第3話 貴族の屋敷で起こっている怪異

師匠とともに文に書かれていた貴族の屋敷の前までやってきた。

そこは華美かびな装飾がなされた屋敷で少し入ることを躊躇ためらわれるような派手さだった。

師匠はあまり気にする様子もなく、屋敷の入口へと向かう。

「お待たせいたしました。安倍晴明です」

屋敷の人に声をかけると、話が通っていたようで、すぐに扉を開けて中に入るようにうながされる。

足労そくろうであったな。こちらに座ってくれ」

案内された部屋にはこの家の主人とその奥方おくがたがすでに座っていた。

主人に言われるまま、彼らの前に師匠とともに座る。

「この度、我が家に足を運んでもらった理由は文に書いたとおりだ。晴明、そなたの事は風のうわさで私の耳まで届いている。来てくれた事には感謝している。あの者にも礼を言わねばな」

あの者とは先程、私がうまいこと丸め込んだ貴族の事だな。

ちなみに私は師匠から文の内容を詳しく聞いているわけではない。

なので今この屋敷で何が起こってるのかさっぱりわかっていない。

師匠がしゅや念か、鬼や妖怪あやかしたぐいかもしれないと言っていたから、穏やかな状況じゃなさそうだけど。

とりあえず、周りの空気に合わせて神妙しんみょうな顔をつくっている。

「この屋敷の方々が軒並のきなみ倒れてしまったそうですね」

やっぱり物騒ぶっそうな話だった。

「えぇ。食事をした者たちが次々と。私や主人は毒見どくみがいたので難を逃れましたが」

食事……か。

私の頭の中では嫌な想像がぎった。

正直この世界、特に貴族のところでは物騒な話題も少なくない。

腹のさぐり合いやおとしめ合い、足の引き合いが後を絶たず、自分の家の為なら簡単に嫌がらせもするし、陰陽師などを雇って呪も普通にかける。

毒……なども容易にいれるだろう。

人をあやめることもさない者もいる。

その点、令和は平和だった。

そういう物騒な事は普通に生きていたら考えもしない。

呪いはわからないけれど毒やら人を殺めるなんてことをしたら警察に捕まる。

この世界にはそれがない。

もちろん警察のような立場の者はいるが、貴族のような偉い立場にはあまり機能しない。

そう思うとそういう点では令和の方が、安心安全で精神的に健康だったのかもしれない。

「幸い、まだ命を落とした者はいないが、こうも続いては時間の問題だ。どうにかしてくれないか」

この屋敷の主人がそう言うと、師匠は少し口元におうぎを当てて考え込む仕草をした。

おそらくは師匠の頭の中にも私と同じように毒、という文字が浮かんでいるんだろう。

けれど、主人たちがその可能性を捨て、呪や鬼のせいだと考え陰陽師を呼んだのは何故だろう。

この屋敷の人たちは毒じゃないということに確信があるのかもしれない。

「無礼を承知でお聞きしますが、この屋敷の者が食事に何かを入れた、という可能性はないのでしょうか?」

師匠がさらりとたずねてみると、主人は静かに首を横に振る。

「私達も最初に考えたのだがな。毒見も含めて、ほとんどの者が倒れた。料理番も女房たちも従者じゅうしゃの多くも。倒れた者はまだ床に伏しているし、物事が起こるのは一度や二度ではない。毒を入れられる人間はみつからないのだ」

つまり今この屋敷でちゃんと動けるのはこの人たちだけなんだな。

目の前の男性からはどうにかしてでも解決してほしいっていう気持ちがありありと見える。

奥方は御簾みすの向こうにいて、顔色をうかがうことはできないけど時折ときおり垣間かいま見える雰囲気や聞こえてくるため息からは相当の疲れを感じる。

そもそも、この二人が食事に毒を入れて得になるようなことは今のところ考えられない。

「食事をするのが恐ろしいが食事をしないわけにもいかない。ままならぬものだ」

食事が落ち着いてできないなんて私なら耐えられない。

これが毒でも呪だとしてもなんとかしてあげたい。

そう思いながら師匠を見た。

師匠は少し辺りをうかがうような仕草をしてから私にだけ見えるように頭を振った。

これは困った。

どうやら呪や念の気配はないらしい。

呪や念の類なら師匠が秒で解決できるだろうに。

しかし、それでも貴族に呼び出され、仕事として請け負ったならきちんとこの怪異を解決しなければならない。

そうでなければ、師匠の名前が地に落ちることになる。

私は師匠と顔を見合わせながら、呪や念や鬼の仕業でもないこの怪異を解決するため静かに立ち上がった。















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