雪月夜
楠秋生
庭師
数年たつとだんだん久弥に指名の仕事が入るようになってきた。樹木の剪定だけでなく石組みや切り石作業、左官工事まで任されるようになるのは誰よりも早かった。
「あいつは中々いい感性を持っているな」
源太も兄弟子たちも目をかけて、いい仕事を久弥にまわしてくれる。久弥もそれにこたえて最善の仕事をする。久弥は樹木をこよなく愛し、いつも木々たちに声をかけて作業するからか、生育がよく枝葉も元気になる。
「庭が生き返りました」
「庭木が春夏秋冬それぞれに風情があって、とても気に入っています」
「趣のある庭にしていただきありがとうございます」
顧客からも喜ばれ、評判があがっていった。
やがて兄弟子たちも順に独立していき、久弥の下にも何人も弟弟子が入ってきた。
「お前もそろそろ独立だな」
「まだ親方ほどの技量がありません」
「技はもう十二分に教えたつもりだが」
「いえ、自分にはまだ何か足りません」
親方が樹木に手入れするのを、何度も何度も見てきた。季節が巡ってその木々がどう変わっていくのかを見据えた剪定。灯篭の設置や石組みのわずかな移動、池の配置など、親方が造園の指示を出した庭が、一年を経、二年、三年と年を経たときの趣。
「今までに独立していった者たちに劣っているものは何もないぞ」
「それでも親方には及びません。まだまだ学ばせてください」
久弥は今の技術でも十分に独立してやっていけることはわかっていた。先に独立していった兄弟子たちより、客観的に見て自分の方が上になっていることもわかっている。独立した方が収入は上がるし、弟子のままでは嫁取りも難しい。それでも久弥は、親方と兄弟子たちとの造園にある大きな違いを見極めたかった。年数を重ねればよいのかと、独立して年数が経った兄弟子たちの庭園を見て回ったりもしたが、やはり親方のそれとは何かが違うのだ。
雪がしんしんと降り続いた二月の宵。源太と久弥は酒を酌み交わしていた。
いい加減酔いも回って気持ちよくなったころ、久弥の酌を左手で断り、源太は手酌で盃を満たした。酒が進むと無礼講になり、酌を断るのはいつものことだ。二人ともかなり酒が入っていた。
「まだ独立せんか」
源太がそう問いかけたのは何度目だったか。
「お前ほど頑固で生真面目な奴はおらんな」
くくくっと喉の奥で笑うと、雪見障子から見える庭の方に目を向けた。
「止んだな」
いつの間に止んだのか、月明かりが部屋に入り込んでいる。
「ほろ酔いの
それは小さな呟きだったが、静まり返った部屋のうちでは、しっかりと久弥の耳に入った。それを知ってか知らずか、くいっと盃を傾け飲み干すと源太はふらりと立ち上がった。
「雪月夜の散歩と洒落てこい。儂はもう寝る」
にやりと笑って出て行った源太の背を見つめて、久弥はいぶかしげに首を捻った。
(こんな時間に、散歩?)
しかも二月の厳寒の夜更け。部屋の中で飲んでいても冷えがしのんでくるというのに、雪が止んだ後の外の冷え込みはいかばかりか。月明かりが見える晴れ空ならなおさらだろうに。
しかし、酔っぱらいの戯言と一蹴するには、源太は意味深な笑みを残していった。
(儂が得たいものに出会える?)
久弥がいそいそと外出の用意を始めるのに、時間はかからなかった。
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