第6話 ヒロインさん、出会う


「とにかく! これは一大事ね! すぐに専門家に診てもらいましょう!」


 と、おかーさんが連れてきたのは王宮。そう、王族の住まう場所にして、国政の中心。おかーさんならともかく、私みたいな庶民は一生縁がないはずの場所だ。


 しかも寝間着のまま。髪の毛も伸び放題のまま。顔も洗わないまま突然転移魔法で王城へと転移させられたあと、おかーさんに空手チョップをした私、悪くないと思う。


「うぅ、娘が反抗期だ……」


「これが反抗期なら、従順なときは一切ないね」


 私の不機嫌さを察したのかおかーさんは王城に準備されているプライベートルームに私を連れてきた。転移魔法の連続使用でちょっと酔ったけど、寝間着のまま王城を練り歩くよりはマシだろう。


「え~っと、とりあえず、髪を切りましょうか。『銀髪』は魔法の触媒として優秀だから、切った髪は厳重に保管しないとね」


 おかーさんが私を椅子に座らせて、ハサミを持ってきた。


「せっかく綺麗な銀色なんだから、いつもより長めにしましょうか」


「……お任せします」


「任されました」


 鼻歌を歌いながらチョキチョキとハサミを入れるおかーさん。なんだかご機嫌なのは、同じ髪色になって『本物の親子みたい』になったから、だろうか?


 私たちはいつもお互いに髪を切り合っているので、そうそう変な髪型になることはない。――ごくごく普通のセミロング。銀髪だと、今までよりちょっと大人びた雰囲気になったような気がする。


 そして。

 一仕事終えたおかーさんは私の髪を集め、束ねて、なにやら悩んでいた。


「……これは娘の髪。素材じゃない……。たとえ最高の触媒だとしても……。だから利用方法を考えるのは止めるのよ私!」


「何かに使いたいなら使っていいよ?」


「そう!? なら遠慮なく使わせてもらおうかしら!」


 喰い気味に返事をするおかーさんだった。まぁ切った髪の毛なんて使いどころがないので別にいいのだけど。銀髪では売ってカツラにするというのも無理そうだし。


「さ~てあとは寝間着を着替えないとね。たしか昔夜会で使ったドレスがしまってあったはず……」


「ドレス?」


「うん、ドレス」


「……このまま部屋で待っているのはダメ?」


「アリスちゃんのことを相談したい人はお偉いさんだからね。私室に呼びつけるのはちょっとマズいかしら」


「……せめて、ドレス以外の普通の服はないの?」


「あるにはあるけど……私が! アリスちゃんのドレス姿を見たいのよ! こんな機会じゃなければドレスなんて着てくれないでしょうし!」


 そりゃあ一般庶民がドレスを着る機会なんてあるはずがない。

 ドレスを着るなんてコスプレみたいで恥ずかしいけど、おかーさんの私服はセンス悪いのも多いしなぁ。ここはドレスの方が安パイだろうか?


 私が了承すると、おかーさんはかなり上機嫌にドレスを着せてくれた。いかにも中世な雰囲気の、スカートがふんわりとしたドレス。そしてコルセット。


「コルセットしなくても腰が細い……羨ましい……」


 恨めしげにつぶやくおかーさんだった。腰の細さなんて大して変わらないでしょうに。


 おかーさんの怨念を受けながら気付けは完了。姿見の前で一回転してみる。


 ――おぉ、さすがは乙女ゲームのヒロイン。はじめてのドレスも完璧に着こなしているわ。


「……まーべらぁす……」


 私が教えた前世言葉を漏らしながら、なぜか涙を流すおかーさんだった。記憶用の魔導具を使って写真(みたいなもの)を撮るのはやめてください。


 おかーさんの先導で王城の廊下を移動する。……なんだかすれ違う人からの視線が痛いような? くっ、やはり庶民がドレスを着ていても馬子にも衣装なのか……?


「鈍いわねぇ……母親としてちょっと心配」


 どういうこと?

 私が問い糾そうとしていると、廊下の前からそれなりの人数が歩いてきた。


 先頭を行くのは青年二人。

 そのあとをぞろぞろと文官らしき人や騎士らしき人たちがついて歩いている。


 うわぁ、絶対お偉いさんだ。貴族とか、下手すれば王族かも……。


 おかーさんが廊下の端に避けて頭を下げたので、私も同じように頭を下げる。お貴族様相手の礼儀作法なんて知らないからドキドキである。


 集団の足音がどんどん近づいてきて、私たちの前で止まった。



「――おや、ハイリス殿。久しぶりですね」



 おかーさんに挨拶がされる。なんというか、良い声だ。声優として活動すれば一財産稼げそうなほど。


「ご機嫌麗しゅう御座います、殿下」


 殿下?

 ということは王子様?


 こんな近くに王子様がいる機会なんて今後の人生でもないだろうし、じっくり見学したい気持ちはある。でも、王族を前にして許可なく顔を上げてはいけないことくらいは知っている。


「王太子殿下も、ご機嫌麗しゅう御座います」


 続けて挨拶するおかーさんだった。


 王太子?


 さっきの殿下とは違う人?


 ……私もこの国に転生して長いので、この国に三人の王子がいることは知っている。というか、ゲームの攻略対象だったし。


 で、おかーさんの挨拶からするに、目の前には王子様が二人いると?


 それも、たぶん、攻略対象が。



 ――こんなところで出会うとか、聞いてない。




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