終章.あの日と同じ空の下で
終章.あの日と同じ空の下で(1/1)
「さてクチナシさん、次はどこに行くんスか?」
『さあな。これからは別段行く当てもないし、適当でいいんじゃないか?』
ラシカの門前に立つクチナシとキンカは、いつものように軽口を叩き合っていた。
救国の象徴である勇者と、災厄の象徴である魔王との、前代未聞の和解が成立してから数日、ラシカ評議会は荒れに荒れた。
魔王の扱いはどうすればいいのか。立場は。地位は。本当に危険性はないのか。保証は。誰がその責任を負うか。
魔王は悪であるという前提を丸ごと覆したクチナシは、王都に残る気はないと主張したが、彼を野放しにしてしまえばそれはそれで問題がある。
評議会の誰も彼もが困り果てていたその時、ふと誰かがこんなことを言った。
「魔王のこれまでの旅路を洗ってみよう。今は彼らを見極める判断材料が欲しい」
この一言がきっかけで、魔王のこれまでの旅路が明らかにされていった。
カカットでの浮浪児誘拐犯の確保の、実質的な功労者は彼だった。
ヒカガミからフォゾの間、モモトフ山脈を根城とする盗賊団をまとめて捕まえた護衛集団に、彼は臨時で加わっていた。
彼がフィジー湿地帯の主を倒したことは今後の調査の足掛かりとなり、クィビ村から要請のあった魔獣討伐依頼は、彼が通りすがったついでで勝手に討伐されている。
悪い奴はぶっとばしてもいい。彼がよく口にしていた人間を皮肉ったその行動原理は、皮肉にも人間から本当に善行として認められる結果となった。
それが決め手となり、条件付きではあるものの、最終的には旅の許可が降りたのだ。
「さてクチナシさん。次はどこに行くんスか?」
『さあな。これからは別段行く当てもないし、適当でいいんじゃないか?』
そして、時はその旅立ちの日に戻る。
「いいわけないでしょ」
軽口を叩き合う二人の会話に、勇者率いるパーティの一員だったケイが割って入る。
彼女は不満げな様子を隠そうともせず、頬を膨らませながら二人の後ろに着いて歩いていた。
「えっと、ケイさん。もしかして怒ってるっスか?」
「当たり前じゃない! どうして私が魔王と一緒に旅をしなくちゃならないのよ!」
『それは評議会でさんざん話しただろうが。俺達は先生を、お前らはお前を、相手の陣営に置くことで人質と監視を同時に担わせると』
「それは分かっているけれど、今後しばらく勇者様と会えないと思うと……」
評議会での話し合いの内容を思い返して、ケイはため息を吐いた。
実際、評議会の決定は抑止力としては有用だ。メイガンがラシカにいる限り、クチナシは勝手な行動を取ることができない。彼らの行動はケイによって監視され、逐一報告されることとなっている。
とはいえ、当のメイガン本人はといえば、「当代の勇者とコネができたんだから、それを研究に使わない手はないね」と、むしろ嬉々としてラシカに残りたがっていたのだが。
『嫌なら帰ってもいいぞ。むしろ邪魔だからそうしてくれた方が助かる』
「あなたの監視が最重要案件なのよ!? 誰が帰るものですか!」
クチナシの言葉にケイが反駁する。評議会の決定なのだからケイの一存で帰るわけにもいかないし、何よりその任を託した勇者の期待に報いたい。
「それにしても、善行を積むための旅、ですか。一体何をすればいいんスかね?」
ぽつりと、キンカが呟いた。
善行を積むこと。これが旅を認められる上で課されたもう一つの条件だ。
魔王にその意思がなかったといえど、彼が上げた成果は十分なほどだ。もしも、魔王を味方として囲い込み、国益のために利用することができたのならば。そう考えた評議会は、それを旅の条件として盛り込んだ。
魔王を王都から引き離し、あわよくば放っておくだけで国のために働く優秀な人材となる。
まだ彼を信じ切るのは難しいが、おそらく、決して不可能ではないだろう。
『ある意味、これまでの旅とやることはそう変わりはしないんだろう? 今まで通りでいいのなら、悪い奴らをぶっとばせば済む話なんじゃないのか?』
「そう簡単な話になるわけないでしょ」
『それもそうだな。さすが、正義の名のもとに好き勝手やっていた実例は言うことが違う』
「喧嘩売ってるのなら買うわよ? もう一度バラされたいのならいつでも言いなさい?」
『そうしたら正当防衛を主張してお前をぶっ飛ばしてやるよ』
「あーもう、そうやってすぐ喧嘩しない!」
ただ、どうもこの二人は性格が合わないらしい。口を開けばすぐに言い争う二人に、キンカは困ったように間に割って入った。
キンカに割って入られ、それ以上言い争うにもきまりの悪い二人は揃って口をつぐむ。
「まったくもう……」
ため息を吐くキンカはふと、国境門から見える街の外へと視線を移した。
少々抉れて土が露出している箇所もあるが、草原は優しく吹き抜ける風に撫でられ、流れてくるかすかな花の香りが鼻腔をくすぐる。
見上げると、すかっと晴れた青空はどこまでも広がっており、綿毛のような雲がゆっくりと風に流されていく。
(そういえば、最初もこんな空だったっスよね)
咄嗟に伸ばした鎖がクチナシを捕まえてから、もうそれなりに時間は経っているはずだった。それでも、あの時目にしたどこまでも続く世界の広さは、まだキンカの胸の奥底で残り続けている。
その世界に、また彼と共に歩いて行ける。そう思うと、彼女の心は弾むばかりだ。
「ほら、早く来ないと置いていくっスよ!」
後ろで口喧嘩をする二人に屈託のない笑みを見せて、両腕を広げてくるりと踊るように振り返り、王都ラシカを背に、キンカは新しい一歩を踏み出した。
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