第2話 陰陽師のお仕事

私が貴族の屋敷から手土産てみやげを持って帰ると、師匠が柔和な笑みで出迎えてくれた。

「おやおや、これは……また大荷物ですね。どうしたんですか?」

気を良くした貴族がくれたことを言うと師匠は少し困った顔をしてそれらをみつめた。

「まぁ、大丈夫だとは思いますが……そこに置いておいてください。一応、悪意の念やしゅなどがないか確認してから、ありがたくいただくとしましょう」

物に呪をかける、物に念を宿す。

悪意でも好意でも、この世界では往々おうおうにしてあることらしい。

私は言われたとおり、師匠の指定した場所に荷物を置いた。

「お仕事お疲れ様でしたね、愛弟子。さぁ、こちらにおいで。いつものように貴女に呪やけがれがないか確認しましょうね」

師匠に手招きされて、いつものように師匠のそばに駆け寄る。

そして師匠の前に座って目を瞑る。

師匠は私の前に手をかざしているだけなのだが、この時はいつもなんだかとても体が温かくなる。

まるで師匠に抱きしめてもらっているみたいに。

少しの間、静かであたたかな時間が流れてから、ふっと空気が戻る。

「はい。大丈夫そうですね」

師匠の言葉が合図あいずのように私は目を開いた。

「師匠、お菓子食べてもいい?」

机に並んだお菓子を指さして師匠に言う。

師匠はいつものように優しい笑みで頷いた。

「えぇ、もちろんおあがりなさい。今日のはけっこう上手にできたと思うんですけど、どうですか?」

お菓子を頬張ほおばる私にお茶をさしだしてくれながら、師匠はふふ、と笑う。

「美味しそうに食べてくれて嬉しいですよ愛弟子。夕餉ゆうげまでには少し時間があるのでゆっくり食べててくださいね」

嬉しくてコクコクと何度も頷く私を優しく見てから、師匠は私が持ち帰ってきた荷物を確認しに行った。


この生活にも慣れてきたと思う。

最初の頃は何もかもわからず不安でどうなることかと思っていた。

でも、師匠のところでいろいろ覚えて、今ではこちらの暮らしの方が生きやすいとも思ってしまう時がある。

スマホもない、エアコンもない、電気もない、私の世界の知り合いもいない。

それは確かに少し心許こころもとない気もするのだけど、エアコンや電気は師匠の陰陽術おんみょうじゅつで快適に暮らせているし、私自身もここに慣れたから問題ない。

誰かとのしがらみも、聞きたくもないニュースも流れてこない。

ここの世界にはスマホなど存在しない。

便利でないからみんながとても忙しそうだ。

忙しいからなんだろうか。

この世界の人は私の世界の人より健康的な人が多そうだ。

もちろん体力的なものも、そして精神的なものも。

医学という分野はまだ発展していないみたいだけど、みんなが元気に笑っている。

忙しいと余計なことを考えてられないから、なのかもしれないな。

他者を誹謗中傷ひぼうちゅうしょうしたり、自身のストレスをぶつけたり、自身との考えに賛同しないものを排除したり。

そんな余計なことは考えている暇もないほど、自身の生活に懸命けんめいな人が多いからなのかもしれない。

事実、師匠に連れられて貴族の人たちと関わると余計なことを考え、馬鹿な事をしでかす人もいる。

私腹しふくやし、暇を持て余している貴族ほど心はまずしく、さもしい人が多い。

今日の貴族は……わりとちゃんとしてる方の貴族だったと思う。

まぁ、タイミングは悪すぎだし、ちょっと単純なところはあったと思うけど。

悪人ではないと思う。

今日の貴族のことを考えた時、ふと思い出した。

そうだ、貴族から師匠宛のふみを渡されていたんだった。

師匠に渡さなければ、と立ち上がろうとしたときタイミング良く師匠が戻ってきた。

「師匠、忘れてた。ごめん」

私が着物の袖口そでぐちから文を取り出すと師匠は眉をひそめた。

そして私の手から文を取り上げてから、重い声音で言う。

「愛弟子、私、前にも文を着物に入れないようにって言いましたよね」

師匠は静かに怒っている。

ヤバイ!

私はしどろもどろになりながら弁解べんかいする。

「いや、覚えてます!覚えてたんだけど、この前は胸元むなもとにさしこんだからダメだったのかなって……思って、今日は着物の袖口に」

「どちらにしても着物に変わりないでしょう。袖口でもダメですよ。胸元に入れたときはどうしてやろうかと思いましたけど」

どうしてやろうか!?そんなに怒ってたの!?

「荷物にまぎれて落としちゃいけないと思って」

「落としたときは落としたときのこと。そこまでのえんだったということです」

シビアぁ……。

私は負けじと弁解を続ける。

「師匠、大事な用件だったらどうするんですか?」

「さぁ?ここまで届かなかったということが全てですよ。それも縁、運命。それだけです」

時折まだこうやって私の世界との考え方の違いに頭を悩ませたりはする。

「だから、これからは絶対に着物に他者から受け取った物を入れないでください。文に関わらず何でもです!いいですね?」

いつになく強い口調で師匠に言われて、私は観念して頷いた。

頭の中ではゲームセットのゴングが響いていた。

燃え尽きたぜ、真っ白にな。

私が項垂うなだれていると、師匠は困ったように笑って私の頭を撫でた。

「わかってくださったなら、もういいんですよ。私も少しきつく怒りすぎましたね。すみません」

師匠に優しい声音でそう言われて、思わず私は首を横に振った。

私がいけなかった。

師匠はいつでも優しく誠実だ。

師匠にこんなことを言わせてしまうだなんて不覚ふかく

ここは私の世界の常識と違うんだから。

しっかりと私が順応していかなくては。

完全に慣れたようで、まだこうやって常識の違いに戸惑とまどったりする。

今はここで生きているのだから、ごうに入っては郷に従え。

私はまた一つここの世界の常識を頭に叩き込んだ。

「もう、着物には入れません!」

私が決意表明みたいに強く頷くと、師匠は顔を明るくした。

「はい、いい子ですね愛弟子。わかってくれて、よかったです。わからず屋さんだったら……しなくてはいけません。それは心苦しいですからね」

ごめんなさい師匠、聞き取れなかった。

何をされるところだったのか。

聞き取れなかったことでモヤモヤしているが、何故か、聞き取れなかったことに安堵している自分もいた。


師匠が私から受け取った文に目を通していた。

私はお菓子を口に運びながらそんな師匠の姿を何気なく見ていた。

一瞬、師匠の表情が少し硬くなったように見えて声をかける。

「大丈夫?何か嫌なことでも書いてあった?」

師匠は私の言葉に静かに首を横に振る。

「いいえ、お仕事の依頼のようですね。急ぎ、来てほしいそうです」

「また?次も私が行こうか?」

私が食べかけのお菓子を置いて一人で外に出ようと履物はきものに足をかける。

師匠は私の肩に手をおいて首を横に振る。

「いいえ、今回は私も行きます」

師匠はすぐにちを整えて、私の前に立った。


「今回は、呪や念か、鬼や妖怪あやかしたぐいのようなので」


またか。

こういうことは少なくない。

この世界は精神的に健康な人が多い。

けれど往々にしてこういうことがある。

私は師匠のあとに続いて屋敷を出て、歩幅を合わせてくれる師匠の隣を歩く。

そしてドラマでよく見かけたような、陰陽師のお仕事に向かった。

ある時、師匠に言われた言葉が頭を巡る。

いつの世も、どこの世界でも、人というものが存在している以上、人の心に巣食う鬼はいるものだと。

この世界にも魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこしているらしい。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る