第004話 愚者は放置される 「聞いてないぞ!?」

前回の顔合わせから三週間。一応、公爵本人や公爵夫人がトゥーネリ家に顔を出すなどの交流はあったものの、ヴァルトとは一切会っていない。しかし、現状の情報は集めている。どうやら、カルナを探しているようだ。第一王子が取り巻きになっていたのだから、王城に行けば良いのにとは思うものの、実は入城が禁止されている以上は無理だったりするが、王城に行く選択肢が頭にない辺り、可哀想な人だ。まぁ、何かの間違いで王城に入れたとしても会うことは出来ないだろう。あの二人の様子は王城に伝手があっても難しい。


それはそれとして、三週間ぶりにスレイナ公爵邸にやってきた。調べれば調べるほどにボロしか出ない婚約者をどうしようかと本気で迷う今日この頃。今日はヴァルトの部屋の前で会ったメイドに案内されて応接間にやってきた。ヴァルトはまだ来ていない。手持無沙汰になっている私は二週間後ぐらいに稼働させるトゥーネリ商会スレイナ支部に関する書類を処理し始める。それからしばらく時間が経ち、外から騒がしい声が聞こえ始める。


「お前!私に挨拶なしとは大層な身分だな!」


入室の許可を出す前に怒鳴り込んでくるヴァルト。時間を見てみると約束していた時間よりも二時間過ぎていたらしい。


「それは申し訳ないですね。前回の事もありましたので、大人しく待たせていただいたのですが、癪に障りましたか?」


「はっ!言い訳か?こんな女が婚約者とは公爵家も嘗められたものだな」


見下してくるヴァルト。しかし、私はそんな彼を見つめて言い放つ。


「まぁ、どちらにせよ、挨拶は出来ませんでしたよね?この家の中にいない相手への挨拶って無理ですよね」


図星を突かれたのかビクッとしているが、スレイナ公爵家で雇用されている者は全員トゥーネリ家が雇用主だ。当然、案内したメイドから居ない事を聞いている。


「全く...今日、こちらに出向くことは一週間前には決まっていましたのに、好き勝手に出歩かれている方に挨拶なんて出来るわけありませんよね」


「くっ...そんなことよりも、他所の家で書類を広げて何をしている?我が家の機密でも調べようとしているのか?それなら、バレバレなことをして諜報員としては失格だな!」


婚約者となっているし、初めてこの家に入る前からスレイナ公爵家に関する事は調べていたし、今更だと言いたい。ついでに言えば、王家からの課題の中にこれがあったぐらいだ。スレイナ公爵からも資料をもらっている段階で今更だとも言える。


「いえ、これはトゥーネリ商会スレイナ支部の資料ですね。公爵閣下や公爵夫人からは、この領の特産や治世の状況など、様々な情報を頂いたので、最終調整をしているだけですね。あ、話が済んだなら、出ていってもらって良いですか?丁度良いところですので、一気に仕上げたいと思いますから」


そう言って、ヴァルトを追い出そうとするが、しつこく絡んでくる。


「トゥーネリ商会!?スレイナ支部?私はそんなのは聞いてないぞ!?」


「...あぁ、そう言えば言ってませんでしたね。このスレイナ公爵邸の隣に建設しました。およそ二週間後から稼働しますので、よろしくお願いしますね」


私はそれだけ言って書類仕事に戻る。大きい足音をさせながら近づいてくる様子を感じた。


「その婚約者をこの部屋から出してください、邪魔なので」


「邪魔とは何だ!?」


「申し訳ございませんが、お引き取り願います」


メイドと執事の二人がヴァルトを引き摺って外へと出した。しばらく外は騒がしかったが、すぐに静かな環境に戻った。そうして私はしばらく集中して書類を片付けた。

時間はあれから一時間経っていたようだ。私はそろそろ帰ろうと準備していると、扉のノックする音が聞こえる。どうやら、公爵夫人が来たようだ。片付けが終わっていた私は入室を許可をすると公爵夫人が入ってきた。


「あら、夫人。お久しぶりです。如何されましたか?」


「えぇ、少しね。どうしても欲しい物があるのだけれど、仕入れ予定があるかどうかだけ確認したいの」


それぐらいなら大丈夫だと判断し促す。どうやら、魔宝石の入荷情報が知りたいらしい。


「それでしたら、本店の方では様々なサイズで入荷予定があるとは聞いています。それに、公爵家の収入も上向きになっておりますし、夫人の資産的に多少の贅沢も大丈夫でしょう。ただ、購入目的を教えては頂けませんか?今の公爵家だと反乱目的と睨まれますよ?」


魔法石とは魔物から出てくる魔石と似た扱いのされる物だ。しかし、魔石は魔物の強さで、魔宝石は産出地と大きさで質が変わるもの。鑑定の魔法があるため細かく情報を見ることも出来はするが、商会での保管方法は決められた方法がある。魔宝石なら産地別で、魔石は魔物のランク別だ。魔宝石も魔石も軍需物資の一つとして見られており、魔宝石などの保有魔力量によっては武器に利用された場合、非常に高値が付く可能性だってある物だ。現在、王家の顔に泥を塗る子息のいる公爵家が手を出そうとすると間違いなく睨まれる。


「えぇ、それは分かっています。...実は甥が近衛騎士に選ばれまして、伯母として贈り物をしたいと思ったの」


公爵夫人の甥で近衛騎士...私はいくつかの貴族の情報から特定していく。公爵夫人の妹が伯爵家に嫁いで近衛騎士に選ばれたという話があった。伯爵家自体は派閥争いに参加しないものの王党派以外の派閥の中ではとても高い信任を得ている家だ。それなら、贅沢というには不適格かもしれない。


「なるほど、甥の方のためでしたか。失礼しました。確か、夫人の甥の方で近衛騎士に選ばれたと言えば、ユージュ伯爵家次男フェリックス様でしたか?」


私は推測した者の名前を尋ねる。公爵夫人は驚いた顔をしたが、首を縦に振り合っている事を伝えてくる。


「それでしたら、フェリックス様は第三王子様と同じ師を持ち、共に励んだ方と聞いています。ほぼ確定しているようですが、第三王子様の護衛を主にするとも聞いておりますので、フェリックス様が第三王子様の護衛として最大限に力を発揮するために贈りたいと言えば、国王陛下も無碍にはしないとは思います」


「なるほどね...ありがとう、参考にさせてもらうわ」


「お役に立てたようで何よりです」


私はそう言って立ち上がり退室しようとする。扉を出る前に一つ思い出したかのように夫人に声をかける。


「そうそう。隣国ワルネリアから魔宝石の仕入れをしている商会の利用は気を付けた方が良いかもしれませんよ。どうも、不良品が出回っているようです。公爵家にある数ヶ月以内に作られた魔宝石を使った武器については調べ直した方が良いかもしれません」


私はそう警告して、今度こそ退出するのであった。









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