第5話 宮中にて、突然の訪問者

 今日は師匠に連れられて宮中にやってきた。

 何度か足を運んではいるが中々に慣れない。

 きらびやかだ。

 とてもきらびやか。

 私にはきらびやか過ぎる。

 値段が高そうな調度品ちょうどひんがこれでもかと並んでいる。

 壊したら……と思ったら恐ろしくて、心穏やかに歩くことができない。

 特に今は、師匠が仕事に呼ばれているので、この部屋で私一人だ。

 何か粗相そそうでもしたらと、落ち着かない。


 とりあえず今日も師匠からは、いつもどおり部屋から出なくて良いと言われたので少し安心だ。

 この部屋の調度品も高級そうだけれど、この部屋は師匠の自室。

 師匠からはこの部屋には呪具なども置いていないので、万が一、調度品等を壊しても問題ないって言われてる。

 いや、問題はあると思うんだけど……という私の心配をよそに、師匠はただ涼やかな笑みを浮かべていた。

 それなりに一緒にいる時間が長くなると、わかることも増えてくる。

 師匠はあまり、調度品にこだわらない。

 調度品、というより、何事にも大きなこだわりや執着などを見せることはあまりない。

 調度品を壊しても問題ない、と笑顔で言い切られても、心配が拭えなかった私は、最初のうち、この部屋の物がないところで小さく縮こまっていた。

 そんな時、師匠は言った。


――形あるものは、たいてい壊れます。それが数十年後か、今か……それだけの違いですよ


 だとしても私は、使っている物はなるべく長く壊れないていてほしいけれど。

 師匠の場合は、そういう考えらしい。

 これといったこだわりや執着を見せないのは達観たっかんしているからなのか、興味がないのか。

 どちらにせよ、やはり私は高級そうな調度品を壊すのは気が引ける。

 なるべく動かないでいれば、調度品を壊してしまうリスクを減らせる。

 そんなことを思いつつ、いつものように部屋でお菓子を食べながら師匠の帰りを待っていた。


 ふすまが、かたり、と音を立てて開いた。

 師匠かと思い、振り向いたが、そこに立っていたのは、知らない一人の男性だった。


「え?あ……コホン。どなたでしょうか。我が師、安倍晴明は只今、不在なのですが……」


 突然のことで驚いたが、慌てて息を整え、少し声音を低くして男のふりをする。

 目の前の男性は美しい眉を少しひそめて、じっと私を見たあと部屋を見回してから頷いた。


「……そうか。今日はみやに足を運んだと聞いていたのだが」


「はい、今日は師とともに宮に来ております。ただ今は、急ぎの仕事で呼ばれていて」


 私がそう言うと、男性は得心とくしんしたようで少し表情をやわらげた。


「そうか。なら、アレは奥にいるのだな。突然申し訳なかった。驚かしたことをひら陳謝ちんしゃする」


 表情こそあまり変わっていないけれど、突然ストレートに謝られて、そのことに私は驚いた。

 たしかに師匠かと思って振り向いたら知らない人が立っていて驚いたけれど、それ以上に知らない人に突然丁寧に陳謝された方がびっくりする。

 先程からたしなみのある振る舞いをしなければ、と必死に冷静さを装い対応しているが、内心は大慌てだ。


 正直ちょっと怖い人に見える。

 師匠と同じくらい綺麗な顔立ちをしている人だけれど、師匠のような柔らかさは皆無かいむ

 言い方は悪いかもしれないけれど、無愛想ぶあいそうに見える。

 闇を溶かしたような黒髪はきちっとまとめられ、キリッとした柳眉りゅうび、感情の読めない氷面ひものような瞳。

 綺麗な顔立ちだからこそ、なおさら冷たく空恐ろしい印象になってしまうのだろう。

 端整たんせいな顔立ちの男性は、師匠とは全然違う雰囲気を持っている。

 男性とはおそらく、今まで会ったことはないと思う。

 しかし彼をよく見てみると、まとっている装束しょうぞくが師匠の着物や私が着ているものに作りは似ている。

 ということは、たぶん陰陽師だろう。

 そして師匠をアレと呼んでいるところから、師匠に近しい人、友人か上司かもしれない。

 そういえば師匠が仕事以外で、誰かとみつに関わっているところを見たことがない。

 この部屋にいても、師匠の屋敷にいても、突然、師匠を訪ねてくる人は今までいなかった。

 決められた仕事以外で、師匠に会いにくる人なんて珍しい。

 この人は師匠とはどういう関係性なんだろう?

 不躾ぶしつけであることを忘れ、興味のままに、まじまじと目の前の男性をみつめていると、彼は少し戸惑ったように眉を顰めた。


「……何か気にさわっただろうか。あぁ、先程驚かしてしまったことが気にかかっているのならば申し訳無い。何かびの品でも」


 よく知らない相手を無遠慮ぶえんりょにまじまじとみつめるなんて失礼なことをしてしまった。

 その上、相手に誤解させてしまい、謝らせてしまうなんて、こちらの方が申し訳無さすぎる。

 先程驚いていたことすら忘れて、興味津々で食い入るようにみつめてしまったなんてことは言えない。

 しかし彼の中で自己完結されて、話が進んでいってしまう前にどうにか訂正しなければ!と大慌てで言葉を紡ぐ。


「すみません!大丈夫である。私は全然驚いていませんよ、男ですから。もう謝罪も受けましたしお気になさらず。それより、こちらこそまじまじと見てしまい、申し訳ありませんでした」


