夜桜、心は空想か、月は遥かに

ろくまる

夜桜、心は空想か、月は遥かに

 ──データ、照会。該当有り。

 ──再生。


 ああ、やはり。

 俺の持つ最後の記憶は、腕と足の痛み。ただただ、目の前の見知らぬ子供を殺させまいと身を挺した、人へ堕ちた戦士の記憶。

 どんな子供だったろうか。黒い髪をしていただろうか。覚えているのは、俺の血でこの子供を汚してしまったという、思い。

 弟がいた気がする。幼い頃の弟と重なって体が動いたのだと、この体になってから気づいた。だからきっと、人格の幼いマリを受け入れたのだろう。

 ──そして、困っている少女を、放っておけなかった。



「ダラ、マリは?」

「──スリープモードに移行したもうすでに寝ているな。起こすか?」


 花嫁レイの声で「意識」を戻す。寝てるならいいや、と笑う顔に疲れは見られない。


「何か用があったのか?」

「いや、休むとこまでまだ距離ありそうだから暇で」

「悪い。寂しがらせたな」

「そんなんじゃないよ、ボクが暇なだけ……いや、それならこの近く歩こうよ」

「……歩いてるだろう?」

「散歩がてらの寄り道ってやつ。それに桜ってこの時期らしいから、それも見たい」

「なるほど、夜桜デート、か。大胆だな」

「何が? 散歩にデートも何もないよ」


 ギロリと睨むが耳が少し赤い彼女に、素直じゃないところも可愛いな、と思わずほころぶ。

 これは、半分機械の俺のエラーだ。だがそのエラーは正常だと自己結論に至ってしまった。今は黒に染まった白い髪も、目を引く紫の瞳も、意志の強い瞳に負けない美しい顔も、心臓を捉えて離さない声も、全て愛おしいのが正常なのだ、と。

 所謂、一目惚れだったのだろう。自販機で買った飲み物を手渡す姿も、目的の桜に向かって重たいはずの足を軽やかに進ませる姿も、愛おしく思えるほどには。


「まるで、空を桜が覆ってるみたいだ」

「……マリが保存していた地図上にあったが、ここは地元の桜の名所らしい」

「いいね。月も浮かんでて綺麗」


 そうして、ふたりで桜を見ながら歩いていく。咲き始めで花びらもまだ地面にさほど散らばっておらず、真夜中だから人影もなく静かだ。

 ──軍人だった過去はあるが、それが本来の自分なのかは分からない。記憶が曖昧で、それは隣で歩く彼女と同じく無いのと同義だ。

 なら半分機械の心は、その「過去」から来る空想なのだろうか。

 それとも、「俺である証」なのだろうか。


「ダラ? 何かあった?」

「……何も。桜を見上げる花嫁は可愛いな、と」

「だ、だから。可愛いとか、花嫁とか、やめてよ」


 赤く染まる頬。本来なら「命令権を持つ人間マスター」の体を気遣うべきなのに、それが照れ隠しだと分かってしまう。

 「マグ・ダラ」そう名付けた花嫁レイを想うこの心は、きっと誰にも分からない。答えも、あるのかどうか。


 ただ、頭上に昇る月が遥か遠くにある──それだけは事実だ。

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