第4話 その怪異は植物学です!

貴族の屋敷で起こっている怪異の原因を突き止めるため、師匠と屋敷内を歩いている。

屋敷の主人と話したあと、念のため師匠と怪異の被害者のところに行ってみた。

未だに顔色があまり良くなく、辛そうに床に伏している人たちを見て、早く解決しなければという気持ちだけが先走る。

辛そうにする人たちを師匠が確認してみたけれど、やはりしゅや念、鬼の気配はまったく感じられなかったらしい。

つまり、この怪異は事件か事故である可能性が限りなく高い。

そうして私たちは、たいして当てがあるわけでもないが屋敷内を見て回ることにした。


厨に足を運んでみると、料理番りょうりばんの人がこころよく中に入れてくれた。

もともとこの家にいた料理番さんが倒れてしまったので最近来た人らしい。

まだ若そうな男性は困った顔をして言う。

「はぁ、まったく恐ろしいですよ。私などまだまだ半人前だというのにお館様の食事まで任されてしまって。何かあったら私の責任になってしまうでしょう?」

ため息混じりに彼は夕餉ゆうげの下準備をしていた。

中にはこれから使うだろう食材が並べられていたがいたって普通のものばかりに見える。

鼻をつく独特の匂いがして思わず口から言葉が漏れた。

「これはヨモギですか?」

「ん?……あぁ、そうですよ。最近はヨモギがよく採れるらしくて、今日はこのヨモギをどんな料理にしようかと思いましてね。ヨモギの天ぷらは飽きられてしまわれてるでしょうし」

料理番さんが頭を悩ませながら、ヨモギの入ったざるを手に取る。

「……お忙しいところ、お邪魔してすみませんね」

師匠が柔和な笑みでそう言うと、料理番さんはいえいえ、と明るい笑顔をこちらに向けた。

その時、やはりこちらの屋敷に来たばかりで慣れていなそうな女房さんが料理番さんとぶつかった。

「きゃっ!!」

「うわっ!!」

手に持っていたざるが落ちて、ヨモギが床に散らばった。

慌ててその場にいた全員がしゃがみ込んでヨモギを拾い集める。

「すみません!水瓶みずがめの水をいただきたくて……」

女房さんが申し訳なさそうに料理番さんに謝る。

料理番さんは少し考え込む仕草をしてから、女房さんの謝罪に気づいて慌てて大丈夫だと返していた。

「どうかしたんですか?」

見ていて少し様子が可怪おかしいように思えて料理番さんに声をかける。

料理番さんは少しいぶかしげな表情で一度首を横に振ってから、何度かヨモギの葉を見てから口を開いた。

「いや、何でもないとは思うんですけどね。このヨモギ……いくつか匂いがしなくて……」

私の鼻が悪いのかな、と料理番さんは首を傾げた。

料理番さんの言葉が気になって、拾ったヨモギに鼻を近づけてみた。

私が持っているものはどれも独特の匂いがした。

料理番さんに声をかけ、ざるの中に残ったヨモギも確認しようとしたところで女房さんが声を上げる。

「本当ですね……このヨモギ、匂いがしない」

女房さんがそう言って手の中のヨモギをこちらに差し出してきた。

そのヨモギを見たとき、ふと私の頭には昔見た植物図鑑の写真と一節が過ぎる。

ヨモギによく似ている葉っぱ。

見分け方は匂いと……葉の裏に生えた白い綿毛。

慌てて女房さんの手の中にある葉を確認する。

……っ!!

これは……!!

「みんな、手を洗って!!料理番さんと女房さんは念のため顔も!!」

私の大きな声に弾かれるようにみんなが水場で手や顔を洗う。

濡れた手や顔を手ぬぐいで拭いながら料理番さんが私に声をかける。

「陰陽師の方、一体……このヨモギは何だったんですか?」

料理番さん、女房さん、そして師匠が私の言葉を待つ。

「これは……ヨモギじゃありません」

私は手ぬぐいを取り出して、手ぬぐい越しでざるを掴む。

そして、もう誰も触れないようにざるごと広げた布に包んだ。

このまま、燃やしてしまった方がいい。


「これは……トリカブトです」


私の言葉に師匠は一瞬、目を大きく開いてから扇を口元に当てた。

料理番さんと女房さんは顔を見合わせてから、困ったように首を傾げた。


ヨモギとトリカブト。

春頃のこれらは、花が咲いているわけでもなく、少し見分けがつきにくい。

見分け方といえば、群生している場所が日向か日陰か。

それから匂いと葉の裏の白い毛。

トリカブトは有名な猛毒。

食べたら少量で死に至るほどの。

それこそ死人が出ていないことが、本当に幸いだと思う。


私は師匠とともに屋敷の主人にこの怪異の真相を伝えることにした。

この時期の葉っぱは見分ける事が難しい。

おそらく間違えて摘み取ってしまったのだろう。

ざるの中で本物のヨモギとトリカブトが混ざってしまった。

事件ではなく、事故だろうと伝えると屋敷の主人はほっと胸をなでおろしていた。

私と師匠は主人と奥方たちにお礼を言われながら貴族の屋敷を後にした。


「あれが噂の陰陽師……なるほどねぇ」

貴族の屋敷の暗がりで一人、私たちを見る視線に私は気づかなかった。

師匠は少し立ち止まり振り返る。

屋敷を暫し見てから、ふっ、と不敵に微笑わらった。

「師匠?」

私が声をかけると、師匠はいつもの柔和な甘い笑みを私に向けた。

「帰りましょう」

私たちは二人で、一条戻橋いちじょうもどりばしを抜けていく。







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