10.二人のけじめ(10/10)
「……なあ、今の、どっちの勝ちだと思う?」
『……さあな。俺だと言いたいところだが、こんな有様じゃまるで勝った気分になれないな』
「……俺もだ」
息も絶え絶えな勇者と、倒れたまま動かない魔王。生まれて初めて倒れるまで戦い続けた二人は、短く言葉を交わした後、どちらともなくふっと笑った。
言いたいことは他にもっとあったはずだった。倒すべき相手であったはずだった。許せない相手であったはずだった。
だが、それももう、どうでもよくなってしまった。
大声で、周囲の目など気にすることなく、堂々と、二人は笑い続けた。
楽しかった。
ただその気持ちだけが二人の心を満たしていた。
「クチナシさん!」
声がした方に二人が首だけ向けると、観戦者を守っていた障壁が解かれ、そこからキンカがクチナシを心配して駆け寄ってきていた。その後を追って、メイガンも続けてこちらにのんびりと歩いてくる。
「大丈夫っすか!? また死にそうなことにはなってないっすよね!?」
『安心しろ、ただの魔元素切れだ。寝てればその内治る』
「よかったあ……」
心の底から安心したように、キンカはクチナシの体を抱きしめた。
「お疲れ様、だね。クチナシ。どうだった?」
『どうだったもこうだったもないです。先生、なんでこいつに変な事教えたんですか。おかげでこっちはかなり面倒くさいことになってたんですよ』
「まあそう言うなよ。クチナシだって私の指導を受け続けていたんだ。おあいこさ」
『何をどう見積もればおあいこになるんですか……』
他愛のない話をする三人を、勇者は横になりながら間近で見ていた。
その視界の奥では、戦闘が終わった今もなお動けないでいる仲間達が、呆然とこちらを見ていた。アイは呆然として、レンはがたがたと震えながら、そしてケイは、取りこぼした杖を拾うこともせず、ただただこちらを見ているだけだった。
「……これは、俺の負けだな」
自分でも意図せず、勇者の口から言葉がこぼれた。
神様のいたずらかどうかは知らないが、一度死んで、生まれ変わって、それから多くのものを得たつもりでいた。
誰よりも恵まれた才能に溢れ、誰にも負けない力を持ち、輝かしい未来を約束されたような第二の人生を歩んできたはずだった。
それが今は、何もかもを奪われ続けてきた彼が、どうしようもないくらい羨ましかった。
『そうかそうか、お前から負けを認めてくれるか』
そんな勇者のつぶやきを聞き逃さなかったクチナシが、真横に開かれた口を歪ませる。
「おい、なんだよその言い草は」
『勇者様が魔王を倒した時は、その功績を神話にしてもらえるんだろう? だったら、魔王が勇者様を倒した時だって、報酬の一つはねだってもバチは当たらんだろう?』
「確かに、そうかもしれないね」
「ちょっと、メイガンさん」
クチナシの言い分に苦笑するメイガンに、勇者が反駁する。
『安心しろ。報酬をねだるといっても、ほんの些細なもんだよ』
ふっと笑いながら、クチナシは勇者に自分の要求を突きつける。
『お前の名前を教えてくれ。もちろん俺から奪ったやつじゃない。この世界に来る前の、お前の本当の名前の方だ』
意外だった。勇者と魔王について研究するメイガンと共に住んでいたのであれば、勇者が元々は別の世界からやってきた人間であることを、彼が聞き及んでいてもおかしくはない。
驚いたのは、彼の要求が思っていた以上に、本当に大したことのないものだったからだ。
そんなものでいいのかと思いつつ、勇者はもう口にすることはないと思っていた、かつての自分の名前を、十年ぶりに口にした。
「……ケンザキ、シンイチロー……」
『そうか、シンイチローか』
クチナシは勇者の名前を呟いたあと、すっと自分の拳を差し出した。
シンイチローもその意味を知っていたらしい。クチナシの動きに合わせて、自分の拳を差し出した。
そのまま、二つの拳は、大した音を立てるでもなくぶつかり合い、お互いの健闘をたたえ合った。
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