変人陰陽師と揶揄された私が不思議な女性を弟子にしました

 その日は、朝から少し違った日でした。

 いつも鳴く鳥が見えなかったとか、まだまだ蕾のはずの花が季節はずれに咲いたとか、この辺りにはいない蝶をみつけたとか。

 一つ一つは瑣末さまつなこと。

 けれど、私はずっと心に引っかかりを感じていたのです。


「おや、これは……」


 この直感とも、予感とも片付けられない感覚の正体を知るべく、卜占ぼくせんこころみました。

 すると、それはなんとも不可思議で、なかなかに見慣れない結果を叩き出したのです。

 これはどうやら、私に関する起点、機転、分岐点。


「この都のことを卜占したつもりだったのですが」


 この都は正直つまらない。

 特に都の中枢ちゅうすうである宮なんて場所は、至極つまらない。

 この世界の頂きに座する帝、その周りを取り巻く貴族たち。

 魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこしているなんて当たり前のこと。

 どれだけの数を打ち払おうとも、どれほどの時間をかけて薙ぎ払おうとも、魑魅魍魎は必ずまた生まれるのです。


――そこに人間という存在があり続ける限り。


 嫉妬、ねたそねみ、裏切りとあざけり、謀略ぼうりゃくと暴力、恨みつらみ、怒りと憤り、悲劇と嘆き。

 人間とはこの世で最も不条理で、不必要な感情を持ち合わせ、持て余しているのですから。


「本当に、この世で最も醜く歪み、見るに堪えないものとは……人間なのでしょうね」


 それは角をはやした鬼でも、異形のあやかしでもない。

 全くもって不条理で、不必要な感情を身に宿し、それを振り撒き、当たり散らす。

 それが人間の本質なのだからどうしようもない。

 ふぅ、と自然とため息が漏れ出てしまう。

 私は宮仕えの陰陽師ですから。

 どれだけ退屈で、つまらないと思っていようとも。

 どれほどまでに人間という存在を、疎ましく思っていようとも。

 宮という場所に身を置いている以上、必要最低限の仕事は役目として、ある程度は、こなさなければなりません。

 私はその日も、憂鬱ゆううつな心地のまま、重い腰を上げて宮に向かったのです。



 宮では私のことを、変わり者やら、変人やら、敬いを知らぬだとか、好き勝手に揶揄やゆしているようだけれど、それすらどうでもよいこと。

 虎にとって虫の羽音など気にならないように。

 聞こえてはいる、耳障りだとも思えども、それ以上は相手にいたしません。

 何もかも、変哲のない日々。

 けれど、その日は違いました。

 何故か心がうそうそとしていて。

 そしてどこかで気にかかっていました。

 あの卜占の結果が。

 私に関する起点、機転、分岐点。

 それが何を意味していて、私にどんな変化をもたらしてくれるのか。

 この白と黒と鈍色で塗りたくられた世界に、どんな変革をもたらしてくれるのか。

 それだけが最後の希望とも思えるほどに。



 宮を出て帰路についていた時、大きな力の動きとうねりを感じ、足早にそちらに向かいました。

 北山の奥深く。

 そこで君に出逢ったのです。

 この退屈でつまらない、変哲のない日々の中で君が彩りをくれる。

 私にはこの瞬間、気づいてしまったんです。

 私に関する起点、機転、分岐点。

 この退屈でどうしようもない日々も。

 それは全て君に繋がっていたんです。


「おやおや、少し山に散策さんさくに来てみたら、どうやらとんでもない拾いものをしてしまいそうですね。いいですよ。おいで」


 さぁ、おいで。

 私の愛弟子。



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