第5話「虹の根元には何があるのか」



「虹の根元には何があるんだろうね」


 そんな声が隣から聞こえて、僕はスマホを見ていた顔を上げる。

 隣を見るとやはり僕のことを見ていたので、少し考えてから口を開く。


「何もないと思うけど」

「そういうのじゃなくて、こう……何があるとすれば何かなってこと」

「急にスピリチュアルな話を始めないでくれるかな?」

「いいじゃん。考えてよ」


 そう言われてもメルヘンさとは縁遠い僕の脳ではキラキラした答えは思いつかない。

 いや、だって虹の根元は普通の地面だし。太陽光に対して一定の角度に生まれるだけの光の像の根元に何かあるものか。

 とはいえ、そんなメルヘンさの欠片もないつまらない答えでは納得いただけないだろう。僕は必死に頭を回す。


「うーん……宝箱?」

「お、いいじゃん。中身は?」

「…….お金?」

「俗物的すぎる。やり直し」

「そんなこと言うならそっちは何があると思うのさ」

「もちろん、綿菓子だよ」

「ふわふわしとけばいいと思ってる? 浅いね」

「なんで私は今馬鹿にされたの?」

「もっと夢を持たなきゃ」

「お金って答えた人には言われたくないな」


 頬を膨らませながらそう言う藤木さん。元の顔が可愛いからそんな表情も様になるのはずるいと思う。


「いいじゃんお金。夢があって」

「そうだけど、虹の根元には相応しくない」

「そこまで言うなら違うの考えるよ」


 とはいえ何も思いつかないんだよな。だってお金があれば大抵のことができるし。

 なんだろうな、欲しいもの。あったら嬉しいもの……。


「んー…………時間?」

「どゆこと? 宝箱の中に時間が入ってるの?」

「ほら、なんか時間っていつのまにかなくなってるじゃん? だから、好きなだけ時間あったらいいなって」


 スマホを眺めているだけで一日が終わって、「ああ、無駄な時間過ごしたなぁ」って悲しくなったり、楽しいことしてるのに時間が足りなくてやめなきゃいけなかったり。時間があればって思ったことがいくらでもある。


「そんなに時間あっても何やるの?」

「何もしないよ。何もしない状態に背徳感を抱かない日々が欲しい」

「暇じゃない……?」

「暇だって思うのって幸せだと思うんだよね」

「社畜みたいなことを……私にはよくわからないかも」

「じゃあそっちは虹の根元に何が欲しいの?」


 僕がそう尋ねると、藤木さんは一瞬口籠ってから、ちゃんと聞こえる声で言い直す。


「……旦那さん」

「え、そんなに欲しいほど好きな人が……?」

「ち、違うからね!? 今いるってわけじゃなくて、その……理想の相手というか、そういう『いい人』が欲しいなって」

「わぁお。乙女だね」

「乙女ですけど?」

「ロマンチックだね」

「いいじゃん。虹の根元に欲しいものだもん」

「確かに」


 しかし、旦那さんが欲しいときたか。藤木さんが「将来の夢はお嫁さんです!」って言うようなタイプだとは思わなかった。


「藤木さんなら虹の根元なんて不毛なもの探さなくても、いい人いっぱいいそうだけどね」

「そう?」

「だってかわいいし」

「……どうも」

「え、そんな反応されると困るんだけど。もっと調子乗った反応してくれる?」


 ガチで照れたみたいな顔されるとツッコミにくいからやめてほしい。嘘はついてないけど、軽いジョークくらいの気分で言ったわけだし。


「私思うの」

「何を?」

「宇都美くん、刺されないようにね?」

「よくわからないけど、お腹に雑誌とか入れて歩けばいい?」

「そういうところだよ」


 どういうところが何なのだろうか。

 藤木さんに聞いても教えてはもらえなかった。

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