頑張れ漫才師

柳生潤兵衛

別れて戻って……

 人々の多くは寝静まった、日付の変わる時間帯。

 俺は今日もいつものコースを歩く。


 長年の無理がたたって心を壊して休職中の俺は、回復に伴って体を動かすようにしている。

 でも、他人と会うのはまだキツイから、人の少ないこの時間を選んで歩いている。


 ウォーキングってほどじゃない、散歩程度の日課。

 家を出て大通りに出て、広い歩道を公園へ向かい、周回して帰ってくる。


 いた。

 公園には、当然子どもの姿は無く、代わりに二人の若者の姿。

 スポットライトのような街灯の光の下、ふたり横並びで声は控えめにしゃべくっている。


 散歩を始めた当初は他人がいることを不快に思ったけど、間近を通るワケじゃなく、遠巻きにシルエットが見えて辛うじて声が聞こえるくらいだから我慢できた。


 彼らがしゃべくる内容は、毎日同じ。

 なぜなら漫才だから。


「ふふっ……」


 少しずつテンポが良くなってるもんだから、知ってる内容でも思わず笑ってしまった。


 彼らは毎日いるし、俺も毎日ここを通る。

 彼らはどう思ってるのか分からないけど、確実に上手くなってるよ。

 素人目だけど……。



 今日はいないな。

 一昨日言い争ってたし、昨日はギクシャクしてたからなぁ……。

 伸び悩みか、スランプか、事情は知らないけど大変な世界なのだろう。

 頑張れ。めげるな!


 うん?

 しばらくいないと思っていたら……再開か?

 いや、ひとり違う。ボケの声が、シルエットが違う。

 え……相方を変えたの? 解散しちゃったの?


 まあ、若者が夢を追ってやっていることだ。

 俺がとやかく考えることじゃないか。


 でも――。

 違うネタだからだと思うけど……しっくりこないな。前の子の方が良かったんじゃない?

 素人目だけど……。


 そんなことを思っていたら、また来なくなった。

 しばらくは、本当に静かな公園を周回する日々が続いた。


 そんなある日。

 街灯のスポットライトの下に人の姿! ふたり!


 しかも元の二人だった。

 俺は胸にジンとくるモノを感じながら、周回を重ねる。


 最初はぎこちなかった彼らの遣り取りも、少しずつ以前のしゃべくりを取り戻していった。まだ笑うほどではないが……。


 ふたりの間でどんなことがあり、どうなって再び一緒になることを選んだのか。

 俺には知る由もないけど、彼らの前途が拓けばいいなぁ。


 頑張れ。


 俺も頑張る、とは言えない。


 でも、俺は俺でこの散歩のように、一歩一歩前に進んでいこう。

 少し温かくなった心で、俺はそう思った。


(おわり)






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

頑張れ漫才師 柳生潤兵衛 @yagyuujunbee

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説