騎士団の皆様で、元婚約者の方々に難癖つけて冤罪で婚約破棄を起こしておきながら未だに反省もしない愚かな貴族子息と言うのが貴方がたの評価です」


目の前でプルプルも震えているが、もう遅い。


「本来であれば、私も貴族学校に入学する予定ではありましたが、入学するまでもなく問題ないとの事で王命の名のもとに貴方と婚約させられましたわ。まぁ、公爵家の力で卒業させてもらえた貴方とは違うということです」


「ふ、ふざけ...!!」


「あら、もしかして、『ふざけたことを!!』とか仰られるつもりでしたか?それもまた、私の台詞です」


台詞を遮られた事に顔を赤くしつつも不思議そうな顔をする。無理解とは恐ろしいものだ。


「確かに、公爵家との縁談というものは高い価値があるのは事実です。賢王様の時代のスレイナ公爵家との婚約でしたら、価値以上に光栄なものでしょう。しかし、ヴァルト・スレイナ様との婚約を光栄とも思えなければ、価値があるとも思えませんね」


また何か騒ぎそうな雰囲気を醸し出し、口を開こうとするが話し合いをするつもりはない。


「まず、政略結婚の意味も考えず、好きな相手の話を鵜呑みして冤罪で相手を貶めるような方の価値は公爵家嫡男というもののみ。まぁ、観賞用としてなら見目はよろしいかも知れませんが」


実際、この方がした顛末は多くの者が既に知っている。知らぬと思っているのは当事者のみ。この方の場合は侯爵令嬢のエイラ・リュリエ様との婚約は完全な政略の物。丁度、このスレイナ領の隣と言うこともあり結ばれたものであるのは有名なものだ。そんな婚約であるから愛だの恋だのは存在しないが、その程度のことすら気にせずに、愛されていると思い上がって婚約破棄を叩きつける姿はお笑い物らしい。


「ふん、見目が良ければ付いてくる女が鬱陶しいのだ。そう、あのエイラのようにな!」


「はぁ...先ほど言った通り、貴方の前婚約者のエイラ・リュリエ様は政略による婚約です。貴方を愛しているというのは思い上がりでは?」


「お前っ!!」


「だって、貴方とエイラ・リュリエ様の婚約は王家の仲介したスレイナ公爵家からの打診なのですよ?リュリエ侯爵家が断るのなんて難しいとは思いませんか?」


ここまで言って、目の前の方は丸くする。どうやら、この程度のことすら知らないようだ。前々から思っていたことではあるが、公爵家の教育を疑ってしまう。


「ご自身の婚約する理由とか考えたことはなかったのですか?何にしても、貴方は前回の婚約も今回の婚約も王家の顔に泥を塗りたくっていると言うのは、これで自覚なされたと思いますので、今後は考えて口を開いてくださいね」


「別に王家の顔に泥など...」


「塗りましたよ?王家が仲介して出来た婚約者を冤罪で破談にして面目を潰し、王命による婚約者である私との婚約を認めないと仰ったではありませんか。まぁ、前回の婚約の破談は元王太子殿下が絡んでおりましたので、そこは相殺扱いになるかもしれませんが、今回は違いますよね?」


徐々に現実が見えてきたのか顔がまた青くなっていく。


「まぁ、返事を頂くつもりはありませんから、ご静粛に。今回の王命の趣旨を私の方から改めご説明させていただきます。まず、私の婚約相手の話ですが、厳密に言えばヴァルト・スレイナ様との婚約ではなく、次期スレイナ公爵との婚約になりますね」


「...は?」


やはり、理解していなかったのだろう。


「要するに、この公爵家を存続させ、立て直すためだけの婚約です。別に貴方である必要はありません。貴方が不適格であれば貴方の従兄弟の方に継いで貰うことになりますね」


「馬鹿な!?それは王家が我が家の相続に干渉すると言うことか!?」


「当然ではありませんか?スレイナ公爵家と言うのは王家の分家。最悪が起きれば王家の代わりになるのですよ?そんな家の嫡男に問題があれば、王家だって干渉します。公爵家だって貴方の従兄弟の方の婚約に干渉したのでしょう?お互い様です」


私はため息を吐きつつ、残念な婚約者を見つめる。


「では、改めて自己紹介を。私の名前はトゥーネリ子爵家長女シャルリア。王命にて今のところはヴァルト・スレイナ様の婚約者になりましたので、どうぞよろしくお願いします。それと最後になりますが、どこで勝手に女性の方と関係を持っても構いませんが、子供が出来たなら、ちゃんと認知して連れて帰ってきてください。その子が貴方の子供でちゃんと成長したなら、嫡男と認めますので」


困惑した様子の婚約者に対して、私はニッコリと笑う。


「それに貴方との子供は必要ありませんので白い結婚としましょう。だって、私は貴方に愛して貰うつもりはありませんから」







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