第3話 追憶
二人がもうこの旅を続けてどれくらいになるだろうか。二人ももうそのことについてあえて思い出すことはない。
ねえ、私死ぬなら函館がいいな。
その
中一の頃の互いに良くなかった出会いを思い出す。初めて手を握った時の手の温かさ柔らかさを思い出す。額にキスした時の
二十歳の成人の日に開かれた同窓会で再開した凪沙と
だが二人が暮らす村は二人の生き方を許容できるものではなかった。習慣と慣習と因習に縛られてはじめて生を認められる狭く閉じられた世界。そして
ぼんやりと思考を巡らせながら凪沙は三本目の煙草の火を消した。目の前の洗濯機が乾燥終了の赤いランプを急かすように点滅させている。溜息をひとつ吐いて立ち上がりたばこをポケットにしまうと、喫煙コーナーを出て洗濯物をヤニ臭い骨ばった手で乱雑に安物のエコバッグへと詰め込んだ。
客室に戻ると、
ああ、彼女の生の灯火ももう長くはない。
やるせない思いで胸が一杯になる。涙が浮かんで泣き出しそうになる。このひ弱で虚弱で病弱な彼女をわたしはとんでもないことに巻き込んでしまったのかも知れない。だけど、あのままあの村にいれば
凪沙もやはり疲れていた。誰かの胸に憩いたかった。栄養不良でかさつく
「……さ…… なぎ…… さ……」
底なし沼に引きずり込まれる夢を見ていると、細くてきれいな鈴のような
「悪い夢でも見てたみたい」
「そんなことない」
凪沙は努めて明るく囁くと
今この現実だって充分すぎるほど悪い夢だ。
時計を見ると十九時を回っていた。
「ねえ、函館には五百円のラーメンがあるんですって」
「それなら毎日でもいいね」
と凪沙も笑った。
「ねえ、あとどれくらいかかるかな?」
「さあね。東北道に乗ってしまえば早いかも。ただ、青森行きの車を――いやだめだ、大洗行きの車を探そう」
「青森じゃなくて大洗?なの? どこなのそこ」
「茨城。その大洗でフェリーに乗って苫小牧に行く。これでヒッチハイクの旅程は大幅にショートカットできる」
金ならまだ充分に余裕がある。
「うれしい。私長距離フェリーにも乗ってみたかったんだ」
屈託のない笑顔を見せる
夕食後愛玲奈もシャワーを浴び二人で下着のまま抱き合って寝た。珍しく
窓には冷たい風が打ちつけてきており、古い窓枠が時折風で軋む音に凪沙は
◆次回 第4話 ハッピーホテル
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