 慌てていたので、口調や言葉回しがぐちゃぐちゃになる。

 男性ってあんまり驚かないイメージだよね?とか、無遠慮に見た私が悪いことは伝えたい!とか、何が何でもとりあえず謝りたいとか。

 伝えたい気持ちと、なすべき行動が、全く整理できないまま、ごちゃごちゃに飛び出して、たぶん最終的には、いろいろ失敗した。

 とりあえず何が何でも謝りたい、という気持ちだけは伝えられたかもしれない。

 しかしその代償だいしょうに、私が師匠の弟子になった時から必死に作り上げてきた、私のイメージ像はガラガラと崩れた。

 せっかく今まで“しっかりとしている少し寡黙かもくな弟子”という設定でやってきたというのに。

 その設定や私のイメージに傷がついた気がする。

 師匠の弟子として男性を演じるにあたって、私も私なりに、今まで頑張ってきた。

 男性らしい振る舞いとか話し方に気をつけて、私の中の陰陽師の弟子というイメージもきちんと練り上げてやってきた。

 宮中で男性のふりをするときには、自分の中できちんとキャラ作りしていたというのに、今はちょっと崩壊気味ほうかいぎみ

 そんな、そこはかとない私の喪失感そうしつかんをよそに、目の前の男性は、困った表情で首を横に振った。


「いや、その謝罪は受け入れがたい。こちらが勝手に気にかかっただけのこと。しかし、そなたが謝罪を申し込んでくるのであれば、それは先程のこちらの無礼に当ててくれないか。それで私の非礼は相殺そうさい出来るだろうか」


 ……ごめんなさい、ちょっとその長文だと何を言われてるのかわからない。

 とりあえず一回ゆっくり整理していこう。

 目の前の男性は『謝罪は受けられない』と主張。

 理由は、彼曰く『勝手に気にかかっただけだから』だそうだ。

 しかし『謝罪は受け入れられない、でもそちらは謝罪したいのでしょう?』とこちらへ譲歩。

 それはそうだ。私のイメージ像を壊してまで謝罪したんだから、せめてその謝罪は受け取ってもらわないと壊れた設定が報われない。

 だったら『さっきの無礼』……彼が急に部屋に入ってきたことかな?

 『それでおあいこにしましょう』……と、そんな感じかな。

 私は、なんとか難解な長文の解析が終わり、彼の言いたいことをとりあえず理解した。


 この世界の人って、時々言い回しとか言葉とか難しいことがあるんだよね。

 時代劇とかでしか聞かないような言葉選びだったり、古典の教科書で見たような文章だったり。

 でも今の会話で、すごくよくわかった。

 薄々、感じていたことだけど。


――この人、すっごくしっかりとした人だ!


 性格も顔立ちも、しっかりと端正な人。

 眉目秀麗びもくしゅうれいでしっかりとした優等生タイプ。

 この話し方や雰囲気を見ても、もしかしたら立場がある人なのかもしれない。

 ……なんだか急に緊張してきてしまった。


「そなた」


 そんな緊張した状態で突然声をかけられたものだから、声のボリュームを間違えて答える。


「はいっ!」


 思ったより大きな私の返事が、質の良い調度品に囲まれ落ち着いた雰囲気を醸し出す室内に響く。

 目の前の男性は、少し目を大きくしてきょとんとしている。

 緊張してたもんだから。

 急に声をかけられてビクッとしてね。

 もう、私のキャラの崩壊が止まらない。

 私は場違いな大音量の返事ゆえの恥ずかしさと、キャラ崩壊ゆえのむなしさに耐えきれずうつむき、部屋の中には少しの沈黙が流れた。


 暫しの沈黙の流れた静かな部屋に、小さく響く、くつくつとした笑い声。

 その声に釣られるように、思わず顔を上げる。

 その私の瞳に飛び込む彼の姿に、私は目を見張り、思わず息を呑む。

 キリッとした柳眉、感情の読めない氷面のような瞳の彼が、困ったように美しい眉を下げて、可笑しそうに目を細めて、口元を美しい手で覆う。

 突然のギャップにポカンとしてしまう。


「くくっ、いや、すまない。あまりにも素敵な良い返事だったもので。笑っては失礼だとわかっているのに堪えきれず、いや、申し訳ない」


 彼の声音や仕草から、彼の言葉が決して嫌味とか私を馬鹿にしているわけじゃない、とわかる。

 それでも彼は、本当に申し訳無さそうにこちらに声をかけた。

 でもそんな事どうでもよくなってしまう。

 目の前の彼に目も意識もめられるように。

 表情の柔らかい彼は本当に美しい。

 目を見張り、息を呑んでしまうほどに。

 まるでそれこそ、花がこぼれだすみたいに。

 穏やかで、晴れやかで柔らかい春の心地のように。

 この笑顔を見ることが出来るのは貴重な気がした。

 この笑顔の為なら自分のキャラの崩壊さえもどうでもよくなってしまうくらいに。


「おや、浮気ですか?愛弟子」


 聞き慣れた声がして、襖の方を見る。

 そこにはいつもの柔和な笑みを浮かべた師匠が立っていて、私はなぜかどきりとした。

 訪問してきた師匠の知り合いと話していただけ。

 何も悪い事はしていないはずだ。

 けれど何故かものすごい罪悪感が生まれる。

 そしてその罪悪感のせいなのか、師匠が浮かべているのは、いつもの柔和な笑みなのに、どこかとがめられている気がする。


「おかえりなさい、師匠」

「ただいま、愛弟子」


 こんな穏やかな挨拶だというのに、部屋はどこか冷たい空気に呑まれていくようだった。







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