深夜のご縁

久河央理

第1話 なんとなく、の重なり

 なんとなく思い立って、夜の街へ散歩に行く。




 日付が変わって、家の明かりもおおよそ消えて、人通りもほとんどない。


 まるで世界に一人だけ取り残されたかのような感覚だ、などと思いつつ。


 特に目的もなく、ふらりと公園の前を通り過ぎかけたとき、シーソーの軋む音が聞こえた。

 見ると、若者がひとり、ぽつんと座っている。


「あ、こんにちは。初めまして」


 つい目を奪われていた俺に気づき、彼が明るく声をかけてきた。


「……こんばんは」


 導かれるように、俺は公園内へ足を踏み入れた。


「どうして、こんな深夜に?」


「なんとなく。公園にいるのも、ね。君も?」


「同じです」


 首肯すると、彼は遊具から降りた。ベンチに移動し、並んで腰掛ける。


 成人済みの事実を確認して、あとの素性は明かさずに。

 何をするでもなく、曇りかけの星空を見上げながら、たわいのない話を続けた。


「一瞬、幽霊かと思いましたよ」


「あははっ。じゃあ、その後は?」


「んーと……吸血鬼、とか?」


「かっこいいね〜。なら、そういう風に振る舞っちゃおうかな」


 なんだそれ、と思っても別に言いはしなかった。

 心地のいい声で、落ち着くから。なんでもよかった。


「こうやって静かすぎる場所にいると、世界に取り残されたような感覚になる。ちっぽけで、何もできない存在みたいに」


「でも俺、その声好きですよ」


「……、ありがとう」


 いくらか寂しげな、それでいて安心したような声色だった。


「また――」

 会えますか、と言ってはいけない気がした。


「そこに縁が転がっていれば、あるいは。寂しいなら、テレビでもつけてみるといいよ」


 そう言い残して、彼は夜の世界に消えていった。





 帰宅してからなんとなく、思い出したようにテレビをつける。


『また会える?』と少年が尋ねると、吸血鬼らしき人物は口元に指を当てた。


『そこに縁が転がっていれば、あるいは』


 聞こえた綺麗な声には、とても聞き覚えがあった。

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深夜のご縁 久河央理 @kugarenma

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