幕間1.鋼鉄の靴(2/2)
「クチナシさん……待って……」
『お前な……、そんな重い物履いていたら、いつかこうなるってわかってたろうが』
「いや、思いついた時は怪我しないことしか考えてなくて、つい……」
『第一、この山を越えるまで転換術を維持するなんざ、無謀もいいところだったろうが。まさかそれも考えてなかったのか?』
「転換術をこんな長い時間続けて使ったの、今日が初めてっス……」
夕日が傾き始め、森の中に暗い影を落とし始めたころ、キンカは息も絶え絶えに、クチナシのマントにしがみついて彼の歩みを止めた。
そのまま彼女はその場に倒れ込んだ。その拍子に、履いていた鋼鉄の靴も魔元素の粒子に戻り消えていく。
大人用でないとしても、膝丈のロングブーツとなるとそれなりの大きさになる。それがすべて鋼鉄でできているとなると、重量もかなりのものになるだろう。とてもではないが、山歩きのために履いていくような代物ではない。
ましてやそれを履いていたのはまだ幼い少女だ。鋼鉄のロングブーツなど、足枷となんら変わらない。山道どころか、きちんと整地された道路ですら歩き続けるのは難しかったろう。
さらにキンカは、その鋼鉄のロングブーツを、自身の転換術で造りだしている。
ありとあらゆるものの代用品を生成する転換術は万能であれど、なんでもありというわけではない。
転換術で何かを作り出すにはそれ相応に体力を消耗する。また、作り出したものを作り出した形のまま維持し続けるだけでも、術者の体力は徐々に消耗していく。
その追加の体力消耗は、ただでさえ体力の消耗が激しい今のキンカには致命的だった。
小石や草の対策と呼ぶにはあまりにもお粗末な考えを、思いついたそのままに実行に移した彼女の短絡さに呆れるばかりで、クチナシはため息を吐いた。
だが、その一方で、クチナシは彼女の行動に驚きもしていた。
キンカは転換術で作り上げた重量物を履き、山中を歩き通している。そんな苦行とも呼べる行いを、彼女は昼過ぎくらいから始め、陽が沈む手前までやり通した。
それがただの小さな子供にできていいものなのか。まともな幼少期を過ごしていないクチナシだが、その問いにはすぐさまノーと答えられる自信はあった。
並々ならぬ精神力を有し、頭の回転もすさまじく早い。さらには転換術の扱いにも長けている。昨晩キンカに言って聞かせた通り、彼女は同じ世代の中でならずば抜けた才能の持ち主だ。
それこそ、何十年に一度の逸材と呼ばれてもおかしくはない。生まれた年代か場所がほんの少しずれていれば、勇者のパーティに加入していたのは彼女だったかもしれない。
勇者と肩を並べ、クチナシと対峙していたかもしれない。
山のど真ん中で力尽き、息絶える寸前の虫のように倒れ伏してぴくぴくと動く彼女を見ながら、クチナシはそんなことをぼんやりと考えていた。
「ほら、もう今日はここで野宿にするぞ。薪は俺が拾っておくから、お前は休んで頭を冷やしてろ」
「はい……。本当にすみません……」
薪拾いを手伝えないことに対してなのか、それともクチナシの手を煩わせてしまったことに対してなのか。キンカは地面に突っ伏したまま彼に謝罪した。
『……どうせそろそろ野宿できる場所を探す頃合いだし、薪集めも俺一人で十分だ。お前が何に対して謝っているのかは知らんが、別に気にすることはない。ただまあ、そうだな――』
クチナシは倒れ伏すキンカを静かに抱き起こすと、適当な木に背を預けさせ、座り込む彼女と目線を合わせて呟いた。
被った籠で顔を隠した彼であっても、彼の顔に表情がなくとも分かるほど、彼の言葉はたいそう愉快そうな声色だった。
『次はもう少し、マシな案を出すことだな』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます