言葉にすれば変わること

束白心吏

本編

 日中の暑さは何処へいったのか。まだ九月の頭というのに秋を思わせる強い風に、俺は薄手のパーカーについてるフードを深くかぶり直した。

 幸いにも今日は満月。昼ほどじゃないが視界が利くからこそできる芸当だ。まあこの寒さだともう少し厚手……もう冬物でもいいかな? いや、そしたら暑いだろうしその中が変態チックになりそうなくらいに早い。難しい季節だなぁ。

 そんなことを考えている間にも何度か強い風が襲いかかる。長袖とはいえ薄手のパーカーに防風性能はないようなもので、冬程ではない寒さが襲ってくる。この中で意味もなく散歩する趣味はないので、温かい我が家を目指してなるべく早足に歩く。


「あれ?」


 だからその人影に気づけたのは本当に偶然だった。住宅街の公園の一角の違和感を感じて目を凝らせば半袖……のシャツだろうか。見てるだけでも寒くなるような格好をした小柄な人がベンチに座っていた。


「そこの人ー、こんな時間にそんな薄着だと風邪引くぞー」


 時刻は十時を過ぎている。姿は若い子供か女性。流石に放置することも出来ず、ついつい声をかけてしまった。


「風邪……そうかもしれませんね」

「?」


 どこか暗い様子でそういう女性は疑念が思考を過るよりも先に「へくちっ」と可愛らしいくしゃみをした。言わんこっちゃない……俺は着ていたパーカーを女性に渡す。


「薄手だし、焼け石に水かもだけど」

「……そしたら、貴方が寒くないですか?」

「こう見えてあんまり風邪を引かない体質なんだ」


 そう言うと、女性は「では、お言葉に甘えさせていただきます」と言ってパーカーを着る。

 帰りそうにはない……まあ何かあったんだろうとは想像に難くないけどさぁ。


「ここら辺、警察のパトロールあるけど、どうすんの?」

「……それまでには帰ります」

「いやもう時間ないと思うけどねぇ」


 夏服っぽいから学校までは特定できないけど、服装的に高校生で間違いないだろう。

 少女は「貴方には関係ありませんから」と言った風な様子を感じられるが、そんな態度をされると突っかかりたくなるのもまた性。俺は会話のネタとしてその辺りに突っ込む。


「家に帰れない理由でもあんのか?」

「貴方には関係ないことですよ」

「関係ない相手だからこそ、素直に吐き出せることもあると思うけど?」

「そうかもしれませんが……」


 少女の声に戸惑いのようなものが入る。

 俺は好奇し――ではなく善意で後押しするような言葉を口にする。実際、話した方が気は軽くなるし、二割くらいは善意だし。


「見知らぬ相手だし、口外しないし……つかこれをどうネタにするんだって話だしさ」

「それもそうですね」


 そんな少女の口から語られたのは現代では珍しい家庭事情だった。

 一家の大黒柱の父の発言力が強く、高校進学も今のところより行きたいところがあったのに父の命令で今のところに。さらに――


「――今時『女性は家庭』とか云う人いるんだなぁ」


 話を聞いてて時代、令和だよな? とついつい思ってしまった。しかし「女なんだから大学に行かず家庭に入れ」とはまあ凄いご家庭だ。亭主関白なんてのも我が家とは真逆なので感心すらしてしまった。


「……父は古い人間なんです。私は大学を出たいですし、仕事もしたいです。確かに交際するとなればいつかは家庭に入ることになるかもしれませんが、少なくともそれは今じゃないとも思ってます」

「それ、お父さんに言ったの?」

「言えません。父は常に忙しそうにしてますし、一蹴されるのは目に見えてますから」


 その言葉からは強く諦めの感情が窺えた。ここでどうにかしたいと思うのはまあ……聞くだけと言った手前何もしちゃいけないと思うし、お人好しな性格だなと改めて思う。まあ本当に他人事だし、思ったところで、って話か。

 言葉にすれば伝わると思うんだけどなぁ。


「――聞いてくれてありがとうございます。少し、楽になりました」


 考えてる間に、少女は立ち上がってそういう。

 表情までは見えないが、先程までの声音より幾ばくか軽い。


「帰るのか?」

「はい。それで、駄目もとで言ってみようかと」

「そうか」


 じゃあ俺も帰ろう――と公園から出る前に、少女が呼び止められる。


「パーカー、ありがとうございます。洗って返します」

「……別に捨てても大丈夫だぞ?」

「そんなことできません。明後日にでもまた、公園にいますね」

「わかった……じゃあ、頑張れ」

「はい!」


 聞いて来た声の中でも特に元気な声で返事される。そこまで少女のお父さんについてわかるわけじゃない。だけどあれだけ芯があれば、言葉にすれば伝わるだろう。そんな予感がした。


「ヘックショイ! ああ、寒い寒い」


 そう言えばパーカーの下半袖だったと今更ながらに思い出し、先程までとは比べ物にならない寒さに思わずくしゃみする。

 早く帰ろ。



 ――翌日、俺は風邪を引いて学校を休むことになったが。風邪を引いた要因について後悔することは一度としてなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

言葉にすれば変わること 束白心吏 @ShiYu050766

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説